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シンガポールにおける周知商標の保護
2015年03月31日
■概要
シンガポールにおいて、周知商標は保護を受けることができる。周知商標の保護は、商標法第8条(3)、第8条(4)および第55条に規定されている。周知商標の所有者は、第8条(3)および第8条(4)に基づき抵触する商標に対して、異議申立または無効請求を提出することができる。さらに当該所有者は、第55条に基づく差止命令により、抵触する商標または営業標章の使用を禁じることもできる。第8条(3)、第8条(4)および第55条に基づく保護を受ける上で、必ずしも周知商標を登録する必要はない。■詳細及び留意点
【詳細】
〇シンガポールにおける周知商標の商標法上の救済
シンガポール商標法第8条(3)および第8条(4)は、周知商標の所有者が抵触する商標に異議を申し立てる、またはこれを無効にできる理由を、以下のように定めている。
シンガポール商標法第8条(抜粋)
(3)商標登録出願が2004 年7月1日より前になされ、当該商標が、
(a)先の商標と同一または類似のもの、および
(b)先の商標の保護の対象である商品またはサービスとは類似しない商品またはサービスについて登録しようとする後の商標は、次の場合は登録されない。すなわち
(i)先の商標がシンガポールで周知である場合
(ii)後の商標の登録を求める商品またはサービスに関する後の商標の使用が、その商品またはサービスと先の商標の所有者との関係を示すと思われる場合
(iii)当該使用を理由に、公衆の側に混同を生じるおそれがある場合、および
(vi)先の商標の所有者の利益が当該使用により損なわれるおそれがある場合
(4) (5)に従うことを条件として、2004年7月1日またはその以降に提出された登録出願において、商標の全体またはその重要な部分が先の商標と同一または類似する場合は、後の商標は、次の場合において登録されない。
(a)先の商標がシンガポールにおいて周知であり、かつ
(b)後の商標が使用する商品もしくはサービスは
(i)先の商標の所有者とこれらの商品、サービス間の関係を示すことができ、かつ先の商標の所有者の利益を損害するおそれがある場合、または
(ii)先の商標がシンガポールで公衆にとって周知である場合は、
(A)不正な方法で先の商標の識別的な特徴を希釈させる、または、
(B)不正に先の商標の識別的な特徴を利用する。
(5)商標登録出願が先の商標がシンガポールで周知になる前に提出された場合は、当該商標の出願は、(4)によりその登録を拒絶されないが、当該出願が悪意であることを示す場合はその限りではない。
シンガポール商標法第55条(2)、(3)および(4)は、周知商標の所有者が抵触する商標または営業標章の使用を禁じる差止命令を獲得できる理由を、以下のように定めている。
シンガポール商標法第55条(抜粋)
(2) (6)および(7)の規定に従うことを条件として、周知商標の所有者は、同一または類似の商品またはサービスに関して、全部またはその重要な部分が自己の商標と同一または類似の商標の使用が混同を生じるおそれのある場合は、その商標を業として(第三者が)同意なくシンガポールにおいて使用することを差止命令により禁止する権利を有する。
(3) (6)および(7)の規定に従うことを条件として、周知商標の所有者は、商品またはサービスに関して、全部またはその重要な部分が自己の商標と同一または類似の商標を使用することが次の場合は、すなわち、
(a)その商品またはサービスと周知商標の所有者との関係を示す可能性があり、かつ、当該所有者の利益を害するおそれがある場合は、または
(b)当該所有者の商標がシンガポールにおいて国民全体に知られている場合には、
(i)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当な方法で損なう可能性がある場合は、または
(ii)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当に利用する可能性がある場合は、その商標を業として自己の同意なくシンガポールにおいて使用することを差止命令により禁止する権利を有する。
(4) (6)および(7)の規定に従うことを条件として、周知商標の所有者は、全部またはその重要な部分が自己の商標と同一または類似の営業標章を使用することが次の場合は、すなわち、
(a)それが使用される事業と周知商標の所有者との関係を示す可能性があり、かつ、当該所有者の利益を害するおそれがある場合は、または
(b)当該所有者の商標がシンガポールおいて国民全体に知られている場合には、
