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香港における均等論に対する裁判所のアプローチ

2017年06月20日

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■概要
香港においては、非文言上の侵害を判断するために、一般的に均等論は用いられないが、これに近い目的論的解釈が用いられる。目的論的解釈の適用に際して、香港の裁判所は、当業者が特許の意味をどのように解釈するかを求める。香港においては、包袋禁反言の原則に関する判例法はなく、訴訟手続において包袋禁反言に基づく主張が認められない可能性が高い。
■詳細及び留意点

1.均等論とは何か?

 

 均等論とは、製品または方法が、同一の結果を得るために実質的に同一の方法で同一の機能を果たすという点において、当該製品または方法が特許請求の範囲と均等であると判断される場合、特許権侵害が認定されるという法理である。均等論を支持する立場の者は、実質的に同一の機能を有する製品への軽微な変更により非侵害とするような特許の狭義の解釈により、独占権の保護が無用なものとなるとの見解を示す一方、均等論を批判する立場の者は、均等論は、特許範囲の予期できない拡大により不確実性をもたらすと見解を示す。

 

2.香港における特許法

 

 香港における特許は、香港特許条例(Cap. 514)および特許(一般)規則(Cap. 514C)の規定に従い付与される。現在、香港には2種類の特許が存在する。すなわち、最大権利期間20年の標準特許と、最大権利期間8年の短期特許である。

 

 香港標準特許は、以下の3つの特許庁のうち最初に付与された1つの特許の再登録である:(1)中国国家知識産権局(SIPO)、(2)英国知的財産庁(UKIPO)、または欧州特許庁(EPO)(英国(UK)を指定する欧州特許)。香港知的財産局(HKIPD)において関連する方式要件を満たせば、各特許庁により付与されたこれら3つの外国特許の1つを「指定して」香港標準特許を付与することができる。そして、指定した特許と全く同一の特許明細書を香港標準特許の特許明細書とする。

 

 香港は、コモン・ローの国であり、その判例法の大部分は、英国の判例法に由来する。英国の判例法に依拠する傾向が強いものの、必ずしも香港の裁判所を拘束するものではなく、特に特許分野においては、英国判例の効力はあまり強くない。一方で、特許性に関して、香港の裁判所は、EPO審判部の審決例に依拠する傾向がある。しかし、これも必ずしも香港の裁判所を拘束するものではない。

 

3.「目的論的解釈」の原則の発展

 

 香港は、特許請求の範囲を目的論的に解釈するという点において、英国の立場を採用してきた。目的論的解釈は、香港において均等論に最も近い法的理論であり、非文言上の特許権侵害を検討するための枠組みである。特許請求の範囲の目的論的解釈は香港特許条例第76条に基づく。第76条自体は、1977年英国特許法の第125条を原型とするものであり、英国および香港において裁判所により適用される欧州特許条約(EPC)第69条に対応する条項である。

 

 特許請求の範囲の解釈にかかる基本的テストは、香港特許条例第76条(1)(b)に以下のように定められている:

 

香港特許条例第76条(1)(b)

 (1)本[特許]条例の適用上、…

 (b)特許付与された発明は、文言上特段の解釈を要する場合を除き、特許明細書に含まれる説明および図面により解釈される明細書の特許請求の範囲に特定される発明とし、

特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される。

 

 EPC第69条の解釈に関するプロトコルに基づき、香港特許条例第76条(3)は、下記記載の手法によって解釈するべきではなく、むしろ特許権者または特許出願人の公平な保護を、第三者のために正当な程度の安定性と結び付けることにより解釈されなければならないと規定する。

 (1)香港特許の保護は、特許請求の範囲、および特許請求の範囲中に見出された曖昧性を解決することのみを目的として参照される明細書および図面において使用されている文言の厳密な意味により解釈されてはならない;または

 (2)特許請求の範囲は、解釈の指針としてのみ役割を担うのではなく、香港特許の保護は、当業者による説明および図面の解釈を超えて、特許権者が予期するところまでは及ぶことができない。

 

 目的論的解釈の原則は、これら2つの手法のバランスを取ろうとするものである。これらは、Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251において香港控訴裁判所により採用されたCatnic Components Ltd v Hill & Smith [1982] RPC 183における英国貴族院の判決において定められた。要約すると、以下の通りである:

 

 (1)特許権者は、表現を選択して、特許明細書中の発明の本質的特徴が何であるかを当業者に対して説明する;

 (2)厳密な言語分析による、特許明細書の文言上の解釈は採用されるべきではなく、目的論的解釈が行われるべきである

 (3)特許請求の範囲に記載の文言が厳密に解釈されることを特許権者が意図していた(特許請求の範囲における文言を補正した場合に、当該補正が発明に実質的影響を与えない場合であっても、当該補正は特許請求の範囲に記載された独占権の範囲外となる)と、当業者が理解するか否かによって、目的論的解釈の採用の適否が判断される。

