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ブラジル司法最高裁判所(STJ)による著作権侵害行為の違法性の判断について(判例紹介)

2014年07月01日

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■概要
CDやDVDの海賊版を販売している露店等はブラジル全国に存在している。ブラジルでは、著作権侵害については刑事罰が規定されているが、これまで、露店を開いている者が個人の場合、明らかに侵害行為を行っているにもかかわらず、「社会適合の原則」という考え方によりその行為の違法性が否定される判決が出ることがあったが、2012年9月、最高裁判所(STJ)はそのような著作権侵害行為の違法性を認める判決を出した。
■詳細及び留意点

【詳細】

(1) ブラジルにおける著作権侵害刑事事件の概況

 ブラジルでは、全国規模の公的な統計が公表されていないことから、全国的な統計を収集することは極めて困難である。さらにブラジルでは、刑事訴訟は原則として27ヶ所(26州と連邦区)ある州裁判所にて扱われており、州裁判所全体の集中的な管理は行われておらず、州ごとに行われているので、著作権の刑事訴訟の全国規模の統計データを収集することも難しい。

 しかしながら、例えば、著作権侵害及び知的財産犯罪対策協議会(ポルトガル語:Conselho Nacional de Combate à Pirataria e Delitos contra a Propriedade Intelectual、英語:National Council against Piracy and Intellectual Property Crimes;CNCP)が作成したレポートによると、2010年におけるブラジルの音楽・映画侵害対策協会(ポルトガル語:Associacao Antipirataria Cinemae Musica;APCM)の活動の成果として、ブラジル全土で4000万枚以上のCDやDVDが押収され、CDやDVDに関する著作権侵害の刑事訴訟において534件の有罪判決が下された旨が報告されている。これは、2009年に比べて、10%増加とのこと。しかし、このような一業界団体によるデータだけではブラジルの著作権侵害の現状を把握するには不十分である点に注意する必要がある。また、同レポートによると、ブラジルで9番目に人口が多いレシフェ市だけでも、2010年における著作権侵害関連の刑事訴訟が472件開始されたという情報も掲載されており、全国では相当数に上ることが推測できる。

 

(2) 著作権侵害の刑事罰

 ブラジルでは、著作権は法律第 9610/98 号によって保護される。この著作権法では、著作権侵害に対する民事上の救済のみが規定されている。著作権侵害の刑事罰については刑法第184条で定められており、CDやDVDの海賊品を営利的な目的で扱う場合は、刑法第184条第2項の刑罰の対象となる。

 

第184条 著作権もしくは著作隣接権を侵害すること

罰則 - 三ヶ月以上一年以下の懲役又は罰金に処する。

1項.直接的又は間接的に営利を目的として、いかなる方法によって、著作権者、実演家、プロデューサー又はそれらを代表する人の許可を得ずに著作物、実演、演奏もしくはフォノグラムの全部もしくは一部の複製からなる侵害行為の場合:

罰則 - 二年以上四年以下の懲役もしくは罰金に処し、又はこれを併科する。

2項.直接的又は間接的に営利を目的として、著作権者、実演家、プロデューサー又はそれらを代表する人の権利の侵害行為により作成された著作物もしくはフォノグラムを流通、販売、販売のために展示もしくは申出、賃貸、輸入、収蔵,隠匿する行為、又は著作権者の許可を得ずに、著作物もしくはフォノグラムの賃貸をする行為をする者は1項と同様の罰則が科される。

3項.直接的又は間接的に営利を目的として、著作権者、実演家、プロデューサー又はそれらを代表する人の許可を得ずに、著作物又は制作物をケーブル、光ファイバー、衛星放送、電波もしくはその他のシステムによって、所定の時間と場所で受信可能とするような公衆に供する侵害行為の場合:

罰則 - 二年以上四年以下の懲役もしくは罰金に処し、又はこれを併科する。

 

 また、上記のような営利目的による著作権侵害の場合は、刑法第186条に基づき非親告罪に該当するので、検察局が自らの職権によって刑事訴訟を開始することができる。

 なお、ブラジルでは著作権侵害は、侵害態様により親告罪か非親告罪かが定められている。

 

第186条.手続については次のように定める:

(中略)

2項.第184条1項及び2項の場合は非親告罪とする;

 

(3) 著作権侵害刑事事件の具体例

 2008年6月24日、ミナスジェライス州において、警察は、海賊版のCD172枚とDVD170枚の販売申出をしていた者を拘束した。その後検察局は、刑法第184条第2項に基づき、当該行為は著作権侵害にあたるとして刑事訴訟を提起した。

 第一審の裁判所は、刑事訴訟法第386条第3項に基づき、上記の販売の申出は故意による行為であったにもかかわらず、被告を無罪にした。裁判所は、「社会適合の原則(ポルトガル語:princípio da adequação social)」に言及し、著作権侵害行為は一般的に刑罰の対象であるという意識は曖昧であるため、犯罪として処罰することは妥当ではない、と判断した。

