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(韓国)医薬用途発明における薬理効果の記載の程度及び補正の許容範囲について判示した事例
2013年06月04日
■概要
大法院は、医薬用途発明の薬理効果に関する具体的な実験データの記載の有無について、医薬用途発明においては、その出願の前に、明細書に記載の薬理効果を示す薬理機転が明らかにされていた場合のように特別な事情がない以上、特定物質にそのような薬理効果があるということを薬理データなどで示された試験例として記載するか、又はこれに代替できる程度に具体的に記載した場合にこそ、初めて発明が完成されたと共に明細書の記載要件を満たしていると認められるため、最初の明細書に欠いていたその記載を補正によって補完することは、明細書に記載された事項の範囲を逸脱しているから、明細書の要旨の変更に該当すると判示し、原審判断を支持した。■詳細及び留意点
【詳細】
(1) この事件の出願発明は、親出願から分割された出願であり、最初に、親出願では、新規化学物質に係る第1発明及び上記の新規化学物質の医薬用途に係る第2発明が請求されていた。化学物質発明の場合、その化学物質に対する有用性を記載するだけで発明が成立するのに対し、医薬用途発明の場合は、その用途を裏付ける薬理効果の記載において、どの程度詳細に記載されているべきかについて争われている。化学物質に係る請求された上記の第1発明は、この事件の出願発明が分割された後に特許許与され、医薬用途発明に係るこの事件の分割出願において薬理効果の記載の程度について争われている。
(2) この事件の出願発明では、最初に下記式に示された新規化合物を創案し、この化合物がCRF(副腎皮質刺激ホルモン放出因子)に対する拮抗作用を持っているという事実を見つけ、このような薬理活性でストレス性疾患、胃腸管障害及び腸障害、炎症性障害、精神性・神経性及び中枢神経系障害、姙娠の異常、癌、ヒト免疫不全ウイルス感染症など、CRFによって誘導・媒介・促進される疾病を治療及び予防することができるという医薬的な用途が示されている。
従来技術によると、CRF 拮抗薬は、ストレスによるうつ病、不安症及び頭痛のようなストレス関連疾患、腸症侯群、過敏性結腸の症状、痙攣性結腸、炎症性疾患、免疫抑制、ヒト免疫不全ウイルス感染症、アルツハイマー疾患、胃膓疾患、神経性食欲不振症、ストレス性出血、薬物及びアルコールの禁断症状、薬物中毒、姙娠の異常を含む幅広い疾患の治療に効果的なものとして知られている。この事件における争点は、上記の化学式の新規化合物がCRF 拮抗薬としての作用を持つという事実が明細書に明確に記載されているか否かの可否にある。
ところで、この事件の出願発明の明細書では、背景技術として、(i)この事件の出願発明の化合物と同一系統の物質である置換ピロールピリミジン化合物が中枢神経系疾患又は炎症、鎮痛剤、鎮静剤、抗痙攣剤及び抗炎症作用を持つとの点が挙げられ、(ⅱ)この事件の出願発明の化合物の有用性、すなわち、セロトニン作用物質などで治療できる疾患の種類のみが並べられ、(ⅲ)この事件の出願発明の化合物の薬理効果を測定する方法が間接的に記載され、(ⅳ)この事件の出願発明の化合物に対する製剤化方法、投与方法及び有効投与量に対して記載されただけであり、通常の技術者において、その医薬が実際にそのような用途として作用効果があるのかについて、或いは薬理効果に係わる具体的及び客観的な事項について記載されていない。このような場合、特許庁の医薬審査実務では、当該出願発明が薬理効果に対する実証的な記載が欠けていて、出願発明を実施するための具体的な条件などが提示されておらず、当該技術の分野における通常の知識を有する者が当該出願発明を正確に理解し、過度な試験努力や試行錯誤なしに容易に繰り返して再現することができる程度に記載されていないと見做し、医薬用途発明として未完成であるか或いは明細書の記載不備として拒絶している。本事件では、このような明細書上の欠陥を直すために、出願人は、この事件の明細書を補正することで128個の具体的な化合物に対するIC50値を追加した。
(3) 上記の事案に対して、原審の特許法院は、薬理データの記載のない明細書に具体的な薬理データを追加する補正は要旨変更に当たると判断した。
