フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の新規性については、フィリピン知的財産法第23条に、先行技術については、フィリピン知的財産法第24条に規定されている。

フィリピン知的財産法 
第23条 新規性 
発明は、それが先行技術の一部である場合は新規であるとはみなさない。 
 
第24条 先行技術  
先行技術は、次のものからなる。 
24.1 発明を請求する出願の出願日又は優先日の前に世界の何れかの場所において公衆が利用することができるようにされているすべてのもの 
24.2 本法の規定に従って公開され、フィリピンにおいて出願され又は効力を有し、かつ、当該出願の出願日又は優先日より前の出願日又は優先日を有する特許出願、実用新案登録又は意匠登録の全内容。ただし、第31条の規定に従って先の出願の出願日を有効に請求する出願は、当該先の出願の出願日において有効な先行技術であるものとし、かつ、その両方の出願の出願人又は発明者が同一ではないことを条件とする。 

 新規性に関する審査基準については、フィリピン特許審査マニュアル(以下、「フィリピン特許審査基準」という。)の第II部第7章実体審査第4節特許要件の第5項-第8項に規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。

フィリピン特許審査基準 
第II部 
 第7章 実体審査 
  第4節 特許要件 
   第5項 新規性;先行技術(5.1-5.5) 
   第6項 他のフィリピン出願との抵触(6.1-6.4) 
   第7項 新規性テスト(7.1-7.6) 
   第8項 不利益とならない開示(8.1-8.4) 

2. 基本的な考え方
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、クレームされた発明と引用した先行技術を比較して、相違点があるか否かを判断する手順については、明確には記載されていないが、審査官による実務としては、同一性テストを採用することが規定されており(第II部第7章第4節第5項5.5)、日本における実務と違いはないと考えられる。

 新規性の評価には、厳格な同一性テストが要求される。新規性を否定するためには、先行技術を開示した一つの文献が、クレームされた発明の各要素を開示していなければならない。均等物は、進歩性の評価においてのみ考慮される。

3. 請求項に記載された発明の認定
3-1. 請求項に記載された発明の認定
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、日本の審査基準のように、クレームされた発明の認定について、クレームの記載どおりに認定することが規定されており、日本と同じ考え方がフィリピンの審査にも適用されると考えられる。

 各請求項は、明細書において明示的な定義等により特別な意味を付与している場合を除き、関連技術分野において通常有している意味とその意味する範囲内において読むべきである。さらに、そのような特別な意味が適用される場合、審査官は可能な限り、クレームの文言のみからその意味が明確になるよう、クレームの補正を要求すべきである。また、クレームは、技術的な意味を理解するように試みながら読むべきである。このような読み方には、クレームの文言の厳密な字義通りの意味から逸脱することが含まれる場合もあり得る。特許請求の範囲と明細書で使用される用語は、互いに整合していなければならない。

3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン知的財産法第75条第1項の「クレームは、明細書及び図面を考慮して解釈する」という規定を考慮すると、特許請求の範囲と明細書の記載の間の矛盾は避けなければならない。フィリピン特許審査基準には、クレームの記載と明細書が一致しない場合として次の3つの場合が記載されている(第II部第7章第3節第4項4.3)。

(i) 単なる文言上の不一致がある場合
 明細書には、クレームに記載された発明が特定の特徴に限定されることを示唆する記載があるにもかかわらず、特許請求の範囲ではそのように限定がされていない場合がこれに該当する。

(ii) 明らかに本質的な特徴に関する矛盾がある場合
 一般的な技術知識から、あるいは明細書に記載または暗示されている事項から、独立請求項に記載されていないある技術的特徴が発明の実施に不可欠である、言い換えれば発明が関連する課題の解決に必須である、と思われる場合がこれに該当する。

(iii) 明細書および/または図面の主題の一部が、特許請求の範囲に属さない場合
 クレームでは、半導体デバイスを使用した電気回路が規定されているが、明細書および図面の実施形態の一つでは真空管が使用されている場合がこれに該当する。

4. 引用発明の認定
4-1. 先行技術
4-1-1. 先行技術になるか
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第5項5.1

(2) 異なる事項または留意点
 先行技術とは、フィリピン知的財産法第24条第1項において、「世界の何れかの場所において公衆が利用することができるようにされているすべてのもの」と定義されており、この定義の幅の広さには注意が必要である。関連する情報が、公衆に提供された地理的場所、言語または方法(書面または口頭による説明、使用またはその他の方法によるもの等)については、何ら制限はない。ただし、外国での先行使用は、印刷文書または有形の形態で開示されなければならない。

 情報が公衆に利用可能であるとみなされるのは、それが秘密情報でない場合、または特定のグループによる利用に限定されていない場合である。フィリピン国内外を問わず、先行使用および口頭開示は、相当な証拠をもって証明されなければならない。

4-1-2. 頒布された刊行物に記載された発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(1)刊行物に記載された発明」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章4節第5項5.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、頒布された刊行物(書面に記載されたもの、すなわち先行文献)については、該当する日付において公衆がその文献の内容を知ることが可能であり、そのような知識の使用または普及を制限する秘密保持の禁止がなかった場合、公開されたとみなされるべきであるとされている。例えば、ドイツの実用新案は、実用新案登録簿に登録された日に既に公的に利用可能であり、これは特許公報に公表された日に先立つ。

4-1-3. 刊行物の頒布時期の推定
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように刊行物の頒布時期の推定については規定がないが、審査における審査官の公開日の推定については以下の規定がある(第II部第7章4節第5項5.2)。

 審査官は、審査において、公開の事実に関する疑念や文献の正確な公開日の真偽に関する疑念が、完全に解消されていない場合であっても、先行文献として引用することがあり得る。この場合に、出願人が、文献の公開可能性または推定される公開日について異議を唱える場合、審査官はその問題をさらに調査するかどうかを検討する必要がある。出願人が、その文献が、「先行技術」の一部となることを疑問とする正当な理由を示し、それ以上の調査によってその疑念を取り除くのに十分な証拠が得られない場合、審査官はその問題をそれ以上追及すべきではない。

4-1-4. 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第5項5.1

(2) 異なる事項または留意点
 4-1-1.に記載したように、関連する情報が、公衆に提供された地理的場所、言語または方法(書面または口頭による説明、使用またはその他の方法によるもの等)については、何ら制限はないから、インターネット等で公開された情報も先行技術に含まれる。

4-1-5. 公然知られた発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、日本の審査基準のような「公然知られた発明」と「公然実施された発明」の区別はなく、「文献以外の方法による先行技術」として、以下の規定がある(第II部第7章4節第5項5.4a、5.4b、5.4c)

 使用またはその他の方法で公衆に利用可能となった先行技術または情報は、機密でない場合や使用が制限されていない場合に、公衆に利用可能とされたとみなされ、先行技術とされる。フィリピン国内外を問わず、先行使用および口頭による開示は、相当な証拠をもって証明されなければならない。

 その他の方法で利用可能となった先行技術の使用としては、対象物の生産、提供、販売、その他の方法による利用、またはプロセスもしくはその使用法の提供、販売、プロセスの使用が該当する。マーケティングは、例えば、販売や交換によって行われる。また、先行技術は、例えば、専門家養成やテレビにおいて対象物やプロセスを実演することによって、また、他の方法で公衆に提供されることもある。その他の方法による公衆への利用可能化には、技術の進歩がその後、当該先行技術の態様を利用可能にするために提供し得るすべての可能性も含まれる。

 また、例えば、対象物が公衆に無条件で販売される場合、購入者は製品から得られる知識を無制限に所有することになるため、先行技術となる場合があり得る。このような場合、対象物の具体的な特徴が、外見からではなく、さらなる分析によってのみ判明する可能性があるとしても、そのような特徴は、公衆の利用に供されたものとみなすことができる。

 他方で、対象物が所定の場所(例えば、工場)で見ることができ、その場所には、対象物の具体的な特徴を確認するのに十分な技術的知識を有する者を含め、秘密に拘束されない公衆が出入りすることができる場合、専門家が純粋に外部からの検査によって得ることができたすべての知識は、公衆に提供されたとみなされる。ただし、そのような場合、対象物を解体または破壊することによってのみ確認できる隠された特徴は、公衆に利用可能になったとはみなされない。

 採用されるべき基本原則は、秘密保持に関する明示的または黙示的な合意があり、それが破られていない場合、またはそのような秘密保持が善意もしくは信頼関係に由来するような事情がある場合には、対象物は使用またはその他の方法によって公衆に提供されたことにはならないということである。善意または信頼は、契約上または商業上の関係において生じうる条件である。

4-1-6. 公然実施をされた発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 4-1-5.を参照されたい。

