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(中国)請求項に発明の必須構成を記載しているか否か、及び明細書には明瞭で完全な説明があるか否かに関する事例

2013年07月30日

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■概要
北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)は、環境温度検知装置はエアコンに必要不可欠な技術であり、当業者は市場のニーズに応じて本体或いはリモコンに環境温度検知装置を取付けており、環境温度検知装置及びその取付け位置は従来技術に属するものであるとした上で、本特許の請求項及び明細書にその構成の記載は無いものの、当然の構成として暗示的に記載されていると見るべきであるため、請求項の記載は中国専利法実施細則第20条第2項の規定に合致し、また明細書の記載は専利法第26条第3項の規定に合致する、として審決を維持した((2010)一中知行初字第503号)。
■詳細及び留意点

【詳細】

 本事件は、中国国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下「審判部」という)合議体が下した特許有効との審決を不服とし、北京市第一中級人民法院に提訴して争われた事件である。

 

 本事件の争点は、「請求項に発明の必須構成を記載しているか否か、及び明細書には明瞭で完全な説明があるか否か」である。

 

 中国専利法第26条第3項には、明細書には、当業者が発明又は実用新案を実施できることを基準とした明確かつ完全な説明を行わなければならない、旨規定されている。

 

 また中国専利法実施細則第21条第2項には、独立クレームは発明又は実用新案の技術案を全体的に反映し、技術的問題を解決する必要な技術特徴を記載しなければならない、旨規定されている。

 

 さらに中国国家知識産権局が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、独立請求項は発明又は実用新案の技術方案を全体的に反映し、技術的問題を解決するために必要な技術的特徴を記載しなければならない。必要な技術的特徴とは、発明又は実用新案でその技術的問題を解決するには不可欠な技術的特徴をいい、その総和は、発明又は実用新案の技術方案を構成するに足るものであって、背景技術におけるその他の技術方案から区別させるものである。ある技術的特徴が必要な技術的特徴であるかどうかを判断するには、解決しようとする技術的問題を基に、説明書で記述された全体の内容を考慮しなければならない。単に、実施例における技術的特徴を必要な技術的特徴としてそのまま認定してはならない、旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第2章3.1.2の関連規定参照)。

 

 本特許は、自己定義曲線にしたがって運転するエアコンの制御方法に関し、無効請求の対象となった請求項1に記載の発明は以下のとおりである。

「自己定義曲線にしたがって運転するエアコンの制御方法であって、前記エアコンはエアコン本体及びリモコンを含み、

前記方法は以下の工程を含む;

前記リモコンのキーボードにより自己定義曲線が決定され、

前記リモコンは、決定された希望する自己定義曲線データをリモコンに内蔵されたメモリ・チップに記憶し、

前記自己定義曲線データは、前記リモコンの赤外線信号発信ユニットを通じてコード・フォーマットの形で前記エアコン本体の赤外線信号受信ユニットに向けて発信され、

前記エアコン本体の赤外線信号受信ユニットは、自己定義曲線データが保存される前記エアコン本体のMCU制御チップに内蔵されたRAMに設置され、

その後、MCU制御チップは、RAM中の自己定義曲線データと相応する時間帯を予約した運転パラメータに基づき、相応して前記エアコン本体を運転制御し、

前記自己定義曲線は自己定義睡眠曲線であり、前記リモコンは、時間間隔定時機能を有するリモコンであり、前記自己定義曲線の決定工程は更に以下を含む;

ユーザーが自己定義決定状態に進み、

第一設定温度を設定し、前記リモコンは第一時間間隔において前記第一設定温度を保持し、ユーザーが設定温度を変更する必要がない時は直接確認し、前記リモコンは第二時間間隔中、前記第一設定温度を保持し、

ユーザーが設定温度を変更する場合、設定温度を必要な第二設定温度まで調節し、前記リモコンは、前記第二時間間隔中、前記第二設定温度を保持し、

全ての睡眠時間帯の温度設定が完了することで前記自己定義曲線の設定が完了する、

ことを特徴とする自己定義曲線にしたがって運転するエアコンの制御方法。」

 

