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(中国)総括的に(上位概念で)表現された請求項記載の発明は、明細書開示の範囲内か否かに関する事例

2013年06月21日

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■概要
北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、トレハロース及びショ糖以外の溶解保護剤及びその組み合わせが、モノクロナール抗体凍結乾燥製剤を安定させる作用があるか否かについて、本件特許明細書にはそれを証明する実験データが記載されておらず、また、請求項16で限定する具体的な溶解保護剤はそれぞれ異なる理化学的性質を有し、当業者が把握する知識では前記溶解保護剤が発明の目的を実現し、相応の技術的効果を奏することができると理解できないため、請求項16に記載の発明は、特許法第26条第4項の規定に違反する、として、一審判決を維持した((2011)高行終字第1702号)。
■詳細及び留意点

【詳細】

 本事件は、中国国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体が下した特許一部無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)が下した審決維持との判決を不服として、北京市高級人民法院で争われた事件である。

 

 本事件の争点は、「総括的に(上位概念で)表現された請求項記載の発明は、明細書開示の範囲内か否か」である。

 

 中国国家知識産権局が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、特許請求の範囲の総括が推測の内容を含み、且つその効果を予め確定及び評価するのが困難な場合、こうした総括的記載は明細書の開示範囲を超えていると認定すべきである、旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第2章3.2.1の関連規定参照)。

 

 本件特許は、等張凍結乾燥タンパク製剤に関し、無効審判請求の対象となった請求項16に記載の発明は下記のとおりである。

「溶解保護剤及びモノクロナール抗体を含有する凍結乾燥混合物の製剤であって、

溶解保護剤及びモノクロナール抗体のモル比が100~600モル:1モルであり、

前記溶解保護剤は非還元糖、グルタミン酸一ナトリウム、ヒスチジン、リシン、硫酸マグネシウム、三価アルコール或いは高級糖アルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、Pluronic及びその組み合わせから選択される前記製剤。」

 

 無効審判請求人は、請求項16記載の発明が無効である根拠として、

(1)当業者は、本特許明細書に開示された内容では、抗HER2抗体及び抗IgE抗体以外のモノクロナール抗体及び溶解保護剤による製剤が、モノクロナール抗体の安定性問題を解決し、且つ相当する技術的効果を奏することを予期できない。

(2)本特許明細書に記載されたモノクロナール抗体と安定した製剤を形成できる物質は、トレハロース或いはショ糖のみであり、当業者は、本特許明細書からその他溶解保護剤を含む製剤が、抗HER2抗体及び抗IgE抗体の安定性問題を解決し、且つ相当する技術的効果を奏することを予期できない。

と主張した。

 

 これに対し、特許権者は「本特許発明は、溶解保護剤(例えば、トレハロース、ショ糖、ヒスチジン及びマンニトール)を含む抗HER2及び抗IgE抗体製剤を例示し、且つ当該製剤が安定していることを証明しており、請求項16に記載された『モノクロナール抗体』及び『溶解保護剤』は、実施例に開示した内容を総括しており、当該総括は合理的である。明細書の開示に基づいて、当業者は請求項16に記載された全ての溶解保護剤が抗体製剤を安定させる効果を奏することを予期できる。」と反論した。

 

 本特許明細書に開示された主な内容は、以下のとおりである。

 「本発明の目的は、安定的な凍結乾燥タンパク製剤を提供することである。

2頁:通常のタンパク質及び溶解保護剤の未凍結乾燥タンパク製剤は、緩衝液を基に製剤のタンパク質を製剤に相応しいpHとする。本目的達成のために最適なのは後述するヒスチジン緩衝液を組むことであり、これは溶解保護機能を奏する。

9頁:『安定』的な製剤とは、製剤中のタンパク質が保存時にもその理化学的安定性及び完全性を保持することである。

16頁:典型的な緩衝液はヒスチジンを含む。本願の実施例において、溶解保護剤(ショ糖及びトレハロース)と充填剤(マンニトール及びグリシン)との混合物は、未凍結乾燥タンパク製剤の設備に用いることができる。

21頁:40℃で2週間保存後、pH6.0、10mMのヒスチジン及びマンニトールの製剤をpH5.0、10mMのコハク酸塩及びマンニトールの製剤と比較すると、前者に含有される凝集タンパク質の量は更に少ない。

31頁:溶解保護剤の選別を実現するために、溶解保護剤が存在或いは存在しない時に、抗IgE抗体をpH5.0のコハク酸ナトリウムに配合し、製剤を2~8℃で保存した際、単糖製剤(マンニトール)の凝集速度は、緩衝液対照中においても不変である。」

 

 審判部合議体は、「本特許明細書には、請求項16に列挙された、あらゆるタイプの非還元糖を含む全ての溶解保護剤及びその組み合わせが、全てモノクロナール抗体(例えば抗HER2及び抗IgE製剤)を安定させるのに用いられることを証明する実験データが開示されておらず、且つ非還元糖以外の溶解保護剤は、ショ糖或いはトレハロースと性質の異なる化合物であり、当業者が有する技術的知識に基づいても、これらの化合物がショ糖やトレハロースと同等にモノクロナール抗体に対する安定作用を奏することを予期できない。したがって、請求項16における溶解保護剤の総括的記載は明細書の開示範囲を超えており、特許法第26条第4項の規定に違反する。」と認定し、請求項16記載の発明を無効とした(第15147号審決)。

