アジア / 審決例・判例 | その他参考情報
タイにおける一般用語の商標登録に関する判例
2015年03月31日
■概要
タイ商標法第7条では、商標が登録されるために、一般公衆の眼から見て他人の標章から識別可能であるという「識別性」の要素を有していなければならないことが、商標の登録要件の一つとして定められている。個々のローマ字、アラビア数字、数学記号、化学記号または略語から成る標章の登録については明確に定められておらず、知的財産局により拒絶され、中央知的財産・国際貿易裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court : CIPITC)に提訴される事例もある。以下、裁判所が商標の識別性をどのように評価するかについて考察する。■詳細及び留意点
【詳細】
タイにおいては、商標登録のための「識別性」の要件が、商標法第7条に規定されている。「識別性」の要件は、いくつかの例外を条件として、標章が、一般公衆の眼から見て他人の標章から識別可能であるという要素を有していなければならないと定められている(先天的識別力とも呼ばれる)。タイ商標法第7条では、こうした識別性を構成する必須要素を列記している。
タイ商標法 第7条
「識別性」のある商標とは、公衆又は商品の消費者にその商標が付された商品を他人の商品と異なると認識させることができる商標である。
識別性のある商標とは、少なくとも次の1つに該当するものをいう。
(1)通常の表記によらない個人の姓名、特別な態様で表示された法人名または商号
(2)商品の性質または品質について直接言及せず、かつ地理的名称でない、大臣の告示により定められる語
(3)特定の様態で表示された色彩の組合せ、創作された文字、数字又は造語
(4)登録出願人の署名、出願人の業務における前任者の署名、または他人で同意を得た者の署名
(5)出願人の肖像,または他人で同意を得た者の肖像、故人である場合は、その者の直系尊属、直系卑属及び配偶者より同意を得たもの
(6)創作された図形
(1)または(2)に該当しない名称及び語が大臣の告示による規則に従って広範に販売または広告した商品に関して商標として使用され、その規則を遵守している証拠がある場合は、その商標は識別性があるとみなす。
しかしながら、第7条では、個別のローマ字、アラビア数字、数学記号、化学記号、略称またはこれら要素の組み合わせから成る標章の登録に関する何らの制限も明確に定められていない。このため、これら要素の識別力有無に関して不確実性が存在している。
実務において、タイ知的財産局(Department of Intellectual Property : DIP)は、(1)標章中のこれら要素をディスクレーム(権利不要求)するよう命じるか、(2)これら要素により全体が構成される標章に関する出願を拒絶する。このDIPの判断は、これら要素が一般的な意味を有する一般用語であることに基づいている。
この点を鑑みて、多くの出願人は、登録手続きが円滑に進むよう、あらかじめ標章中のこれら要素についてディスクレームすべきである。標章全体にこうした要素を含む出願には、DIPにより登録不可とみなされるリスクに直面することとなる。
こうした場合、商標権者の中には、CIPITCへの訴訟手続きを提起することによりDIPの決定に異議を唱える者もおり、下記事例を通じて、このような事件においてタイ裁判所が商標の識別性をどのように評価するかについて考察する。
事例1 (H2O+事件:Red Case Number Tor Por 105/2547)
2001年、米国の著名な化粧品およびボディケア製品製造業者であるH2O Plus L.P.は、小売店に関する事業管理をカバーする第35類のサービスについて、自社のハウスマーク「H2O+」(以下の図参照)に関する商標出願を行った。
DIPの登録官および商標委員会は、「H2O+」標章が、標章中にローマ字、アラビア数字および数学記号を使用していることに基づき、識別力がないと見なした。DIPは、当該標章を登録不能と見なし、拒絶を命令した。
H2O Plus L.P.は、登録官および商標委員会による決定を不服として、CIPITCに控訴し、当該標章は、DIPが主張したような、サービスに関して記述的なものではなく(商品またはサービスの特徴または質に直接的に言及してはならないという文字商標の別の要件)、識別力を有さないものでもないと主張した。
審理・検討の結果、CIPITCは、「H2O+」標章が水の化学式を示すもので、第35類における小売サービスの特徴や質に直接的に言及するものではないと認定した。この結果、CIPITCは、DIPの判断は誤りであり、当該標章を第35類のサービスついて登録することを認めた。CIPITCの判決は2007年に最高裁判所により確認され、当該標章がカバーするサービスに鑑みて、サービスの特徴または品質に直接的に言及するものではないため、「H2O+」標章は先天的識別力を有する標章であるとされた。
事例2(4°C 事件:Red Case Number Tor Por 105/2547, Supreme Court Case Number 7764/2556)
2014年に下された最高裁判所判決は、H2O Plus事件においてCIPITCおよび最高裁判所が従ったのと同じ原則を反映している。
2005年、日本企業であるASTY Inc.は、タイにおいて、第14類、18類および25類の製品について「4°C」標章の登録出願を行いました。登録官および商標委員会は、「4°C」標章は数学記号と摂氏温度の一般的略称を使用したものであるとして、当該出願を拒絶しました。ASTY Inc.は、この決定を不服としてCIPITCに提訴した。
CIPITCは、創造的な標章、恣意的な商標または示唆的な標章は識別的な要素を有するものと見なされるとした。商標法の規定は、一般用語または一般的な意味を有する用語が識別力を有さないとは規定しておらず、IP&IT裁判所は、「4°C」標章の登録を認めた。
被告であるDIPは、CIPITCの判決を不服として、最高裁判所に上告した。2014年、最高裁判所は、原告の「4°C」標章は、商標法第7条に基づき識別力を有すると判示した。最高裁判所はさらに、「識別力を有する商標」は、公衆またはユーザーが、当該商標が使用される商品を他人の商品から識別することを可能とする商標であると述べた。
最高裁判所はまた、商標法の規定は、一般用語または一般的な意味を有する用語が識別力を有さないとは規定していないと判示した。原告の「4°C」標章は、数字の「4」と記号「°」、および摂氏温度の略称である文字「C」から構成され、「摂氏4度」という一般的な意味を指すこの組み合わせであるが、この商標は、当該出願で記載された商品の特徴または質に直接的に言及するものではない(例えば、ダイニングテーブル(国際分類14)、ブリーフケース(国際分類18)および水着(国際分類25)に使用される金属製品)。したがって、原告の「4°C」標章は、先天的識別力を有し、登録可能であるとされた。
裁判所の柔軟な見解
これら2件の判決は、商標の識別性を検討する際に、広範でより柔軟な見解があることを示している。個別のローマ字、アラビア数字、数学記号、化学記号、略称またはこれら要素の組み合わせについて、願書に記載された商品またはサービスの特徴または質に直接的に言及していない限りにおいて、識別力を有すると見なされ登録が認められる可能性がある。
■ソース
タイ商標法第7条■本文書の作成者
Tilleke & Gibbins、弁護士 Nuttaphol Arammuang■協力
日本技術貿易株式会社 IP総研■本文書の作成時期
2014.12.30