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(中国)引用文献に開示内容の全体分析に基づく進歩性判断に関する事例

2013年05月07日

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■概要
最高人民法院(日本の「最高裁」に相当)は、本件特許権にかかる発明は進歩性を有すると主張する特許権者(再審請求人)の各再審理由は成立しない、として、「最高人民法院による『中華人民共和国行政訴訟法』の執行における若干問題に関する解釈」第74条の規定に基づき、(2010)知行字第47号行政裁定書により請求人の再審請求を棄却し、特許権の無効が確定した。
■詳細及び留意点

 本事件は、中国国家知識産権局専利覆審委員会(以下、「審判部」という)合議体が下した特許無効との審決に対し、北京市中級人民法院(日本の「地裁」に相当)は審決を取消す一審判決を下し、被告審判部が北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)に上訴した結果、一審判決が取消され、特許権者が最高人民法院に再審請求を行った事件である。

 

 本事件の争点は、「引用文献に記載されている技術的内容の一部を、自分に都合の良いように勝手に解釈してはならない。」という、一見すると拒絶された側の出願人が特許庁を訴えるような内容に思えるが、それとは逆の事件である。

 

 本件特許権の請求項1に記載された発明は以下のとおりである(なお、請求項2~4は、上記請求項1の発明の構成を更に限定した従属項であり省略する)。

「冷却器、熱交換器装置の鋼管束の内外壁表面にリン化皮膜を形成し、その後、塗料で塗装する方法において、

(a)冷却器、熱交換器装置の鋼管束、ポンプ、弁群及び溶液槽を、ゴムパイプ及び鉄パイプを介して工程の流れで連結して閉鎖循環体系を形成し;

(b)全工程において冷却器、熱交換器の金属鋼管束内、外壁表面を処理する各処理液(アルカリ液、酸液、リン化液)が、連続的に絶え間なく循環流動の状態にある、

ことを特徴とする、冷却器、熱交換器装置の鋼管束の内外壁に防食処理を施す方法。」

 

 審判部合議体は、本件特許権の請求項1~4に記載の発明は、無効審判請求人が提出した証拠資料1-1(『工業ボイラー水処理及び水質分析』、姚継賢監修、労働人事出版社出版)に開示された発明、及び証拠資料1-3(最高裁判所(2005)民三提字第2号行政裁定書)で示される判例に基づく進歩性判断基準により進歩性を有していないとして第13261号無効審決を下した。

 

 特許権者(再審請求人)は、再審の理由として本件特許権にかかる発明が進歩性を有する根拠を以下のとおり主張した。

(1)第13261号無効審決において、本件特許権にかかる発明の特徴である「アルカリ洗浄、酸洗浄、リン化」が証拠資料1に基づき容易になし得たものである、との認定は誤りである。

(2)証拠資料1に記載の「ボイラー本体」とはスチームポケット及びヘッダータンクのことであり、その開示された技術テーマは、ボイラー本体の動態酸洗浄工程ではなく、各部位に対する酸洗浄及びスケールの除去であって、本件特許発明の進歩性を否定する先行技術であると認定した第13261号審決は誤りである。

(3)本件特許権にかかる各発明は、いずれも各証拠に対して進歩性を有しており、自明であるとした第13261号審決は誤りである。

 

 最高人民法院は、

「ある引用文献に開示された技術内容を判断する際、一部の内容を抽出して自分の都合によいように解釈するのではなく、関連内容を組合せて全体的に分析すべきである。

 当業者が引用文献に開示された技術内容について全体的に分析した後、その開示された技術を認定すべきであり、これらの分析を基にして、当業者に当該技術内容を組合せて本件特許権の発明を得る動機付けがあるか否かを判断すべきである。この考えに基づけば、各引用文献には、本件特許権にかかる発明の進歩性を否定しうる技術内容が開示されていると言うべきであり、本件特許権にかかる発明が進歩性を有するという再審請求人の各再審理由は成立しない。」として、再審請求を棄却した。

 

参考(中国最高人民法院行政裁定書2011年11月7日付(2010)知行字第47号より抜粋):

  附件1-3・・・查证了・・・形成磷化层的工艺步骤・・・是否为现有技术・・・,本领域在对金属构件或者设备进行防腐处理时采用碱洗、酸洗以及磷化步骤在・・・申请日前也是已知的。因此,・・・有关依据附件1-3不能得出特征1及碱洗、酸洗和磷化工艺是现有技术的申请再审理由难以成立。

 

  在判断一份对比文件公开了哪些内容时,应当将相关内容结合起来进行整体分析,不应该就某些章节断章取义。附件1-1・・・提到的动态酸洗针对的是低压锅炉,锅炉本体应当是锅炉的各个部分,而非仅指・・・“下联箱”、“汽包”这两个构件。・・・结合附件1-1其他部分的描述,本领域技术人员并不会认为其清洗对象仅局限于汽包和联箱,而应当是清洗整个锅炉本体中与水接触且容易发生垢层沉积的部件。因此,第13261号决定将附件1-1的公开内容认定为“一种动态酸洗锅炉本体的工艺”并无不当。

 

