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(中国)実用新案権の進歩性判断における引用文献数の適否に関する事例(その1)
2013年05月14日
■概要
北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、国家知識産権局専利覆審委員会(以下、「審判部」という)は、複数の先行技術文献を採用して本実用新案権の進歩性を否定しているが、引用文献数が多く、実用新案権の進歩性を厳しく運用しすぎており、審査指南の基本的原則に違反する、として、一審判決を取消した。■詳細及び留意点
本事件は、無審査登録された実用新案権に対し、審判部合議体で下された権利無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)で審決維持の判決が下され、これを不服として北京市高級法院にて争われた事件である。
国家知識産権局が策定した審査指南(以下、「審査基準」という)には『実用新案の進歩性判断において、一般的に1つ又は2つの先行技術を引用してその進歩性を評価すべきであるが、先行技術を単純に積み重ねて形成した実用新案については、状況に応じて複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。』と規定されている(審査基準、第4部分第6章4参照)。
本件実用新案権の請求項1にかかる考案は、「セントラルプロセッサ・モジュールと、記憶ユニットと、音声処理ユニットと、電源ユニットとからなるデータ処理回路を内蔵するケース本体と、感応信号発信ペンと、音声データ記憶装置と、語学教材とを備えたデジタル発音文書装置」に関する。
1:ケース体;2:感応信号発信ペン;3:音声データ記憶装置;4:語学教材;11:ケース体1の上面;12:押しボタン列。
本件実用新案権に対し、2人の無効審判請求人(A社及びB社)は、それぞれ証拠文献1.1~1.8、証拠文献2.1~2.3を提出して、本件実用新案権にかかる考案は、当該証拠文献により進歩性を有していないと主張した。
審判部合議体は、「本件実用新案権の請求項1~10に記載された考案は、証拠文献1.4(US2003/0016210A1)、証拠文献1.7(CN1202671A)及び技術常識の組合せにより容易になし得たものであり進歩性を有していない。また、請求項1~7、10に記載された考案は、証拠文献2.1(ZL02273039.7)、2.2(CN1202671A)及び技術常識の組合せにより容易になし得たものであり進歩性を有しておらず、中国特許法第22条第3項の規定に違反する」と認定し、本件実用新案権は無効であるとの審決を下した(第13590号決定)。
本審決を不服とした実用新案権者は、北京市第一中級人民法院に対し、第13590号審決の取消しを求めて提訴したが、中級人民法院は、「中国特許庁審判部の認定は妥当である。」として、『中華人民共和国行政訴訟法』第54条第1号の規定に基づき、第13590号決定を維持する判決を下した。
実用新案権者はこれを不服として、北京市高級人民法院に上訴した。
高級人民法院は、「本件の争点は、A社が提出した証拠文献1.4と証拠文献1.7と技術常識の組合せ、及びB社が提出した証拠文献2.1と証拠文献2.2と技術常識の組合せが、本実用新案権の請求項1に記載の考案の進歩性を否定するのに適切であるか否かである。審判部は、A社が提出した証拠文献1.4、1.7及び3つの技術常識という5つの引用文献を採用し、またB社が提出した証拠文献2.1、2.2及び技術常識の組合せを採用して本実用新案権の無効を宣告しているが、実用新案の進歩性判断として厳しく運用しすぎており、審査指南に規定する基本的原則に違反する。」と認定し、一審判決及び第13590号審決を取消す判決を下した((2010)高行終字第686号行政判決)。
参考(北京市高級人民法院2010年11月24日付(2010)高行終字第686号より抜粋):
・・・实用新型专利创造性判断中,一般着重考虑该实用新型专利所属技术领域。但是现有技术中给出明确的启示,例如现有技术中有明确的记载,促使本领域技术人员到相近或相关的技术领域寻找有关技术手段的,可以考虑其相近或者相关的技术领域。此外,对于实用新型专利而言,一般情况下可以引用一项或两项现有技术评价其创造性,对于由现有技术通过“简单的叠加”而成的实用新型专利,可以根据情况引用多项现有技术评价其创造性。电学领域创造性判断着重考察电路的结构、连接关系以及所实现的功能、效果的不同。
・・・需要指出的是,本专利属于实用新型专利…专利复审委员会采纳A公司提交的证据1.4、1.7及三篇公知常识共五篇对比文件宣告本专利无效,在本专利创造性评判中标准过于严格,有违审查指南关于实用新型专利创造性判断的基本原则。原审判决维持第13590号决定关于本专利权利要求1相对于证据1.4、1.7及三篇公知常识不具有创造性的认定不妥,本院予以纠正。
基于同样的理由,第13590号决定采纳B公司提交的证据2.1、2.2及公知常识的组合宣告本专利无效的认定亦违背审查指南的规定。原审判决对此予以维持不妥,本院予以纠正。
(日本語訳「・・・実用新案権の進歩性判断において、一般には当該実用新案権の属する技術分野を重点的に考慮する。しかし、先行技術に明確な示唆があり、例えば、先行技術に関連又は近接する技術分野から関連する技術を探すよう当業者を促すような明確な記載があれば、関連又は近接する技術分野を考慮することができる。また、実用新案権に関しては、一般的には1つ又は2つの先行技術を引用してその進歩性を評価することができるが、先行技術の「簡単に積み重ね」により形成した実用新案権について、状況に応じて複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。電気分野の進歩性判断では、回路の構造、連結関係及び実現する機能、効果の相違について重点的に考察する。
・・・本件は実用新案権であり、・・・審判部はA社が提出した証拠文献1.4、1.7及び3つの技術常識という5つの引用文献を提出して本実用新案権の無効を宣告しているが、進歩性判断の基準は厳しすぎであり、審査指南における実用新案権の進歩性判断に関する基本的原則に違反する。本実用新案権の請求項1が証拠文献1.4、1.7及び3つの技術常識に対し進歩性を有していないという第13590号審決を維持する一審判決の認定は不当であり、本院はこれを是正する。
同様の理由により、B社が提出した証拠文献2.1、2.2及び技術常識の組合せを採用して本実用新案権の無効を宣告した第13590号審決の認定も、審査指南の規定に違反する。これを支持した原審判決は不当であり、本院はこれを是正する。」)
【留意事項】
日本でも、一般的には「実用新案の進歩性判断基準は特許の同基準より低い」と思われているようであるが、実際の審査・審理において両者に明確な差は存在しない。それは、単に権利期間が短いだけで、権利の効力は特許権と同等であるからである(同じ発明をもとにして、特許で出願すれば拒絶され、実用新案で出願すれば有効に登録されて排他的独占権を有する、というのは合理的でない)。
これに対し中国では、本事例で明らかなとおり、審査基準に明確に引例数まで規定されており違和感を受けるところであるが、実際の無効審判実務での運用がこの基準のとおりであるとすれば、中国の実用新案権は無効化のハードルが高くなるため、日本企業としても有効に活用しうると考えられる。
なお中国の当事者系審決取消訴訟の被告は、審決を下した行政庁である国家知識産権局専利覆審委員会であり(一方当事者は第三人として訴訟参加。単独で上訴可能。)、行政事件訴訟の性格を有する。ちなみに本事件の実用新案権者は中国の個人、無効審判請求人2者はいずれも中国企業である。
■ソース
北京市高級人民法院2010年11月24日付(2010)高行終字第686号http://www.bj148.org/sfgk/cpws/ms/zscq/201201/t20120110_226772.html 中国実用新案権特許第200420003299.8号(公告番号CN2704087Y)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.01