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台湾における進歩性要件の判断基準に関する判例

2015年03月31日

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■概要
台湾において進歩性の判断は特許性の判断に際しての重要なポイントの一つであるが、智慧財産裁判所(知的財産裁判所)は最近、欧州の「Inventive Step」で採用された「課題/解決アプローチ」(Problem/Solution Approach) 及びアメリカの「教示、示唆、動機付け」(Teaching, Suggestion or Motivation:TSM)判断基準を基に進歩性要件判断を行った判決を示した。また当該判決では、明細書に「効果」の記載があることが進歩性を判断する際に重要であることを示した。
■詳細及び留意点

【詳細】

事件の概要

 本事件は会社甲の「自転車ハブ構造の改良」についての実用新案(登録番号: M303826)に関するものであり、会社乙は会社甲の「自転車ハブの構造の改良」についての実用新案は進歩性を有しないと無効審判を請求し、知的財産局の審査を経て無効審判請求が成立した。権利者である会社甲はこれを不服とし、訴願審議委員會(日本における審判部に相当)に訴願(日本における不服申立に相当)を提起しましたが認められず、知的財産裁判所に行政訴訟(審決取消訴訟)を提起した。知的財産裁判所は原告(権利者)敗訴という判決を下した。(智慧財産裁判所100年(2011)度行専訴字第120号判決)。

 

 係争実用新案の請求項1は自転車ハブ構造の改良に関するものであり、フレームと結合固定される軸心を有し、軸心の中間位置にはハブ主体が枢設され、ハブ主体の一側にはラチェット槽が設けられている。ラチェット槽にはチェーンホイール結合座があり、チェーンホイール結合座上にはチェーンホイールが結合されている。またハブ主体のラチェット槽とチェーンホイール結合座の間にはラチェット結合が設けられている。

 

 当該請求項は、チェーンホイール結合座の穿孔部に自己潤滑軸受を枢設部品として用いており、自己潤滑軸受は自己潤滑、耐摩耗性、軽量、薄壁設計、高負荷可能な材質等の特性を有し一体形成されるもので、穿孔の孔に合うように設置され、中心には嵌合孔を有し軸心と結合でき、自己潤滑軸受の一端には規制フランジが凸設されていることを特徴としている。このような構造により、自己潤滑軸受はチェーンホイール結合座の穿孔部に設置され、端部の規制フランジはチェーンホイール結合座の穿孔端に規制され、チェーンホイール結合座は自己潤滑軸受と共に嵌合孔により軸心上に嵌合され、ロック部材よりロックすることができる。

係争実用新案の立体分解図

係争実用新案の立体分解図

 

証拠2の立体分解図

証拠2の立体分解図

 

(係争実用新案の立体分解図の参照番号と部材名の対応)

20:軸心、30:ハブ主体、31:ラチェット槽、41: チェーンホイール結合座、

50:チェーンホイール、60:自己潤滑軸受、61:嵌合孔、62:規制フランジ

 

 係争実用新案に進歩性があるか否かを判断するポイントは、技術分野において通常知識を有する者が、自転車で衝突またはジャンプした時に自転車のハブ構造が衝撃により切断しやすいという問題を解決するために、証拠2(係争実用新案の明細書記載の先行技術)と証拠3(略)で開示された技術内容から、「ボール軸受の代わりに規制フランジを有する自己潤滑軸受を使用し、チェーンホイール結合座と軸心を枢設する枢設部品として用いるかどうか」という点である。

 

知的財産裁判所の見解

 知的財産裁判所が原告(権利者)敗訴という判決を下した理由は次の通り:

 

 「軸受(bearing)は、機構と軸の間をつなぐ部品として長期にわたり使用されてきた。その機能及び特徴により各種の軸受に分類される。自己潤滑軸受(self-lubricated bearing)は、自己潤滑、耐摩耗性、軽量、薄壁設計、高負荷可能な材質等の特性を有し、当該技術分野における通常知識を有する者にとって、この軸受は通常知識に属する。自転車構造の設計者に従事する者は、軸受メーカーが提供する商品カタログから各種軸受のサイズ規格や特性を理解することができ、使用状況に応じて適切な軸受を選択することが可能である。

 

 よって、当該技術分野における通常知識を有する者からすれば、複数のボールベアリングを使用しているため証拠2の自転車ハブ構造が衝撃により切断しやすいという問題に直面したとき、証拠3(略)の軸受商品カタログ及び規制フランジ形構造という特徴を有する自己潤滑軸受を参考にした後、それを証拠2と組み合わせて、要求を満たすにふさわしい自己潤滑軸受を選択する動機がある。当該自己潤滑軸受を証拠2の自転車ハブ構造に運用し、ボールベアリングへと置換し、自転車のハブのチェーンホイール結合座と軸心の間をつなぐ部品として用いることで、複数のボールベアリングの使用により衝撃により切断しやすいという問題を解決することができる。

 

 一方、係争実用新案は自己潤滑軸受を使用しているため自転車ハブのチェーンホイール結合座のサイズが小さく軽量であり、前後チェーンホイールの歯数が少ない等の予期せぬ効果がある、と原告(権利者)は主張した。しかし、係争実用新案の明細書には自己潤滑軸受とハブ構造の両者間における重量、各部品間の組立て関係、チェーンホイールの組合せ等その他の派生的な効果に関する具体的な記載または説明が一切なく、原告が述べた上記効果は、係争実用新案が解決しようとする問題及びその改良の範囲ではないことは明らかである。

 

 さらに、上記問題は単にボールベアリングを自己潤滑軸受に置換するという技術手段により解決するものではない。上記問題は自転車全体の構造設計、使用する材質、製造方法、構造の組合せ、使用要求等の様々な要因を総合的に考慮しなければ論ずることはできない。原告によるボールベアリングを自己潤滑軸受に置換するという一点のみにより上記全ての効果を奏するという主張は、明らかに過度な推論の疑いがある。」

 

【留意事項】

 進歩性の判断は特許性の判断に際しての重要なポイントの一つであり、知的財産裁判所が本件判決において示した進歩性の判断方法は、基本的には欧州の「Inventive step」で採用されている「課題/解決アプローチ」(Problem/Solution Approach)およびアメリカの「教示、示唆、動機付け」(Teaching, Suggestion or Motivation:TSM)による判断基準を基にしている。

 

 そして「解決しようとする課題の関連性」の部分について、係争実用新案は自己潤滑軸受を使用しているため自転車ハブのチェーンホイール結合座のサイズが小さく軽量であり、前後チェーンホイールの歯数が少ない等の予期せぬ効果がある、と権利者は主張しているが、裁判官は、係争実用新案明細書では自己潤滑軸受とハブ構造の両者間における重量、各部品間の組立て関係、チェーンホイールの組合せ等その他の派生的な効果に関する具体的な記載または説明が一切ない、として原告の主張を退けた。

 

 したがって、権利者が明細書を記載する際は、各技術特徴が奏する効果は決して省略してはならず、特に達成することが出来る効果を証明するための実施例は必ず記載しなければならない。権利者は後日、明細書の訂正によってもその内容を明細書に追加することができないため、権利者は明細書を記載する際には、関連効果をきちんと開示したかどうかについて特に注意しなければならない。

■ソース
・台湾専利法
・智慧財産裁判所100年(2011)度行専訴字第120号判決
http://jirs.judicial.gov.tw/Index.htm
■本文書の作成者
維新国際専利法律事務所 黄 瑞賢
■協力
日本技術貿易株式会社 IP総研
■本文書の作成時期

2015.01.14

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