(i)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当な方法で損なう可能性がある場合は、または
(ii)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当に利用する可能性がある場合は、その営業標章を業として自己の同意なくシンガポールにおいて使用することを差止命令により禁止する権利を有する。
(6)周知商標がシンガポールにおいて周知となる前に、当該商標または場合に応じて営業標章が使用され始めた場合は、その商標または営業標章が悪意によって使用されていない限り、当該所有者は(2)、(3)、(4)にいう権利を有さない。
(7)周知商標の所有者が,当該商標または場合に応じて営業標章がシンガポールにおいて使用されていることを知りながら、かつ、継続して 5 年にわたってその使用を黙認していた場合は、その商標または営業標章が悪意によって使用されていない限り、当該所有者の(2)、(3)、(4)にいう権利は失効する。
本稿では、商標法第55条に基づく周知商標の保護に焦点を当てていく。
〇周知商標保護の概要
周知商標は、商標法第2条(1)において以下の通り定義されている。
シンガポール商標法第2条(1)抜粋
「周知商標」とは、
(a)シンガポールにおいて周知の登録商標、または
(b)シンガポールにおいて周知でありかつ、次の者の未登録商標をいう。
(i)締約国の国民、または
(ii)そのような国に居住する者または現実かつ実際に工業的または商業的な企業を有する者当該者がシンガポールにおいて事業を営んでいるか否かまたはのれんを有しているか否かは問わない。
「締約国」とは同じくシンガポール商標法第2条(1) に定義されている。
シンガポール商標法第2条(1)抜粋
「締約国」とは,
(a)第10条及び附則3(13)において,シンガポール以外の国又は領土で,
(i)パリ条約の同盟国,又は
(ii)世界貿易機関の加盟国であるものをいう。及び
(b)本法におけるその他の規定において,国又は領土で,
(i)パリ条約の同盟国,又は
(ii)世界貿易機関の加盟国であるものをいう。
上記の定義に照らし、登録商標または未登録商標の所有者がシンガポールにおいて当該商標に関する事業を営んでいない、またはのれんを有していない場合であっても、当該登録商標または未登録商標は周知商標として認められ、第8条(3)、第8条(4)および第55条に基づく保護を受けることができる。
商標が「周知」であるかどうかを判断する際に考察すべき要素は、商標法第2条(7)に定められている。
シンガポール商標法第2条(7)
(7) (8)に従うことを条件として、本法の適用上、商標がシンガポールで周知であるかどうかの決定に際し、次の事実を含め、その商標が周知であるという推測ができるすべての事実を考慮するものとする。
(a)シンガポールにおいて公衆の、関連する分野で当該商標が知られているあるいは認知されている度合い
(b)次の継続期間、規模および地理的範囲
(i)商標の使用、または
(ii)当該商標が使用されている商品またはサービスに関する広告、宣伝、もしくは展示会または取引会での表示を含む、商標の普及促進。
(c)商標が使用されているもしくは認知されている国または領土における、登録商標の出願または登録,ならびに当該の出願または登録の継続期間
(d)何れかの国または領土において、商標における権利の成功裏の実施、および商標がその国または領土の管轄当局により周知であると認識されている範囲
(e)商標に関連する価値
商標がシンガポールにおいて「周知」であるか否かは、証拠に基づき判断される。
商標法第55条に基づき周知商標に与えられる保護には、当該商標がシンガポールで獲得している名声の大きさに応じて、二つの異なるレベルがある。すなわち「シンガポールにおいて周知」の商標と、「シンガポールにおける国民全体にとって周知」の商標である。
商標法第55条(2)または第55条(3)(a)は、「シンガポールにおいて周知」の商標を保護する。商標がシンガポールにおける関連分野にとって周知である場合、当該商標は「シンガポールにおいて周知」と見なされる(商標法第2条(8))。商標法第2条(9)に従い、「関連分野の公衆」には、下記のグループのいずれかが含まれる。
シンガポール商標法第2条(9)
(9) (7),(8)における「シンガポールにおける公衆の関連分野」は,次を含める。
(a)商標が使用されている商品またはサービスの、シンガポールにおけるすべての実際の顧客および潜在的な顧客
(b)商標が使用されている商品またはサービスの配布に関わるシンガポールにおけるすべての人
(c)商標が使用されている商標またはサービスの販売に関わるシンガポールにおけるすべての事業と企業。
