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(中国)選択発明における進歩性判断に関する事例(その2)

2013年05月21日

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■概要
本件において、中国専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体は、引用文献2は本願発明が選択した具体的なシグナル伝達阻害剤(化合物I)と具体的な分化誘導剤(SAHA)との組合せを開示しておらず、且つ本願発明に記載の具体的な組合せによる薬物は、相乗効果として抗がん作用、副作用の軽減という予期できない技術的効果を奏する、として本願の進歩性を認め、拒絶査定を取消した。
■詳細及び留意点

 中国国家知識産権局(以下、「中国特許庁」という)が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、選択発明における進歩性の判断は、選択による予期できない技術的効果が考慮すべき主な要素であり、選択によって当該発明が予期できない技術的効果を奏する場合、当該選択発明は突出した特徴及び顕著な進歩を有し、進歩性を有する旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第4章4.3参照)。

 

本願発明は、白血病治療薬の化合物の組合せに関する。拒絶査定の対象となった請求項1は下記通りである。

請求項1.

(a)式Iで示されるN-{5-[4-(4-メチル-ピペラジノ-1-イル-メチル)-ベンゾイルアミド]-2-メチルフェニル}-4-(3-ピリジル)-2-ピリミジンまたは医薬上許容されるその塩、および

(b)SAHAまたはその医薬品として許容される塩、および医薬品として許容される任意に選択された少なくとも1つの担体

を含み、

同時、個別または連続して使用する医薬品。

 

 拒絶査定において、審査官は「引用文献2は、併用してがんの化学療法に供する異なる抗がん原理を有する多種の化合物を開示し、具体的にチロシナーゼ阻害剤imatinib(即ち、本願の化合物I)も開示されている。請求項1に記載の発明と引用文献2に開示された技術との相違点は、請求項1において化合物Iと併用するのがSAHA及び医薬品用担体である」と指摘し、以下のとおり認定した。

(1)医薬品用担体は本技術分野で薬物を製造するための通常手段である。

(2)引用文献2は、化学療法で併用される他の化合物がSAHAを含む分化誘導剤であってもよいことを開示している。また、imatinibはシグナル伝達阻害剤における典型的な薬物であり、SAHAは分化誘導剤における典型的な薬物であって、引用文献2の図1には「シグナル伝達阻害剤+分化誘導剤」の組合せが記載されている。したがって、引用文献2はimatinibとSAHAとを組合せることを示唆していると言える。よって、請求項1は進歩性を有していない。

 

 出願人は特許請求の範囲を補正せず、以下のとおり主張した。

(i)審査官が引用した引用文献2の関連部分に記載されているのは、「マルチシグナル伝達阻害剤」の使用であり、本願請求項1に記載の薬剤とは異なる。

(ii)引用文献2の図1には単に広範に「シグナル伝達調節剤(即ち、阻害剤及び活性化剤)及び分化誘導剤」の組合せが記載され、その説明として「確定待ち(to be determined)」と示されている。そのために、引用文献2には、本願発明の具体的な薬物imatinibとSAHAとの組合せどころか、シグナル伝達阻害剤と分化誘導剤とを組合せるいかなる可能性についても記載されていない。

 

 審判部合議体は「引用文献2は、本願化合物Iと他の多種のシグナル伝達阻害剤との組合せ、及びSAHAと細胞周期阻害剤との組合せを開示しているが、シグナル伝達阻害剤と分化誘導剤との組合せに関しては、単に「確定待ち」と説明しているだけである。そのため、引用文献2は本願発明が選択・特定した化合物IとSAHAとの組合せを明記していない。また、当業者は、引用文献2に記載の内容に基づいて当該組合せによる医薬品が抗がん作用としての相乗効果、副作用軽減効果を有することを予期できない。よって請求項1に記載の発明は引用文献2に対し進歩性を有する」と認定し、拒絶査定を取消した。

 

参考(中国特許庁審判部査定不服審決2010年8月5日付第26385号より抜粋):

 

  选择发明,是指从现有技术中公开的宽范围中,有目的地选出现有技术中未提到的窄范围或个体的发明。在进行选择发明创造性的判断时,选择所带来的预料不到的技术效果是考虑的主要因素,如果选择使得发明取得了预料不到的技术效果,则该发明具有突出的实质性特点和显著的进步,具备创造性。