 本特許の明細書に開示された主な内容は、以下のとおりである。

「3頁:時間間隔定時機能を有するリモコンに対し、自己定義曲線の決定は以下の工程を含む。ユーザーが自己定義決定状態に進み、ある温度を設定すると、リモコンは一定の時間間隔を自動的に増加させ、同時にリモコンは自動的に設定温度を保持する。」

 

 無効審判請求人は、本件特許が無効である理由として「(1)請求項1に記載の発明が解決しようとする課題は、ユーザーが自身の好みに応じて、リモコンで自己定義曲線を設定することで適切な睡眠環境に調節することである。環境温度の検知は、課題を解決するために必要不可欠な特徴であるが、請求項1には、当該技術的特徴が記載されておらず、専利法実施細則第21条第2項の規定に違反する。(2)本特許明細書には、環境温度の検知に関する技術的手段の内容が記載されるべきであるが、その技術的内容が一切記載されていない。よって、発明に対して明瞭且つ完全に説明しておらず、当業者は本特許発明を実施することができないため、本特許明細書の記載は、専利法第26条第3項の規定に違反する。」と主張した。

 

 審判部合議体は、無効審判請求人の上記無効理由に対し、「(1)本特許が解決しようとする課題は、ユーザーが自分の好みの環境に応じて、リモコンで曲線を随時に自己定義し、適切な睡眠環境に調節することである。独立請求項1は、曲線を如何に自己定義するか、及びこの曲線にしたがってエアコンを制御する方法を決定し、これにより前記課題を解決している。無効審判請求人が主張する環境温度の検知手段については、本特許が保護するエアコン制御方法において、エアコン本体或いはリモコンに環境温度を検知する装置は必ず設置されるものであり、即ち、請求項1が保護する技術案には当該技術的特徴が明記されていないが暗示的に記載されていると見るべきであり、これが請求項1に記載されていないとの理由で、専利法実施細則第21条第2項の規定に違反するとは言えない。(2)無効審判請求人が主張するもう一つの無効理由についても、当業者は従来技術を利用して温度検知手段を適宜に設けることができるため、記載欠如問題は存在しない。したがって本特許明細書が専利法第26条第3項の規定に違反するという無効審判請求人の理由は成立しない。」と認定し、本特許権を有効とした(第13911号審決)。

 

 本審決を不服とした無効審判請求人は、北京市第一中級人民法院に審決の取消しを求めて提訴した。

 

 北京市第一中級人民法院は、「(1)当業者は、市場のニーズに応じてエアコン本体或いはリモコンに環境温度を検知する装置を取り付けており、環境温度検知装置及びその通常の取付け位置は当たり前の従来技術に過ぎず、請求項にその記載はないものの、環境温度検知装置を含むエアコン本体及びリモコンに必要な技術的特徴は暗示的に記載されていると見るべきである。したがって請求項の記載は、専利法実施細則第21条第2項の規定に違反していない。(2)また本特許明細書には環境温度検知装置に関する内容が記載されていないが、環境温度検知装置に関する技術は暗示的に記載されていると見るべきであり、本特許明細書は発明を実施する明瞭且つ完全な説明がなされており、専利法第26条第3項の規定に違反しない。」と認定し、審決を維持した((2010)一中知行初字第503号判決)。

 

参考(北京市第一中級人民法院行政判決2010年9月20日付(2010)一中知行初字第503号より抜粋):

专利法实施细则第二十一条第二款规定,独立权利要求应当从整体上反映发明或者实用新型的技术方案,记载解决技术问题的必要技术特征。

 

必要技术特征是指,发明或者实用新型为解决其技术问题所不可缺少的技术特征,其总和足以构成发明或者实用新型的技术方案,使之区别于背景技术中所述的其他技术方案。判断某一技术特征是否为必要技术特征,应当从所要解决的技术问题出发并考虑说明书描述的整体内容。

 

