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インドにおける特許新規性喪失の例外
2024年12月24日
■概要
インド特許出願においては、不正な者による先行開示や、出願前12か月以内の一定の条件を満たす展覧会や学会での発表、展示や、優先日前12か月以内の必要な試験の公然実施などについて、新規性喪失の例外規定が設けられている。しかし、例外規定には条件付きのものが多いため、発明を着想したらすぐにインドに特許出願を行うのが賢明である。優先日を確保するために最初に仮明細書を提出し、その後、その発明に対する改良および修正を練り上げ、仮明細書の提出後12か月以内に完全明細書として提出することが可能であるため、これを活用し、仮明細書の記載内容が、その後、開示、実施されても新規性を喪失しないようにすることも検討するべきである。■詳細及び留意点
1. 新規性喪失の例外の類型
インド特許法(以下「特許法」という。)第VI章の第29条から第33条において、先に開示または公表された発明が、後の発明の新規性を喪失させることはない様々な新規性喪失例外の類型が規定されている。
1-1. 先行開示による新規性喪失
(1) 意に反する開示
発明の特許権者または出願人(以下「特許権者/出願人」と表記する。)が、次の(i)から(iii)を証明する場合には、先行開示によりその発明の新規性は喪失しない(特許法29条(2)(a),(b))。
(i) 先行開示された内容が、特許権者/出願人またはこれらの者が真正かつ最初の発明者でない場合は、正当な権限を有する前権利者から入手されたものであること。
(ii) この内容が、特許権者/出願人またはその前権利者の同意を得ずに開示されていること。
(iii) 特許権者/出願人が、このような自己の発明の開示を知った後、可能な限り速やかに特許出願を提出したこと。
ただし、適切な試験目的以外の目的で、特許権者/出願人の発明が、その優先日より前に、特許権者/出願人もしくはその前権利者により、または特許権者/出願人もしくはその前権利者の同意を得た他の者により、インドにおいて商業的に実施された場合には、この規定に基づく恩恵は適用されない。
(2) 権利に違反して提出された出願
正当な出願人の同意を得ずに違反して提出された特許出願の出願人によって、あるいは違反して提出された特許出願の出願人による発明の開示の結果として第三者によって、開示または実施されたという事実によっては、後の正当な権限を有する者による特許出願の新規性が喪失することはない(特許法第29条(3))。
「(1) 意に反する開示(特許法29条(2)(a),(b))」が正当な出願人による特許出願よりも前の、他人の意に反する「開示」を対象としているのに対して、「(2) 権利に違反して提出された出願(特許法第29条(3))」は、不正な出願人による「特許出願」やそのような「特許出願」の結果による第三者の実施、開示を対象としている。
1-2. 政府への先行伝達による新規性喪失
発明の内容またはその価値に関する調査のために、政府または政府により委任された者に対して行われた発明の伝達は、その発明の新規性には影響を及ぼさない(特許法第30条)。
なお、政府または政府により委任された者に対して行われた発明の伝達から、その発明の特許出願の提出までの期限は特に定められていない。
1-3. 公共の展示などによる新規性喪失
一定の条件に基づき、博覧会または学会における真正かつ最初の発明者またはその者から権限を取得した者による発明の展示、実施または開示の日から12か月以内にその発明の特許出願をする場合には、このような展示、実施または開示によっては、その発明の新規性は喪失しない(特許法第31条)。詳しい説明を以下に示す。
(1) 真正かつ最初の発明者またはその者から権原を取得した者の同意を得て発明が、展覧会で展示される場合、中央政府が官報における告示により特許法第31条の恩恵を適用した展覧会に限り、このような展覧会のための発明の実施および開示に対して、この例外が適用される(特許法第31条(a))。また、博覧会における発明の展示または実施の結果としての発明の説明の公開によっても、新規性は喪失しない(特許法第31条(b))。
(2) (1)の博覧会において展示もしくは実施された後、あるいは博覧会の期間中に、真正かつ最初の発明者またはその者から権原を取得した者による同意を得ないで何人かが行う発明の実施によっても、その発明の新規性は喪失しない(特許法第31条(c))。
(3) 学会において発表された論文における、真正かつ最初の発明者による発明の記載、または真正かつ最初の発明者の同意を得て学会の会報においてなされた論文の公表は、たとえかかる行為の後に特許出願が提出されたとしても、その発明の新規性は喪失しない(特許法第31条(d))。
なお、学会における発表は、真正かつ最初の発明者による場合だけであって、真正かつ最初の発明者の同意を得た者による発表ではないことに注意すべきである。ただし、学会の会報における論文の公表は、真正かつ最初の発明者の同意を得た者による行為であってもよい。
1-4. 公然実施による新規性喪失
発明がその優先日前の12か月以内にインドにおいて公然実施されたが、そのような実施が適切な試験のためだけに行われ、その発明の内容に照らしてその試験が合理的に必要であった場合には、そのような実施は発明の新規性を喪失させない。ただし、かかる公然実施は、出願人/特許権者自身により、または出願人から必要な同意を得た第三者により行われなければならない(特許法第32条)。
1-5. 仮明細書の提出後における実施または開示による新規性喪失
仮明細書に従い提出された完全明細書は、仮明細書に開示された発明が仮明細書の提出日の後にインドその他の場所において開示または実施された場合には、新規性を喪失しない(特許法第33条(1))。同様の規定が、仮明細書の優先権を主張するPCT出願にも適用される(特許法第33条(2))。