 この「社会適合の原則」とは、社会においてよくある行為(この場合には、著作権侵害によって作成された模倣品、特にCDやDVDの販売行為等)には違法性が認められていないため、当該行為に対して科される刑罰が予め明確に規定されていても、当該行為を犯罪として処罰することは妥当ではないとする原則である。一般的に、社会全体にとって、その行為を抑止する必要がないと認識され、その行為を起こす者に罪を犯す意思がない場合に適用される。この「社会適合の原則」の典型例として教科書等によくあげられるのは、子どもの耳にピアスの穴を開ける行為である。ブラジルでは母親が幼い娘の耳にピアスの穴を開けることは習慣であり、そのような行為は厳密には法律上は「暴行罪」に該当するが、通常はその行為を犯罪として処罰しないというものである。

 この「社会適合の原則」は、ブラジルにおいて、「最後の手段(ラテン語:Ultima Ratio)」、あるいは「必要最小限の原則(ポルトガル語:Princípio do Direito Penal Mínimo)」と呼ばれる原則から生じる考え方である。すなわち、刑法は重大な人権侵害を伴うため、その発動は必要最小限に留めなければならず、その他の法的な措置によって法益の侵害を解決することが可能である場合には刑法は適用すべきではないという考え方である。

 

 第二審では第一審の判決が維持されたが、検察局はブラジル司法最高裁判所(STJ)に対して特別上訴を提起した(STJへの上訴は「特別上訴(ポルトガル語:Recurso Especial、英語:Special Appeal)」と呼ばれる)。ブラジル司法最高裁判所(STJ)は、2012年9月22日、著作権侵害によって作成された模倣品の販売からなる行為について刑事罰適用性を肯定する旨の判決を下した。STJは、著作権が憲法上で保護されている法益であることを考慮し、当該著作権侵害行為によって、一般的には著作権者本人のみならず関連する業界も被害を受け、さらに多くの場合には海賊品の販売については税金が納付されていないことから、国としても税金を確保できないという観点から被害を受けているといえると判示した。

 また、STJは次のようにも述べた。すなわち、「社会適合の原則」の適用基準は明確ではなく、通常は、規定されている罰則を反故にすることはできない。「社会適合の原則」は、裁判所の解釈方法として利用されるべきもので、それ自体強制力を持つものではない。一般的には、社会的にある種の行為について違法性を認めない傾向が強まってきた場合には、民法施行法第2条に基づいて、当該行為を規制する規定は廃止される。従って、著作権侵害に対する刑罰の効力を消滅させる法改正がない限り、「社会適合の原則」により刑罰の効力を消滅させることはできない。

 

 STJは、本案件を契機として2013年10月29日に「súmula(判例要約)」第502号を発行し、「基礎情報に関する記事」として、「行為性並びに有責性が存在する場合、販売の申出という行為は刑法第184条第2項の行為に該当し、違法である。」と定めた。なお、「súmula(判例要約)」とは、裁判所によって発行される、ある法律問題に対する裁判所の通説的理解に関する要約文である。

 

【留意事項】

 ブラジルでは、先例(判例)は後の判決に対して法的拘束力を有しない。しかし、司法最高裁判所が発行する「súmula(判例要約)」は、事実上、後の判決に対して影響力を有すると考えられている。これまで、CDやDVDの海賊版販売については、「社会適合の原則」に基づいて処罰することが妥当ではないという判決が下される傾向にあり、著作権侵害を刑事罰化することによる抑制効果を発揮できず、著作権者を守ることができなかったが、本判決及び「súmula(判例要約)」が出たことにより、今後の同種の裁判に影響を与えることが推測される。

■ソース
・ブラジル著作権法
・ブラジル刑法
・著作権侵害及び知的財産犯罪対策協議会(CNCP)
Relatório de atividades com ações consolidadas de 2009 e 2010(活動報告2009-2010)
http://portal.mj.gov.br/combatepirataria/services/DocumentManagement/FileDownload.EZTSvc.asp?DocumentID={81AEF77E-648E-4EF8-8B2A-4F1C120298D0}&ServiceInstUID={F8EDD690-0264-44A0-842F-504F8BAF81DC} 上記に直接アクセスできない場合は、
http://portal.mj.gov.br/combatepirataria/main.asp?Team=%7B1450A8F5%2D90F9%2D4EE7%2DB58C%2D36EA406FD360%7D にアクセスし、「Relatório de atividades com ações consolidadas de 2009 e 2010」の箇所の「Ver publicação(発行物を見る)」をクリックすると別ウィンドウでPDFファイルが開く。
・ブラジル司法最高裁判所(STJ)特別上訴(Resp)1193196/MG(当判事:MARIA THEREZA
DE ASSIS MOURA)第3法廷、2012年9月22日判決、2012年12月4日公布。同判決に係るsúmula(判例要約)は2013年10月29日に発行。
■本文書の作成者
カラペト・ホベルト(ブラジル弁護士)
■協力
一般財団法人比較法研究センター 菊本千秋
■本文書の作成時期

2014.01.30

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