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(韓国)化学物質発明の明細書の記載要件及び結晶形発明の進歩性の判断基準に関して判示した事例
2013年06月11日
■概要
特許法院は、化学物質に関する発明について、明細書に具体的な製造方法が記載されなければならず、その化学物質が製造されたか否かが疑わしい場合は、核磁気共鳴データなどの確認資料が記載されるべきであり、そうでない場合は、当該確認資料が必須的に記載されるものではないと判示し、本件事案には必須的に記載する事情がないので、原審審決が認定した記載不備はないと判断した。そして、進歩性に関して、医薬化合物の製剤設計において結晶多形の存在の検討は通常行われることであるから、本件発明の構成を容易に導出できると判断し、本件特許は無効であるとした。原審審決は結論において適法であるとされた。
■詳細及び留意点
【詳細】
(1) 韓国特許実務においては、新規化合物発明の場合、出願当時の技術水準から見て通常の技術者が明細書の記載内容により化学物質の生成を充分に予測できる場合でない限り、当該化合物が確認できる程度までその確認資料を要求する。すなわち新規化合物及び構造不明の化合物について、原則的に元素分析値、融点、沸点、屈折率、紫外線又は赤外線スペクトラム、粘度、核磁気共鳴値、結晶形又は色相など容易に確認できる一つ以上の数値及びその他の事項が表記されていることを要求する。
当該事件の第10項発明は、タキソテール三水化物という新規化合物を請求し、原審特許審判院審決は、当該事件の特許発明の詳細な説明には当該事件の第1項ないし第9項発明に対応する遠心分離分配クロマトグラフィーを用いてタキソテール及び10-デアセチルバッカチンⅢを精製する方法だけを詳しく記載し、‘タキソテールの精製’というタイトルの実施例1及び2に精製過程を経て最終生成物としてタキソテールトリヒドレートを得たという記載があるだけで、その生成を確認できるデータ(確認資料)や物理、化学的性質に対する記載及び用途、効果に対する記載が全くなく、当該事件の第10項発明であるタキソテール三水化物は出願当時の技術水準から見て通常の技術者が明細書の記載内容により化学物質の生成を充分に予測できる場合に該当しないため、その明細書にXRDデータ、IRデータ、NMRデータなどの確認資料が記載されなければならない場合に該当するといえ、当該事件の出願発明の明細書にはタキソテール三水化物に関する確認資料がまったく記載されていないので化合物に関する明細書記載要件を満足するといえないと判断した。
(2) それに対し、本件の特許法院判決は、「化学物質に関する発明は、他の分野の発明と異なり、直接的に実験と確認、分析を介さずには発明の実態を把握することが難しく、化学分野の化学理論及び常識では当然誘導されると思われる化学反応が、実際には予想外の反応に進む場合が多いので、化学物質の存在が確認されるためには単に化学構造が明細書に記載されていることでは足りず、出願当時の明細書においてその技術分野で通常の知識を有した者が容易に再現と実施できる程度まで具体的な製造方法が記載されなければならない。又、化学物質の製造工程が特に複雑であるか有力な副反応を随伴するなどの理由で、特許出願当時技術水準から見て製造方法に関する記載だけでは通常の技術者にその化学物質が製造されたか否かが疑わしい場合は、核磁気共鳴(NMR)データ、融点、沸点などの確認資料が記載されるべきであり」と述べて、特許実務を支持する立場の一般論を判示する一方で、「そうでない場合は、これらの確認資料が必須的に記載されるものではないといえる」とも判示した。
その上で、本件事案については、当該事件の特許発明の明細書にその製造方法が明確に提示されているし、その具体的な実施例1、2にはその精製条件をより詳しく記載していて、さらに当該事件の第10項発明の三水化物生成の過程は新たな証拠により判断したところ、「過程全般がこの技術分野の通常の技術者にとって化学的に反応自体が不可能でその生成が疑わしい場合であるとはいえず、当該事件の第10項発明は、製造工程が特に複雑であるか有力な副反応を随伴するなど出願当時の技術水準から見て製造方法に関する記載だけでは通常の技術者にその化学物質が製造されたか否かが疑わしくて確認資料の記載が必須的であるとする事情がない」ので、「確認資料の記載がないという理由で当該事件の第10項発明が記載不備であるとはいえない」と判示し、原審審決の判断に誤りがあるとした。
(3) ただ、それに続いて、本件の特許法院判決は、当該事件第10項発明のタキソテール三水化物発明が比較対象発明1あるいは比較対象発明2により結晶性化合物としての進歩性が否定されると判断した。
