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台湾における安全保障に係る発明の保全と保全に関する対価について
2024年01月11日
■概要
台湾では、国家機密に関わる発明についての特許出願は、その発明の秘密を保持する必要があると認められた場合には公開されず、また出願人は、その発明について守秘義務を負う。守秘義務に違反した場合は、特許出願を放棄したものとみなされる。秘密保持期間に出願人が受けた損失については、政府が相当の補償を与えなければならないと規定されている。また、秘密保持の対象となる発明について、外国で特許出願をすることを明示的に禁止する規定は置かれていない。■詳細及び留意点
1.安全保障に係る発明の保全に関する制度
台湾における発明の保全に関する制度は、台湾専利法(以下、「専利法」という。)第51条に規定されている(専利法第120条で実用新案に準用する。)。また、本条について、中華民国経済部から、「専利案件が国防機密又はその他の国の安全に関わる機密を含む場合の作業要点」(以下、「作業要点」という。)が公表されている。
※「専利」には、特許、実用新案、意匠が含まれ、「専利法」は、これら全てを対象とする法律である。以下では、発明に係る専利として、「特許」、「特許出願」、「特許査定」等の用語を用いて解説する。また、「経済部」「国防部」の「部」は、日本における「省」に該当する政府機関である。
専利法第51条は、発明が、国防上の機密またはその他の国の安全に関わる秘密(以下、「国防上の機密等」という。)に関するものである場合、その発明を秘密にしなければならない、と定めている。専利法の趣旨からは、特許すべき発明は開示されるべきであるが、特許出願された発明が、国防上の機密等に関する場合は、国益を考慮し、その発明は秘密にされ公衆に開示されるべきではないからである。
保全対象となる秘密を保持しなければならない発明に係る特許出願は、国防部またはその他の国家安全関連機関(以下、「国防部等」という。)が、「国家機密」、「軍事機密」、「国防機密」、「国家機密と軍事機密のいずれでもあるもの」、「国家機密と国防機密のいずれでもあるもの」のいずれかに該当すると認定した発明に関する出願である(作業要点 第2条第3項)。
台湾専利法第51条 発明が、審査の結果、国防機密又はその他の国の安全に関わる秘密に関わる場合、国防部又は国家安全関連機関から意見を聴取しなければならない。秘密を保持する必要があると認められた場合、出願書類は封緘する。出願の実体審査を経たものは、査定書を作成し、出願人及び発明者に送達しなければならない。 出願人、代理人及び発明者は、前項の発明について秘密を保持しなければならない。これに違反した場合、当該特許出願権を放棄したものとみなされる。 当該秘密保持の期間は、査定書を出願人に送達した時から1年間とする。また、秘密保持期間を延長することができ、毎回1年とする。専利所轄官庁は期間満了の1ヵ月前に、国防部又は国家安全関連機関に照会し、秘密保持の必要がない場合は、直ちに公開しなければならない。 第1項の発明が特許査定された場合において、秘密保持の必要がなくなったときは、専利所轄官庁は出願人に3ヶ月以内に証書料及び1年目の特許料を納付するよう通知しなければならず、前記費用が納付された後はじめて公告される。期間が満了しても前記費用を納付しなかった場合、公告を行わない。 秘密保持期間に出願人が受けた損失について、政府は相当の補償を与えなければならない。 |
2.発明の保全に関する制度の内容
2-1.国防上の機密等を含む特許出願の審査
一般的に、秘密保持の必要性を伴う特許出願の処理には、国によって次の2つの方法のいずれかを採用している。一つは、秘密を保持したまま、秘密解除前に特許査定をせずに、国は出願人に一定の補償を与えるというものである。もう一つは、特許出願の審査が行われ、特許要件を充足すれば特許査定されるが、公開を行わず、機密解除後に公開されるというものである。台湾は、後者のアプローチを採用している(專利法逐條釋義 第51条【内容説明】一)。
