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中国における進歩性(創造性)の審査基準(専利審査指南)に関する一般的な留意点(後編)
2024年10月24日
■概要
中国の審査基準(専利審査指南)のうち特許の進歩性(創造性)に関する事項について、日本の審査基準と比較して留意すべき点を中心に前編・後編に分けて紹介する。ただし、本稿では、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。また、発明の認定・対比などについては、「中国における新規性の審査基準に関する一般的な留意点」を参照されたい。後編では、進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明について解説する。進歩性に関する法令等の記載個所、進歩性判断の基本的な考え方、用語の定義については「中国における進歩性(創造性)の審査基準(専利審査指南)に関する一般的な留意点(前編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/34480/)をご覧ください。■詳細及び留意点
進歩性に関する法令等の記載個所、進歩性判断の基本的な考え方、用語の定義については、「中国における進歩性(創造性)の審査基準(専利審査指南)に関する一般的な留意点(前編)」をご覧ください。
4. 進歩性の具体的な判断
4-1. 具体的な判断手順
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応する専利審査指南(中国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.2.1.1 判断方法
(2) 異なる事項または留意点
保護を請求する発明が、従来技術に比べて自明的であるかどうかを判断するには、通常は以下に挙げられる3つの手順(3ステップ法)に沿って行うことができる。2023年の審査指南の改正では、3ステップ法における、最も近い従来技術を確定する規則、発明で実際に解決する技術的課題を確定する規則、および公知の常識を示す証拠の類型などの関連規定が整備された。
(i) 最も近い従来技術を確定する
最も近い従来技術とは、従来技術において保護を請求する発明と最も密接に関連している1つの技術的解決手段をいい、これは、発明が突出した実質的特徴を有するかどうかを判断する基礎となる。
最も近い従来技術は、例えば、保護を請求する発明の技術分野と同一であり、解決しようとする技術的課題、技術的効果または用途が最も近く、発明の技術的特徴を最も多く開示している従来技術、または保護を請求する発明とは技術分野が異なるが、発明の機能を実現でき、かつ発明の技術的特徴を最も多く開示している従来技術である。
(ii) 発明の相違点および発明で実際に解決する技術的課題を確定する
審査において、発明で実際に解決する技術的課題を客観的に分析し、確定しなければならない。そのため、まずは保護を請求する発明が最も近い従来技術に比べて、どのような相違点を有するかを分析し、次に当該相違点で、保護を請求する発明において果たすことができる技術的効果に基づき、発明で実際に解決する技術的課題を確定しなければならない。この意味でいえば、発明で実際に解決する技術的課題とは、より良好な技術的効果を得るために最も近い従来技術に対して改善を行う必要のある技術的目標をいう。
審査中に、審査官が認定した最も近い従来技術は、出願人が明細書において記述している従来技術とは異なる可能性があるため、最も近い従来技術に基づいて改めて確定した、当該発明で実際に解決する技術的課題は、明細書に記述している技術的課題とは異なる可能性がある。こうした場合に、審査官が認定した最も近い従来技術に基づき、発明で実際に解決する技術的課題を改めて確定しなければならない。改めて確定する技術的課題は、各発明の具体的な状況に基づいて定めなければならない可能性がある。
(iii) 保護を請求する発明が当業者にとって自明的であるかどうかを判断する
この手順では、最も近い従来技術および発明で実際に解決する技術的課題から、保護を請求する発明が当業者にとって自明的であるかどうかを判断しなければならない。
判断の過程において確定しなければならないことは、従来技術に全体として、何らかの技術的示唆が存在するかどうかということ、つまり従来技術の中から、前述の相違点をその最も近い従来技術に適用することによりそれに存在する技術的課題(すなわち、発明で実際に解決する技術的課題)を解決するという示唆があるかどうかということであり、このような示唆は、当業者がその技術的課題に直面した時に、その最も近い従来技術を改善して、保護を請求する発明を得るよう動機づける。従来技術にこのような技術的示唆が存在する場合には、発明は自明であり、突出した実質的特徴を有さない。
4-2. 進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1. 課題の共通性
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.2.1.1 判断方法の(3)の(iii)
(2) 異なる事項または留意点
文言上の課題が共通すれば技術的示唆があるとまでは言い切れないが、下記の例で示すとおり、課題(技術問題)が同じである前提で作用が同じであると、技術的示唆があると判断できる。
