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(中国)実用新案権の進歩性判断における引用文献数の適否に関する事例(その2)

2013年06月20日

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■概要
中国国家知識産権局専利覆審委員会(以下、「審判部」という)合議体は、実用新案権の進歩性判断において、一般的には3つ以上の引用文献を組合せてその進歩性を評価しないが、本件の場合、引用文献1、2、3の中から2つを組合せることであり、3つ以上を組み合わるものではないと説示し、また、実用新案の進歩性判断は、引用文献の数ではなく、最も近い先行技術が実際に解決しようとする技術的課題から出発し、先行技術に技術的示唆があるか否か、当該示唆が自明であるか否か、及び当該示唆により当業者が当該実用新案にかかる考案を容易に得られるか否かを判断することが重要であると説示し、本実用新案権を無効とした(第11586号審決)。
■詳細及び留意点

【詳細】

 本事件の争点は、「実用新案権の進歩性判断における、3つ以上の引用文献の組合せは不可」とは、どういう意味かである。

 

 中国国家知識産権局が策定した審査指南(以下、「審査基準」という)には、実用新案の進歩性判断において、一般的に1つ又は2つの先行技術を引用してその進歩性を評価すべきであるが、先行技術を単純に積み重ねて形成した実用新案については、状況に応じて複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる、旨規定されている(審査基準、第4部分第6章4参照)。

 

 本実用新案は、ヒートパイプ放熱器に関し、請求項1に記載された考案は下記のとおりである。

「請求項1:ヒートパイプ放熱器であって、

開口部を有するベースと、

前記開口部に設置され、収納部が設置されたU字型伝熱板と、

前記ベースに設置された放熱体と、

少なくとも1つの扁平形状の受熱端及び冷却端を有する少なくとも1つのヒートパイプとを備え、

前記受熱端は伝熱板に設置され、放熱体に接触し、冷却端は前記放熱体の端面に設置されたこと、

を特徴とするヒートパイプ放熱器。」

 

 本実用新案にかかる放熱器は図1に示される。

図1

図1:1ベース;11開口部;2伝熱板;21収納部;3放熱体;31凹部;32フィン;4ヒートパイプ;41受熱端;42冷却端。

 

 無効審判請求人の無効理由は以下のとおりである。

(1)請求項1記載の考案は、引用文献1,2,3の組合せにより容易になし得たものであり、中国特許法第22条第3項に規定する進歩性を有していない。

(2)従属請求項2,3,7,8の技術的特徴は引用文献1に開示されているため、進歩性を有していない。

(3)従属請求項4,5,6の技術的特徴の一部は引用文献1及び引用文献3に開示されており、その他の部分については、当業者の通常の手段であるため進歩性を有していない。

(4)従属請求項9の技術的特徴は、当業者の通常の手段であるため進歩性を有していない。

(5)従属請求項10の技術的特徴は、引用文献4に開示されており進歩性を有していない。

 

 無効審判請求人が提出した各引用文献に開示された放熱装置は、それぞれ以下のとおりである。

1.引用文献1(第200320102455.1号)に開示された放熱装置

下面に凹槽100を設け、上面に槽路101を設けたベース10と、該凹槽100に嵌められたシート状の熱伝導体11と、前記ベース10に設置された放熱フィン群4と、受熱部30、30’及び放熱部31、31’をそれぞれ有するヒートパイプ3、3’とを備え、各ヒートパイプ3、3’の受熱部30、30’は槽路101内に設置され、下面が熱伝導体11の表面に接触し、上面が放熱フィン群4の下部に接触し、放熱部31、31’は放熱フィン群4の上部に設置され、接触する。

図2

図2: 100凹槽;101槽路;10ベース;11熱伝導体;4放熱フィン群; 30、30’受熱部; 31、31’放熱部; 3、3’ヒートパイプ

 

2.引用文献2(00267984.1)に開示された放熱装置

放熱モジュールであって、金属熱伝導固定ベース34はU字型であり、ヒートパイプ31を収納する収納部を有し、且つ当該金属熱伝導固定ベース34は下金属片の開口中に設置される。

