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(中国)発明の実現性について、明細書にその根拠を明瞭且つ完全に説明しているか否か、また出願後に提出した実験結果をその証拠とできるか否かに関する事例

2013年06月14日

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■概要
中国国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体は、本願発明の細胞培養方法の根拠となる自然法則及び細胞の生理的特徴は、出願日前に公知とは言えず、明細書には本願発明の実現性を証明する実験結果が記載されていないとした上で、出願人は、出願後の意見書において実験結果を提出し本願発明の実現性を証明しているが、この実験結果は全て出願後のものであり、本願の出願日前において本願発明が完成していたことを証明できないため、当業者は、本願発明の方法から確実にマクロファージを作り出し、発明の目的を達成できることを予期できない、と認定し、拒絶査定を維持した(第25177号審決)。
■詳細及び留意点

【詳細】

 中国国家知識産権局が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、明細書は発明について明瞭かつ完全に説明すべきであり、当業者が実現できる内容であるか否かを基準とし、また、当業者が実現できるとは、明細書に記載された内容に基づいて、当該発明を実現し、その技術的課題を解決し、かつ予期し得る技術的効果を奏することを指す旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第2章2.1の関連規定を参照)。

 

 本願発明は、マクロファージ体外誘導培養方法に関し、請求項1に記載された発明は、以下のとおりである。

「マクロファージ体外誘導培養方法であって、

血液、組織又は腹水から分離された単核細胞を、PRMI 1640培地で2×106個細胞/mlに調整した後、

37℃、CO25%の孵卵器に置き、培地のpHを4又はそれ以下に下げ、全ての培養細胞の体積が縮小し、細胞質内の粒子が増え、屈折性が弱まった後、

細胞体積が徐々に大きくなり、細胞質内の粒子が減り、屈折性が強くなる少量の細胞が出現するまでに引き続き培養し、

その後、毎日、少量を換液し、これらの細胞が快速分裂増殖に入った段階で、通常の方法で換液、継代する、

ことを特徴とするマクロファージ体外誘導培養方法。」

 

 審査官は、「本願発明に記載された方法は、実質的に従来の細胞培養法をもとにし、正常細胞が自然に死滅するのを待った後、生き延びたマクロファージを抽出するものであるが、明細書には本願発明の実現性を明瞭かつ完全に説明していない。したがって本願は、中国特許法第26条第3条の規定に違反する。」として拒絶査定を行った。

 

出願人は、この査定を不服として審判請求した。

 

出願人は、「本願発明に記載された方法と公知の誘導培養方法とは異なる。本願の発明者は、換液せず、継代しない培養条件下で、細胞代謝産物の分泌により、培養上清液中で細胞毒性代謝産物が絶え間なく累積し、かつ培養上清液を酸性にし、こうした劣悪な環境下で、単核細胞及びマクロファージだけが生き延び、その他の細胞は死滅することを発見し、本願発明の方法及びパラメータを定めた。第1回拒絶理由通知書に対する応答時に、出願人は実験データを提出し、本願発明を用いて培養した結果は、確実にマクロファージであることを証明した。提出した実験データは、請求項記載の方法を用いて培養したものがマクロファージであることを証明するため、即ち発明の完成を証明し、未完成の発明を検証するものではない。」と主張するとともに、以下の2点を説明した。

「(1)大多数の細胞の成長に適するのは、pH7.2~7.4である。pH6.8以下、或いはpH7.6以上は、細胞の成長にとって不適であり多くは死滅する。マクロファージは好酸性であるため、pH4或いはpH4以下の酸性条件のもとでも生存し、その他細胞は死滅して淘汰される。本願発明は、特殊な分離を必要とせず、高純度マクロファージの培養を実現した。細胞の新陳代謝及びアポトーシスに伴い、本願発明の培養環境中の浸透圧は次第に高まるため、培養前期に細胞の体積が縮小し、細胞質内の粒子が増える等の現象が起きる。培養環境中の浸透圧は継続的に高まるが、体外誘導培養した細胞体積は縮小せず、逆に細胞体積が次第に大きくなる等の形態変化も現れる。これは細胞の体外誘導培養が成功し、細胞が生存していることを説明している。同時に細胞は、浸透圧の影響を克服し、体積が常識的には考えられない程に増大する。