(後編に続く)

インドネシアにおける模倣品流通動向調査

「インドネシアにおける模倣品流通動向調査」(2023年3月、日本貿易振興機構 ジャカルタ事務所)

目次

1. 目的 P.4

2. 調査結果 P.4
(ジャカルタの地区別に衣類、バッグ、装身具、化粧品、スペアパーツ、電子機器等の市場の模倣品販売の調査結果を紹介している。また、大手Eコマースプラットフォーム(Tokopedia、Shopee、LazadaおよびBukalapak)における模倣品流通の調査結果を紹介している。)

 2.1 物理的市場の調査 P.4
 2.1.2 序論 P.4
 2.1.3 業界特有の課題 P.4
 2.1.4 模倣品市場に関する情報 – 実地調査 P.5
 2.2 オンライン調査 P.20
 2.2.1 序論 P.20
 2.2.2 模倣品のオンライン市場調査 P.21

3. 最近の政策と主な法改正 P.23
(インドネシアの税関制度の概要、2018年から2023年の間の知的財産に関する法令の改正情報、2022年の知的財産権総局(DGIP)の取組みなどを紹介している。)  

 3.1 税関 P.23
 3.2 IPに関する法令 P.23
 3.2.1 オムニバス法 P.23
 3.2.3 知的財産権総局による最新情報 P.23
 3.3 インドネシアの法規制および関連するテイクダウン規定 P.25
 3.4 IPの啓蒙活動と教育プログラム P.26

4. 模倣品取り締まり機関に関する報告 P.27
(2018年から2021までの知的財産侵害事件の件数、2019年から2022年の商標侵害訴訟、著作権訴訟、特許訴訟、工業意匠訴訟の統計情報および訴訟概要(一部案件)を紹介している。)  

 4.1. 模倣品取り締まりの関連機関およびそれぞれの管轄と権限 P.27
 4.2. 過去5年の模倣品事件 P.28

5. インドネシアの市場における模倣品の実態に関する報告 P.34
(インドネシアの主要港湾の位置、入港船舶数、取り扱う貨物の内容や量などを紹介している。また、中国税関が公表した2016年から2021年までの模倣品差押え件数やインドネシア国内での模倣品の組立ての実態を説明している。INTAの2019年報告書によるインドネシアの模倣品の消費者についての分析した内容を解説している。)  

 5.1 模倣品の流通 P.34
 5.2.2 税関チェックポイントでの模倣品の流通量 P.35
 5.2 インドネシアにおける模造製品の製造と組立て P.37
 5.3 模倣品の消費 P.37

6. インドネシアにおける企業の模倣品対策に関する報告 P.38
(インドネシアにおける模倣品対策(刑事訴訟、民事訴訟、交渉、模倣品防止戦略)について解説している。また、模倣品対策を積極的に実施している企業4社の事例を紹介している。)

 6.1 模倣品が発見された際の対策、対策に要する時間とコスト、対策の成否の理由を説明する。また、模倣品が流通している場合の企業に対する助言も紹介する。 P.38

付属書1B:著作権刑事訴訟のフローチャート P.42
付属書1A:商標刑事訴訟のフローチャート P.43

 6.2 オンラインの模倣品対策を含め、模倣品対策を積極的に実施している日本、欧州、米国の企業の事例 P.44
付属書 P.45
A. DGIP との会議
B. インドネシア国家警察との会議
C. DGCE との会議

台湾におけるロイヤルティ送金に関する法制度と実務運用の概要

 台湾においては、ロイヤルティ送金について、特別の規制はない。そこで、以下では、ロイヤルティに課される営利事業所得税を中心に紹介する。

1. 営利事業所得税
 台湾において業務上の活動を行っている営利事業者には、所得税法に従って営利事業所得税が課される(所得税法第3条第1項)。営利事業所得税は、日本では概ね法人税に相当する税金である。
 本社が台湾域外にある営利事業者については、台湾源泉所得がある場合、営利事業所得税が課税される(同条3項)。専利権、商標権、著作権、ノウハウ(中国語原文:秘密方法)および各種特権(中国語の原文は「特許」。なお、日本語の知的財産の「特許」とは意味が異なる。)を台湾域内において他人の使用に供することで取得するロイヤルティは、台湾源泉所得となる(同法第8条第6号)。そのため、日本企業が、台湾におけるこれらの権利の使用の対価として台湾企業からロイヤルティを受領した場合、営利事業所得税の対象となる。ロイヤルティは、源泉徴収の対象となっており、ロイヤルティを支払う台湾企業は、支払額から20%を控除し、日本企業に代わって国庫に納める必要がある(同法第88条第1項第2号及び各種所得にかかる源泉徴収税率基準第3条第1項第6号)。支払企業は、税金を控除の上、支払をした日から10日以内に、控除した税金を国庫に納付し、源泉徴収票を発行し、管轄税務当局に申告し審査を受けた後、納税義務者に交付しなければならない(同法第92条第2項)。
 以上が原則であるが、以下のような減免制度が活用できる可能性がある。

2. 免税制度
 営利事業者が新たな生産技術または製品の導入のため、または製品の品質向上、生産コスト削減のため、外国の営利事業者が有する専利権、商標権および各種特権を使用する場合において、主務官庁によりプロジェクトが承認された場合、その外国事業者に支払うロイヤルティに関する所得税の納付が免除される(所得税法第4条第1項第21号前段)。この免税の適用を受けるためには、主務官庁に申請し承認を得た後、税務当局に申請し審査を受けなければならない)(所得税法施行細則第8条の7)。
 よって、日本企業が収受するロイヤルティは、一定の要件が満たされる場合、免除を受けることができる可能性がある。免税申請の流れの概要は、以下のとおりである。

(1) 申請者(ロイヤルティを受領する企業)は、必要書類を揃え、経済部産業発展署に免税承認書の発行を申請する。
 経済部産業発展署は、「外国営利事業者が収受する製造業・技術サービス業および発電業のロイヤルティおよび技術サービス報酬に関する免税案件の審査原則」(中国語:外國營利事業收取製造業技術服務業與發電業之權利金及技術服務報酬免稅案件審查原則)に従い審査する。
 なお、必要書類および審査原則は、以下の経済部産業発展署の「0048外国営利事業に対する技術サービス報酬およびロイヤルティの免税証明申請」のページで詳しく説明されている。https://www.ida.gov.tw/ctlr?PRO=application.rwdApplicationView&id=50

 免税期間の上限は、3年であるが、期間が満了する前に同様の手続で再申請することができる(同審査原則第11条の1)。

(2) 経済部産業発展署から免税承認書を取得した後、申請者は、国税局に免税を申請する。北部国税局が公告している「営利事業所得税の処理期間」によれば、当該免税申請の処理期間は60日である。
 なお、この申請については、以下の北部国税局の「ロイヤルティおよび技術サービス報酬の免税専区」のページで詳しく説明されている。

https://www.ntbna.gov.tw/multiplehtml/f43a4d51d79c4e9e9690b2748d6cb2e3#gsc.tab=0

3. 日台民間租税取り決め
 日台民間租税取決め(正式名称は「所得に対する租税に関する二重課税の回避および脱税の防止のための公益財団法人交流協会と亜東関係協会との間の取決め」である。)では、「一方の地域内において生じ、他方の地域の居住者に支払われる使用料」の限度税率が10%と規定されている(日台民間租税取決め第12条第1項、2項)。日台民間租税取決めについては、以下の日本国税庁「日台民間租税取決めに定める相互協議手続について」のページで詳しく説明されている。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/nichitai/01.htm

また、「所得税協定適用審査準則」第25条では以下の旨が規定されている。

(1) 他方締約国(即ち、日台民間租税取決めの日本)の居住者が台湾からロイヤルティを取得し、その者が台湾域内に常設の機構または固定の場所を有しない、またはその権利とその台湾域内に常設の機構または固定の場所が実際には関連がない場合、源泉徴収義務者は支払時に、所得税協定(即ち、日台民間租税取決め)に規定する限度税率に基づき税金を控除することができる(第1項)。

(2) 他方締約国の居住者が、前項の規定に基づき限度税率を適用する場合、適用法令に従い、他方締約国の税務機関が発行した居住者証明およびその居住者が当該所得の受益所有者であることの証明を、源泉徴収義務者が源泉徴収申告を行うための証明として提供しなければならない。税務当局に源泉徴収申告する際、適用する所得税協定の条文を記載し、前記の所得者に提供された証明書類および所得計算に関する証明書類を提出しなければならない(第2項)。

