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(中国)請求項記載の発明は明細書に支持されているか否か、及び明細書は発明を十分に開示しているか否かに関する事例
2013年07月30日
■概要
(本記事は、2023/4/6に更新しています。)URL:https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/34146/
中国国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下「審判部」という)合議体は、本特許明細書の記載は明瞭かつ十分に発明を開示しており、かつ請求項記載の発明は、明細書に支持されているため、本特許は、専利法第26条第3項及び第4項のいずれの規定にも違反しておらず、審判請求人の無効理由は成立しない、と判断し、本特許権を維持する審決を下した(第8823号審決)。
■詳細及び留意点
【詳細】
本事件は、新規な除草組成物の発明に関する特許権に対し、審判請求人が「請求項記載の発明は明細書に十分に開示されておらず当業者は実施できない。また、請求項の範囲は明細書で開示した範囲を超えている。」として無効を請求した事件である。
本事件の争点は、「請求項記載の発明は明細書に支持されているか否か、及び明細書は発明を十分に開示しているか否か」である。
中国国家知識産権局が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、中国専利法第26条第3項について、明細書は、当業者が当該発明又は実用新案を実現できる程度に技術方案を明確に記載し、具体的な実施形態を詳細に記述し、発明又は実用新案の理解と実施に欠かせない技術的内容を完全に開示しなければならない旨規定し、また中国専利法第26条第4項について、請求項は、通常は明細書に記載された一又は複数の実施形態又は実施例を概括してなるものであり、この概括は、明細書に開示された範囲を超えてはならないが、当業者が明細書に記載されている実施形態の同等な代替方式又は明らかな変形方式がすべて同一の性能又は用途を具備することを合理的に予測できる場合は、請求項の保護範囲をそのすべての同等な代替方式又は明らかな変形方式を含むよう概括することを容認すべきであり、審査官は関連する従来技術を参照して判断しなければならない旨、規定されている(特許審査基準第2部分第2章2.1.3及び3.2.1の関連規定参照)。
無効請求の対象となった本特許権の請求項1に記載された発明は以下のとおりである。
「除草組成物であって、
0.5-95重量%の分子式(I)で示されるピリミジン誘導体或いはその塩であり、
任意に選択される担体、表面活性剤、エマルジョン、及び/或いは農業用補助剤を含有し、分子式(I)において、Rは水素原子、-CH2CH2S(O)nR1(R1は低級アルキル基、nは0~2の整数)或いは
(R1は低級アルキル基)であり、Aは塩素原子又はメトキシ基であり、D及びEは同一又は同一でなくてもよく、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、低級アルキル基、低級アルコキシ基又はフッ素に置換された低級アルコキシ基を含有する、ことを特徴とする前記除草組成物。」
請求人の無効理由は、大きく以下の2つである。
1.本特許は、専利法第26条第3項の規定に違反する。具体的には、
(1)本特許明細書に記載された技術案は、不完全或いは不明瞭である。
(2)本特許明細書に記載された方法は反応条件を記載していない。
(3)アルカリ金属、アルカリ土類金属及び遷移金属の実施例は記載されておらず、一部の遷移金属は塩を形成できない。
(4)本特許明細書に記載された方法は実施例と無関係である。
(5)本特許明細書は一部の化合物組成物について配合方法を記載していない。
(6)全ての化合物の製造方法を記載していないため、発明を実施できない。
2.本特許は、専利法第26条第4項の規定に違反する。具体的には、
(7)請求項1に記載された化合物の保護範囲は広範であるのに対し、本特許明細書の実施例で開示された化合物は限定的である。よって本特許明細書は請求項1に記載された広範な化合物を支持しておらず、かつ実施例に記載された化合物の含有量も請求項1に記載された含有量の範囲を支持していない。
これに対し、特許権者は、「無効請求人の主張は独善・独断に過ぎず、本特許発明が実施不可能であるという理由を具体的に説明していない。例えば、アンモニウム塩以外の塩の製造方法及び除草剤の配合比率は全て当業者が技術常識に基づいて任意に決定できるものであり、また明細書には除草機能の測定方法が記載されており、当業者は分子式(I)で示される化合物の除草機能を容易に測定でき、かつ大量の化合物の試験結果を開示している。よって本特許明細書の記載は明瞭かつ十分であり、本特許は専利法第26条第3項の規定に合致している。また請求人は、どの種類の塩類、配合比率が明細書に支持されていないのか、その具体的理由を説明していなが、本特許明細書には関連する塩類が記載され、実施例にはアンモニウム塩の製造方法及び具体的な配合比率例が記載れており、請求人が主張する問題は存在しない。さらに本特許明細書の実施例及び関連する記載は、0.5-95重量%の含有量範囲を支持するに十分であって、請求人が主張する理由は理解できない。よって本特許の請求項の記載は専利法第26条第4項の規定に合致している。」と反論した。