(2)審判請求時に提出した参考文献は、本願発明が自然法則を利用したものであることを客観的に証明するためのものである。当該参考文献は、本願の出願日後に公開されたものであるが、ここで述べられた客観的事実及び原理は真理であるため、公開日とは無関係である。」

 

 審判部合議体は、「本願発明では、pHを4又は4以下の酸性条件としているが、生物学の常識として公知の細胞が生存可能な条件を遥かに超えている。出願人は「浸透圧の影響を克服し、体積が常識的には考えられない程に増大する。」と主張しているが、これも生物学の常識に反する。本願発明の方法は、換液も継代も必要なく、一般的な細胞培養方法と異なり、当業者にとっても不知の方法である。本願発明における培養条件は極端であり、最終的に生存する細胞があったとしても、その性質、活性はいずれも既知の細胞と異なる可能性がある。本願発明は、細胞形態学、免疫蛍光学、細胞フローサイトメトリー等の方法により実証し、本願発明の方法で得られた細胞がマクロファージであることを証明しなければならない。出願人は、意見書にて実験結果を提出して本願発明の実現性を証明しているが、これらの実験結果は全て出願後に提出されたものであり、本願の出願日前において本願発明が完成していたことを証明できない。」と認定し、拒絶査定を維持した(第25177号審決)。

 

参考(中国特許庁審判部拒絶査定不服審決2010年7月29日付第25177号より抜粋):

专利法第二十六条第三款规定,说明书应当对发明或者实用新型作出清楚、完整的说明,以所属技术领域的技术人员能够实现为准。

 

如果说明书中给出了具体的技术方案,但未提供实验证据,而该方案又必须依赖实验结果加以证实才能实现,那么该技术方案将被认为无法实现。判断说明书是否充分公开,应当以原说明书和权利要求书记载的内容为准,申请日之后补交的实施例和试验数据不予考虑。

 

・・・由于本申请所采用的方法并非常规的细胞培养方法,说明书中没有提供实验证据来证明通过所述方法确实能够得到巨噬细胞,本领域的技术人员无法确定或预测通过本申请的方法能够存活下来细胞,更无法确定或预测存活下来的细胞就是巨噬细胞,未能够达到本发明所述的诱导培养巨噬细胞的目的。因此,说明书未对发明作出清楚完整的说明,不符合专利法第二十六条第三款的规定。

 

(日本語訳「中国特許法第26条3項は、明細書には発明或いは考案について当業者がそれを実現できる程度に明瞭で完全な説明をしなければならない、と規定している。

 

 明細書に具体的な技術が記載されているが、当該技術の実現性が実験結果によって証明されるものであれば、実験証拠が記載されていない場合には実現できないと見なされる。明細書において十分開示されているか否かを判断するには、出願当初明細書及び特許請求の範囲に記載の内容を基準とするべきであり、出願日後に補充して提出した実施例及び実験データは考慮されない。

 

・・・本願発明で採用する方法は通常の細胞培養方法ではなく、明細書には前記方法で確実にマクロファージが得られる実験証拠が記載されていないため、当業者は、本願発明の方法を通じて細胞が生存できることを予測できず、更には生存する細胞がマクロファージであることを予測することもできず、マクロファージを誘導培養する目的は実現できない。したがって本願明細書は発明に対する明瞭で完全な説明をしておらず、中国特許法第26条3項の規定に合致しない。」)

 

【留意事項】

 本件は、生物学の常識を超えた発明につき、審査官、審判官ともにその実現性を疑問視し、未完成発明として拒絶査定をした事件である。真相は不明であるが、いわゆる捏造の可能性も否定できない。また本事件では、後出しの実験結果を問答無用で採用していないが、本願発明の内容自体から妥当性はあるものの、全ての出願に対し形式的に適用されてしまうのかどうか注意が必要と思われる。ちなみに、本願の出願人は中国の医科大学である。

■ソース
・中国特許庁審判部拒絶査定不服審決2010年7月29日付第25177号
http://www.sipo-reexam.gov.cn ・中国特許出願第200410044063.3号(公開番号CN1609199A)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2013.01.05

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