 以上のように、日本企業は、台湾企業からのロイヤルティを収受する場合において、源泉税率を20%から10%への軽減を受けるためには、支払者の協力が必要であり、かつ一定の書類の提出が要求される。したがって、契約締結の段階から、日台民間租税取り決めを考慮した上で双方の権利義務を規定しておくべきである。
 なお、申告に必要な書類は、以下の国税局の「租税取り決めの限度税率適用申請書(源泉徴収義務者が源泉徴収申告を行う場合専用)」のページでも説明されている。

https://www.ntbca.gov.tw/singlehtml/8a5b287db3924b6fabef0d80a55bf536?cntId=c69e7c19a29a44549c1e9dc2a98e326f#gsc.tab=0

4. 送金手続
 最後に、海外送金に関連する中央銀行の規制を紹介する。
 まず、新台湾ドル両替がない外貨資金の出入りは、特に規制の対象とはならない。一方、新台湾ドル両替を伴う外貨資金の出入りについては、以下のように、一定の場合「外国為替収支又は取引申告弁法」第2条第1項および第5条第1号に基づく申告が必要である(銀行を通じて中央銀行に提出。なお、以下の説明は、支払人が会社である場合を想定した内容である。)

(1) 毎回の為替決済金額が50万新台湾ドル相当未満の場合
 申告書を提出する必要はない。

(2) 毎回の為替決済金額が50万新台湾ドル相当以上の場合
申告書を提出する必要がある。この申告書については、以下の中央銀行の「外国為替収支または取引申告書(2021.6.29改正公布)」のページで詳しく説明されている。

https://www.cbc.gov.tw/tw/cp-378-50430-F7FFA-1.html

(3) 1回あたりの為替決済金額が100万USドル相当以上である場合
 申告の際に、当該回の外国為替収支または取引に関する契約書、承認書またはその他の証明書類を添付する必要がある。これらの添付書類は、銀行に提出して、申告書の記載事項と一致することについて確認を受ける必要がある。

5. 注意事項
(1) 以上はロイヤルティについての説明であるが、支払が、ロイヤルティであるか、技術サービス報酬であるか、あるいは知的財産権の購入代金に該当するか、すなわち給付の性質によって扱いが異なる。また、給付の性質の認定は、主に双方が締結した契約の実質的な提供サービスの内容および提供方法により決まる。どれに該当するか疑義がある場合には、予め専門家に相談した上で、契約における文言を決定することが望ましい。

(2) 免税の申請、日台民間租税取り決めの適用を受けるためには、双方の協力が必要となる。したがって、契約締結の段階で、十分に協議をしておくことが望ましい。

(3) ライセンス契約書において、ロイヤルティに関する税を「支払者」が負担する旨既定する場合、契約書に規定されたロイヤルティの金額が、源泉徴収後の金額であるか否かを明確に定めておくことが望ましい。また、この場合源泉徴収税を含めた支払総額を計算の上、合意しておくことが望ましい。

(4) 税務については、しばしば変更があることが一般的であり、また、以上の説明は概要の説明に過ぎない。実際の作業は、税務、法務の専門家と相談の上進めることを推奨する。また、以上の説明は、台湾法の観点からの主にロイヤルティに特有の規制を説明したものであり、日本法の観点からの説明は含まない。

マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

4. 進歩性の具体的な判断
4-1.  具体的な判断基準

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.1

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、審査官は、出願日または優先日における当該技術分野の技術常識を判断し、発明と技術水準との相違点を特定するために、通常の技術を備えるがunimaginativeな名宛人(a normally skilled but unimaginative addressee)の役割を担うものとされている。そして、その立場で審査官は、相違点が自明であるか、それともある程度の発明を要するかを判断する。これは、日本の審査基準では「動機付け」など異なる表現になっているが、様々な要因に基づいて、クレームされた発明に容易に到達することが可能か不可能かということでは共通すると言える。具体的には、次の4つのアプローチが採用されている。

(i) クレームされた発明の概念を特定する。
(ii) 出願日または優先日において、当該技術分野における技術常識を有する、通常の技術を備えるがunimaginativeな名宛人の立場を想定する。
(iii) 技術水準として引用された事項と、クレームされた発明との間に相違点がある場合は、それを特定する。
(iv) クレームされている発明についてまったく知識がなくても、これらの違いが通常の技術を有する者((ii)で想定した者)にとって自明のステップを構成するかどうか、または何らかの程度の発明が必要かどうかを判断する。

4-2.  進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1.  課題の共通性

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、課題が共通することが動機付けの根拠となるということが明確には記載されてはおらず、あくまでも組み合わせの発明に関する自明性の問題として扱われている。しかし、審査官は「(組み合わせる)文献の性質と内容が、当業者が文献を組み合わせるかどうかにどのように影響するか」を検討するとされているので、課題の共通性についても自明性の検討要素として考慮されると解され、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。

4-2-2.  作用、機能の共通性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3

(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、作用や機能が共通することが動機付けの根拠となるということが明確には記載されてはおらず、あくまでも組み合わせの発明に関する自明性の問題として扱われている。ただし、発明の特徴については、次のように説明されており、「作用、機能」を発明の特徴の一部と解すれば、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。

「一連の公知の特徴の組み合わせは、多くの場合、単なる設計や単なる組み合わせの問題であり、発明ではない。」
ただし、「開示された特徴が一見して本質的に相容れないように見える場合や、1つの(特徴的な)発明が組み合わせから導かれる傾向がある場合、これらの組み合わせに進歩性があることを示唆するものとなる。」

4-2-3.  引用発明の内容中の示唆
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、引用発明を組み合わせる際の審査官の検討要素として、「ある文献内の別の文献への参照」が挙げられているので、引用発明の内容中の示唆については、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。

4-2-4.  技術分野の関連性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、技術分野の関連性が動機付けの根拠となるということが明確には記載されていない。しかし、文献を組み合わせる際に審査官は、「文献が同じ技術分野のものであるか、それとも近接あるいは離れた技術分野のものであるか」を検討しなければならないとされているので、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。

4-2-5.  設計変更
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.5.1~8.7.5.3

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、設計変更の類型に関する進歩性の判断について、以下が規定されている。

・容易に入手できる手段
 特定の技術課題に対する解決策が、当業者にとって日常的に入手可能な手段を使用するものである場合は、進歩性は否定される。例えば、解決策が、当業者であれば、特定された課題あるいはそれに伴ういくつかの現実的な問題を解決する際に考慮するであろう、通常の選択肢のうちの1つである場合はこれに該当する。

・単なる現場での改良
 クレームされた発明が、先行技術に対する「単なる現場での改良」である場合、進歩性を欠くことになる。一般に、「単なる現場での改良」は、当業者であれば、実用上支障なく、かつ、技術的あるいは商業的に大きな改良を期待することなく、実施することができるものであるから、これは進歩性を欠くものである。

・日常的な試行錯誤
 発明が、限られた範囲から特定の寸法、温度範囲、その他のパラメータを選択するものであり、これらのパラメータが、日常的な試行錯誤や通常の設計手順の適用によって得られることが明らかである場合は、進歩性は否定される。例えば、既知の反応を実行する方法に関する発明が、不活性ガスの特定の流量を特徴とする場合に、所定の速度が、熟練した専門家によって必然的に到達される速度にすぎない場合、この速度を選択することは自明である。

4-2-6.  先行技術の単なる寄せ集め
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.8

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、先行技術の単なる寄せ集めによる発明については、進歩性は否定されることが規定されており、日本と同じ考え方が適用されると考えられる。

「クレームされた発明は通常、全体として考慮されなければならない。従って、組み合わせ(combination)による発明の場合、個々の特徴が公知または自明であるから、クレームされた発明全体が自明であると主張することは、原則として正しくない。しかし、クレームされた発明が単なる「特徴の集合体または並列(aggregation or juxtaposition of features)」である場合は、個々の特徴が自明であることを示すだけで進歩性を否定するのに十分である。技術的特徴の集合は、その特徴の機能的相互作用が、個々の特徴の技術的効果の合計とは異なり、例えば、それよりも大きい複合的な技術的効果を達成する場合、特徴の組み合わせの発明とみなされる。すなわち、個々の特徴の相互作用が相乗効果を生み出さなければ発明の進歩性は否定される。」

4-2-7.  その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なるマレーシア特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特審査基準には特に記載はない。

4-3.  進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1.  引用発明と比較した有利な効果

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1) 引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.11.1

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、予期せぬ技術的効果は進歩性を肯定する要素として、次のように規定されている。この場合に、発明の対象となる製品またはプロセスが既知のものよりも優れている必要はなく、その特性や効果が予想されなかったことで十分とされる。