審判部合議体は、請求人の主張(1)、(2)及び(4)について「請求人が主張する内容は、明細書に記載の技術ではあるが、請求項で保護する発明とは直接関係なく、かつ当該技術が指摘する問題と、本特許請求項で保護する発明との間に必然的な関係性があるとの説明もなく、その理由は不明であり、請求人の理解は当業者レベルのものではない。専利法第26条第3項に関する審査は、明細書の記載内容全体を考慮し、かつ保護を求める技術に対して明瞭で完全な説明をしているか否かを判断するもの、すなわち当業者が実施できる程度に開示されているかどうかを考察するものである。」として退けた。
また審判部合議体は、請求人の主張(3)、(5)及び(6)について「具体的な金属が塩を形成する実施例がないことを持って、当業者が実施できないとは言えない。当業者は、アルカリ金属、アルカリ土類金属又は遷移金属であっても、前記金属が形成したアルカリ化合物と酸とが反応して塩を形成することを容易に予期できる。また本発明は、除草組成物の活性の革新に基づくもので、明細書には組成物の配合方法及び製造方法について詳しく記載されている。一部の除草組成物についてその製造法に関する実施例はないものの、一連の製造方法は明細書に十分に記載され、26個の化合物の実施例及び11個の製造実施例が、更に実験例によって26個の化合物の組成物が優れた除草性能を有することが証明されている。当業者は明細書の記載に基づき、本発明を完全に実施することができる。」として退けた。
さらに審判部合議体は、請求人の主張(7)ついて「本特許発明は、『より優れた除草効能を有する新規な化合物を製造すること』を目的としており、請求項に記載した活性成分使用量の数値範囲は比較的広いと言えるものの、数値範囲端の実施例を詳細に記載しなくとも、当業者は本特許明細書の開示内容全体に基づいて、請求項で規定する保護範囲内まで実施可能であることを容易に理解できる。」として退け、請求人の無効理由はいずれも成立せず本特許権は有効との審決を下した(第8823号審決)。
参考(中国特許庁審判部無効審決2006年11月3日付第8823号より抜粋):
・・・专利法第26条第3款是对权利要求所保护的技术方案提出的要求,是指该技术方案必须在说明书中满足“充分公开”的要求。请求人所主张的上述内容却均仅针对说明书・・・记载的・・・技术方案,而非直接针对权利要求所保护的技术方案,且并未说明其在上述说明书技术方案中所指出的问题与本专利权利要求保护的技术方案之间有何必然的联系。・・・其次,专利法第26条第3款的判断主体应定位于所属领域的技术人员・・・此外,对专利法第26条第3款的审查应考虑说明书的全部内容,并在此基础上判断说明书是否清楚、完整地对保护的・・・技术方案作出说明,以及考察这种说明是否达到所属领域技术人员能够实施的程度。・・・说明书实施例是对技术方案的具体实施方式的举例说明,其作用在于帮助理解和实现技术方案,但是,对于一项经概括而成的技术方案而言,如果要求必须针对其概括的保护范围内的每一个点均给出实施例,则夸大、曲解了实施例的作用,且往往在实践中难以做到。・・・
・・・对于权利要求的概括是否恰当的判断应当立足于说明书所公开的全部内容,而不应局限于具体实施方式,尤其不应仅仅局限于实施例。对于一项已授予的专利权,如果权利要求中涉及到数值范围,而说明书中既对该范围有明确具体的公开,又提供了该范围内的一些实施例,且本领域技术人员根据说明书的整体内容能够容易地将发明・・・扩展到权利要求的保护范围内,则在没有相反证据和理由的情况下,不应否认该权利要求得到说明书的支持。
(日本語訳「・・・専利法第26条第3項は請求項が保護する技術案に対する要求であり、当該技術案は明細書において“十分開示”という要求を満たさなければならないことを指す。請求人が主張した内容は、明細書・・・に記載された・・・技術案に対するものであって、直接に請求項が保護する技術案に対するものではなく、かつ前記明細書の技術案が指摘する問題と本特許請求項が保護する技術案との間に必然的な関連性があるかについて説明していない。・・・次に、専利法第26条第3項の判断主体は当業者と位置づけるべきであり・・・更に、専利法第26条第3項の審査は明細書全体の内容を考慮し、かつこれに基づいて明細書が明瞭であるか否か、保護する・・・技術案に対し、完全な説明をしているかを判断し、当業者が実施できる程度であるか否かを考察すべきである。・・・明細書の実施例は技術案の具体的な実施方式に対する挙例説明であり、その作用は技術案の理解及び実施の手助けとなるものであるが、概括を経てなる技術案が、概括した保護範囲内の全てを実施例で記載することが要求されるとすれば、実施例の作用を誇張し、曲解し、かつ実践することは困難である。・・・
・・・請求項の概括が適切であるか否かに対する判断は、明細書に開示された全体の内容に立脚すべきであり、具体的な実施方式、特に実施例だけに限定すべきではない。登録した特許権について、請求項が数値範囲発明に関わり、明細書は当該範囲について明確・具体的に開示し、又は当該範囲内の一部の実施例を提供し、且つ当業者が明細書の全体の内容に基づいて、発明・・・を請求項の保護範囲内まで容易に広げることができれば、相反する証拠及び理由がない限り、当該請求項は明細書の支持を得られていないと否認すべきではない。」)
【留意事項】
本事件における無効審判請求人の主張は、根拠に乏しく、言いがかりともいえるような論理であり、審判部合議体はその点を指摘しつつ的確に判断をしている。本件の結果は当然のこととしても、侵害事件がらみでは訴訟の先延ばし等のために、無理とわかりながらも無効審判制度を使うケースが多々あり、過去にはこうした根拠に乏しい審判請求でも無効になったケースがあることに注意が必要である。ちなみに、本件の特許権者は日本企業、無効審判請求人は中国企業である。
■ソース
・中国特許庁審判部無効審決2006年11月3日付第8823号http://www.sipo-reexam.gov.cn ・中国発明専利第92112424.4号(公開番号CN1033201C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.18