第55条(3)(b)は、「シンガポールにおける国民全体にとって周知」の商標に対する追加の保護について定めている。「シンガポールにおける国民全体にとって周知」という表現は、商標法に定義されていない。City Chain Stores (S) Pte Ltd v Louis Vuitton Malletier事件([2010] 1 SLR 382)において、シンガポール控訴裁判所は、「シンガポールにおける国民全体にとって周知」の判断基準は、単に「シンガポールにおいて周知」以上のものでなければならないと強調した。かかる商標は、より高い水準で認知されていなければならず、全ての分野の公衆である必要はないが、大半の分野の公衆によって認知されていなければならない。
〇商標法第55条(2)に基づく保護
商標法第55条(2)に基づき保護を受けるには、次の要件を証明しなければならない。
(i)それらの商標が同一または類似であること
(ii)抵触する標章が同一または類似の商品またはサービスに関して使用されていること、さらに
(iii)かかる使用が混同を引き起こす可能性があること
〇商標法第55条(3)(a)に基づく保護
・商標法第55条(3)(a)の定める「要件」 商品またはサービスが同一または類似ではない場合、商標所有者は第55条(3)(a)に依拠することができる。第55条(3)(a)に基づく保護を受けるには、次の要件を証明しなければならない
(i)それらの商標が同一または類似であること
(ii)抵触する標章の使用が被告の商品またはサービスと所有者との関係を示していること、さらに
(iii)かかる使用が所有者の利益を損なう可能性があること。
同じ要件が、第8条(3)および第8条(4)(b)(i)にも適用される。
・商標法第55条(3)(a)の定める「商品またはサービスと周知商標の所有者との関係」
Novelty Pte Ltd v Amanresorts Ltd事件([2009] 3 SLR(R) 216 at [233] ;以下、「Amanresorts事件」において、シンガポール控訴裁判所は、商標法第55条(3)(a)の定める「商品またはサービスと周知商標の所有者との関係」を証明するには、混同の可能性を立証しなければならないことを明確にした。
・商標法第55条(3)(a)の定める「所有者の利益を損害するおそれ」
この要件を分析する地方裁判所の先例において考察された要素には、販売の転換、使用拡大の制限または訴訟のリスクが存在するか否かが含まれていた(Mobil Petroleum Co, Inc v Hyundai Mobis 事件([2010] 1 SLR 512)およびStaywell Hospitality Group Pty Ltd v Starwood Hotels & Resorts Worldwide, Inc.事件([2014] 1 SLR 911))。
〇商標法第55条(3)(b)に基づく保護
・商標法第55条(3)(b)の定める「要件」
第55条(3)(b)に基づく保護を受けるには、次の要件を証明しなければならない
・それらの商標が同一または類似であること
・抵触する標章の使用が、所有者の商標の識別力を不当な方法で希釈化する(損なわせる)、または所有者の商標の識別力を不正に利用するものであること。同じ要件が、第8条(4)(b)(ii)にも適用される。
・商標法第55条(3)(b)の定める「不正な方法で希釈化する」とは
商標法第2条(1)において、「希釈化」は次のように定義されている。
シンガポール商標法第2条(1)抜粋
商標に関して、「希釈化」とは、次のことがあるか否かにかかわらず商品またはサービスを識別または区別する商標の能力の減少を意味する。
(a)商標の所有者と他の当事者の間の競争、または
(b)公衆に誤認をもたらす可能性。
Amanresorts事件における控訴裁判所の判示によれば、「希釈化」は、「ぼやかし行為」による希釈化と「毀損」による希釈化の双方を指す。ぼやかし行為による希釈化は、後の商標の使用のために同一性が消失し、公衆が先の商標を連想するようになったために、商標がその登録対象の商品またはサービスを当該商標の所有者のものとして識別する能力が弱められた場合に生じる。この定義は、European Court of Justice in Intel Corp Inc v CPM United Kingdom Ltd事件([2009] ETMR 13)に示されており、Sarika Connoisseur Café Pte Ltd v Ferrero SpA事件([2013] 1 SLR 531)においてシンガポール控訴裁判所により引用された。毀損による希釈化は、「以前に消費者が当該商標に対して行っていた肯定的な関連づけを損なう否定的な方法で、商標が使用される」場合に生じる(Amanresorts事件)。