原審の判断について、本件の大法院判決は、「一般的に機械装置などに係る発明においては、特許出願の明細書に実施例が記載されていなくても、当業者が発明の構成に基づきその作用や効果を明確に理解して容易に再現することができる場合が多いが、これと違って、実験の科学と通称される化学発明の場合には、当該発明の内容や技術水準により、ある程度の差は有り得るが、予測可能性ないし実現可能性が顕著に不足しているため、実験データの提示されている実験例が記載されていなければ、当業者がその発明の効果を明確に理解し容易に再現することができるとは考え難いので、完成された発明として認められない場合が多く、特に、薬理効果の記載が必要とされる医薬用途発明においては、その出願の前に、明細書に記載の薬理効果を示す薬理機転が明らかにされていた場合のように特別な事情がない限り、特定物質にそのような薬理効果があることについて、薬理データなどで示された試験例として記載するか、これに代替できる程度まで具体的に記載してこそ、初めて発明が完成されたと共に明細書の記載要件を満たしたと認められ、このように試験例の記載が必要とされるにもかかわらず、最初の明細書に欠けていたその記載を後の補正により補完することは、明細書の記載事項の範囲を逸脱しているから、明細書の要旨変更に該当する」と判示し、原審の判断を正当であるとして、上告を棄却した。
参考(大法院判決 2001年11月30日付宣告2001후65【補正却下(特)】より抜粋):
원심판결 이유에 의하면 원심은、 의약의 용도발명에 관한 이 사건 출원발명은 특허청구범위에 기재된 화합물의 약리효과를 나타내는 약리기전이 명확히 밝혀졌다고 볼 증거가 없고、 최초 출원명세서에는 그 화합물의 유용성이나 약리효과를 간접적으로 측정하는 방법 및 전체 화합물의 개괄적인 IC50 값의 범위 등이 기술되어 있을 뿐 개별적 화합물에 대한 약리효과를 확인하는 구체적 실험결과가 기재되어 있지 아니하였는데、 이 사건 명세서의 보정에 의하여 이 사건 출원발명의 제조실시예에 나타난 개별적 화합물에 대한 IC50 값을 추가하였고、 이와 같이 이 사건 출원발명의 약리효과를 확인할 수 있는 정량적(定量的)인 수치로 표시된 구체적 실험결과는 최초 명세서에 기재된 사항의 범위를 벗어나 의약에 관한 용도를 객관적으로 뒷받침하는 기술적 사항을 추가한 것으로 결과적으로 미완성발명을 완성한 것이므로 발명의 동일성을 인정할 수 없는 정도의 실질적인 변화를 가져왔다 할 것이어서、 이 사건 보정은 명세서의 요지를 변경한 것에 해당하여 구 특허법 제51조 제1항의 규정에 의하여 각하되어야 할 것이라는 취지로 판단하였다.
일반적으로 기계장치 등에 관한 발명에 있어서는 특허출원의 명세서에 실시예가 기재되지 않더라도 당업자가 발명의 구성으로부터 그 작용과 효과를 명확하게 이해하고 용이하게 재현할 수 있는 경우가 많으나、 이와는 달리 이른바 실험의 과학이라고 하는 화학발명의 경우에는 당해 발명의 내용과 기술수준에 따라 차이가 있을 수는 있지만 예측가능성 내지 실현가능성이 현저히 부족하여 실험데이터가 제시된 실험예가 기재되지 않으면 당업자가 그 발명의 효과를 명확하게 이해하고 용이하게 재현할 수 있다고 보기 어려워 완성된 발명으로 보기 어려운 경우가 많고、 특히 약리효과의 기재가 요구되는 의약의 용도발명에 있어서는 그 출원 전에 명세서 기재의 약리효과를 나타내는 약리기전이 명확히 밝혀진 경우와 같은 특별한 사정이 있지 않은 이상 특정 물질에 그와 같은 약리효과가 있다는 것을 약리데이터 등이 나타난 시험예로 기재하거나 또는 이에 대신할 수 있을 정도로 구체적으로 기재하여야만 비로소 발명이 완성되었다고 볼 수 있는 동시에 명세서의 기재요건을 충족하였다고 볼 수 있을 것이며、 이와 같이 시험예의 기재가 필요함에도 불구하고 최초 명세서에 그 기재가 없던 것을 추후 보정에 의하여 보완하는 것은 명세서에 기재된 사항의 범위를 벗어난 것으로서 명세서의 요지를 변경한 것이라 할 것이다.