2. 新規性喪失の例外の適用を受けるための手続
新規性喪失の例外規定の適用を受けるためには、審査報告書における拒絶や第三者からの無効化手続において引例による新規性の欠如が指摘された段階で、それに対する反論として新規性喪失の例外規定に該当することを主張することが可能である。なお、特許出願の審査において、特許法第29条から第33条までの規定により新規性を喪失させるものとはみなされない先行技術が、審査報告書において当該発明の新規性を喪失させるものとして引用されたときに、新規性を喪失しないという立証責任は出願人にある(インド特許庁実務及び手続マニュアル09.03.02 10.)。
2024年3月15日施行のインド特許規則の改正によって第29Aが新設され、特許法第31条に規定された猶予期間(上記1-3項記載の展覧会での展示等)を利用するためには、申請様式31により所定の手数料と合わせて申請することが規定された。
《参考》申請様式31
申請様式31 1970年特許法および2003年特許規則 猶予期間(GRACE PERIOD) (法第31条および規則第29A) | ||
1. 氏名、住所、国籍、出願番号 | 私/私たち、出願人…………は、…………に提出された出願番号………に関して、第31条に規定された猶予期間の利益を主張する。 | |
2. 適用条文 | □ 第31条(a) □ 第31条(b) □ 第31条(c) □ 第31条(d) | |
3. 証拠として提出する書類 注: 証拠には宣誓供述書も含まれる場合がある | (i)第31条(a) | a) 最初に展示または実施された日付(枠内に日/月/年の形式で記入) b) 展示は、真正かつ最初の発明者またはその者から権利を得た者の同意を得て行われたか(YESまたはNOを選択) c) 当該展示は、中央政府が官報で告示することにより本条の規定を適用した産業展示会またはその他の展示会において行われたか 以下の証拠書類を提出する。 ………………………………………… |
(ii)第31条(b) | a) 最初に公表または実施された日付 b) 上記第31条(a)に関する文書証拠 c) 発明の説明の公表が、第31条(b)に規定する発明の展示または実施の結果として行われたことを示す証拠書類 以下の証拠書類を提出する。 ………………………………………… | |
(iii)第31条(c) | a) 最初に実施された日付 b) 上記の第31条(a)または第31条(b)に関する証拠書類 c) 第31条(c)に規定する発明の実施に関する証拠書類 d) 発明の実施が、真正かつ最初の発明者またはその者から権利を得た者の同意なしに行われたことを示す文書による証拠または宣誓供述書 以下の証拠書類を提出する。 ………………………………………… | |
(iv)第31条(d) | a) 最初に記述または公表された日付 b) 真正かつ最初の発明者が学会で発表した論文における発明の記述 c) 真正かつ最初の発明者またはその同意を得た者により学会の論文集に公表された発明の記述 以下の証拠書類を提出する。 ………………………………………… | |
4. 保証 | この発明は_年/_月/_日からパブリックドメインであり、この申請はその日(第31条(a)、第31条(b)、第31条(c)、または第31条(d)に関して上記で述べた最も早い日付である)から12か月以内に行われた。 | |
上記の事実および事項は、私/私たちの知る限りの情報および誠意に基づいて真実である。 日付:__年__月__日 | ||
5. 出願人/権限のある代理人による署名 注:宣誓供述書がある場合は、出願人による署名 | 署名 ________________ 特許庁特許管理官 宛 |
■ソース
・インド特許法(英語、2021年8月13日施行)https://www.indiacode.nic.in/bitstream/123456789/1392/1/AA1970___39.pdf
・インド特許法(日本語、2021年8月13日施行)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo.pdf
・2003年インド特許規則(英語、2024年3月15日までのすべての修正を含む)
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/ev/rules-index.html
・2003年インド特許規則(22頁から英語、2024年3月15日施行の改正部分)
https://www.ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/IPORule/1_83_1_Patent_Amendment_Rule_2024_Gazette_Copy.pdf
※ 2024年3月15日施行の改正部分の日本語解説は下記を参考にされたい。
「インド特許庁、特許規則を改正し、改正特許規則 2024 を公表」(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/asia/2023/in/20240320r.pdf
・2003年インド特許規則(日本語、2021年9月21日改正)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo_kisoku.pdf
・インド特許庁実務及び手続マニュアル(3.0版、2019年11月26日)
(英語)https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/Images/pdf/Manual_for_Patent_Office_Practice_and_Procedure_.pdf
■本文書の作成者
Remfry & Sagar(インド特許事務所)■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.08.26