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(中国)発明実施のための明細書開示要件に関する事例

2013年06月07日

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■概要
北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、本発明の目的は、アトルバスタチンの結晶形、具体的にはI型結晶形のアトルバスタチンによって、「無定形のアトルバスタチンが大規模製造下における濾過及び乾燥工程に適さない」という課題を克服することであるところ、国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)が、本発明が解決しようとする課題を考慮せずに、本特許明細書の開示は不十分であると認定したのは、不当である、として、『中華人民共和国行政訴訟法』第61条3号の規定に基づき、一審判決を取消した((2010)高行終字第1489号判決)。
■詳細及び留意点

【詳細】

 本事件は、審判部合議体が下した特許無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)が下した審決維持との判決に対し、北京市高級人民法院にて争われた事件である。

 本事件の争点は、「特許明細書が発明を十分に開示しているか否かを判断する際、発明が解決しようとする課題についても考慮しているか否か」である。

 

 中国国家知識産権局が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、明細書が開示要件を満たしているか否かを判断する際には、当該発明が解決しようとする課題について考慮すべきである旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第2章2.1及び第2部分第10章3.1の関連規定参照)。

 

 本特許権にかかる発明は、結晶〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩に関し、請求項1に記載された発明は以下のとおりである。

「1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物であって、

CuKα放射線を用い、研磨2分後に測定した2θ、面間隔d、及び相対強度が>20%を示すX線粉末回折パターンを有する、

ことを特徴とする1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物。」

 本特許明細書に記載された主な内容は以下のとおりである。

 「本発明にかかるⅠ型結晶形のアトルバスタチンは、水和物型及び無水物型の形で存在している。通常、水和物型と無水物型のアトルバスタチンは等価であり、本発明の範囲内のものを含む。I型結晶形のアトルバスタチンは約1~8モルの水を含有する。好ましくは、I型結晶形のアトルバスタチンが3モルの水を含有することである。」

X線粉末回折パターンを示す一覧表

 無効審判請求人は、「本件特許にかかる発明は、1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物に関し、明細書には8種のI型結晶形のアトルバスタチン水和物が開示されているが、当該8種のI型結晶形のアトルバスタチン水和物が同一のX線粉末回折(XPRD)を示すか否かの検証結果が記載されていない。また、本明細書に記載された一般的な製造方法に基づいても、具体的な実施例に基づいても、当業者は、1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物を製造しうるか不明である。」と主張した。

 これに対し特許権者は、「本特許明細書には、1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物の構造及びその解析データを記載しており、その製造方法、製造実施例及びその有益な効果も記載している。」と反論した。

 審判部合議体は、両当事者の主張に基づき、その争点を以下のとおりとした。

 (1)異なるモル数の水を含む同一の化合物の水和物は、そのXPRDが同一であるか否か。

 (2)本特許明細書に開示された内容に基づいて、1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物を特定できるか否か。

 (3)本特許明細書に開示された内容に基づいて、1-8モルの水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物を製造できるか否か。

 

 上記争点にもとづき、審判部合議体は以下のとおり認定した。

 (1)本特許明細書には結論のみが記載され、相応する証拠が記載されておらず、当業者は、1-8モルの水を含むアトルバスタチン水和物のXPRDが同一であることを特定できない。

 (2)本特許明細書には、I型結晶形のアトルバスタチン水和物に1-8モル(好ましくは3モル)の水が確実に含まれることを証明する定性的、定量的なデータが記載されていない。

 (3)当業者は、本特許明細書に記載された一般的な製造方法に基づいても、具体的な実施例に基づいても、1-8モル(好ましくは3モル)の水を含むI型結晶形のアトルバスタチン水和物を製造しうるか不明である。

 以上の理由により、本特許権は無効との審決を下した(第13582号審決)。

 

 本審決を不服とした特許権者は、その取消しを求めて北京市第一中級人民法院に審決取消訴訟を提起したが、中級人民法院は審判部の認定を支持し、審決を維持した(第2710号判決)。

 

 本判決を不服とした特許権者は高級人民法院に上訴し「一般論として、化学分野の特許明細書には、発明が解決しようとする課題に関連する化学的、物理的性能のパラメータが記載されていれば十分な開示要件を満たしている。本特許発明は、新規なI型結晶形アトルバスタチンに関し、当該I型結晶形のアトルバスタチンに水分、その他溶媒が含まれるか否かは、本特許発明が目的とする課題解決に直接的な影響はない。」と主張した。

 

