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(中国)補正後の請求項が当初明細書記載の範囲を超えているか否かに関する事例
2013年07月02日
■概要
北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、本件特許発明において、曲げられたヤシ繊維を原料として弾性材料を製造するのが最も好ましい実施例であり、当然、曲げられていないヤシ繊維より優れているが、当業者は、曲げられていないヤシ繊維を原料として弾性材料を製造する技術案についても、直接的かつ異議なく導き出すことができるため、請求項1における「ヤシ繊維を原料とする」との包括的記載は不当とは言えない、と認定し、一審判決を取消した((2004)高行終字第261号)。一方、北京市高級人民法院は同判決において、特許権者に対し、無効審判手続きにおいて、請求項1記載のヤシ繊維について自ら「曲げられたヤシ繊維である。」と限定した説明をしていることを取り上げ、関連する権利侵害訴訟においてこの説明と反対する解釈をしてはならない(禁反言)、自発的に限定解釈すべきである、と言い渡した。
■詳細及び留意点
【詳細】
本事件は、国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体が下した特許権維持との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)で下された審決を取消すとの判決を不服として、北京市高級人民法院にて争われた事件である。
本事件の争点は、「補正後の請求項が、当初明細書記載の範囲を超えているか否か。」である。
国家知識産権局が定めた審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、出願人はその特許出願書類を補正することができるが、出願書類に対する補正は出願当初の明細書及び特許請求の範囲の記載範囲を超えてはならない。特許請求の範囲は明細書を根拠として支持されなければならない。特許請求の範囲における各請求項が保護する発明は、当業者が明細書に十分開示された内容から得て、或いは概括して得られた発明であり、且つ明細書の開示範囲を超えてはならない、旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第2章3.2.1の関連規定参照)。
本件特許はヤシ繊維弾性材料の製造方法に関し、無効請求の対象となった登録後の請求項1記載の発明は、以下のとおりである。
「使用されるヤシ繊維の長さが60~200mmであり、ヤシ繊維が三次元方向に均一に分布し、ヤシ繊維同士の交差点に粘着剤があることを特徴とするヤシ繊維弾性材料。」
無効審判請求人は、「補正によって追加され請求項1に記載の発明は、ヤシ繊維について「曲げられている」との限定が無く、権利範囲が拡大している。当該構成は当初明細書に記載されておらず手続き補正は違法であるため、特許法第33条及び第26条第4項の規定に合致せず本件特許は無効である。」と主張した。
審判部合議体は、「本件特許の審査段階で追加補正された請求項1記載の「ヤシ繊維」は、ヤシ繊維が曲げられている特徴は限定されておらず、曲げられていないヤシ繊維も含むものである。特許明細書で開示しているのは、曲げられたヤシ繊維を原料として弾性材料を製造する方法およびその製品であるが、曲げられていないヤシ繊維を原料として弾性材料を製造するのが不可能であることを意味しない。「曲げられたヤシ繊維を原料として弾性材料を製造する」から「曲げられていないヤシ繊維を原料として弾性材料を製造する」ことを思いつくかどうかは、当業者を基準とすべきである。曲げられたヤシ繊維を原料とする方が、曲げられていないヤシ繊維を原料とするよりヤシ繊維製品の弾性向上に有利であるのは、本技術分野の技術常識である。本件特許の実施例では曲げられたヤシ繊維を原料としているが、当業者であれば曲げられていないヤシ繊維を原料としても、製品の性能は若干劣るものの発明の目的を実現すると理解できる。したがって当業者は、曲げられたヤシ繊維を原料として弾性材料を製造することをベースとして、曲げられていないヤシ繊維を原料として弾性材料を製造することを、直接的かつ異議なく想像できる。したがって、このような技術的内容の追加は許容されるべきであり、当該補正は特許法第33条の規定に合致する。」として、本件特許を維持する審決を下した(第4764号無効審決)。
無効審判請求人はこの審決を不服とし、その取消を求めて北京市第一中級人民法院に提訴した。
北京市第一中級人民法院は「本特許明細書で開示しているのは「曲げられたヤシ繊維」の技術のみであり、ヤシ繊維を曲げ、曲げられたヤシ繊維を使用するのが本件特許発明における特徴であって、必須の製造工程である。したがって、当該方法で製造されたヤシ繊維は必ず曲げられたものであるべきである。無効審判段階において南方匯通公司は、本特許発明のヤシ繊維は曲げられたヤシ繊維であり、曲げられていないヤシ繊維は本特許の保護範囲ではなく、発明の目的を実現できない、と自白している。審判部合議体は、当業者は開示された出願書類から補正後の任意な形状のヤシ繊維を直接的かつ異議なく導き出すことができると認定しているが、これは特許権者自身の説明と矛盾しており、登録後の発明は、出願当初に開示している発明と異なると言うべきである。」として、審決を取消す判決を下した。
