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(中国)数値限定発明の進歩性判断に関する事例

2013年05月17日

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■概要
(本記事は、2023/11/24に更新しています。)
 URL:https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/37766/

北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、本発明の無鉛柔軟はんだ合金におけるNi含有量及びGe含有量の選択は、先行技術に対して新たな機能、及び予期できない技術的効果も奏していないため、国家知識産権局専利覆審委員会(以下、「審判部」という)が下した審決のとおり無効である、として一審判決を維持した。
■詳細及び留意点

本事件は、審判部合議体が下した特許無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)で審決維持の判決が下され、これを不服として北京市高級法院にて争われた事件である。

 

本事件の争点は、「数値限定発明の進歩性判断」についてである。

 

中国国家知識産権局が策定した審査指南(以下、「審査基準」という)には、「当該発明が、可能かつ限られた範囲内で具体的なサイズ、温度範囲又は他のパラメータを選択するものであって、これらの選択が当業者の通常の手段で得られ、且つ予期できない技術的効果を奏しない場合、当該発明は進歩性を有さない。」と規定されている(中国特許審査基準第2部分第4章4.3の関連規定を参照)。

 

本件特許は、無鉛柔軟はんだ合金に関し、訂正後の独立請求項は以下のとおりである。

「訂正後の請求項1

0.3-0.7wt%の Cuと、0.04-0.1wt%の Niとを含有し、残りはSnであることを特徴とする無鉛はんだ合金。

訂正後の請求項4

0.3-0.7wt%の Cuと、0.002-1wt%の Niと、0.001-1wt%の Geとを含有し、残りはSnであることを特徴とする無鉛はんだ合金。」

 

無効審判請求人は、「請求項1記載の発明は、証拠文献1(US5366692)に開示された発明に対して進歩性を有しておらず、請求項4記載の発明は証拠文献1と証拠文献8(特公平3-28996号公報)に記載の発明との組み合わせにより進歩性を有していない。

証拠文献1には、半導体に用いる合金接合材料を開示し、実施例の表19中の第17種目の合金の組成が、0.5wt%のCu及び0.5wt%の Niを含み、残りはSnであることが開示されている。

請求項1に記載された発明と証拠文献1に開示された発明とを対比すると、その相違点は、請求項1に記載された合金の重量比がNi0.04-0.1wt%であるのに対し、証拠文献1に開示された合金の重量比がNi0.5wt%である点である。

一方、証拠文献8には、はんだにGeを添加することで、当該はんだが溶けるときの酸化物の生成を抑制し、且つはんだ付性(ぬれ性、カット性、伸縮性等)を改善することが開示されている。また、Geを0.1 wt%以上含有すると、高価なGeを大量に使うことになり、合金の価額が高騰するので実用的ではなく、上記はんだにおけるGeの含有量が0.001-0.05 wt%であることが好ましいことも開示されている。よって、これらの各請求項記載の発明は、中国特許法第22条第3項に規定された進歩性の基準を満たしていない。」と主張した。

 

これに対し特許権者は、「証拠文献1が開示するのは、固体合金線(糸はんだ)を使用してはんだ付けを行う『突起はんだ付け法』であるが、本件特許発明は、溶融はんだを使用してはんだ付けを行う『噴流はんだ付け法』であり、技術分野、発明目的のいずれも異なる。且つ証拠文献1の表19は、単に複数の数値点をばらばらに開示しているだけであり、当業者は証拠文献1に開示された限られた情報から技術的示唆を得て、本件特許発明を得ることができない。」と主張した。

 

審判部は、

「(1)請求項1には、適用される工程が突起はんだ付け法であるか、或いは噴流はんだ付け法であるかが限定されていない。

(2)請求項1に記載されたNiの含有量範囲は、当業者が有限回数の実験により容易に選択して得られるものであり、創造的な労働を必要としない。

(3)請求項4に記載の発明と証拠文献1に開示の発明との相違点は、請求項4記載の発明が0.001-1wt%のGeが更に添加されたものであるが、この点は証拠文献8に開示されており、且つその作用は本特許発明の作用と同一である。したがって、当業者にとって、証拠文献1と証拠文献8とを組み合わせて請求項4記載の発明を得るのは自明である。」として当該特許権のすべてを無効とした(第15158号審決)。

 

この決定を不服とした特許権者は中級人民法院に同審決の取消しを求めて上訴したが、中級人民法院は同審決を維持する判決を下し(第1113号判決)、これを不服とした特許権者は高級人民法院に上訴した。高級人民法院は、

「本件特許発明は『柔軟はんだ合金』分野に属し、証拠文献1には半導体製造に用いる合金接合材料を開示しており、両者は同一の技術分野に属する。証拠文献1には多種多様な発明が記載されているが、当業者であれば、これらの技術情報の中から本件特許発明をなし得るための技術的能力がある。請求項4記載の発明と証拠文献1に開示された発明との相違点は、0.001-1wt%のGeがさらに添加されている点だけであるが、証拠文献8にはこの点が開示されており、且つGeの添加によって酸化物生成の抑制効果を奏する点も開示されている。よって当業者であれば、証拠文献1と証拠文献8に開示された発明を組合せて請求項4記載の発明を得ることができる。」として、一審判決を維持した(第528号判決)。