「予期せぬ技術的効果は、進歩性を示すものとみなすことができる。しかし、その効果は、単に明細書にのみ記載されている特徴からではなく、クレームに記載された特徴に基づくものでなければならない。また、クレームに記載されているとしても、単に先行技術に既に含まれている特徴に基づくのではなく、既に知られた特徴を組み合わせた発明に関する特徴に基づくものでなければならない。」

4-3-2.  意見書等で主張された効果の参酌
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.12

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、意見書等で主張された効果の参酌については次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

「進歩性を評価するために審査官が考慮すべき論拠および証拠は、最初に提出された特許出願から採用することも、またその後の手続中に出願人が提出する意見書から採用することもできる。ただし、そのような新たな効果は、最初の出願で示された技術的課題によって暗示されているか、少なくともそれに関連する場合にのみ考慮される。」

4-3-3.  阻害要因
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.16 ANNEX V 5.0

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、先行技術を組み合わせることを阻害する事情が進歩性を肯定する要素となる、と明確には規定されていないが、技術的な偏見を克服することが進歩性を肯定する理由であることが、次のように規定されている。

「先行技術によれば、当業者はその発明によって提案される手順から遠ざかるであろう場合には、進歩性が認められる。例えば、当業者が、公知の方法の代替案があるかどうかを判断するための実験さえ行われていなかったような技術的障害を克服した場合にこの考え方が適用される。」

4-3-4.  その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なるマレーシア特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.11.2

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、進歩性が肯定される他の類型として、長年存在した課題やニーズを解消した発明が、次のように規定されている。

・長年存在していた技術的課題やニーズの解消
 当業者が長い間解決しようとしてきた技術的な課題を発明が解決した場合、または、長い間存在していたニーズを満たした場合、このことは進歩性を示すものとみなすことができる。

4-4.  その他の留意事項
4-4-1.  後知恵

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.9

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、後知恵について次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

「一見、自明のように見える発明にも、実は進歩性がある可能性があることを忘れてはならない。ひとたび新しい発明がなされれば、既知のものから出発して、一見簡単そうに見える一連のステップを経て、どのようにしてその発明に到達するかを理論的に示すことができる場合が多い。審査官はこの種の事後的分析に注意する必要がある。審査官は、検索で発見した文献が、必然的に、クレームされた発明を構成する事項を知った上で入手されたものであることを常に念頭に置くべきである。」

4-4-2.  主引用発明の選択
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、日本の審査基準のように、主引用発明と副引用発明の定義はない。複数の文献を組み合わせることについては、「異なる文書からの情報を、発明が自明であることを立証するために適切に組み合わせることができるかどうかについては、単純なルールは存在しない。」と規定している。

4-4-3.  周知技術と論理付け
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.4

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、周知技術と論理付けについて次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

「一つの文献と一般的な知識を組み合わせることによって発明を生み出すことができる場合、そのような組み合わせは当業者にとって自明であろうという強い推定が成り立つ。このような判断を行う場合、審査官は、特定の特徴が一般的な知識であると主張する根拠を明確に詳述すべきである。」

4-4-4.  従来技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.12

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、明細書中の従来技術について次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

「進歩性の有無を判断するために、発明が当該技術に与える効果を特定する際には、まず出願人自身が明細書の中で認めている内容を考慮すべきである。このような先行技術の認定は、出願人が誤りであると主張しない限り、審査官によって正しいものとみなされるべきである。」

4-4-5.  物の発明と製造方法・用途の発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法およびその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.15

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準には、物の発明と製造方法・用途の発明との関係について次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

「製品に関するクレームの発明が新規かつ非自明であれば、必然的にその製品の製造プロセスに関するクレームや、その製品の用途に関するクレームの発明の新規性や非自明性を調査する必要はない。」

4-4-6.  商業的成功などの考慮
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.11.2

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、進歩性を肯定する要素の一つとして、商業的な成功を獲得することが、次のように記載されている。

「商業的成功だけでは進歩性を示すとはみなされないが、長年のニーズと関連した即時的な商業的成功の証拠は、審査官が、その成功が発明の技術的特徴に由来するものであり、他の影響(例えば、販売方法や広告)に由来するものではないと納得する場合には、進歩性は肯定的に判断される。」

5. 数値限定
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.13

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、数値限定の発明については「選択発明」の一類型として、次のように規定されている。

「選択発明は、選択された部分要素または部分的な数値範囲を表示する点で先行技術とは異なる。この選択が特定の技術的効果に関連しており、かつ、当業者がその選択に至る示唆が存在しない場合には、進歩性が認められる(選択された範囲内で生じるこの技術的効果は、より広い公知の範囲によって達成されるのと同じ効果であってもよいが、予想外の程度である必要がある。)。」
「予想外の技術的効果は、クレームされた範囲全体に適用されなければならない。クレームされた範囲の一部分においてのみ効果が生じる場合、クレームされた発明は、その効果が関係する特定の問題を解決するものではない。」

6. 選択発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.13

(2) 異なる事項または留意点
 「5. 数値限定」を参照されたい。

7. その他の留意点
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。

7-1.  請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.3

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、審査官が発明概念を特定する際の留意点について、次のように規定されている。

「明細書全体から導き出される一般化された概念ではなく、当該クレームの発明概念を考慮しなければならない。クレームが異なれば、一般的に発明コンセプトも異なる。」
「クレームの発明概念を特定するには、クレームの目的論的解釈を伴う可能性が高い。しかし、そのような解釈を行うだけでは、発明の思想または原理の実施に寄与するクレームの部分と、寄与しないクレームの部分とを区別することができないため、厳格になりすぎる可能性がある。クレームの本質を見出すには、クレームから不必要な語弊のある表現を削除することも含まれるべきである。」
「クレームの発明の「発明コンセプト」と「技術的貢献」は異なる。「発明コンセプト」は、発明の核心、(すなわち、発明者の成果を発明的と呼ばれるに値するものとする、本質的な着想や応用)で特定されるものである。」

7-2.  引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

7-3.  請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。

8. 追加情報
これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはマレーシアの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 特に記載はない。

マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の進歩性については、マレーシア特許法第15条に規定されている。

第15条 進歩性 第14条(2)(a)に基づく先行技術を構成するすべての事項を考慮した場合に、その進歩性が、それに係る技術において通常の技量を有する者にとって自明なものでないときは、その発明は進歩性を有するものとみなす。

 進歩性に関する審査基準については、マレーシア特許審査ガイドライン(以下、「マレーシア特許審査基準」という。)の「パートD 特許性」の8.0に進歩性に関する規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。

8.0 進歩性
8.1 総論
8.2 先行技術
8.2.1 文献の作成時期
8.3 発明概念の特定
8.4 当業者
8.5 当業者の技術常識
8.6 自明性
8.7 進歩性の検討の出発点
8.7.1 進歩性テスト
8.7.2 自明性の判断
8.7.3 進歩性のための文献の組合せ(「モザイク化」)
8.7.4 文献と周知技術の組合せ
8.7.5 自明性を判断するためのアプローチ
  8.7.5.1 容易に入手できる手段
  8.7.5.2 単なる現場での改良
  8.7.5.3 日常的な試行錯誤
8.8 組合せと並列又は集約
8.9 事後分析
8.10 発明の過程
8.11 肯定的な要素
 8.11.1 予測することのできない効果
 8.11.2 長年解決されない技術的課題、商業的な成功
8.12 出願人が提出した証拠及び主張
8.13 選択発明
8.14 バイオテクノロジー分野における進歩性の評価
8.15 従属請求項、さまざまなカテゴリーのクレーム
8.16 事例

2. 基本的な考え方
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準パートD 8.7.2

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、審査官による進歩性の判断は、発明が当業者にとって自明であったか否かに基づくものであるとして、次のように規定している。

「審査官は、先行技術と当該発明との間に存在する相違点を特定し、それらの相違点が当業者にとって自明であったであろう手順を構成するか、それともある程度の発明を必要とする手順を構成するか、を判断することが求められる。」
「発明が自明であるか否かの判断は、出願人にとっても公衆にとっても極めて重要であるため、審査官はこの作業に多大な労力を費やす覚悟が必要である。審査官が、当業者に示すべき関連する技術常識を正しく特定することが特に重要である。」
「審査官は、先行技術やその他の関連する技術的事項を考慮した上で、その結果が進歩性の有無を示唆するものであるか否かを判断する能力を有する者でなければならない。」

3. 用語の定義
3-1. 当業者

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.4

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、「当業者」について、次のように規定されており、基本的には日本の審査基準と同じと考えられる。

「「当業者」とは、平均的な知識と能力を有し、出願時において当該技術分野において一般的な知識を有する熟練した実務者であると推定される。また、当業者は、「技術水準」のすべて、特にサーチレポートで引用された文献にアクセスでき、当該技術分野において通常必要とされる日常的な作業や実験の手段や能力を有している者と推定される。」

