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タイでの知的財産権侵害訴訟における損害賠償請求-適切な損害立証の重要性
2015年03月09日
■概要
知的財産権侵害訴訟において、原告は損害賠償金を請求するが、損害賠償額の算定に際してタイの裁判所は極度に保守的な立場を取っており、多くの場合、裁判所により認定される損害賠償額は、請求額を大きく下回ることとなる。以下、知的財産権侵害訴訟における損害賠償額算定に関する法的根拠、実情、算定例等を紹介する。■詳細及び留意点
【詳細】
知的財産権侵害訴訟において、原告は多額の損害賠償金を請求するが、多くの場合、タイの裁判所により認定される損害賠償額は、原告の請求額を大きく下回ることとなる。実務を通じての所見として、損害賠償額の算定に際して裁判所は極めて保守的な立場を取っており、この傾向は、タイにおける知的財産権侵害訴訟において、民事手続きよりも刑事手続きを選択することがより一般的であることの一因となっている。
また、裁判所の損害賠償額の算定に関する保守性に加え、原告による損害の立証が十分でないことも多く、適切な損害実態を立証し、裁判所から妥当な損害認定を獲得することが、タイ知的財産侵害訴訟の実務において重要事項の一つとなっている。
タイにおける主要な知的財産関連法規、すなわち特許法、商標法および著作権法において、損害認定に関わる明確な基準は示されていない。特許法においては、原告が被った侵害被害の程度や逸失利益等を考慮し、裁判所が妥当と判断する損害認定の裁量権を有することのみが規定されている。
タイ特許法 第77条の3
「第36条、第63条、または第36条を準用する第65条の10に基づく特許または小特許の所有者の権利を侵害する行為があった場合、裁判所は、侵害人に対し、裁判所が逸失利益および特許または小特許の所有者の権利行使に必要な費用等の損害の度合いを斟酌し、妥当と判断する金額を損害賠償として特許または小特許の所有者に対して支払うよう命じる権限を有する。」
著作権法もこれと同等であるが、商標法においてはこの点に関する規定は見られない。実務上、中央知的財産・国際貿易裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court:CIPITC)は実損に則して損害認定を行っているが、この点は関連法規において明確に規定されていない。
特許法および著作権法における上述の規定は、不正行為に対する損害補償に関するタイ民商法典(THE CIVIL AND COMMERCIAL CODE-CCC)の基本原則に基づくものであり、商標権侵害訴訟事件における損害認定も、基本的にはこの原則に基づいて下される。損害をどのように算定し、裁判所がどのように考慮するかについては、過去の最高裁判例から類推することも可能であるが、知的財産権侵害訴訟においては有用な指針を得ることは難しく、損害賠償請求の立証に苦慮することとなる。
侵害行為の立証に注力するがゆえに、損害賠償請求額の算定根拠に関わる裁判所からの立証要求に十分に対応できず、勝訴したにもかかわらず妥当な損害認定は受けられないといった事態がしばしば見られる。
しかし、知的財産権侵害訴訟においても、本来得られたであろう利益、あるいは逸失利益の算定が、損害賠償請求額算定上の根拠として許容される手法であるということは、過去の最高裁判例で示されている。損害額認定において、裁判所は一般的に以下の点を考慮する。
・被告による侵害行為が知的財産権者および社会一般に与えた影響の大きさ
・争点である知的財産の創出や権利取得に費やされた人的・金銭的投資の大きさ
・争点である知的財産の社会的周知性
・被告による抗弁内容等の姿勢
したがって、原告は、損害賠償請求額算定上の根拠を立証するにあたり、これらの点を念頭に置く必要がある。上述の通り、裁判所は損害認定に際して保守的な立場を取るが、時に高額な損害額認定を下す場合がある。例えば、「ウルトラマン著作権侵害事件」(最高裁判決 第7454/2550号)において、最高裁判所は1千万バーツ(約33万6000ドル)を超える損害賠償額を認定している。より良い条件の下で勝訴するために、原告及び手続代理人は、損害立証について十分に留意する必要があると言える。
■ソース
・タイ特許法■本文書の作成者
Rouse & Co. International (Thailand) Ltd.■協力
日本技術貿易株式会社 IP総研■本文書の作成時期
2014.12.26