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台湾における商標権侵害の損害賠償金額の計算方法
2013年06月25日
■概要
現行商標法第71条第1項第3号は、「没収された権利侵害商品が1500個を超えるときは、その総額を賠償金額とする」と定めている。没収された権利侵害商品の数量が1500個以下の場合、小売価格の何倍によって損害賠償金額を計算すべきなのかという点が争点となるが、裁判所は、被告の原告に対する影響、被告の入荷・販売量、被告の故意・過失の程度、被告が提供する模造品の出所情報の程度、係争商標の知名度及び侵害方法を参酌して金額を決定することとなる。■詳細及び留意点
【詳細】
(1)損害賠償金の計算に関する商標法の規定は以下のように定められている。
(i) 旧商標法第63条第1項(2003年5月28日に公布・施行)
商標権者が損害賠償を請求するときは、次の各号の一によりその損害を計算することができる。
1.民法第216条の規定による。但し、証拠を提出できない方法によりその損害を証明するとき、商標権者は、その登録商標の使用により通常得られる利益から、侵害を受けた後に同一の商標を使用して得られる利益を差し引き、その差額を被った損害とすることができる。
2.商標権の侵害行為によって得た利益による。商標権を侵害した者が、そのコスト又は必要経費により立証することができないとき、当該商品を全て販売したときの利益とすることができる。
3.没収された商標権侵害商品の小売単価の500倍乃至1500倍以下の金額とする。但し、没収された商品が1500個を超えるときは、その総額を賠償金額と定める。
前項の賠償金額が明らかに不適当であるとき、裁判所は減額を酌量することができる。
(ii) 現行商標法第71条第1項(2012年7月1日施行)
商標権者が損害賠償を請求するときは、次の各号の一によりその損害を計算することができる。
1.民法第216条の規定による。但し、証拠を提出できない方法によりその損害を証明するとき、商標権者は、その登録商標の使用により通常得られる利益から、侵害を受けた後に同一の商標を使用して得られる利益を差し引き、その差額を被った損害とすることができる。
2.商標権の侵害行為によって得た利益による。商標権を侵害した者が、そのコスト又は必要経費により立証することができないとき、当該商品を販売したときの全ての収入を利益とすることができる。
3.没収された商標権侵害商品の小売単価の1500倍以下の金額とする。但し、没収された商品が1500個を超えるときは、その総額を賠償金額と定める。
4.商標権者が権利許諾により他人が使用するときに得られる権利金に相当する金額をその損害とする。
前項の賠償金額が明らかに不適当であるとき、裁判所は減額を酌量することができる。
(2)上記法定の損害賠償金額計算方法のうち、最も争点となりやすいのが第3号前段の没収された商品が1500個以下のときは、小売価格の何倍によって損害賠償金額を計算すべきなのかという点である。以下に2件の判例を挙げるので、ご参考いただきたい。
(i) 知的財産裁判所判決2009年3月26日付民国97年度重附民字第1号判決(エルメスの店員によるバーキンの模造品の販売について)
(a) 裁判所は本件において、旧法第63条第1項第3号前段の没収された商標権侵害商品の「小売価格」について、当該号規定の立法目的は損害を受けた者が実際の損害を証明することができないことにより、得るべき補償を受けられなくなることを回避するためであるとした。損害を受けた者は、侵害された商標によって失った利益や被った損害、そして侵害者が得た利益等における立証責任が免除され、裁判官の裁量により賠償金額を定めることができる。
(b) 判決内容
・ 「小売価格」の定義
商標法に規定されている「商標権侵害商品の小売価格」とは、「商標権を侵害された商品の小売価格」ではなく、当該模造品の小売価格を指す。本件模造品のバッグの小売価格は23万台湾ドル、22万台湾ドル、80万台湾ドルのものがあり、その平均金額は51万2500台湾ドルである。原告はこの小売平均価格によって4つのバッグの合計金額を計算したが、これは妥当ではない。
・ 当該号の立法目的に関する裁判所の説明
商標法第1条では立法目的について「商標権及び消費者の利益を保障することにより、市場の公正競争を維持し、企業の正常な発展を促進するため」と記されている。つまり、当該号は商標権者が長期に亘る企業努力により築いてきた商標、信用、事業主体又は出所を示す標示及び消費者の利益を保護し、不肖な業者が商標権者のまっとうな企業努力に配慮せず、長年市場で苦労して確立した信用にフリーライドし、廉価なコストで作製した模造品を真正品として販売して消費者に混同を生じさせ暴利を得ることによって、消費者の利益及び商標権者の権益に損害が及ぶことを防止するために立法されたものである。
しかしながら、本件原告の商標は著名商標であり、被告は原告の登録商標と同一の商標を付したバッグを輸出入・販売し、且つ模造品を高値で真正品として販売して原告の係争商標権を侵害した。本件の係争商標権侵害により没収された係争バッグは4つに過ぎないが、他人の商標を盗用して非正規の商業ルートによって販売されているため、実際の販売量がどのくらいなのか侵害者は知っていても公開しない。このため、被害者が実際に被った損害に即した損害額の計算・証明が困難となることが常である。さらに侵害者は、本件について調査されていることを知った後は手段を選ばず係争商品を売り飛ばすため、被害者は更に大きな損害を被ることになる。被害者が没収できる商品が少数に過ぎず、実際の損害を証明することが出来ないため、本来受けるべき補償を得ることができないのは公正を欠き、このような侵害行為の発生を助長することになる。従って、本件原告は旧商標法第63条第1項第3号により、没収された商標権侵害商品の小売単価の500倍乃至1500倍にて損害金額を計算した。
・ 立証責任