 マレーシア特許審査基準には「専門家からなるチーム」という表現に正確に対応する文言はない。しかし、次の審査基準の解説は、間接的に「専門家からなるチーム」を示唆しており、日本における定義と類似している。

「当業者が、課題解決のために他の技術分野の手助けを必要とする場合に、当該他の分野の専門家が課題解決の資格を有する者となり得る。」

3-2. 技術常識及び技術水準
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」および「技術水準」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準 パートD 8.5

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、当業者の技術常識(一般知識)について解説されている。基本的な教科書や単行本は、技術常識を代表するものと考えられている。単一の出版物あるいは文献は、技術常識の一部とはみなされない。技術常識は、様々な情報源から得られるものであり、必ずしも特定の文書の出版に依存するものではない。実験、分析、製造の方法、技術の理論などについては特に言及されていないが、基本的な教科書ではカバーされていると理解されている。

3-3. 周知技術及び慣用技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」および「慣用技術」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 マレーシア特許審査基準には、対応する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 マレーシア特許審査基準では、「周知技術及び慣用技術」については触れられていない。「3-2. 技術常識及び技術水準」が参考となる。

進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。

ブラジルにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

4.進歩性の具体的な判断
4-1具体的な判断基準

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.9、5.20

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準によれば、クレームされている発明が進歩性を有するか否かを判断するためには、以下の3つの判断ステップが行使される。

(i) 最も近い先行技術を特定する、次に
(ii) 発明の特徴および発明が解決する技術的課題を特定する、最後に
(iii) 当該発明が当業者にとって自明であるか否かを判断する。

 そして、(iii)のステップでの判断対象について、次のように規定されている。

「審査中に判断されるべきものは、実在する技術的課題を解決するために、最も近い技術水準と明確に区別される発明の特徴を適用することの動機付けが存在しているか否かについてである。そのような動機付けについては、先行技術文献に明示的に記述される必要はない。」

4-2進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1課題の共通性

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.22

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、主引用発明と副引用発明との間で課題が共通することが動機付けの根拠となるということが明確には記載されていない。しかし、複数の先行技術文献を組み合わせる際に、審査官は、複数の文献が発明に関連する特別な課題に該当するか否かについて評価しなければならないとされているので、課題の共通性は動機付けの根拠とされると考えられる。

4-2-2作用、機能の共通性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、これに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がブラジルの審査にも適用される。

4-2-3引用発明の内容中の示唆
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.26

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、引用発明を組み合わせることに関する示唆が動機付けの根拠となることは、直接的には記載されていない。むしろ、次に示すように、組わせることの示唆を見出す必要はないとされている。しかし、逆に、これは示唆があれば進歩性が否定される有力な理由になることを意味すると考えられる。

 「技術水準において、複数の周知文献の組合せについての何らかの明示的な示唆、動機付けまたは教示を見出すことは必要ではない。動機付けは別の分野であってもよく、また、別の課題を参照する可能性もあり、または当該分野の専門家がこの組合せを実施することについて動機付けられ得る場合には、包含される複数の技術的な面の間に関連付けおよび関係を合理的に作成することが即座に可能となる。」

4-2-4技術分野の関連性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.22

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、主引用発明と副引用発明との技術分野の関連性が動機付けの根拠となるということが明確には記載されていない。しかし、複数の先行技術文献を組み合わせる際に、審査官は、複数の文献が同様な近似する複数の技術分野から派生しているか否かについて、評価しなければならないとされているので、技術分野の関連性は動機付けの根拠とされていると考えられる。

4-2-5設計変更
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章・選択による発明(5.33)、構成要件間の関係の変更による発明(5.48~5.50)、構成要件の置換えによる発明(5.51、5.52)

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、設計変更の類型に関する進歩性の判断について、以下が規定されている。

・選択による発明
 発明が単に多数の周知の可能性の中での選択からなり、当該技術分野の熟練者により、通常の設計手順によってなすことができ、かつ、予想外のいかなる技術的効果も生じない場合は、その発明は進歩性を有しないものとなる。

・構成要件間の関係の変更による発明
 構成要件間の関係における変化、例えば、様式、サイズ、比率、位置、操作関係、方法における手順の順序変更などが、発明の効果、機能もしくは使用の変化につながらず、または発明の効果、機能もしくは使用の変化が予期できる場合には、その発明は、進歩性を有しないものとなる。

・構成要件の置換えによる発明
 技術的課題の解決において、周知の要素を対応する機能を有する別の要素と置き換えることが、何らかの予想外の技術的効果が観察されずに行われるときには、その発明は進歩性を有しないものとなる。

4-2-6先行技術の単なる寄せ集め
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.27

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、先行技術の単なる寄せ集めによる発明に関して、次の規定があり、日本と同じ考え方が適用されると考えられる。

「クレームされている発明が、各々が日常形式で作動する一定の周知の要素の集合または
寄集めにすぎず、かつ、全体の技術的効果が、組み合わされた技術的特徴間の何らかの相乗作用または機能的相互作用を伴わない各部の技術的効果の総和のみである場合は、組合せによる発明は進歩性を包含しないものとなる。」

4-2-7その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なるブラジル特許出願の審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.54

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、進歩性が否定される他の類型として、構成要件の省略による発明が、次のように規定されている。

・構成要件の省略による発明
「構成要件の省略による発明は、周知の製品もしくは方法の1または複数の要素が省略されている発明に関するものである。1または複数の要素の省略後に、その結果として、対応する機能が消失する場合、またはそのような省略が当該技術分野における専門家にとって自明である場合は、その発明は進歩性を有しないものとなる。」

4-3進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1引用発明と比較した有利な効果
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1) 引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.30、5.34

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、組み合わせ、あるいは選択発明において予想外の技術的効果が生じる場合は、そのような発明は進歩性を有すると規定されている。

「組み合わされた技術的特徴が機能的に相互作用して、予想外の技術的効果を生じる場合、または換言すれば,組合せ後の技術的効果が複数の個別な特徴の技術的効果の総和とは異なる場合は、そのような組合せは、進歩性を有することになる。」
「発明が予想外の技術的効果を生じる選択から得られるときは、その発明は、(中略)、進歩性を示すものとなる。」

4-3-2.  意見書等で主張された効果の参酌
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.15~5.17

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、意見書等で主張された効果の参酌については、次の規定がある。

「原則として、発明のいかなる技術的効果も、その効果が明細書に記載されているものから当該技術分野における熟練者によって認識できる限り、技術的課題の再定義のための基準として用いることができる。」 「発明の技術的効果を立証するために、審査請求の後であっても、技術的審査中に提示された結果/試験/試行などの場合には、出願人による意見書におけるそのようなデータの提示は、試験および試行によって明らかにされたものでなければならない。」

4-3-3阻害要因
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.58

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、先行技術を組み合わせることを阻害する事情が進歩性を肯定する要素となる、と明確には規定されていないが、偏見または技術的な障壁を解消することが進歩性を肯定する理由であることが、次のように規定されている。

「あらかじめ存在する偏見もしくは技術的障壁の解消、または発明が先行技術によって統合された知識に反する経路をたどったことの立証は、進歩性の存在についてクレームを補
強することとなる。」

4-3-4その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なるブラジル特許出願の審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.57、5.60

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、進歩性が肯定される他の類型として、構成要件の省略による発明が、次のように規定されている。

・解決されていない長年の技術的課題に対する解決策
「発明が長年のあいだ未解決の課題を解決する場合は、その発明は、進歩性を有するものとなる。」

・表彰を取得すること
「発明が技術的利点に関して何らかの表彰を受けるとき、それは、当該発明が進歩性を有することを意味する可能性がある。」

4-4その他の留意事項
4-4-1後知恵

 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には、「後知恵」に関する明確な規定はないが、審査官の判断は、出願時の主題に関する熟練者の知識およびスキルに基づかなければならないとして、この行動を避ける必要性を定めている。

4-4-2主引用発明の選択
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.9、5.10

(2) 異なる事項または留意点
 日本の審査基準のように、主引用発明と副引用発明を選択するのではなく、ブラジル特許出願の審査基準では、審査官が判断の対象とする最も近い先行技術は、クレームされている発明に関する文献の1つ、もしくは2つの組合せ、または例外的に3つの文献からなるとされている。

4-4-3周知技術と論理付け
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準には相当する記載はないが、実務上は、当業者にとって自明でなく、予想外の技術的効果を有する発明であれば、それが周知技術に基づくものであるか否かにかかわらず、審査官は進歩性があることを示さなければならないとされている。