 

 裁判所は、特許請求の範囲の解釈にあたり、当業者の立場に立つこととなる。特許請求の範囲からの変更が発明に対して実質的影響を与える場合、侵害は認定されない。特許権者が特許請求の範囲中の特定の文言について、発明に対する実質的影響を与えない小さな変更を排除しないと当業者が考える場合のみ、侵害が認定される。

 

 英国特許裁判所のHoffmann J(当時)はさらに、Improver Corp v Remington Consumer Products Ltd [1990] FSR 181において、Catnic Components Ltd事件における原則を「Three-part test」として体系化し、香港控訴裁判所は、Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251において、これに追随した。「Three-part test」は、以下の通り定める:

 

 (1)特許請求の範囲からの変更が、発明の作用に実質的影響を与えるか?与える場合、当該変更は権利範囲外である(すなわち、非侵害を意味する)。

 (2)当該変更が、発明の作用に実質的影響を与えない場合、特許の公開日時点において、当該変更は当業者にとって自明であったか?自明でない場合、当該変更は権利範囲外である(すなわち非侵害を意味する)。

 (3)当該変更が自明である場合において、特許請求の範囲の文言を厳格に解釈することが発明の本質的要件であることを特許権者が意図したと当業者が理解するか?理解した場合には、当該変更は権利範囲外である(すなわち非侵害を意味する)。

 

 「Three-part test」の適用にあたり、(1)(3)の質問が否定され、(2)の質問が肯定された場合、特許請求の範囲中の特定の文言は、文言上の意味を有するものではなく、当該変更を含む意味を有するとして解釈される。したがって、保護の範囲は、均等論の適用に相当する効力を有するよう拡大される。

 

 Kirin-Amgen v. Hoechst Marion Roussel [2005] RPC 9において、英国貴族院は、目的論的解釈の原則について、包括的な検討を行った。特許は、技術分野の一般的常識と共に当業者が理解するであろう意味に従い解釈されるべきであることが確認された。この原則は、SNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2014] 2 HKLRD 822において、香港高等裁判所により採用され、控訴審のSNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2015] 4 HKLRD 517において、香港控訴裁判所により認められた。

 

 Catnic Components Ltd事件において、Hoffmann判事はさらに「Three-part test」について、均等物が特許請求の範囲内にあたるか否かを決めるための枠組であるとみなした。Hoffmann判事は、「Three-part test」に基づく目的論的解釈の原則と、均等物にこれを適用するための指針とを区別することが重要であり、これにより、「Three-part test」は、当業者が特許の意味を解釈する助けとなる、単なる指針であるという点で、法的規則として扱われるべきではないと強調した。

 

4.目的論的解釈の文言における均等論および禁反言

 

 包袋禁反言の原則は、審査中の補正により関連する限定が導入された場合、均等論を適用することができないと定める。この原則は、審査の包袋を精査することなくして、特許の解釈および保護範囲を判断することはできないことを意味する。一方、貴族院によりKirin-Amgen事件においても判示された通り、特許は、当業者が包袋を取得したか否かにかかわらず変化しないものとみなされる。英国の立場は、包袋禁反言の適用に否定的な立場である。審査中に行われた補正等の証拠は、特許請求の範囲がどのように解釈されるかを判断するものではなく、裁判所は、特許権者が実際に特許請求の範囲に明確に記載したものを考慮する。

 

 香港においては、禁反言に関する判例法はない。ただし逆のことを示すものがない限り、香港の裁判所は、包袋禁反言の適用に異を唱える英国の立場に追随することとなる。

 

5.まとめ

 

 香港においては、非文言上の侵害を判断するために、一般的に均等論は用いられないが、これに近い目的論的解釈が用いられる。目的論的解釈の適用に際して、香港の裁判所は、当業者の立場に立ち、当業者が特許の意味をどのように解釈するかを求める。香港においては、包袋禁反言の原則に関する判例法はないが、訴訟手続において包袋禁反言が認められない可能性が高い。

 

 香港において、特許は、特許権者が自らの言葉で当業者に向けた一方的声明である。裁判所は、目的論的解釈に基づき、特許請求の範囲を書き直したり補正したりしない。裁判所は、特許権者に合理的な保護を与える利益と、第三者に対して合理的な確実性を与える利益とのバランスを取る義務がある。

■ソース
・香港特許条例(Cap.514)
・特許(一般)規則(Cap.514C)
・Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251
・Catnic Components Ltd v Hill & Smith [1982] RPC 183
・Improver Corp v Remington Consumer Products Ltd [1990] FSR 181
・Kirin-Amgen v. Hoechst Marion Roussel [2005] RPC 9
・SNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2014] 2 HKLRD 822
・SNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2015] 4 HKLRD 517
■本文書の作成者
Bird & Bird事務所(Hong Kong)
■協力
日本技術貿易株式会社
■本文書の作成時期

2017.02.28

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