 高級人民法院は、「本発明は、アトルバスタチンの結晶形態、具体的にはI型結晶形のアトルバスタチンによって、『無定形のアトルバスタチンが大規模生産下における濾過及び乾燥工程に適さない』という課題を解決することが目的である。審判部は、本発明が解決しようとする課題を考慮せず、どのパラメータが『解決しようとする課題に関連する化学的パラメータ』であるかを理解しておらず、審判部の認定は明らかに不当である。」として、一審判決を取消した。

 

参考(北京市高級人民法院行政判決2012年5月15日付(2010)高行終字第1489号より抜粋):

 

《审查指南》第二部分第二章2.2.4节载明:发明或者实用新型所要解决的技术问题,是指发明或者实用新型要解决的现有技术中存在的技术问题。第二部分第四章3.2.1.1节载明:发明或者实用新型所要实际解决的技术问题,是指为获得更好的技术效果而需对最接近的现有技术进行改进的技术任务。

 

根据专利法和《审查指南》的相关规定,判断一项发明是否满足关于公开充分的要求,应包括确定该发明要解决的技术问题。

 

本案中,本专利说明书载明:本发明涉及新型的结晶形式阿托伐他汀;在公开的美国专利中公开了无定形阿托伐他汀不适合大规模生产中的过滤和干燥;本发明提供称为I型新型结晶形式的阿托伐他汀,I型阿托伐他汀由比以前的无定型的产品更小的颗粒和更均匀的粒度分布的阿托伐他汀组成,它具有更有利于过滤和干燥的特性。I型阿托伐他汀比无定型产品更纯和更稳定。因此,本发明要解决的技术问题是要获得阿托伐他汀的结晶形式,具体是I型结晶阿托伐他汀,用以克服“无定形阿托伐他汀不适合大规模生产中的过滤和干燥”的技术问题。

 

由于专利复审委员会并没有确定本发明要解决的技术问题,也没有明确哪些参数是“与要解决的技术问题相关的化学物理性能参数”。因此,专利复审委员会在未对本发明要解决的技术问题进行整体考虑的情况下,作出本专利公开不充分、本专利权利要求3不符合专利法第二十六条第三款规定的相关认定显属不当。请求人的相关上诉理由成立,本院予以支持。

 

(日本語訳「『審査指南』第2部分第2章2.2.4節には、発明或いは考案が解決しようとする課題とは、先行技術に存在していた発明或いは考案が解決しようとする技術課題を指す、と記載され、第2部分第4章3.2.1.1節には、発明或いは考案が実際に解決しようとする技術課題とは、より良い技術的効果を得るために最も近い先行技術を改善する技術的任務を指す、と記載されている。

 

 特許法及び『審査指南』の関連規定に基づいて、発明の開示要件を満たすか否かを判断する際には、当該発明が解決しようとする技術的課題を考慮すべきである。

 

 本特許明細書には、本発明は新規な結晶性形態のアトルバスタチンに関し、公開された米国特許には無定形のアトルバスタチンが大規模生産下における濾過及び乾燥に適さないことが開示され、本発明はI型の新型結晶形のアトルバスタチンを提供するものであり、I型アトルバスタチンは従来の無定形製品よりも更に小さい顆粒及び更に平均した粒度分布のアトルバスタチン組成であるため、濾過や乾燥に有利な特性を有すると記載している。I型アトルバスタチンは無定形の製品と比較して純粋であり、より安定している。したがって、本発明が実際に解決しようとする技術課題は、アトルバスタチンの結晶形態、具体的にはI型の結晶形のアトルバスタチンによって“無定形のアトルバスタチンは大規模生産下における濾過及び乾燥に適さない”という技術的課題を克服するものである。

 

 審判部は、本発明が解決しようとする技術的課題を考慮せず、どのパラメータが“解決しようとする技術的課題に関連する化学物理的性能パラメータ”であるかを理解していない。したがって審判部が、本発明が解決しようとする技術的課題を全体的に考慮せずに、本特許の開示は不十分であり、本特許請求項3が特許法第26条第3項の規定に合致しないと認定したのは、明らかに不当である。請求人の関連の上訴理由は成立し、本院はこれを支持する。」)

 

【留意事項】

 一般論として、中国の審査実務では実施例レベルのかなり詳細な内容にまでクレームを限定させられるケースが多々あり、また明細書のサポート要件も厳しいとの印象がある。こうした点から考えると、本事件は、司法が行政の行き過ぎた限定・開示要件を正した事案と言える。ちなみに本事件の特許権者は米国企業、無効審判請求人は中国企業である。

■ソース
・北京市高級人民法院行政判決2012年5月15日付(2010)高行終字第1489号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=868890 ・中国特許第96195564.3号(公告番号CN1087288C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.14
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