4-4-4従来技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がブラジルの審査にも適用される。

4-4-5物の発明と製造方法・用途の発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法およびその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がブラジルの審査にも適用される。

4-4-6商業的成功などの考慮
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.59

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、進歩性の審査において検討される二次的な要因の一つとして、商業的な成功を獲得することが次のように記載されている、

「発明が技術のライセンス許諾のような商業的な成功を達成するときに、その成功が発明の技術的特徴に直接的に関連している場合、それは、当該発明が進歩性を有していることを意味することができる。ただし、成功がセールスや広告などのその他の要因に依る場合は、この基準は、進歩性の評価のための根拠として使用されてはならない。」

5数値限定
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.34

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、数値限定発の発明について、進歩性を有する場合について、次のように規定されている。

「発明が、方法における温度および圧力のような、既知の範囲内の操作条件の特別な選択を包含し、かつ、そのような選択が、当該方法の操作または結果として生じる生成物の特性に対して予想外の技術的効果を生じる場合は、進歩性を有する。」

 ブラジル特許出願の審査基準では、例えば、次の事例が記載されている。

「物質AおよびBが、高温で、物質Cへ変換される方法。50℃~130℃の間での方法は周知であるが、先行技術では、110℃~125℃との間の温度が使用されている。以前には実施されていなかったクレームされている63℃~65℃との間の温度範囲において、物質Cは予期された値よりも相当に高い収量となり、かつ、一段と高い純度を有するものとなった。」

6選択発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.31、5.32

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、クレームされた選択発明の効果が先行技術の効果に比べて優れているときに、その選択発明は進歩性を有することが規定されている。なお、このような効果を示すために、補足データを提出することができるとされている。

「選択特許における進歩性を判断するうえで、選択される要素または小帯域は、単に技術水準からの任意な選択ではなくて、技術水準に対する貢献を提示するものでなければならない。」
「発明の選択において進歩性を判断するために、先行技術には下位群の状態には予想外の技術的効果が存在していることが示されていないことを証明するのは、出願人の責務である。補足データが進歩性の立証のために受理できることに、留意すべきである。」

7その他の留意点 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。

7-1請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.5、5.6

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、審査官によるクレームされた発明の検討について、次のように規定されており、日本と同じ考え方がブラジルの審査にも適用されると考えられる。

「クレームされている発明は、前置き部分および特徴付け部分の要素を斟酌して、全体として検討されなければならない。」
「審査官は、進歩性を評価するために、技術的解決策自体だけを検討するのではなく、発
明が属する技術分野、解決される技術的課題および発明によってもたらされる技術的効果も検討しなければならない。」

7-2引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、該当する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がブラジルの審査にも適用される。

7-3.  請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.13

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、審査官の、クレームされた発明と最も近い先行技術との比較に関する手順について、次のように規定されており、日本と同じ考え方がブラジルの審査にも適用されると考えられる。

「審査官は、発明の明確に区別される特徴を解析し、かつ、発明によって解決される技
術的課題を客観的に判断するものとする。したがって、審査官は、最初に、最近似な技術水準と比較してクレームされている発明の明確に区別される特徴を判断し、かつ、実際に発明によって解決される技術的課題を判断しなければならない。」

8追加情報
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはブラジルの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.61

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、発明が創造される仕様について次の規定がある。

「発明が創造される仕様は、それが困難であるか、または容易であるかの方法に拘らず、発明の進歩性の評価に影響を及ぼさない。偶然に創造される一部の発明が存在するが、大抵の発明は、発明者による創造的な作業の結果ならびに科学的研究および長期の作業経験の結果である。」

ブラジルにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の進歩性については、ブラジル産業財産法第8条および第13条に規定されている。

第8条
新規性、進歩性および産業上の利用可能性から成る要件を満たす発明は、特許を受けることができる。

第13条
発明は、技術水準を考慮したときに当該技術分野における熟練者にとって明白または自明でないときは、進歩性を有するとみなされる。

審査基準については、ブラジル特許出願の審査基準の第2部第5章に進歩性に関する規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。なお、本稿では、「2013年12月04日決議124号」を「ブラジル特許出願の審査基準第1部」、「2016年7月15日決議169号」を「ブラジル特許出願の審査基準第2部」と表記した。

第5章 進歩性
概念
5.1~5.3
技術分野における専門家
5.4
進歩性の評価
総括
5.5~5.8
進歩性を確認するための判断ステップ
5.9
最近似な技術水準の判断
5.10~5.19
検討される技術的課題からみて、かつ、最近似な技術水準を始点として、発明が当該分野の熟練者にとって自明であるか否かを判断すること。
5.20~5.21
技術水準から複数の文献を組み合わせること(先行技術文献の組合せ)
5.22
進歩性を有する発明の評価において新分野を開拓する具体的な状況
5.23
組合せによる発明の総括
5.24~5.26
自明な組合せ
5.27~5.29
非自明な組合せ
5.30
選択による発明
総括
5.31~5.32
自明な選択
5.33
非自明な選択
5.34
類似技術分野による発明
5.35~5.39
周知の製品を用いた技術の新規な使用
5.40~5.45
構成要件の変更による発明
総括
5.46~5.47
構成要件間の関係の変更による発明
5.48~5.50
構成要件の置換えによる発明
5.51~5.53
構成要件の省略による発明
5.54~5.55
進歩性の審査において検討される二次的な要因
総括
5.56
解決されていない長年の技術的課題に対する解決策
5.57
偏見または技術的な障壁を解消すること
5.58
商業的な成功を取得すること
5.59
表彰を取得すること
5.60
発明が創造される仕様
5.61

2.基本的な考え方
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章 5.5~5.8

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、審査官の進歩性評価に関して、次のように規定されている。

「審査官は、進歩性を評価するために、技術的解決策自体だけを検討するのではなく、発明が属する技術分野、解決される技術的課題および発明によってもたらされる技術的効果も検討しなければならない。」

「クレームされている発明は、前置き部分および特徴付け部分の要素を斟酌して、全体として検討されなければならない。クレームと技術水準との間の差異を判断するうえで、課題は、当該差異が個々別々に自明となるか否かということではなくて、クレームされている発明がその全体において自明となるか否かについてである。」
「一般的に、独立クレームが発明性を提示している場合は、その従属クレームは、それらが従属するクレームに存在するすべての限定を包含しているので、当該従属クレームの進歩性について審査する必要はない。」「これに反して、独立クレームが進歩性を有さない場合は、その従属クレームは、自体を新規なものとする特定の要素を含有し得るため、審査されなければならない。」

3. 用語の定義
3-1.当業者
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章 5.4

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、進歩性判断の主体となる「熟練者」について、次のように記載されている。

「当該技術分野の熟練者は、技術的-科学的知識でもって、出願の提出時点において、課題の属する技術分野における中央知識を有する者および/または主題の実用的な運用知識を有する者であり得る。その者たちは、課題の技術分野に特有の通常の作業および実験の手段および能力を自由に使えるとみなされている。製造または研究のチームの場合のような一群の人々の観点から思考することが、一段と適切である場合があり得る。それは、特に、コンピュータおよびナノテクノロジーのような一定の先進技術に当てはまる可能性がある。」

3-2.技術常識及び技術水準
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」および「技術水準」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準第2部第3章3.1

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル産業財産法では、第11条において「発明および実用新案は、技術水準に含まれない場合は、新規であるとみなされる」、また第13条において「発明は、技術水準を考慮したときに当該技術分野における熟練者にとって明白または自明でないときは、進歩性を有するとみなされる」としたうえで、技術水準を「文書または口頭による説明、使用その他の方法により、特許出願日前にブラジルまたは外国において、公衆の利用に供されていたすべてのものを含む」と定義している(ブラジル産業財産法第11条(1))。

 また、ブラジル特許出願の審査基準第2部第3章3.1でも同様に、「技術水準は、文書または口頭による説明、使用またはその他の手段により、特許出願の提出日前にブラジルまたは外国において、公衆の利用に供されていたすべてのものから構成される」としている。

 これらより、ブラジルにおける技術水準は、新規性の判断の基準とされる先行技術をいうと解釈でき、したがって、日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節で定義される技術水準、すなわち「先行技術のほか、技術常識その他の技術的知識(技術的知見等)から構成される」、とは異なることに留意する必要がある。

3-3.周知技術及び慣用技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」および「慣用技術」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 ブラジル特許出願の審査基準には、対応する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 ブラジル特許出願の審査基準では、何が「周知技術」かについては触れられていない。ただし、実務は日本国特許庁と実質的に同じである。

 進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「ブラジルにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。