  关于权利要求1的创造性・・・冷却器、换热器与锅炉・・・很多情况下往往结合使用。虽然・・・锅炉与换热器为不同的设备,但・・・面临相同的金属腐蚀和设备结垢问题・・・尽管金属防腐处理与除垢处理的技术着重点不同,但・・・都必须经过近乎相同的处理过程。・・・由此可见,本领域技术人员・・・能够想到去借鉴关于锅炉除垢处理的附件1-1・・・把其中公开的技术内容用于・・・冷却器、换热器。因此,涉案专利与附件1-1技术主题的差异不能成为本领域技术人员参考附件1-1的障碍。

 

  其次,钝化与磷化是两种不同的表面处理工艺・・・,但无论是钝化还是磷化,都是本领域最广泛应用的避免金属表面腐蚀的手段,本领域技术人员会根据具体情况选择使用・・・。附件1-1选择使用钝化并不意味着本领域技术人员不会想到将附件1-1公开的锅炉本体循环酸洗工艺用于换热器。

 

  再次,附件1-1公开了动态酸洗锅炉本体的方法,包括由酸箱、酸泵、管道和锅炉本体组成循环回路・・・因此,第13261号中关于附件1-1公开了・・・特征a的认定是正确的。根据如上分析,本领域技术人员・・・得到权利要求1的技术方案并不需要付出创造性的劳动。第13261号决定以及一、二审判决认定权利要求1不具备创造性并无不当。

 

(日本語訳「添付1-3は・・・リン化皮膜を形成する工程が・・・先行技術であるか否か・・・を証明し、本技術分野で金属部材或いは装置に防食処理を施す際に、アルカリ洗浄、酸洗浄及びリン化工程を採用するのは、・・・出願日前に既に公知である。したがって、・・・添付1-3からアルカリ洗浄、酸洗浄及びリン化工程が先行技術であることが得られないという再審理由は成立しない。

 

 ある引用文献にどのような技術が開示されているかを判断する際には、一部の内容を抽出して自分に都合の良いように解釈するのではなく、関連する技術内容を組合せて全体的に分析すべきである。添付1-1・・・に言及された動態酸洗浄の対象は低圧ボイラーであり、ボイラー本体は単に・・・「下ヘッダータンク」及び「スチームポケット」という2部材を指すだけでなく、ボイラーの各部位であるべきである。・・・添付1-1のほかの部分の記載を組合せて、当業者は、その洗浄対象が「スチームポケット」及び「ヘッダータンク」に限るのではなく、ボイラー本体全体の中で水と接触し、且つスケールが沈積しやすい部材を洗浄すべきと考える。したがって、第13261号決定で添付1-1に開示された内容を「ボイラー本体の動態酸洗浄工程」と認定したのは不当ではない。

 

 請求項1の進歩性について、・・・冷却器、熱交換器及びボイラーは・・・多くの場合、往々にして組合せて使用されている。ボイラーと熱交換器とは異なる装置であるが、・・・同じ金属腐食及び装置スケール沈積の問題に直面し、・・・金属防食処理とスケール除去処理の技術的な重点は異なるが、・・・ほぼ同一の処理工程を経ることが必要である。・・・このように、当業者は・・・ボイラーのスケール除去処理に関する添付1-1を参考にし、・・・開示された内容を・・・冷却器や熱交換器に用いることを想到できる。したがって、本案特許と添付1-1の技術テーマの相違は、当業者が添付1-1を参考にする障害にはならない。

 

 次に、不活性化及びリン化は2つの異なる表面処理工程であり、・・・不活性化にしてもリン化にしても、本技術分野で最も広範に用いられている金属表面の腐食を防ぐ手段であり、当業者は具体的な状況に応じて選択・使用することができ・・・。添付1-1で不活性化を選択・使用したのは、当業者が添付1-1に開示のボイラー本体の循環酸洗浄工程を熱交換器に用いることを想到しえないことを意味しない。

 

 更に、添付1-1は酸タンク、酸ポンプ、配管及びボイラー本体からなる循環回路を備えた・・・ボイラー本体を動態酸洗浄する方法を開示しているため、添付1-1が・・・本件特許発明の特徴aを開示したという第13261号決定の認定は正確である。前記分析により、当業者は・・・請求項1の技術案を得るために創造的な労働を必要とせず、請求項1が進歩性を有していないとい認定した第13261号決定、一審及び二審判決は不当ではない。」)

 

【留意事項】

 本事件の争点は、証拠に開示されている技術をどう読み、どう理解すべきか、という点である。一審中級人民法院は、特許権者側の主張を認めて審決を取消す判決を下したものの、高級人民法院、最高人民法院は国家知識産権局の審決を維持した。ただし、本事件は技術的に議論が分かれるかなり微妙な案件であり、中国では「疑わしきは出願人の利益に」という明確な考え方がない以上、強引な拒絶査定や無効決定には注意が必要である。

 

 なお中国の当事者系審決取消訴訟の被告は、審決を下した行政庁である国家知識産権局専利覆審委員会であり(一方当事者は第三人として訴訟参加。単独で上訴可能。)、行政事件訴訟の性格を有する。ちなみに、本件の特許権者は中国の個人、無効審判請求人も中国の個人である。

■ソース
中国最高人民法院行政裁定書2011年11月7日付(2010)知行字第47号
http://ipr.court.gov.cn/zgrmfy/201207/t20120718_149647.html 中国特許第88103519.X号(公告番号CN1011911B)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2012.12.27

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