・商標法第55条(3)(b)の定める「不正に利用する」とは
この用語は商標法に定義されていない。Ferrero SPA v Sarika Connoisseur Cafe Pte Ltd事件([2011] SGHC 176:以下「Ferrero (HC)事件」)における控訴裁判所の判決によれば、「不正な利用という概念には、特に名声のある商標に便乗した明白な利用がなされる場合が含まれる。すなわち被告の商標が、周知商標の吸引力、名声および評判から利益を得る、さらに金銭的補償をせずに所有者のマーケティング努力を利用する目的で、周知商標にただ乗りする場合が含まれる……」。この問題は、控訴裁判所においては検討されなかった。
不正な利用が行われたかどうかの判断は、複数の要素に基づく包括的な評価である。Ferrero (HC)事件において裁判所が検討した要因を以下に示す。
(i)当該商標の名声の大きさ、および当該商標の識別性の度合い
(ii)係争商標の間における類似性の度合い
(iii)関連商品またはサービスの性質および近接性の度合い
(iv)その標識により当該商標が連想される速さと強さ
〇商標法第55条(4)の定める営業標章
商標法第55条(4)の規定に従い、周知商標の所有者は、自己の商標と同一または類似の営業標章の不正な使用を禁じる差止命令を獲得する権利を有する。「営業標章」は、商標法第2条(1)において次のように定義されている。
「営業標章」とは,グラフィックとして表現でき,営業を識別するために用いられる標識をいう。
営業標章の一例が、会社の名称である。
商標法第55条(4)に基づき主張可能なそれぞれの理由は、第55条(3)に基づき主張可能な理由と同じである。
〇周知商標の保護の制限
周知商標の所有者は、下記の場合には、商標法第55条に基づく差止命令を獲得できない。
(i)所有者の商標がシンガポールにおいて周知となる前に、係争商標または営業標章の使用が開始されていた場合。ただし、当該商標または営業標章が悪意で使用された場合を除く。(商標法第55条(6))
(ii)所有者が、シンガポールにおける係争商標または営業標章の使用を知りながら、連続する5年間にわたり黙認していた場合。ただし、当該商標または営業標章が悪意で使用された場合を除く。(商標法第55条(7))
(iii)工業上または商業上の業務における善良な慣行で、いずれかの者がシンガポールにおいて下記のいずれかを使用している場合
(a)自己の名称、自己の事業所の名称、自己の事業の前権利者の名称または当該前権利者の事業所の名称(商標法第55A条(1)(a))
(b)商品もしくはサービスの種類、品質、数量、用途、価値、地理的原産地その他の特性、または商品の生産時期もしくはサービスの提供時期を示す標識(商標法第55A条(1)(b))
(c)商品(特に付属品もしくは代替部品として)またはサービスの用途を示す商標(商標法第55A条(1)(c))
(iv)「抵触する」商標がシンガポールにおいて登録されており、その登録対象の商品またはサービスに関して使用されている場合(商標法第55A条(2))
(v)周知商標が第三者により、下記の方法で使用されている場合
(1)商業比較広告もしくは販売促進における正当な使用と見なされる方法により(商標法第55A条(3)(a))
(b)非商業目的で(商標法第55A条(3)(b))、または
(c)報道または時事解説を目的として(商標法第55A条(3)(c))
■ソース
・シンガポール商標法・City Chain Stores (S) Pte Ltd v Louis Vuitton Malletier事件([2010] 1 SLR 382)
・Ferrero SPA v Sarika Connoisseur Cafe Pte Ltd事件([2011] SGHC 176)
・Intel Corp Inc v CPM United Kingdom Ltd事件([2009] ETMR 13)
・Mobil Petroleum Co, Inc v Hyundai Mobis事件([2010] 1 SLR 512)
・Novelty Pte Ltd v Amanresorts Ltd事件([2009] 3 SLR(R) 216)
・Sarika Connoisseur Café Pte Ltd v Ferrero SpA事件([2013] 1 SLR 531)
・Staywell Hospitality Group Pty Ltd v Starwood Hotels & Resorts Worldwide, Inc.事件([2014] 1 SLR 911)
■本文書の作成者
Drew & Napier LLC■協力
日本技術貿易株式会社 IP総研■本文書の作成時期
2015.02.04