【例】 保護を請求する発明が、ブレーキ表面を清浄するために使用する水を排出するための排水窪みを設けたグラファイトディスクブレーキである。発明が解決しようとする技術的課題が、摩擦によって発生する、制動を妨害するブレーキ表面のグラファイト屑を如何に除去するかということである。 引用文献1には、グラファイトディスクブレーキが記載されている。引用文献2には、金属ディスクブレーキに設けた、その表面に付着した埃を洗い流すための排水窪みが開示されている。 保護を請求する発明と引用文献1の違いは、この発明がグラファイトブレーキの表面に窪みを設けていることであるが、この相違点は引用文献2に開示されている。引用文献1のグラファイトディスクブレーキは摩擦によってブレーキ表面に屑が発生することによって、制動が妨害される。引用文献2の金属ディスクブレーキは表面に埃が付着することによって制動が妨害される。制動の妨害という技術的課題を解決するために、前者は屑を除去しなければならず、後者は埃を除去しなければならず、これは性質が同一の技術的課題である。グラファイトディスクブレーキの制動問題を解決するために、当業者は引用文献2の示唆に基づき、水で洗い流し、窪みをグラファイトディスクブレーキに設け、屑を洗い流した水を窪みから排出することに容易に想到できる。引用文献2の窪みの作用と、発明が保護を請求する技術的解決手段の窪みの作用が同じであるため、当業者には引用文献1と引用文献2を組み合わせて、この発明の技術的解決手段を得る動機がある。従って、従来技術に前述の技術的示唆が存在すると考えられる。 |
4-2-2. 作用、機能の共通性
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.2.1.1 判断方法の(3)の(iii)
(2) 異なる事項または留意点
最も近い従来技術と区別される技術的特徴が別の対比文献(副引用例)に開示されている関連の技術手段であり、当該技術手段がこの対比文献において果たす役目が、その区別される技術的特徴が保護を請求する発明において改めて確定された技術問題を解決するための役目と同じである場合には、自明であると判断される。
4-2-3. 引用発明の内容中の示唆
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.2.1.1 判断方法の(3)
(2) 異なる事項または留意点
従来技術の中から、区別される特徴(相違点)を最も近い従来技術に適用することにより、そこに存在する技術問題(即ち、発明で実際に解決する技術問題)を解決するための示唆が示されているか否かに基づいて自明であるかを判断する。
審査指南によれば、以下に挙げられる状況は通常、従来技術に前述の技術的示唆が存在すると考えられる。
(i) 相違点が公知の常識である。例えば、本分野において、当該改めて確定した技術的課題を解決する慣用手段、または教科書もしくは技術用語辞典、技術マニュアルなどの参考書に開示された、その改めて確定した技術的課題を解決するための技術的手段。 (ii) 相違点が最も近い従来技術と関連する技術的手段である。例えば、同一の引用文献のその他の部分に開示された技術的手段が当該その他の部分で果たす作用が、その相違点が保護を請求する発明においてその改めて確定した技術的課題を解決するために果たす作用と同じである。 (iii) 相違点が別の引用文献に開示されている関連の技術的手段であり、当該技術的手段がこの引用文献において果たす作用が、その相違点が保護を請求する発明においてその改めて確定した技術的課題を解決するために果たす作用と同じである。 |
実務上、以下に挙げられる状況は、通常、従来技術に前述の技術的示唆が存在しないと考えられる。
(i) 区別される技術的特徴は、他の最も近い従来技術に開示されているが、発明および/または従来技術の示唆に基づいて、該当技術的特徴の役割は、区別される技術的特徴が保護を請求する発明の中においてその技術問題を解決するための役割と異なる。 (ii) 区別される技術的特徴は、他の対比する文献に開示されているが、該当技術的特徴が、従来技術で果たす役割と発明で果たす役割とで異なる。 (iii) 区別される技術的特徴は、他の対比する文献に開示され、該当技術的特徴が従来技術で果たす役割と発明で果たす役割とが同じであるが、該当技術的特徴を最も近い従来技術に応用するには技術的な障害がある。 (iv) 最も近い従来技術の他の部分、または他の対比する文献が発明と反対の示唆をしている。 |
4-2-4. 技術分野の関連性
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応する専利審査指南(中国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.1 審査の原則
専利審査指南第二部分第四章3.2.1.1 判断方法
専利審査指南第二部分第四章4.4 転用発明
(2) 異なる事項または留意点
発明に進歩性を具備しているかどうかを評価するときには、発明の技術的解決手段そのものだけでなく、発明が属する技術分野、解決しようとする技術問題、得られる技術的効果も考慮し、発明を1つの完全体としてみなければならないとされている。
そして、最も近い従来技術を確定するときに、先ずは技術分野が同一またはそれに近い従来技術を考慮しなければならない。
実務上は、対比する文献を必ず全体として考慮し、公開された技術的解決手段だけでなく、属する技術分野、解決する技術問題、得られる技術的効果、技術的解決手段の機能や原理、各技術的特徴の選択/改良/変形等を注意すべきであり、全体として従来技術が与えた示唆を理解すべきである。すなわち、実務上でも属する技術分野に関する判断が最初の考慮要素となっている。