図3

図3:31ヒートパイプ;33下金属片;34金属熱伝導固定ベース

3.引用文献3(M249109)に開示された放熱装置

 放熱器であって、ヒートパイプ20を扁平形状に設けることにより、ヒートパイプ20と、伝熱板10及び放熱フィン31群とを面接触にし、ヒートパイプ20と伝熱板10及び放熱フィン31群との接触面積を増やす。

図4

図4:10伝熱板;20ヒートパイプ;30放熱体;31放熱フィン

4.引用文献4(特開2001-223308)に開示された放熱装置

 ヒートシンク1のプレート型ヒートパイプ5は、一部がベース板3に熱的に取り付けられて抜熱部11となっている。同ヒートパイプ5は、この抜熱部11の一端から折り曲げられて抜熱部11と平行して対向する放熱部13となっている。第一放熱フィン7aは抜熱部11に、第二放熱フィン7bは放熱部13に取り付けられている。放熱フィンを、抜熱部と、抜熱部から離れた位置の放熱部の二箇所に設けることで、ヒートシンク自身の寸法を小さく抑えながらフィンの設置面積を増大させることができる。

図5

図5:1ヒートシンク;3ベース板;5ヒートパイプ;7放熱フィン;9発熱体;11抜熱部;13放熱面;15断熱材

 実用新案権者は、答弁書において以下のとおり反論した。

(a)本権利は実用新案権であり、請求人は4つの引用文献を用いて進歩性を判断しているが、審査基準にある実用新案の進歩性判断に関する規定に違反する。

(b)請求項1は引用文献1,2,3の組合せに対して実質的特徴と進歩を有しており、中国特許法第22条第3項の進歩性に関する規定に合致する。

(c)独立請求項1が進歩性を有しているので、同様の理由により、従属請求項2~10も進歩性を有している。

 

 審判部合議体は、本実用新案権の請求項1記載の考案と引用文献1に開示された考案とを対比し、その相違する構成は、

(ⅰ)収納部が設置されたU字型伝熱板、

(ⅱ)扁平形状の受熱端及び冷却端を有するヒートパイプ、

 であると認定し、上記相違点(ⅰ)については、引用文献2に開示されており、且つ引用文献2の考案が奏する作用効果と本新案のそれとは同じであり、また相違点(ⅱ)について、それが解決しようとする課題は、ヒートパイプ、伝熱板及び放熱体の接触面積を広くすることであるが、この点は引用文献3に開示されており、当業者は引用文献1と引用文献2、3のそれぞれに開示された考案に基づいて本願考案を容易に想到し得る、と判断した。

 

 審判部合議体は審決において、争点となった審査基準の考え方について「引用文献1、2、3の組み合わせは、実質的に引用文献1と引用文献2、引用文献1と引用文献3とをそれぞれ組合せることであり、3つを全て組み合わる事とは異なる。引用文献2、3が提供した技術的示唆はそれぞれ2つの異なる課題を解決している。1つは、伝熱板をベースの開口部に収納し、且つ伝熱板にヒートパイプの受熱端を収納する収納部を形成することであり、もう1つは、ヒートパイプと放熱体の間に面接触させることで、接触面積を増やすことである。前記2つの課題の間にはいかなる関連性もなく、且つ前記2つの課題を解決するためにそれぞれ採用した技術的手段(即ち、相違点(ⅰ)、(ⅱ))は相互の組合せもなく、相互に影響及び作用もない。この場合、当業者は前記2つの課題をそれぞれ解決するために、それぞれ同一技術分野の2つの先行技術から技術的示唆を見出すことができ、且つ各先行技術に存在していた相応の課題を解決できる技術的手段を、最も近い先行技術に応用して、当該最も近い先行技術を改善し、それぞれの課題を解決する動機付けがある。よって、実用新案権者の反論は、請求項1にかかる考案の進歩性を説明するには十分ではなく、また、引用文献1と引用文献2、3、4との組み合わせから請求項2~10に記載された考案を得るのは当業者にとって自明である。」とした。

 

参考(中国特許庁審判部無効審決2008年5月24日付第11586号より抜粋):

 