 

  本领域技术人员已知,肿瘤信号传导分子有多种,例如蛋白酪氨酸激酶、蛋白激酶C、丝裂原活化蛋白激酶、转录因子等。这些信号传导分子的作用靶点并不相同,根据对靶点的作用不同可以为信号传导抑制剂,还可以为信号传导激动剂。在现有技术没有充分掌握哪类联用药物必然产生协同作用的机理性研究下,作用于信号传导的药物与其他物质之间联用可以产生协同作用,并降低毒副作用的结论仍需要药理学或临床学上的实验加以证实。

 

  虽然引用文献2摘要部分记载了新药物与同类型的其他药物可以组合,图1公开了信号传导调节剂与分化抑制剂的组合方式(即E组合),但并没有揭示E组合的作用机理,也没有将本申请化合物I与SAHA组合,即根据引用文献2全文记载的内容,其中并没有明确记载所述化合物I与SAHA的组合。仅根据引用文献2的描述本领域技术人员仍无法确信信号传导抑制剂与分化诱导剂的具体组合即本申请的化合物I和SAHA的组合物具有协同抗癌作用,并且降低毒副作用。

 

  基于本申请说明书中记载的内容,选择化合物I与SAHA组合的组合物使得发明取得了预料不到的技术效果,则该发明具有突出的实质性特点和显著的进步,具备创造性。

 

(日本語訳「選択発明とは、先行技術に開示の広い範囲内から、ある目的のために選択された、先行技術に記載されていない狭い範囲或いは個別の発明のことをいう。選択発明の進歩性の判断は、選択による予期できない技術的効果が考慮すべき主な要素であり、選択により発明が予期できない技術的効果を奏する場合、当該発明は突出した実質的な特徴と顕著な進歩を有し、進歩性を有する。

 

 当業者が既知の通り、腫瘍シグナル伝達分子には、例えば、タンパク質チロシンキナーゼ、タンパク質キナーゼC、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ、転写因子など多くの種類がある。これらのシグナル伝達分子が作用するターゲットは同一ではなく、これらの性質を利用してシグナル伝達阻害剤やシグナル伝達作動薬とすることができる。先行技術に、どの種類の薬物を併用すれば必ず相乗効果を奏するかのメカニズムの解明が十分に把握されていない場合、シグナル伝達に作用する薬物と他の物質とを併用して、相乗効果を奏し、且つ副作用を軽減できるという結論は、依然として薬理学或いは臨床学上の実験で証明する必要がある。

 

 引用文献2の要約部分には、新規薬物と同類のその他薬物とを組合せることが可能であるとの記載があり、図1にはシグナル伝達調節剤と分化阻害剤とを組合せる方式(即ち、組合E)が開示されているが、組合Eの作用原理は開示されておらず、本願化合物IとSAHAとの組合せも開示していない。即ち、引用文献2全文の記載に、本願化合物IとSAHAとの組合せは明記されていない。引用文献2の表現に基づくだけでは、当業者は、シグナル伝達阻害剤と分化誘導剤との具体的な組合せ、即ち本願化合物IとSAHAとの組合せが、抗がん作用の相乗効果、副作用軽減効果を有することを確信することができない。

 

 本願明細書に記載の内容に基づいて、化合物IとSAHAとの組合せ組成物を選択することにより、本願発明は予期できない技術的効果を奏するため、当該発明は突出した実質的特徴と顕著な進歩を有し、進歩性を有する。」)

 

【留意事項】

 本審決の内容は、極めて合理的で妥当な判断と評価できるが、審査実務においては本件の拒絶査定のように、合理的な理由もなく結論を示すケースが多々見受けられる。本件のように審査官の判断を覆すことが難しいと思われる拒絶理由通知を受けた際には、審査段階で早めに見切りをつけて審判で争うことも一案である。ちなみに本願の出願人は米国の大学である。

■ソース
中国特許庁審判部拒絶査定不服審決2010年8月5日付第26385号
http://www.sipo-reexam.gov.cn 中国特許出願第03821763.5号(公開番号CN1681505A)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2012.12.24

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