香港における意匠公報の調べ方

1.検索画面へのアクセス
(1) 香港知的財産局(Hong Kong Intellectual Property Department)の検索サイト(Online Search System、https://esearch.ipd.gov.hk/nis-pos-view/#/?lang=en)にアクセスすると、図1の画面が表示される。画面上部で使用言語(繁體中文or简体中文or ENGLISH)を変更できる。本記事では、英語サイトの使用方法を説明する。

図1:Online Search Systemトップ画面

(2) 図1の画面中、赤線で囲まれている「Search for Designs」をクリックすると、図2の画面が表示される。画面下部の「私は人間です」の欄の□をクリックすると、図3の画面が表示される。

図2:Notice to Usersの画面

図3:画像質問画面例

(3) 図3画面に表示される写真(写真はその都度変更)を指示に従って選択し、「check」ボタンを押し、写真の画面が消えたら、図2の画面が再度表示されるので、画面下部「Accept」ボタンをクリックする。

図4a:Design Search画面

2.検索方法
 図4aの示す「Design Search」のトップ画面では、画面上部赤線で囲ってある部分に「Quick Search(簡易検索)」、「Advanced Search(詳細検索)」、「Records Extract List」、の切り替えタブがある。

2-1. Quick Search(簡易検索)
 Quick Searchタブに表示される項目は、以下のとおり。
・Status of Registration(登録状況):プルダウンメニューでステータスを選択できる。
 〇Ceased(権利喪失)
 〇Expired(権利満了)
 〇Registered(登録)
 〇Removed(取下げ)
 〇Revoked(取消し)
 〇Surrendered(放棄)
・Article(物品名称)
・Address for Service(代理人住所)
・Date of Entry in the Register(香港知的財産権局への登録情報記録日):数字入力(DD-MM-YYYY)またはカレンダーから日付を選択できる。
・Registration No.(登録番号)
・Registered Owner’s Name(権利者名)
・Class and Sub-class No.(ロカルノ分類およびサブクラス番号)
・Filing Date/Date of Registration(出願日/登録日):数字入力(DD-MM-YYYY)またはカレンダーから日付を選択できる。

図4b:Design Search(More search criteria)画面

「More search criteria(その他の検索条件)」(図4b参照)
・Priority Date(優先権主張日):数字入力(DD-MM-YYYY)またはカレンダーから日付を選択できる。
・Priority Number(優先権主張番号)
・Previous Registration Number(for Association)(先の登録番号(複合))
・Earlier Registration Number(for Division)(最先の登録番号(分割))
・UK Registration Date(英国登録日):数字入力(DD-MM-YYYY)またはカレンダーから日付を選択できる。
・UK Registration Number(英国登録番号)
・Licensee/Mortgagee’s name(実施権者/抵当権者名)

 検索条件を設定し、「Search」ボタンをクリックすると、検索結果が表示される(図5)。確認したい案件をクリックすると案件の詳細情報が表示される(図6a~図6c)。

図5:検索結果画面

図6a:案件の詳細情報

図6b:案件の詳細情報

図6c:案件の詳細情報(Renewal Details(更新情報詳細))

 図6aの画面上部の赤い丸で囲った箇所をクリックすると、公報のPDFを、操作している機器(PC等)に保存することができる。

2-2. Advanced Search(詳細検索)

図7:Design Search画面(Advanced Search)

 検索項目は、「Quick Search」と同一である。「Quick Search」は検索語の前方一致あるいは後方一致検索の際に使用するトランケーション記号(ワイルドカード)の可否のみだが、「Advanced Search」ではドロップダウンリストで以下の検索条件を設定できる(図7)。

・is(同じ):要求された文字と同じ単語を含む結果を検索する。例:“Bottle”、“bottle”
・contains(含む):テキスト文字列内の位置に関係なく、要求された文字を含む結果を検索する。例:“Bottle”、“bottle”、“bottles”および“A bottle opener”
・does not contain(含まない):要求されたテキスト文字列を含まない結果を検索する。
・starts with(始まる):要求された文字で始まる単語を含むレコードを検索する。例:“Bottle of perfume”や“Bottle with cap”
・ends with(終わる):要求された文字で終わる単語を含むレコードを検索する。例:“Perfume bottle”や“A Bottle”
・is between(~の間):指定された範囲に対応するレコードを検索する。
・exists(存在する):選択した基準を含むレコードを検索する。
・does not exist(存在しない):選択した基準を含まないレコードを検索する。

 検索条件を設定し、「Search」ボタンをクリックすると検索結果が表示される。

2-3. Extract List(抽出リスト)

 検索結果に表示されている各案件のリストにおいて、確認したい案件の□にチェックを入れて(図8の赤線で囲んである部分)、画面上部にある★(星)マーク(緑線で囲んである部分)をクリックすると図9のような確認メッセージ(「Add to extract list」)が表示される。

図8:検索結果画面

図9:「Extract List」への案件追加の確認メッセージ画面

 図9のメッセージ画面の「OK」ボタンをクリックすると「Extract List」に案件が追加され、図10の「Records Extract List」タブを選択すると、図11の画面が表示される。

図10:Records Extract Listタブ

図11:Records Extract List詳細画面

韓国の特許・実用新案出願における新規性喪失の例外規定

 特許法における新規性喪失の例外の要件および手続は、次のとおりである。実用新案法は、同法第11条において特許法第30条を準用している(特許法第30条、実用新案法第11条、特許・実用新案審査基準)。

(i) 公知の対象
 韓国では、公知形態は問われず、特許を受けることができる権利を有する者が韓国国内または国外で公知とした全ての公知が対象となる。ただし、条約または法律に基づき、国内または国外で出願公開や登録公告された場合は、特許を受けることができる権利を有する者による公知ではないため、除外される。なお、日本では、かつては学会発表や試験、刊行物発表等、一定の公知行為にしか新規性喪失の例外規定は適用されなかったが、2012年4月1日施行の改正特許法では公知行為の制限は撤廃された。

(ii) 公知にした者
 新規性喪失の例外規定で規定されるところの「公知にした者」とは、発明者または特許を受けることができる権利の正当な承継人でなければならない。発明者の許可を受けた者であったとしても、特許を受けることができる承継人でなければ、この規定の適用を受けることができない。ただし、公開を委託して新聞記事に載せ、記事内に発明者または承継人が記載されていれば、適用を受けることができる。なお、記事内に発明者または承継人が記載されていなくても、原稿の寄稿者が権利者であることを認証することができる場合は適用可能である。

 また、特許を受けることができる権利を有する者の意志に反して、即ち、漏洩・盗用等によって、第三者が発明を公知とした場合にも、新規性喪失の例外規定の適用を受けることができる。

(iii) 時期的制約
 新規性喪失の例外規定の適用を受けるためには、出願は、公知日から12か月以内にしなければならない。複数の公開である場合には、最初の公開日から12か月以内に出願しなければならない。日本出願を基礎として優先権主張をするとしても、この規定の適用を受けるためには、公知日から12か月以内に韓国に出願しなければならない(特許法第30条第1項)。

 また、12か月以内であっても、条約または法律によって国内または国外で出願公開されるか、登録公告された場合には、適用を受けない。

 PCTの場合は、公知日から12か月以内にPCT出願をし、韓国への国内移行過程においては、国内書面提出期間経過後(その期間内に審査請求をした場合には、その請求日から)、30日以内に新規性喪失の例外の適用を受けようとする旨を記載した書類と公知事実を証明できる書類を提出しなければならない(特許法第200条、特許法施行規則第111条、実用新案法第41条、実用新案法施行規則第17条)。

(iv) 要件
・この規定の適用を受けるためには、願書に新規性喪失の例外適用を受けようとする旨を記載しなければならない。
・また、出願日から30日以内に証明書類を提出しなければならない。発明者が提出した証明書類に問題がある場合、方式審査で補正命令を受ける。すなわち、公知行為を行った者と出願人(発明者)が一致しない場合や公知日に誤りがある場合等について、補正命令を受けた際に補正することができる。しかし、補正ができなければ、新規性喪失の例外規定の適用の手続に関して無効処分を受けることになり、提出された公知資料は先行技術に使用され得る恐れがある。方式審査で補充資料が要求される場合もある(特許法第30条第2項)。

(v) 趣旨記載および証明書類提出の追加規定
 補完手数料(特許料等の徴収規定第2条6の2)を納付した場合には、特許法第30条第2項の規定にかかわらず、補正することのできる期間内(特許法第47条第1項)、特許査定決定謄本送達後3か月以内(ただし登録料納付前)に新規性喪失例外規定の適用を受けるための趣旨記載および証明書類を提出することができる(特許法第30条第3項)。