審判部及び南方匯通公司は、この一審判決を不服として北京市高級人民法院に上訴した。
北京市高級人民法院は、審判部及び南方匯通公司の主張を支持し「一審判決の認定は明らかに誤りである。」と認定して一審判決を取消す一方、特許権者である南方匯通公司に対し、無効審判手続きにおいて、請求項1記載のヤシ繊維を「曲げられたヤシ繊維である」と自ら限定説明したことを取り上げ、関連する権利侵害訴訟において「この説明と反対する解釈をしてはならない。」、「自発的に限定解釈すべきである。」と言い渡した。
参考(北京市高級人民法院行政判決2004年10月26日付(2004)高行終字第261号より抜粋):
专利法第三十三条规定,申请人可以对其专利申请文件进行修改,但对发明专利申请文件的修改不得超出原说明书和权利要求书记载的范围。《审查指南》则进一步指出,如果申请的内容通过增加、改变或删除其中的一部分,致使所属技术领域的技术人员看到的信息与原申请公开的信息不同,而且又不能从原申请公开的信息中直接地、毫无疑义地导出,则这种修改是不允许的。专利法第二十六条第四款规定,权利要求书应当以说明书为依据,说明要求专利保护的范围。本案无效审查程序中,南方汇通公司确曾承认,授权文本权利要求1中的棕丝应解释为卷曲棕丝,这一陈述当然发生法律上的效力,在与该专利相关联的侵权诉讼中,南方汇通公司不得再作出与此相反的解释。
・・・对于专利复审委员会的认定及结论,本院不持异议。・・・但也应当指出,在专利权人南方汇通公司已对权利要求1中的相关技术特征作出处分(即,进行限缩解释)的情况下,专利复审委员会仍主动依职权作出认定,虽案件实体结论正确,但亦确有不妥。一审判决突出强调了本案争议专利申请文件的修改在形式上超出了原申请的范围,但忽略了从本领域普通技术人员的角度来考虑本案争议专利的修改在实质上是否超出了原申请的范围。实际上・・・本领域普通技术人员・・・显然可以直接地、毫无疑义地导出以非卷曲棕丝为原料生产弹性材料的技术方案,权利要求1中关于“以棕丝为原料”的概括并无不当。况且还应考虑到,南方汇通公司在专利无效审查程序中已主动将权利要求1中的棕丝限缩解释为卷曲的棕丝。因此,本案争议专利符合专利法第三十三条及第二十六条第四款之规定。
(日本語訳「特許法第33条の規定により、出願人はその特許出願書類を補正することができるが、発明特許出願書類に対する補正は出願当初の明細書及び特許請求の範囲の記載範囲を超えてはならない。特許請求の範囲が明細書を根拠とするのは、請求項が明細書に支持されていることを指す。特許請求の範囲における各請求項が保護する技術案は、当業者が明細書に十分開示された内容から得て、或いは概括して得られた技術案であり、且つ明細書の開示範囲を超えてはならない。「審査指南」では、出願内容について、一部を追加、変更又は削除することで、当業者が閲覧する情報と出願当初に開示した情報とが異なり、且つ当初の開示情報から直接的かつ異議なく導き出されることができなければ、こうした補正は許容されない、としている。特許法第26条第4項の規定によると、特許請求の範囲は明細書を根拠とし、保護を求める範囲を説明しなければならない。本件の無効審判手続きにおいて、南方匯通公司は登録書類の請求項1のヤシ繊維が曲げられたものと理解すべきことを明確に認めており、この説明は当然に法的拘束力がある。当該特許と関連する権利侵害訴訟において、南方匯通公司は前記説明に反する解釈をしてはならない。
・・・専利覆審委員会の認定及び結論について当人民法院は異議を持たない。・・・ただし、指摘すべき点は、特許権者である南方匯通公司が請求項1の関連特徴について処分(即ち限定解釈)をした状況下において、専利覆審委員会が自らの職権に基づいて認定したことは、実体としての結論は正確であるが、やはり不適切と言うべきである。一審判決は、本件争議特許の出願書類の補正が形式的に当初の範囲を超えていることを強く強調しているが、本件争議特許の補正が実際に当初の範囲を超えたかどうかは当業者の視点から判断すべきである。実際に・・・当業者は・・・曲げられていないヤシ繊維を原料として弾性材料を製造する技術案を直接的かつ異議なく導き出すことができるのは明らかであり、請求項1の「ヤシ繊維を原料とする」という概括が不当とは言えない。とはいえ、南方匯通公司は無効審判手続きにおいて、請求項1のヤシ繊維について自ら曲げられたヤシ繊維に限定する主張をしたことは考慮すべきである。以上のとおり、本件争議特許は特許法第33条及び第26条第4項の規定に合致する。」)
【留意事項】
本事件において、北京市高級人民法院は「補正は適法である。」と認定しつつ、その一方で、特許権者自身による無効審判段階での限定的説明を取り上げ、関連する権利侵害訴訟において「この説明に反する解釈をしてはならない。」(禁反言)、「自発的に限定解釈すべきである。」と言い渡した興味深い事件である。無効審判請求人の立場からすれば、「試合に負けて勝負に勝った。」事件と言える。ちなみに、特許権者、無効審判請求人ともに中国企業である。
■ソース
・北京市高級人民法院行政判決2004年10月26日付(2004)高行終字第261号http://www.110.com/panli/panli_44209.html ・中国发明专利第90100464号(公告番号CN 1016876 B)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.16