当該号にて規定されている損害金額の計算方法は、模造品の没収が困難なために商標権者が損害立証し難くなることを回避するために規定されたものである。このため、原告は当該号規定によって賠償金額を計算すればよく、同条第1、2号にあるような、その登録商標の使用により通常得られる利益から、侵害を受けた後に同一の商標を使用して得られる利益を差し引き、その差額を被った損害としたり、係争商標のコストや必要経費、又は係争バッグを販売したときの全ての収入を利益としたりする立証責任を負う必要はない。
・ 本件判決における損害額
被告は、原告が4年間で4つのバッグが市場に流通しているのを発見したのみであること、且つ、台湾で毎年販売されるバーキンの数量は数十個程度に過ぎないため、原告の請求する倍数により計算した金額は不適当に多額であり、これは台湾の8~9年間の販売量とほぼ同金額になると主張した。しかしながら、裁判所は立法目的及び被告の侵害期間が約半年で、模造品を真正品として高値で販売する等の侵害事実を参酌し、原告が被った損害及び被告が得た利益の計算方法と損害額を下記内容にするべきであるとした。
計算方法:500倍
損害金額:256,250,000台湾ドル(512,500×500=256,250,000)
(ii) 知的財産裁判所による2011年5月25日付民国100年度民商訴字第6号判決
(a) 裁判所は本件において、旧法第63条第1項第3号前段の倍数決定にあたっての参酌要素を示した。
(b) 判決内容
・ 倍数決定にあたっての参酌要素
没収した商品の小売価格(原告は60台湾ドルだと主張)の500倍乃至1500倍にて賠償金額を決定する際、参酌事項は以下の通りである。
〇被告が販売した価格が原告の損害に及ぼす影響
被告が低価で販売するほど模造品はよく売れるため、原告が市場にて受ける影響はより多大なものとなる。従って、より高い倍数によって計算するべきである。
〇被告の入荷及び販売数量
数量が多ければ多いほど高い倍数に定めるべきである。
〇被告の故意・過失の程度
被告が故意であった場合は、より高い倍数に定めるべきである。過失による場合は、過失の程度を参酌してその倍数を定めること。
〇被告が提供した模造品の出所情報の内容
原告は被告が提供した模造品の出所情報の内容が充実しているほど、模造品の製造販売業者に対して多額の損害賠償請求をすることができ、上記情報の内容が充実していれば原告が被った経済上の不利益も小額になるので、当該倍数も小さくするべきである。その逆であるときは、当該倍数を大きくするべきである。
〇その他すべての必要な事情
・ 本件判決における損害額
裁判所は下記事項を参酌し、原告の1500倍で計算するべき旨の請求は根拠があると認めた。従って、則原告の賠償請求額9万台湾ドルは妥当であるとして、これを許可した。
〇「飄逸杯」に類似した商品(権利侵害を受けた商標権者の真正品)の価格が259台湾ドルであるのに対し、被告は模造品を僅か65台湾ドルで販売している。真正品の価格が模造品の4倍(259÷65=3.9846台湾ドル)であることを参酌すると、この低価格による販売方法によって原告が受けるダメージは甚大である。
〇被告が購入した模造品は10個である。
〇被告が「飄逸杯」を販売した過失の程度は高い。
〇被告は元々製造メーカーに関する出所情報を提供する可能性があったにもかかわらず、不注意により販売源を記録していなかったために提出しなかった。このため、原告は製造メーカーに損害賠償を請求することができなくなった。
〇その他すべての必要な事情
【留意事項】
没収された権利侵害商品が1500個以下のとき、権利侵害商品の小売価格の何倍が損害賠償金額になるか、裁判所は被告の原告に対する影響、被告の入荷・販売量、被告の故意・過失の程度、被告が提供する模造品の出所情報の程度、係争商標の知名度及び侵害方法を参酌してこれを決定する。
2012年7月1日に施行された現行商標法第71条第1項第3号では、下限の500倍が削除されたことに留意する必要がある。これは実質上、上記知的財産裁判所2009年3月26日付民国97年度重附民字第1号判決が公告された後、様々な物議を醸し出した影響を受けたものである。以下は現行商標法第71条第1項第3号の修正理由における注記(抜粋)である。
「第3号修正:現行条文における損害賠償の単価の下限500倍を削除する。実際の侵害程度の如何に係わらず、小売価格の500倍で損害賠償金額を計算して公正を欠くことがないように、裁判官は権利侵害行為によって各案件毎に裁量するものとする。」
■ソース
・知的財産裁判所判決2009年3月26日付民国97年度重附民字第1号判決http://jirs.judicial.gov.tw/FINT/FINTQRY04.asp?hir=1&N0=97&sel_jword=%B1%60%A5%CE%A6r%A7O&N1=%AD%AB%AA%FE%A5%C1&N2=1&Y1=&M1=&D1=&Y2=&M2=&D2=&kt=&kw=&keyword=&sdate=&edate=&ktitle=&lc1=&lc2=&lc3=&hi=1&EXEC=%ACd++%B8%DF&datatype=jtype&typeid=P&recordNo=1# ・知的財産裁判所判決2011年5月25日付民国100年度民商訴字第6号判決http://jirs.judicial.gov.tw/FJUD/FJUDQRY03_1.aspx?id=1&v_court=IPC+%e6%99%ba%e6%85%a7%e8%b2%a1%e7%94%a2%e6%b3%95%e9%99%a2&v_sys=V&jud_year=100&jud_case=%e6%b0%91%e5%95%86%e8%a8%b4&jud_no=6&jud_title=&keyword=&sdate=&edate=&page=&searchkw=#
■本文書の作成者
聖島国際特許法律事務所■協力
一般財団法人比較法研究センター 木下孝彦特許庁総務部企画調査課 山中隆幸
■本文書の作成時期
2013.1.10