(日本語訳「原審判決の理由によれば、原審では、医薬用途発明に係るこの事件の出願発明では、特許請求の範囲に記載の化合物の薬理効果を示す薬理機転が明らかにされていたと認められる証拠がなく、最初の出願明細書には、その化合物の有用性や薬理効果を間接的に測定する方法及び全体の化合物の概括的なIC50値の範囲などが記されているだけであり、個別の化合物に対する薬理効果を確認する具体的な実験結果は記載されていなかったが、この事件の明細書の補正によりこの事件の出願発明の製造実施例に示された個別の化合物に対するIC50値を追加し、このように、この事件の出願発明の薬理効果が確認できる定量的な数値で示された具体的な実験結果は、最初の明細書の記載事項の範囲を逸脱し、医薬に関わる用途を客観的に裏付ける技術的な事項を追加したものとして、結果的に未完成発明を完成させたことになるため、発明の同一性が認められない程度の実質的な変化をもたらしたと判断され、この事件の補正は明細書の要旨を変更したことに該当するから、旧特許法第51条第1項の規定によって却下されるべきであるとの趣旨の判断がなされた。
一般的に機械装置などに係る発明においては、特許出願の明細書に実施例が記載されていなくても、当業者が発明の構成に基づきその作用や効果を明確に理解し容易に再現することができる場合が多いが、これと違って、実験の科学と通称される化学発明の場合には、当該発明の内容や技術水準により、ある程度の差は有り得るが、予測可能性ないし実現可能性が顕著に不足しているため、実験データの提示されている実験例が記載されていなければ、当業者がその発明の効果を明確に理解して容易に再現することができるとは考え難いので、完成された発明として認められない場合が多く、特に、薬理効果の記載が必要とされる医薬用途発明においては、その出願の前に、明細書に記載の薬理効果を示す薬理機転が明らかにされていた場合のように特別な事情がない限り、特定物質にそのような薬理効果があることについて、薬理データなどで示された試験例として記載するか、これに 代替できる程度まで具体的に記載してこそ、初めて発明が完成されたと共に明細書の記載要件を満たしたと認められ、このように試験例の記載が必要とされるにもかかわらず、最初の明細書に欠けていたその記載を後の補正により補完することは、明細書の記載事項の範囲を逸脱しているから、明細書の要旨変更に該当するのである。」)
【留意事項】
この大法院判決は、医薬用途発明において薬理効果に関する実験例が記載されていない場合、未完成発明や明細書の記載不備として認められ、後の補正によりこれを補完することは明細書の要旨変更に該当すると判断されたものであり、薬理効果に対して厳格な記載要件が要求されていなかった既存の大法院判決1996年7月30日付宣告95후1326、1996年10月11日付宣告96후559とは異なって、既存の特許庁における審査実務を支持した判決という点で、医薬分野の特許実務において非常に重要な意味を持つ判決である。
現在の医薬用途発明の特許実務は、全て本件大法院判決の基準により厳格に運用されている。上記の判決で言及された「その出願の前に、明細書に記載の薬理効果を示す薬理機転が明らかにされていた場合」の意味について多少論争はあるが、当該薬物の持つ医薬としての使用概念が全部糾明されている場合であると解釈するのが多数説であり、このような場合には、通常、新規性や進歩性が認められないため、医薬用途発明として特許を受けることはできず、これを改良した製剤発明、塩発明、結晶形発明などのような形態の発明として特許を受けることができると見做されている。
本件事案は単一化合物の医薬用途発明の場合に該当し、このような場合以外にも、複合療法による医薬発明、二つの成分の併用投与による相乗効果を技術的意義として主張する医薬発明においても、単一化合物の用途発明のように厳格な薬理効果の実験的記載が要求されるため、上記のような形態の医薬発明においても薬理効果の記載に注意を要する。
■ソース
・大法院判決2001年11月30日付宣告2001후65http://glaw.scourt.go.kr/jbsonw/jbsonc08r01.do?docID=350F7C5700E3601CE0438C013982601C&courtName=대법원&caseNum=2001후65&pageid=#
■本文書の作成者
正林国際特許商標事務所 弁理士 北村明弘■協力
特許法人AIP一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.08