 

 本審決を不服とした特許権者は、北京市第一中級人民法院に審決の取消しを求めて提訴したが、北京市第一中級人民法院は、審判部合議体による認定を支持し、審決を維持する判決を下した(第751号判決)。

 

 この判決を不服とした特許権者は、北京市高級人民法院に上訴した。

 北京市高級人民法院は、「本特許明細書の開示内容に基づけば、トレハロース及びショ糖が、抗HER2及び抗IgEモノクロナール抗体凍結乾燥製剤の安定のために用いられることが証明されているだけである。トレハロース及びショ糖以外の非還元糖が、モノクロナール抗体凍結乾燥製剤を案安定させる機能を奏するか否か、及び請求項16に記載の非還元糖以外の溶解保護剤を構成する各原材料及びその組合せが、モノクロナール抗体凍結乾燥製剤を安定させる作用を有するか否かについて、本特許明細書はそれを証明する実験データが記載されておらず、特許権者の上訴理由は成立しない。」として、一審判決を維持した。

 

参考(北京市高級人民法院行政判決2012年2月1日付(2011)高行終字第1702号より抜粋):

专利法第二十六条第四款规定,权利要求书应当以说明书为依据,说明要求专利保护的范围。如果权利要求书的概括包含推测的内容,而其效果又难于预先确定和评价,应当认为这种概括超出了说明书公开的范围。

 

本专利说明书并未披露在pH值为5的琥珀酸钠以外的其他条件下,以甘露糖醇作为溶解保护剂的单克隆抗体冻干制剂的凝聚速度低于缓冲液对照,也没有证据表明“甘露糖醇制剂的凝聚速度与缓冲液对照中的相同”仅是pH值为5的琥珀酸钠的特定条件下的实验结果。

 

说明书明确记载了“单用组氨酸或用组氨酸/甘露糖醇的制剂中有显著的凝聚”,由此可见,本专利说明书已经对单用组氨酸将产生显著的凝聚,从而在常理上无法用于稳定单克隆抗体冻干制剂有明确记载。

 

基于本专利说明书公开的信息,其仅仅证实了海藻糖和蔗糖可以用于稳定抗HER2和抗IgE的单克隆抗体冻干制剂。对于除海藻糖和蔗糖之外的其他非还原性糖・・・以及权利要求16中涉及的除非还原性糖之外的其他溶解保护剂・・・及其组合是否具有稳定单克隆抗体冻干制剂的作用,本专利说明书中并没有提供实验证据予以证明。

 

此外,上述权利要求16所限定的具体溶解保护剂分别具有不同的理化性质,本领域技术人员所具备的知识不能知晓上述不同理化性质的溶解保护剂均能够实现发明目的,产生相应的技术效果。因此,专利权人关于本专利权利要求16符合专利法第二十六条第四款规定的上诉主张不能成立,本院不予支持。

 

(日本語訳「特許法第26条第4項の規定により、特許請求の範囲は明細書を根拠とし、特許で保護を求める範囲を説明しなければならない。特許請求の範囲の総括が推測の内容を含み、且つその効果を予め確定及び評価するのが困難な場合、こうした総括は明細書の開示範囲を超えていると認定すべきである。

 

 本特許明細書は、pH5とするコハク酸ナトリウム以外の条件下で、マンニトールを溶解保護剤とするモノクロナール抗体凍結乾燥製剤の凝集速度が緩衝液対照より低いことを開示せず、「マンニトール製剤の凝集速度が緩衝液対照と同一である」がpH5とするコハク酸ナトリウムの特定の条件下での実験結果であることの証拠もない。

 

 明細書は、「ヒスチジンのみを使用し、或いはヒスチジン/マンニトールを使用した製剤において、顕著な凝集がある」ことを明記しており、本特許明細書はヒスチジンのみを使用すると顕著な凝集が発生し、一般にはモノクロナール抗体凍結乾燥製剤の安定に用いられないと記載されていると理解できる。

 

 本特許明細書の開示内容に基づけば、トレハロース及びショ糖が抗HER2及び抗IgEのモノクロナール抗体凍結乾燥製剤の安定に用いられることのみが証明されている。トレハロース及びショ糖以外の非還元糖・・・及び請求項16に記載の非還元糖以外の溶解保護剤・・・及びその組合せが、モノクロナール抗体凍結乾燥製剤を安定させる作用を奏するか否かについて、本特許明細書にはそれを証明する実験データが記載されていない。

 

 その他、前記請求項16で限定している具体的な溶解保護剤はそれぞれ異なる理化学的性質を有し、請求項16で限定する具体的な溶解保護剤はそれぞれ異なる理化学的性質を有し、当業者が把握する知識では前記溶解保護剤が発明の目的を実現し、相応の技術的効果を奏することができると理解できない。したがって、請求項16が特許法第26条第4項の規定に合致するという特許権者の上訴理由は成立せず、本院はこれを支持しない。」)

 

【留意事項】

 本事件の判断には、当該分野における高レベルの技術的知見を必要とするものと思われるが、本特許明細書の開示内容は限定的とも考えられる。ちなみに本件特許権者は米国企業、無効審判請求人は中国の個人である。

■ソース
・北京市高級人民法院行政判決2012年2月1日付(2011)高行終字第1702号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=889928 ・中国特許第96195830.8号(公告番号CN1151842C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2013.01.14

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