【留意事項】
 新規性喪失の例外規定では、公知となった日から12か月以内に出願すれば、この規定の適用を受けることができる。韓国では新規性喪失の例外規定の期限が公知となった日から12か月だが、可能な限り早く出願することが望ましい。その理由は、次のとおりである。

 まず、公知Aとなった日から出願Aの間に、同一発明について第三者により公知Cとなった場合、新規性喪失の例外適用を受けた出願Aは、新規性欠如(特許法第29条第1項)により特許を受けることができないことになるからである。ただし、第三者による公知Cが、出願人の意に反してなされたという事実が明白な場合は、別途の新規性喪失の例外規定の適用を受け、特許を受けることができる。

 また、別の理由としては、公知Aとなった日から出願Aまでの間に、同一発明について第三者により出願Bがなされた場合、第三者の出願Bは公知Aに基づく新規性欠如により特許を受けることができないが、新規性喪失の例外適用を受けた発明者による出願Aも、第三者による出願Bが公開される(公開B)と、拡大された先願(特許法第29条第3項)に基づき、特許を受けることができないからである。

中国の司法実務における均等論についての規定および適用

1. 均等論の基本的な適用規則
1.1  「基本的に同一」とされる3つの要件

 法釈[2020]19号第13条においては、「基本的に同一の手段」、「基本的に同一の機能」、「基本的に同一の効果」という均等性の判断基準が明文化されている。

法釈[2020]19号 第13条
 専利法第59第1項でいう「発明又は実用新案の専利権の保護範囲は、その権利要求の内容を基準とし、明細書及び付属図面は権利要求の解釈に用いることができる。」とは、専利権の保護範囲が、請求項に記載の全部の技術的特徴により確定される範囲を基準とし、当該技術的特徴と同等な特徴により確定される範囲も含まなければならないことをいう。
 同等な特徴とは、記載の技術的特徴と基本的に同一の手段をもって、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果を達成し、かつ当業者が被疑侵害行為の発生時に創造的労働を経ることなく想到できる特徴をいう。

 例えば、本稿末尾に示している参考事例1において、最高人民法院は、「被疑侵害品の技術的特徴と専利の技術的特徴が均等であるかどうかを判断する際には、被疑侵害品の技術的特徴が当業者にとって容易に想到できるものであるかだけでなく、被疑侵害品の技術的特徴が専利の技術的特徴と比べ基本的に同一の手段を採用し、基本的に同一の機能を実現し、かつ基本的に同一の効果を奏しているかをも考慮しなければならない」と論じている。そして、上記すべての条件が満たされた場合に限り、両者が均等な技術的特徴に該当すると認定される。

1.2 均等性の判断の基準時は侵害発生時
 法釈[2020]19号第13条は、技術的特徴の均等性の判断について「訴えられた侵害行為の発生時に当業者が創造的な工夫を要せずに思い付くことができる特徴」と規定しており、これで均等性の判断の基準時は、侵害行為の発生時と明確化された。

1.3 オールエレメントルール
 中国の法院では、侵害性の判断においてはオールエレメントルールが採用されているので、均等論を適用する際にも、均等性の判断対象は技術全体ではなく、その技術を構成する技術的特徴となる。

 最高人民法院は、参考事例2において、「均等性とは、被疑侵害品における技術的特徴と請求項における対応する特徴との均等性を指し、被疑侵害品に係る技術と請求項に係る技術の全体的な均等性ではない」と強調している。

2. 各種技術的特徴の均等論の適用
2.1  数値または数値範囲に係る特徴の均等性判定

 2016年に、最高人民法院により公布された「最高人民法院による専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)」(以下、「法釈[2016]1号」という。)の第12条において、「請求項が『少なくとも』、『超えない』などの用語により数値に係る特徴を限定し、且つ当業者が専利請求の範囲、明細書及び図面を閲読した後、当該用語が専利技術案の技術的特徴に対して限定作用があることを特に強調していると認めるとき、専利権者がそれと異なる数値につき均等の範囲内であると主張した場合、人民法院はそれを認めない」と規定されている。当該規定から、人民法院は、請求項における数値が数値範囲により限定されている特徴に関して均等性を判断する場合、非常に厳しい基準を採用することがわかる。さらに、前記司法解釈に対応し、北京市高級人民法院は、その策定した「北京市高級人民法院による専利権侵害判定指南(2017)」の第57条において、「請求項には「少なくとも」、「超えない」等の用語で数値特徴を限定し、かつ、当業者は専利請求の範囲、明細書及び図面を読んで、専利技術的解決手段において当該用語の技術的特徴に対する厳格な限定作用が特別に強調されたと考え、権利者はそれと異なる数値特徴が均等特徴に該当すると主張した場合、これを支持しない。」と明確に規定している。

2.2 閉鎖形式の請求項の均等性判定
 化学や医薬分野でよく使われている閉鎖形式の請求項については、法釈[2016]1号の第7条によると、被疑侵害品に係る技術が当該閉鎖形式の請求項を基に他の技術的特徴を追加したものである場合、その追加した特徴が回避できない通常量の不純物でない限り、当該請求項の保護範囲に入らないと規定されている。

 例えば、参考事例2において、最高人民法院は、閉鎖形式の請求項は、請求項に記載されていない組成成分や方法ステップを包含しないと一般的に解釈されていると論じている。また、組成物の閉鎖形式の請求項の場合、一般的には組成物には請求項に記載された成分のみが包含され、他の成分はすべて排除されるものと理解すべきであるが、通常量の不純物を含むことが許される。なお、補助原料は不純物に属さないとされる。

2.3 機能的特徴の均等性判定
 請求項における機能的特徴について、法釈[2016]1号の第8条によると、均等性の判定は、被疑侵害品の技術的特徴を、当該請求項の機能的特徴そのものと比較するのではなく、明細書および図面に記載された当該機能を実現するために不可欠な技術的特徴と比較することによって行われるものとされている。

3. 均等論の適用に対する制限
3.1  包袋禁反言

 包袋禁反言は、均等論の適用に対する制限であり、最高人民法院により2009年に頒布された「専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下、「法釈[2009]21号」という。)の第6条に明確に記載されている。具体的には、包袋禁反言の適用には、以下の論点1)から3)について注意すべきである。
 論点1)どのような限定または放棄に対して包袋禁反言が適用されるか
 論点2)包袋禁反言が特定の技術的特徴について均等を排除する範囲
 論点3)包袋禁反言を適用する主体  

 論点1)について、専利権者は権利付与と確定の過程において、実質的な欠陥を克服するために行われた補正や意見陳述は、すべて禁反言の対象となり得る。ここで、実質的な欠陥には新規性や進歩性の欠陥だけではなく、サポート要件違反、実施可能要件違反、必要な技術的特徴の欠如などの欠陥も含まれる。  

 論点2)について、専利権者が確定の過程において「制限や放棄した範囲」とは、専利権者が明確に制限や放棄を示した範囲だけである。例えば、参考事例3において、最高人民法院は、「独立項が無効化され専利権が従属項で維持された場合、専利権者が自ら放棄したものではない場合は、その従属項に対して包袋禁反言を適用して均等論の適用を制限すべきではない」と判断している。  

 論点3)の包袋禁反言を適用する主体について、最高人民法院は、参考事例4において、「被告側が包袋禁反言の適用を主張したかどうかにかかわらず、法院は専利権侵害判定において自発的に包袋禁反言を適用して合理的に専利権の保護範囲を確定することができる」と論じている。

3.2 公衆への開放の原則
 公衆への開放の原則も均等論の適用に対する一つの制限で、法釈[2009]21号に明確に規定されている。同法釈の第5条によると、明細書や図面だけに記載され請求項で限定されていない技術的範囲は、(専利権者が自ら公衆に開放したものとみなされるため)専利権侵害判定において専利保護範囲に取り戻すことはできない。ここで、公衆への開放の原則の適用の前提とは、前記技術的範囲が明細書や図面に記載されていることであり、もし記載されていなければ公衆への開放の原則が適用されることはない。

 例えば、参考事例5において、最高人民法院は、明細書において発明方法のステップ10と11の順序を入れ替えることができると記載されているものの、請求項においては入れ替えた後のステップが反映されていないため、入れ替えた後のステップ11と10について均等の主張を受け入れないと判断している。

*注記1:中国法における「専利」とは、特許、実用新案、意匠の全てを包括したもので、「専利法」は、特許法、実用新案法、意匠法の全てに対応するものである。

*注記2:司法解釈(本稿において「法釈」と略した。)とは、中国最高人民法院または最高検察院により公布され、現行の法律規定の適用方法につきより具体的に明確化するためのもので、実務においては法律と同様な位置づけを有するものである。