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(中国)クレーム中の記載の上位概念化について実質的なクレームの技術的範囲に相違はなく新規事項追加に当たらないと高級人民法院で判断されたケース
2012年11月20日
■概要
中国では、特許出願を専利法第33条に基づいて補正することが可能であるが、日本と同様に、原記載の範囲を超えた新規事項追加に該当する補正は認められない。原記載と補正後の記載が異なり、原記載から直接的かつ一義的に特定できない記載の場合は、発明が実質的に変更されているとして、原記載の範囲を超えた補正と認定される。本取消訴訟では、「リン酸酸化ギ酸ナトリウムでギ酸を生産するとともに各種リン酸ナトリウム塩を生産する方法」を「リン酸酸化ギ酸ナトリウムでギ酸を生産するとともにリン酸塩を生産する方法」とした補正について、リン化学工業の当業者であれば、本特許出願の公開公報から、その発明に使用される反応物がリン酸及びギ酸塩であることが分かり、かつ、通常の反応条件では、その生成物が一定であることは当業者の周知事項であるため、この補正は発明を実質的に変更していないとして、無効審判審決及び無効審判審決を支持した原審判決を覆した。
■詳細及び留意点
本件においては、公告された専利権のクレーム1は以下のようなものであった。
「用过磷酸酸化甲酸钠生产甲酸联产各种磷酸盐的方法,其特征包括:(1)用过磷酸酸化甲酸钠;(2)酸化过程是在搅拌下,陆续将甲酸钠投放于过磷酸之中,在常温至甲酸沸点温度下完成的;(3)酸化后的物料在蒸馏釜中蒸馏出甲酸,通过冷凝为产品;(4)蒸出甲酸后的副产物配制成溶液,沉淀出杂质后放入调料罐,再经调整pH值,并按常规方法生产各种磷酸盐。」
(日本語訳:「ギ酸ナトリウムを過リン酸で酸性化してギ酸を生産するとともに各種のリン酸塩を生産する方法であって、(1)ギ酸ナトリウムを過リン酸で酸性化すること;(2)酸性化は、撹拌下において、ギ酸ナトリウムを少しずつ過リン酸に投入し、常温乃至ギ酸の沸点以下の温度において完了すること;(3)蒸留器にて酸性化後の物質からギ酸を留去し、凝縮により生産物とすること;(4)ギ酸留去後の副産物を溶液とし、不純物を沈殿させた後に調整槽に入れ、さらにpHの値を調整し、従来の方法を用いて各種のリン酸塩を生産することを含むことを特徴とする方法。」
無効審判において、特許審判部(中国語「专利复审委员会」)は、元のクレームの記載が、「リン酸酸化ギ酸ナトリウムでギ酸を生産するとともに各種リン酸ナトリウム塩を生産する方法」であったことから、ナトリウム塩以外のリン酸塩を含むことになる、このようなクレームの補正は新規事項追加(中国語「修改超范围」)であり認められない等として特許は無効であるとの判断を示した。そして、北京市第一中級人民法院もこのような特許審判部の判断を支持した。
しかし、上訴審である北京市高級人民法院は、補正後の公報では「リン酸ナトリウム塩」が「リン酸塩」となっているが、審査書類も考慮して、特許公報における「リン酸塩」は当然「リン酸ナトリウム塩」を指しているとして、原審及び特許審判部の認定を覆した。
参考(北京市高級人民法院民事判決2011年3月25日(2010)高民終字第1417号より抜粋):
专利法第三十三条规定,申请人可以对其专利申请文件进行修改,但是,对发明和实用新型专利申请文件的修改不得超出原说明书和权利要求书记载的范围。如果通过增加、改变和/或删除申请内容中的一部分,致使所属技术领域的技术人员看到的信息与原申请记载的信息不同,而且又不能从原申请记载的信息中直接地、毫无疑义地确定,那么,这种修改就是不允许的。判断是否修改超范围的一个基本原则在于修改后的技术方案是否实质上改变了原始公开文本所记载的技术方案。判断修改是否超范围应当基于本领域技术人员的角度。在本案中,本领域技术人员应当是磷化工行业的普通技术人员。
根据原申请公开文本的记载,权利要求1要求保护的是一种“用过磷酸酸化甲酸钠生产甲酸联产各种磷酸钠盐的方法”,即生产甲酸同时联产磷酸钠盐的方法。根据修改后的授权文本,权利要求1要求保护的是一种“用过磷酸酸化甲酸钠生产甲酸联产各种磷酸盐的方法”。本领域技术人员通过阅读本专利原申请公开文本及授权文本可知,该技术方案所使用的反应物为过磷酸及甲酸钠。作为磷化工领域的普通技术人员,其应当知晓正常反应条件下产物是固定的,而且本专利公开文本均明确该技术方案的发明目的是“生产甲酸联产各种磷酸钠盐”,而且发明证书上也写明这一点。尽管通过修改,授权文本中“磷酸钠盐”变为“磷酸盐”,但是川東公司提交的《第一次审查意见通知书》等审查文档可以明确看出,本专利原始申请人在修改时存在明显的笔误。授权文本中“磷酸盐”应指“磷酸钠盐”。