判断实用新型专利的创造性,所引用对比文件的数量并不是决定因素,关键在于从最接近的现有技术和实用新型专利实际所要解决的技术问题出发,判断现有技术是否存在技术启示,该技术启示是否显而易见,以及这种技术启示是否使本领域技术人员容易得到该实用新型专利所要求保护的技术方案。

 

专利权人指出:对于实用新型,一般情况下引用不超过两份对比文件来评价创造性。对此,合议组认为:对于实用新型,一般不采用三篇以上的对比文件结合评价创造性,主要是考虑到三篇对比文件相互结合较为复杂,其结合所需付出的创造性劳动一般足以使其具有创造性。但就本案来说,对比文件1、2、3之间的结合实质是对比文件1与对比文件2、对比文件1与对比文件3分别结合,与三篇结合不同。对比文件2、3所给出的技术启示分别解决了两个不同的技术问题:一是使导热板容置于基座的开口部,并在导热板上形成容置部以容纳热管受热端;二是使热管与散热体之间形成面接触从而增大接触面积,上述两个技术问题之间没有任何内在联系,且为了解决上述两个技术问题而分别采用的技术手段・・・之间既没有相互配合,也没有相互影响和作用,两者没有关联,在此情况下,本领域技术人员为了分别解决上述两个技术问题,可以分别在同一技术领域的两项现有技术中寻求技术启示,并且有动机将每项现有技术中存在的、可以解决相应技术问题的技术手段应用到最接近的现有技术中,以改进该最接近的现有技术,从而解决各自的技术问题。

 

(日本語訳「実用新案の進歩性を判断する場合、引用する文献の数は決定的要素ではなく、最も近い先行技術及び実用新案が実際に解決しようとする技術的課題から出発し、先行技術に技術的示唆があるか否か、当該技術的示唆が自明であるか否か、及びこのような技術的示唆により、当業者が当該実用新案で保護する技術案を容易に得られるか否かを判断することである。

 

実用新案権者は、実用新案について一般的には2つを超えない引用文献でその進歩性を判断すべきであると主張しているが、合議体の認識は、一般的に3つ以上の引用文献を組合せてその進歩性を評価しないという意味は、主として3つの引用文献を互いに複雑に組合せることであり、その組合せに創造的な労力を要する場合のことである。しかし本件は、引用文献1、2、3間の組み合わせは実質的に引用文献1と引用文献2、引用文献1と引用文献3とをそれぞれ組合せることであり、3つを組み合わせることとは異なる。引用文献2、3が提供した技術的示唆はそれぞれ2つの異なる課題を解決するものであり、1つ目は伝熱板をベースの開口部に収納し、且つ伝熱板にヒートパイプの受熱端を収納する収納部を形成すること、2つ目はヒートパイプと放熱体の間に面接触させることで、接触面積を増やすことであり、前記2つの課題の間にはいかなる関連性もなく、且つ前記2つの課題を解決するためにそれぞれ採用した技術的手段・・・の間には、相互の組合せもなく、相互に影響及び作用もなく、両者には関連性がない。この場合、当業者は前記2つの課題をそれぞれ解決するために、それぞれ同一技術分野の2つの先行技術から技術的示唆を見出すことができ、且つ各先行技術に存在していた、相応の課題を解決できる技術的手段を、最も近い先行技術に応用して、当該最も近い先行技術を改善し、それぞれの課題を解決する動機付けがある。」)

 

【留意事項】

 本件は、審査基準のただし書きである「先行技術を単純に積み重ねて形成した実用新案については、状況に応じて複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。」が適用された事件であるが、結局のところ、(本審査基準そのものの妥当性は別として)特許審査と全く同じ論理で判断されており、特許とは別にわざわざ実用新案の審査基準を作成した趣旨に照らすと、合理的な判断といえるのか疑問が残る事件ではある。ちなみに、本件の実用新案権者は中国企業であり、無効審判請求人も中国企業である。

■ソース
・中国特許庁審判部無効審決2008年5月24日付第11586号
http://www.sipo-reexam.gov.cn ・中国実用新案第200520001516.4号(公告番号CN 2773904Y)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2013.01.14

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