すなわち、本件特許法院判決は、「当該事件の第10項発明の優先権主張日である1993年当時、既に同一化合物が様々な結晶形態を有することができ、その結晶形態によって、溶解度、安定性などの薬剤学的特性が異なり得ることが、医薬化合物の技術分野で広く知られていて、医薬化合物の製剤設計のため、その結晶多形の存在を検討するのは通常行われていたことであるといえる。したがって、通常の技術者は、比較対象発明1にその無水物が公知されていて、比較対象発明2にメタノールと水との溶媒化物が公知されたタキソテールに対して、これらの方法を組み合わせて試してみることにより水化物形態の化合物を得て、これをカールフィッシャー法、熱重量分析法、XRD(X線回折分析法)又はNMR(核磁気共鳴法)など公知手段で分析し、三水化物であることを確認し、当該事件の第10項発明の構成を容易に導出することができるといえる」として、その構成の困難性を認めることなく、また、「当該事件の第10項発明は、CPCという精製手段を使用する過程で三水化物を得るものであるが、この方法は、結晶形と関連した証拠資料の内容及び証人ソン·ヨンテクの証言などに基づいて察するに、水化物や結晶形を製造するために通常的に使用する方法であるとは見えないため、当該事件の第10項発明は、三水化物を得る手段においては特徴的な部分があることが認められる。しかし、当該事件の第10項発明は、製造方法の発明ではなく、物の発明であるから、製造方法上特徴があることだけでは物の発明の進歩性を認めるには十分ではなく、……当該事件の第10項発明のタキソテール三水化物は、水化物製造で通常的に使用される方法によっては製造が不可能であったが、CPCという特殊な方法を採択することにより初めて製造が可能となったという特殊な事情があると見ることはできず、上記のような方法上の特徴により構成の困難性があるとはいえない」と判断した。
さらに、「当該事件の第10項発明の明細書には、タキソテールの製造過程中に生じる不純物を精製しようとしてCPCを行ったら、純度99.1%ないし99.7%のタキソテール三水化物が80.5%ないし87.7%の収率で得られたという内容だけが記載されている。これは、従来の製造方法の問題点として指摘されていた主要不純物の含量が減少し、最終物質の純度が高くなり、同時に希望する目的物質の収率を高めたことを示す資料であって、製造方法の変化による効果であるにすぎないから、最終物質の三水化物が比較対象発明の化合物に比べて有する特有の効果であるといえない。したがって、当該事件の第10項発明の明細書には、当該事件の第10項発明が比較対象発明の化合物に比べて質的又は量的に顕著な効果があるかに関する記載がなく、その効果を認められないので、進歩性が否定される。… 仮に後に提出した資料の参酌ができたとしても、甲第17号証は、具体的な実験条件が記載されていないことなど、その内容が不十分で信頼し難く、甲第23号証及び甲第35号証に記載された効果は、通常の技術者が予測できる範囲内と考えられる。」と判断した。
(4) 結局、「当該事件の第10項発明は、明細書の記載要件を充足しているが、進歩性を有しない発明であるので、その特許が無効とされるべきである。当該事件の審決は、明細書記載要件を充足しなかったと判断した誤りがあるが、結論においては適法であり」として、原告の請求を棄却した。
参考(特許法院判決2011年10月12日付宣告2010허4168【登録無効(特)】より抜粋):
3. 명세서 기재요건 충족 여부
가. 판단기준
화학물질에 관한 발명은 다른 분야의 발명과는 달리 직접적인 실험과 확인, 분석을 통하지 않고서는 발명의 실체를 파악하기 어렵고, 화학분야의 화학이론 및 상식으로는 당연히 유도될 것으로 보이는 화학반응이 실제로는 예상외의 반응으로 진행되는 경우가 많은 것이므로, 화학물질의 존재가 확인되기 위해서는 단순히 화학구조가 명세서에 기재되어 있는 것으로는 부족하고 출원 당시의 명세서에 그 기술분야에서 통상의 지식을 가진 자가 용이하게 재현하여 실시할 수 있을 정도로 구체적인 제조방법이 기재되어 있어야 하며, 화학물질의 제조공정이 특히 복잡하다거나 유력한 부반응을 수반하는 등의 이유로 특허 출원 당시의 기술수준으로 보아 제조방법에 관한 기재만으로는 통상의 기술자에게 그 화학물질이 제조되었는지 여부가 의심스러운 경우에는 핵자기공명(NMR) 데이터, 융점, 비점 등의 확인자료가 기재되어야 할 것이고, 그렇지 아니한 경우에는 이들 확인자료가 필수적으로 기재되어야 하는 것은 아니라 할 것이다(특허법원 2002. 9. 12. 선고 2001허5213 판결, 특허법원 2009. 7. 17. 선고 2008허4585 판결 참조).