因此,本领域技术人员在阅读本专利授权文本及公开文本后,结合本领域的公知常识,应当知晓选用以纯碱或合成甲酸钠的废碱液及磷酸调整pH值。因此,本专利公开文本的“以纯碱或合成甲酸钠的废碱液及磷酸调整pH值”修改为授权文本的“调节PH值”并未实质性地改变了本专利的技术方案。
(日本語訳:
専利法第33条は、出願人は特許出願について補正をすることができるが、発明及び実用新案出願の補正は、原説明書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えてはならないと規定している。もし出願内容の一部を追加、変更或いは削除することによって、補正後の記載と原出願の記載とが異なり、加えて、原出願の記載から直接的かつ一義的に特定できない記載となっていれば、このような補正は許されない。補正が当初の記載の範囲を超えているか否かの判断は、補正後の発明が、実質的に当初の公開公報に記載された発明を変更しているか否かによってなされるが、補正が当初の記載の範囲を超えるか否かは、当然、当業者の立場から判断するべきであり、本件における当業者は、当然ながら、リン化学工業の通常の技術者である。
出願の公開公報の記載によれば、クレーム1は「リン酸酸化ギ酸ナトリウムでギ酸を生産するとともに各種リン酸ナトリウム塩を生産する方法」である。補正後の特許公報によれば、クレーム1は「リン酸酸化ギ酸ナトリウムでギ酸を生産するとともにリン酸塩を生産する方法」となった。当業者は、当初の公開公報及び特許請求の範囲を読めば、当該発明において使用される反応物がリン酸及びギ酸塩であることが分かる。通常の反応条件下では生成物が一定であることは、リン化学工業の当業者に周知されている。また、本件特許の公開公報には、当該発明の目的が「ギ酸を生産するとともに各種のリン酸ナトリウム塩を生産する」ことであることは明確に記載されており、特許証書にもこの点が明記されている。補正後の登録公報では「リン酸ナトリウム塩」は「リン酸塩」となっているが、川東社が提出した第一回拒絶理由通知書(中国語「审查意见通知书」)等の審査書類から、本件特許の申請人が補正時に明らかな誤記が存在したことは明白である。特許公報における「リン酸塩」は当然「リン酸ナトリウム塩」を指しており、原審及び専利復審委員会の認定は妥当ではない。
また、当業者は、本件特許の特許公報及び公開公報を読んだ後に、当業界の技術常識を加味すれば、純炭酸ソーダ又は合成ギ酸ナトリウムのアルカリ廃液及びリン酸によりpH値を調整することを知っているはずである。よって、本件特許の公開公報の「純炭酸ソーダ又は合成ギ酸ナトリウムのアルカリ廃液及びリン酸によりpH値を調整する」を登録公報の「PH値を調節する」に補正したことは、本件発明の発明を実質的に変更したとはいえない。)
【留意事項】
本件は、補正後のクレームにおいて上位概念の記載を用いたところ、それが新規事項追加となるかどうかが争点の1つとなったものである。本件では、高級人民法院まで行ってようやく実質的なクレームの技術的範囲に相違はなく、このような補正が新規事項追加に当たらないという判断が示された。特許請求の範囲においてより広い範囲で権利化を図ろうとすることは一般的であり、誤記等から補正が必要となることもあるであろうが、後の手続のことを考え、元から特許請求の範囲の記載については十分に注意するとともに、明細書にそのまま使用できる記載に入れておくなどの留意が必要と思われる。
■ソース
・中国専利法・北京市高級人民法院民事判決2011年3月25日付(2010)高行終字第1417号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=818813 ・中国特許第97103209.2号(公告番号CN1066132C、公開番号CN1179413A)
■本文書の作成者
特許庁総務部企画調査課 根本雅成特許庁総務部企画調査課 古田敦浩
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限公司 日本事務所 呉 毅■本文書の作成時期
2012.10.11