 

参考(北京市高級人民法院2012年8月2日付(2012)高行終字第528号より抜粋):

创造性,是指同申请日以前已有的技术相比,该发明有突出的实质性特点和显著的进步・・・如果发明申请被具体的数值范围所限定,则应当考虑该数值范围与现有技术相比的技术效果是否产生了“质”的变化,具有新的性能,或者产生了“量”的变化,超出人们的预期。

 

证据1的表19中的优选实施例・・・披露的第17种合金组成・・・与权利要求1的区别仅在于Ni的含量不同。对于本领域技术人员而言,Ni是钎焊料合金中常规添加的一种材料,为了能够保持良好的流动性,并使钎焊接头显示足够强度的焊接性,应将Ni的添加量控制在一定的范围内・・・本领域技术人员在了解以锡为基体材料的无铅钎焊料合金各组分的基本性能的基础上,从证据1可以获得技术启示,对Ni的含量进行选择通过有限次的实验就可以得到。且本专利说明书并未记载在镍的添加量在0.002wt%至1wt%的基础上,进一步选择控制在0.04至0.1wt%之间有何意想不到的技术效果・・・本专利也不能确定或教导焊料合金中Ni的含量不同和伸长率或流动性的技术效果之间有何必然联系。权利要求1对于Ni含量的选择,相对于现有技术而言,并没有产生新的性能,也没有产生意想不到的技术效果・・・。

 

・・・权利要求4・・・和证据1的区别仅在于・・・还添加有0.001-1wt%的Ge。证据8・・・记载:通过在・・・・・・焊料中添加Ge,得到抑制氧化物发生的效果・・・。另外,如果含Ge在0.1%以上・・・使合金价格升高而不实用,优选・・・Ge含量为0.001~0.05wt%。可见,证据8给出了・・・技术启示。・・・因此,本领域技术人员结合证据1和证据8可以得到权利要求4的技术方案。

 

(日本語訳「進歩性とは、出願日前に存在する技術と比較し、当該発明が突出した実質的な特徴と顕著な進歩を有することを指す・・・もし発明が具体的な数値範囲に限定するものであれば、当該数値範囲が先行技術と比較して、技術的効果に「質」的な変化をもたらしたか、新しい機能を有しているか、又は「量」的な変化が生じて人々の予期を超えたか否かを考慮すべきである。

 

証拠文献1の表19の実施例には・・・開示された第17種の合金の組成・・・と請求項1との差異は、単にNiの含有量が異なることである。当業者にとってNiは、はんだ合金に通常添加する材料であり、良好な流動性を保持し、且つはんだ継手が十分な強度のはんだ付性を示すために、Niの添加量を一定の範囲内に制御すべきであり・・・当業者は、錫を基礎材料とする無鉛はんだ合金の各組成の基本的機能を把握した上で、証拠文献1から技術的示唆を得ることができ、Niの含有量を選択するのは有限回数の実験で得られる。且つ、本特許明細書において、Niの添加量が0.002wt%~1wt%であるとの基礎において、さらに0.04~0.1wt%に制御することで、どのような予期しない技術的効果があるか記載されておらず・・・本特許は、はんだ合金中のNiの含有量の相違と伸び率又は流動性の技術的効果との間に、どのような必然的な関係があるかについて、確定又は教示できない。請求項1のNi含有量の選択は、先行技術に対して新たな機能を生じさせず、予期できない技術的効果も奏していない・・・。

 

・・・請求項4と・・・証拠文献1との差異は・・・、単に請求項4において0.001-1wt%のGeが添加されているだけであり、証拠文献8は、・・・:はんだにGeを添加することで、酸化物の生成を抑制する効果を奏すること・・・。また、もしGeを0.1 wt%以上含有すると・・・合金の価額が高くなり、実用的ではないため、・・・Geの含有量が0.001-0.05 wt%であることが好ましい・・・と記載している。このように、証拠文献8は・・・技術的示唆を開示している。・・・したがって、当業者は証拠文献1及び証拠文献8を組合せることで請求項4の技術案を得ることができる。」)

 

【留意事項】

本事件の妥当性判断は、当該技術分野における専門家の技術的知見に基づいた分析が必要ではあるが、証拠文献1との関係についてやや短絡的に判断された印象を受ける。審査実務においてはありがちなことであるとしても、審判・裁判でも(場合によっては)こうした判断がなされることについて、日本企業として注意が必要である。

 

なお、中国の当事者系審決取消訴訟の被告は、審決を下した行政庁である国家知識産権局専利覆審委員会であり(一方当事者は第三人として訴訟参加。単独で上訴可能。)、行政事件訴訟の性格を有する。ちなみに本事件の特許権者は日本企業、無効審判請求人は中国の個人である。

■ソース
北京市高級人民法院2012年8月2日付(2012)高行終字第528号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=905672 中国発明特許第99800339.5号(公告番号CN1168571C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2013.01.04

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