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(中国)引用文献に、本願発明の進歩性を否定できる技術的示唆があるか否かに関する事例
2013年04月02日
■概要
中国専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体は、引用文献には、「CMOS撮像デバイスがブラケットを介して吊るされる。」ことが開示されているが、CMOS撮像デバイスを吊るして配置する目的は、その配置スペース問題を解決するためである。また配置位置は任意であり、本実用新案が挙げる光路遮断問題を解決するものではなく、CMOS撮像デバイスを「斜め上方」に配置する技術的示唆もない。さらに「斜め上方」の特定の撮影目的のために、CMOS撮像デバイスを短焦点広角レンズに置換することも開示されていないため、審判請求の理由は成立しないとして、本実用新案権の全てを維持した。■詳細及び留意点
中国国家知識産権局(以下、「中国特許庁」という)が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、請求項が引用文献と比較して異なる技術的特徴が存在し、且つ先行技術には当該異なる技術的特徴を当該引用文献に用いて当該引用文献に存在していた技術的課題を解決する明らかな技術的示唆がなければ、当該請求項は進歩性を有する旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第4章3.2.1.1参照)。
本実用新案権は、投影ホワイトボード(2-3)、短焦点広角レンズを採用した光信号受信装置(2-1)、信号処理装置、光信号発信装置、固定ブラケット(2-2)、投影設備、及びコンピュータとを備えた光電電子ホワイトボードシステムにおいて、投影パネルの斜め上方にブラケットを介して短焦点広角レンズを採用した信号受信装置が設置され、投影パネルにライトペンを使用するときに発生する光信号を採集し、信号処理装置が採集した光信号を処理し、投影パネルにおけるライトペン発光ポイントの位置座標を算出することを特徴とする光電電子ホワイトボードシステムに関する。
請求項1に記載された考案と引用文献1(中国実用新案第200420022393.8号(公告番号CN2724105Y))に開示された技術との相違点は、請求項1記載の考案が、投影パネルの斜め上方にブラケットを介して短焦点広角レンズを採用した信号受信装置が設置されている点である。請求項1記載の考案が解決しようとする課題は、光信号発信装置から光信号受信装置までの光路が遮断されることを如何に回避するかにある。
審判部合議体は、引用文献1には、CMOS撮像デバイスを、ブラケットを介して吊るすことが開示されているが、CMOS撮像デバイスを吊るして配置する目的は、その配置スペース問題を解決するためであって、またその配置位置は任意であり、本実用新案が挙げる光路遮断問題を解決するものではなく、「斜め上方」に配置する技術的示唆の開示がないと認定した。
さらに、審判部合議体は、短焦点広角レンズそのものは本技術分野の技術常識であるものの、本実用新案で短焦点広角レンズを選定したのは、「斜め上方」位置の特殊な撮影目的のためであり、当該選定は「斜め上方」という特定の配置位置を必須とし、これらを有機的に組合せた一体不可分の構成であると認定した。
以上のとおり審判部合議体は、当該無効審判請求の理由は成立しないとして、本実用新案権の全てを有効として維持した。
参考(中国特許庁審判部無効審決2011年5月25日付第16703号より抜粋):
如果一项实用新型要求保护的权利要求与对比文件1相比存在区别技术特征,并且现有技术中并未给出将该区别技术特征应用于该对比文件1以解决其存在的技术问题的明显技术启示,由于该区别技术特征的存在还使得该权利要求相对于现有技术而言取得了有益的技术效果,则该权利要求相对于该对比文件1具有实质性特点和进步,具备专利法第22条第3款规定的创造性。・・・
对比文件1中虽然提到了CMOS摄像器件可以通过支架悬挂,但悬挂只是“斜上方”位置的上位概念,其位置概念比较宽泛,・・・普通的悬挂位置只是为了解决信号接收装置需要占用地面摆放空间的问题,当用户在投影面板前使用时,同样会产生光笔到信号接收装置光路遮挡的问题,而避免光路遮挡正是本专利所要解决的技术问题。
将摄像装置通过支架设置在白板的“斜上方”,是本专利为了解决光路遮挡的技术问题而设计的特定放置位置,对比文件1没有给出放置位置在“斜上方”的技术启示;
另一方面,虽然短焦广角镜头本身是本领域公知常识,但是本专利中选定短焦广角镜头是因为“斜上方”位置的特殊拍摄需要,该选定以“斜上方”的特定放置位置为基础,其与“斜上方”的放置位置是有机结合的整体,不可割裂。
因此,现有技术中不存在将区别技术特征“在投影面板斜上方通过支架设置一个采用短焦广角镜头的信号接收装置”应用到对比文件1中的技术启示。因此,权利要求1相对于对比文件1具有实质性特点和进步,具备创造性。
(日本語訳「本実用新案が保護する請求項には引用文献1と比較して異なる技術的特徴が存在し、且つ先行技術に当該異なる技術的特徴を当該引用文献1に応用して、当該引用文献1に存在していた技術的課題を解決する明らかな技術的示唆がなければ、当該異なる技術的特徴の存在により、当該請求項は先行技術に対し有益な技術的効果を奏するため、当該請求項は当該引用文献1に対し実質的な特徴と進歩を有し、特許法第22条第3項に規定する進歩性を有する。・・・
引用文献1にはCMOS撮像デバイスを、ブラケットを介して吊るすことに言及しているが、「吊るす」とは単に「斜め上方」位置の上位概念であり、その位置概念は比較的広く、・・・通常の吊るす位置は、単に信号受信装置が地面スペースに占める問題を解決するためであり、ユーザが投影パネル前で信号受信装置を使用する時、同様にライトペンから信号受信装置までの光路遮断の問題が生じるが、その光路遮断を避けることが、本実用新案が解決しようとする課題である。
撮像装置がブラケットを介して設置されるホワイトボードの「斜め上方」は、本実用新案が光路遮断の技術的課題を解決するために設計した特定の配置位置であるが、引用文献1には配置位置を「斜め上方」にするという技術的示唆の開示がない。
一方、短焦点広角レンズ自身は本技術分野の技術常識であるが、本実用新案で短焦点広角レンズを選定したのは、「斜め上方」位置の特殊な撮影目的のためであり、当該選定は「斜め上方」の特定の配置位置を基本とし、「斜め上方」の配置位置と有機的に組合わされた一体不可分の構成である。
したがって、先行技術には、異なる技術的特徴である「投影パネルの斜め上方にブラケットを介して短焦点広角レンズを採用した信号受信装置が設置する」構成を引用文献1に応用する技術的示唆がない。よって、請求項1は引用文献1に対し実質的な特徴と顕著な進歩を有し、進歩性を有する。」)
【留意事項】
本事件は、考案の技術的特徴について、引用文献にどこまで開示されているかを巡る事件である。引用文献には、「CMOS撮像デバイスを、ブラケットを介して吊るす」ことが記載されており、結果として、本件実用新案の技術的特徴である「斜め上方」になるにしても、本件実用新案の目的とは全く別の目的から構成されるものであって、本実用新案の進歩性を否定できるものではない、という極めて合理的で常識的な結論となっている(なお、引用文献には、単に上記記載が明細書中にあるだけで、図面には何らか開示されていない)。ちなみに、本件の実用新案権者、無効審判請求人はいずれも中国企業である。
■ソース
中国特許庁審判部無効審決2011年5月25日付第16703号http://www.sipo-reexam.gov.cn/reexam_out/searchdoc/decidedetail.jsp?jdh=WX16703&lx=WX 中国実用新案第200820033895.9号(公告番号CN201266362Y)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2012.12.07