台湾経済部智慧財産局(以下、「智慧財産局」という。)は、特許出願の審査において、出願書類に国防上の機密等を含む発明が開示されていると判断したときは、国防部等の意見を聴取する(専利法第51条第1項)。これは、秘密保持の必要性があるか否かは、国防業務を担当する国防部等が最も熟知しているからである。
そして、秘密保持の必要性がある場合は、特許出願の書類を封緘する(専利法第51条第1項)。出願人が実体審査の請求をした場合、査定書を作成し、出願人と発明者に送達するが、その際は公告を保留する理由も査定書に記載される(專利法逐條釋義 第51条【内容説明】一)。
2-2.出願人等の秘密保持義務と義務違反に対する法的措置
保全の対象となった発明に係る特許出願は公開されず(専利法第37条第3項第2号)、保全の対象となった発明について、出願人、発明者、および代理人(以下、「出願人等」という。)は守秘義務を負い、出願人等が秘密保持義務に違反した場合、その特許出願を放棄したものとみなされる(第51条第2項)。守秘義務は、出願人等だけでなく、智慧財産局の審査官にも課される(專利法逐條釋義 第51条【内容説明】柱書)。
国防上の機密等を含む特許が公告されるのは、機密が解除された後である。特許権の効力は特許が公告された後に発生する。したがって、公告前は、出願人は未だ特許権を取得しておらず、出願は審査完了の状態に過ぎない。出願人等が、守秘義務に違反して情報を公開した場合、特許出願の放棄とみなされ、秘密解除後、出願人は、専利法上の権利享有を主張できなくなる。また、国家機密を漏洩する行為については、刑法などに関連規定があり、罪に該当する場合は、刑事責任を問われることとなる(專利法逐條釋義 第51条【内容説明】二)。
台湾専利法第37条 専利所轄官庁が、発明特許出願書類を受理した後、審査の結果、手続に規定に合致しない箇所がなく、かつ公開すべきでない事情がないと認めた場合、出願日から18ヶ月後に当該出願を公開しなければならない。 専利所轄官庁は、出願人の請求により、その出願を早期公開することができる。 発明特許の出願が、次の各号のいずれかに該当する場合、公開しない。 1. 出願日から15ヶ月以内に取り下げられた場合。 2.国防上の機密又はその他の国家安全に関わる機密に及ぶ場合。 (以下省略) |
2-3.秘密保持の期間および機密解除の手続
秘密保持の期間は1年間であるが、秘密保持の必要性がある場合は、1回につき1年の延長をすることができる(専利法第51条第3項)。秘密保持期間が満了する1か月前に、智慧財産局は、国防部等に照会し、秘密保持の必要性があるかを確認し、秘密保持の必要性がない場合には、直ちに秘密解除し公開する。これは、国防上の機密等を含む特許出願と判断され、秘密にすべきであった発明でも,状況によっては秘密にする必要がなくなる場合がある。よって、出願人の権利利益を保護し、出願人ができるだけ早く特許権を取得できるように、秘密保持期間は1年ごとに見直すことにしている(專利法逐條釋義 第51条【内容説明】三)。
さらに、特許査定の後、国防部等が技術内容を秘密にする必要がなくなったと判断した場合、智慧財産局は、3か月以内に証書料および初年度の特許料を納付するよう出願人に通知する。期限までに納付された場合は公告し、期限までに納付されなかった場合は公告を行わない(専利法第51条第4項)。この規定は、2011年の専利法改正によって追加されたものである。
2-4.保全対象とされた場合の補償
公共の利益のために出願人の権益が損なわれた場合には、政府は補償金を支給して出願人の権益を公平に保護すべきとの観点から(專利法逐條釋義 第51条【内容説明】五第5項)、秘密保持期間に出願人が受けた損失について、政府は相当の補償を与えなければならないと規定されている(専利法第51条第5項)。請求主体は出願人と考えられ、補償対象は「秘密保持期間に出願人が受けた損失」である。補償請求額は、単に「相当の補償」と規定されているに留まり、具体的な基準は示されていない。
2-5.外国出願の禁止
専利法では、専利法第51条の秘密保持の対象となる発明について外国で特許出願をすることを明示的に禁止する規定は置かれていない。ただし、秘密保持義務を負う以上、外国での出願もできないという解釈がされる可能性は否定できないので、実際にこのような状況が生じた場合には、所轄官庁および専門家に相談することが推奨される。