・・・环境温度探测装置是空调器必须具备的技术特征,本领域技术人员根据需要选择在主机或者遥控器安装环境温度探测装置,故环境温度探测装置及其常规安装位置属于现有技术。・・・本专利权利要求1或2・・・隐含地记载了空调器主机和遥控器的所有必要技术特征。因此,・・・权利要求1或2符合《专利法实施细则》第二十一条第二款的规定。・・・

 

《专利法》第二十六条第三款规定,说明书应当对发明或者实用新型作出清楚、完整的说明,以所属技术领域的技术人员能够实现为准。

 

如前所述,空调器的主机或者遥控器必备环境温度探测装置,本专利说明书・・・隐含记载了环境温度探测装置这一技术特征。本专利说明书清楚地记载本发明的技术方案,详细地描述了实现发明的具体实施方式,完整地公开了对于理解和实现发明必不可少的技术内容,本领域技术人员在掌握现有技术的基础上,通过说明书的记载内容,能够理解和实施本专利的技术方案,解决本专利技术问题。因此,本专利符合《专利法》第二十六条第三款的规定。・・・

 

(日本語訳「専利法実施細則第21条第2項には、独立請求項は発明或いは実用新案の技術案を全体的に反映し、課題を解決するために必要な技術的特徴を記載しなければならない、と規定している。

 

 必要な技術的特徴とは、発明或いは実用新案がその技術的課題を解決するために必要不可欠な技術的特徴を指し、その総和は発明或いは実用新案の技術案を構成するのに十分なように背景技術に記載されたその他の技術案から区別させるものである。ある技術的特徴が必要な技術的特徴であるかを判断するには、解決しようとする課題から出発し、且つ明細書に記載された内容全体を考慮しなければならない。

 

 ・・・環境温度検知装置はエアコンに必要な技術的特徴であり、当業者は市場のニーズに応じて本体或いはリモコンに環境温度検知装置を取付けており、環境温度検知装置及びその通常の取付け位置は従来技術に属するものである。・・・本特許請求項1或いは2は・・・エアコン本体及びリモコンの全ての必要な技術的特徴を暗示的に記載していると見るべきである。したがって、・・・請求項1或いは2は『専利法実施細則』第21条第2項の規定に合致する。・・・

 

 『中国専利法』第26条第3項には、明細書は発明或いは実用新案に対して明瞭、完全に説明すべきであり、当業者が実現できることを基準とする、と規定している。

 

 前述した通り、エアコン本体或いはリモコンには環境温度検知装置が必ず設置されるため、本特許明細書には・・・環境温度検知装置という技術的特徴が暗示的に記載されていると認めるべきである。本特許明細書は、本発明の技術案を明瞭に記載し、発明を実現する具体的な実施方式を詳細に表現し、発明を理解及び実現するのに必要不可欠な技術的内容を完全に開示し、当業者は把握する従来技術を基にして、明細書の記載内容を通じて、本特許の技術案を理解及び実施し、本特許の技術的課題を解決できる。したがって、本特許は『中国専利法』第26条第3項の規定に合致する。」)

 

【留意事項】

 本事件における無効理由は「言いがかり」的ともいえる内容となっているが、これに対し審決及び判決は「エアコンの温度制御装置である以上、当然、温度検知は必要な手段であり、かつ従来技術においてもごく普通に備えられている手段にすぎない。こうした構成までも、必須の構成要素として請求項に記載し、かつ明細書で説明する必要はない。」という妥当な論理に基づいて特許権を維持した事件である。ちなみに、本件の特許権者及び無効審判請求人は、中国を代表する2大エアコンメーカーであり、中国のトップ企業どうしが争った事件であるが、かつて日本でも良く見られた「ライバルメーカー同士の無用な争い」の一例と思われる。

■ソース
・北京市第一中級人民法院行政判決2010年9月20日付(2010)一中知行初字第503号
http://china.findlaw.cn/info/cpws/xzcpws/157165.html ・中国特許第200710097263.9号(公告番号CN100416172C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2013.01.21

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