(日本語訳「3.明細書記載要件の充足有無
イ.判断基準
化学物質に関する発明は、他の分野の発明と異なり、直接的に実験と確認、分析を介さずには発明の実態を把握することが難しく、化学分野の化学理論及び常識では当然誘導されると思われる化学反応が、実際には予想外の反応に進む場合が多いので、化学物質の存在が確認されるためには単に化学構造が明細書に記載されていることでは足りず、出願当時の明細書においてその技術分野で通常の知識を有した者が容易に再現と実施できる程度まで具体的な製造方法が記載されなければならない。又、化学物質の製造工程が特に複雑であるか有力な副反応を随伴するなどの理由で、特許出願当時技術水準から見て製造方法に関する記載だけでは通常の技術者にその化学物質が製造されたか否かが疑わしい場合は、核磁気共鳴(NMR)データ、融点、沸点などの確認資料が記載されるべきであり、そうでない場合は、これらの確認資料が必須的に記載されるものではないといえる(特許法院判決 2002年9月12日付宣告2001허5213、特許法院判決 2009年7月17日付宣告2008허4585参照)。」)
【留意事項】
化学物質発明(結晶形発明、塩発明、異性体発明などを含む)において、その生成を確認できる確認資料の記載が必須的であるという特許庁の一般的基準は、特許法院設立以後、その化合物の生成が極めて疑わしい場合に限って確認資料の記載が必要であると緩和されたが、実務的には今まで厳しく運用されているので明細書の作成時に注意を要する。
本件事案において、特許審判院の審決は、当該事件の特許の三水化物が初めて提示された化合物であり、従来このような三水化物を製造することが難しいという認定により、このような場合その三水化物の生成が極めて疑わしいことになるので、確認資料の記載が必要であると見て、厳しい特許審査実務の立場を支持した(進歩性に対する判断は留保された)。
しかし、特許法院の段階で新たな証拠が現れ、これにより当該事件の三水化物の生成が極めて疑わしい場合であると見えないため、確認資料の記載が必須的ではないという判断を導いたが、このような立証及び主張は、却って通常の技術者が医薬化合物の製剤設計のため結晶多形の存在を検討するのが通常行われていることであるという一般的な技術常識を提供することとなり、これによって当該事件の三水化物の結晶を得ることが進歩性の面ではその特許性が否定され得ることを示唆する。
結晶形発明に対する特許性判断基準は非常に厳しく運用されているのが実務であり、その効果の認定範囲も明細書に記載されているか又は当然推論されることに限定されなければならないという立場で非常に限定的である。本件事案は、当該特許発明の明細書には単に純度が高くなったことによる効果だけが提示されていて、結晶形化合物自体の効果に関しては全く記載されていなかった。このような場合は、追加の効果の主張ができないし、立証する実験データが提出されたとしてもその効果を追認されることは難しい。
したがって、結晶形発明として特許を受けようとする場合には、当該結晶形化合物が既存のものに比べて構造的にどのような差があるのかを明細書において確認資料の記載を通じて明確に示すべきであり、その効果の記載においても通常予測される効果(吸湿性の改善、溶解度の改善など)だけでなく、異質的効果(たとえば生体利用率が優秀、薬効の持続性が優秀)を多く記載して、その効果を多面的かつ十分に示すことが望ましい。
■ソース
・特許法院判決2011年10月12日付宣告2010허4168http://patent.scourt.go.kr/dcboard/DcNewsListAction.work?gubun=44
■本文書の作成者
正林国際特許商標事務所 弁理士 北村明弘■協力
特許法人AIP一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.08