2-6.保全措置に対する不服申立て
秘密保持について、訴願法に基づき、不服申立てを行うことができる。「訴願」は、日本の行政不服審査法に基づく審査請求に類似する制度であり、行政処分に不服がある場合には、処分を受けた者が、処分をした行政庁の上級行政庁等に対して不服申立てをするものである。処分の送達を受けた日から30日以内に提起する必要がある(訴願法第1条、第14条)。
3.智慧財産局における国防上の機密等を含む特許出願の処理
出願人が、特許出願に際して、国防上の機密発明等に該当することを申告する義務があるか否かについては、法令上、特にこれを義務付ける規定はおかれていない。また、いかなる場合に国防上の機密発明等に該当するかについて、明確な基準が公表されているわけでもないが、「作業要点」によれば、智慧財産局が、国防上の機密等を含む特許出願を処理する際の主なプロセスは、以下のとおりである。
(1) 出願人が、特許出願は国防上の機密等を含む旨申告した場合、智慧財産局は、要約、明細書、特許請求の範囲および図面を国防部等に送付の上、これらの意見を聴取する(作業要点 第5条第1項)。
特許出願時に申告がなかった場合、出願人は、遅くとも特許出願の公開準備作業の完了前までに、出願が国防上の機密等を含む旨の申告書を提出しなければならない。申告書は、要約、明細書、出願の範囲および図面に添付して、国防部等に送付され、これらの意見を聴取する(作業要点 第5条第2項)。
出願人が前記期間を過ぎても申告書を提出しない場合、出願は一般出願手続に基づいて審査され、審査の結果、国防上の機密等を含むと判断された場合、国防部等に必要な書類を送付し、これらの意見を聴取する(作業要点 第5条第3項)。
(2) 意見を聴取した結果、特許出願に係る発明を秘密保持にする必要性はないと判断された場合、特許出願は、一般出願手続に基づいて処理される(作業要点 第6条)。
(3) 秘密保持の必要性のある特許出願の各段階の審査プロセスは、以下のとおりである(作業要点 第7条)。
(a) 方式審査段階で、出願人に、出願が公開されない旨を通知する。
(b) 特許公開前の審査段階において、関連する作業を非公開とする。
(c) 以下の場合、関連する規定に従い、公開手続を行う。
・出願日から3年以内に実体審査の請求がなく、専利法第38条第4項の規定により出願が取り下げられたものとみなされ場合において、智慧財産局が、国防部等に照会した結果、秘密保持の必要性がないと判断した場合。
・国防部等が承認した秘密保持期間が満了し、または、秘密保持解除の条件を満たした場合。
(4) 当該出願が、秘密を保持する必要があると認められた場合、秘密保持期間は、査定書が出願人に送達された時から1年間とする。また、秘密保持期間は延長することができ、毎回1年とする。秘密保持期間が満了する1か月前に、智慧財産局は、国防部等に照会して、秘密を保持する必要性があるかを確認する。秘密保持する必要性がないと判断した場合には、直ちに秘密保持を解除し、要約書、明細書、特許請求の範囲および図面を電子スキャンした上で公開手続を行う(作業要点 第11条第1項)。
■ソース
・台湾專利法(日本語)https://chizai.tw/wp-content/uploads/2022/07/専利法(2022年7月1日施行)-j-.pdf
・専利案件が国防機密又はその他の国の安全に関わる機密を含む場合の作業要点(專利案件涉及國防機密或其他國家安全之機密作業要點)(中国語)
https://law.moea.gov.tw/LawContent.aspx?id=GL000224
・專利法逐條釋義(中国語)
https://www.tipo.gov.tw/tw/cp-178-532218-c78ea-1.html
・訴願法(中国語)
https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?pcode=A0030020
■本文書の作成者
理律法律事務所■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2023.09.23