4-2-5. 設計変更
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章4.6 要素を変更した発明
(2) 異なる事項または留意点
日本の設計変更に類似する概念として、「要素を変更した発明」が挙げられる。
要素変更の発明には、要素関係が変化された発明(発明の形状、寸法、比例、位置および作用関係などの変化)、要素が置換された発明(公知となった製品または方法のある要素が他の公知となった要素によって置換)、要素関係の省略の発明(公知となった製品または方法の中にある1つまたは複数の要素の省略)が含まれる。
「要素を変更した発明」だからといって一律に進歩性が否定されるわけではない。判断に際しては、要素関係の変化、要素の代替と省略に技術示唆が存在しているかどうか、その技術的効果は予測できるものかどうかなどを考慮する必要がある。
4-2-6. 先行技術の単なる寄せ集め
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章4.2 組合せ発明
(2) 異なる事項または留意点
組み合わせ発明とは、従来技術に客観的に存在する技術的課題を解決するために、いくつかの技術的解決手段を組み合わせ、1つの新規な技術的解決手段を構成することをいう。
組み合わせ発明において、総体的な技術的効果が組み合わせた各部分の効果の総和であり、組み合わせた後の各技術的特徴同士に機能上相互作用の関係がなく、単純な重ね合わせにすぎないと判断される場合、あるいは、組み合わせが単に公知の構造の変形、または組み合わせが通常の技術の発展の延長線上の範囲にありかつ予測できない技術的効果が得られないと判断される場合は自明な組み合わせであり、進歩性を具備しない。
逆にいえば、組み合わせた後の発明の技術的効果が予測できない技術的効果である場合、または組み合わせた各部分の効果の総和を超える場合には非自明な組み合わせで、該当組合せ発明の進歩性が認められる可能性がある。
4-3. 進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1. 引用発明と比較した有利な効果
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1)引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.2.2 顕著な進歩の判断
専利審査指南第二部分第四章5.3 発明が、予想できない技術的効果を得ることができる発明の場合
(2) 異なる事項または留意点
発明が顕著な進歩を有するかどうかを評価する時は、主に、発明が有益な技術的効果を有しているかどうかを考慮しなければならない。以下に挙げられる状況は、通常、発明が有益な技術的効果を有し、顕著な進歩を有するものとみなさなければならない。
(a) 発明が、従来技術に比べて、より良好な技術的効果を有する。例えば、品質の改善、生産量の向上、エネルギーの節約、環境汚染の防止など。
(b) 発明で技術的構想が異なる技術的解決手段を提供しており、その技術的効果が、ほぼ従来技術の水準に達している。
(c) 発明が、何らかの新規な技術発展の傾向を表している。
(d) 発明が、何らかの側面においてマイナスの効果も有するが、その他の側面において明らかに積極的な技術的効果を有する。
また、発明が、予期できない技術的効果を得ることができるとは、従来技術に比べて、発明の技術的効果に「質」的変化が生じ、新規な性能を有するか、または予想をはるかに超える「量」的変化が生じることをいう。この「質」または「量」的変化は、当業者にとって、事前に予測または推理することができないものである。発明が、予期できない技術的効果を得ることができた場合は、発明が顕著な進歩を有することが説明されるとともに、発明の技術的解決手段が非自明的であり、突出した実質的特徴を有することも反映されるので、当該発明は進歩性を有する。
実務上は、対比文献と比較して有利な技術的効果があると主張する場合、該当技術的効果は、「区別される技術的特徴」によるものであることが前提となる。ただし、審査段階での「区別される技術的特徴」と、出願段階での「区別される技術的特徴」とが異なることが多いので、有利な技術的効果が明細書に記載されていないケースも多くある。この場合、化学分野における技術的効果のように実験データでサポートする必要があるケースを除き、実務上は、意見書のみの主張でも認められる可能性が高い。
4-3-2. 意見書等で主張された効果の参酌
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第十章3.5 補完された実験データについて
(2) 異なる事項または留意点
「専利審査指南第二部分第十章3.5 補完された実験データについて」によると、出願日の後、出願人が専利法第22条第3項、第26条第3項等の要件を満たすために実験データを補足提出した場合、審査官は考慮しなければならない。ただし、補足提出した実験データが証明する技術的効果は、属する技術分野の技術者が専利出願の公開内容から得られるものでなければならない。
すなわち、出願日後の実験データの補足提出を全て認めるわけではなく、該当実験データが証明しようとする技術的効果が明細書に明確に記載されているか、属する技術分野の技術者が専利出願の公開内容から得られるものでなければならない。
4-3-3. 阻害要因
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章5.2 発明で技術的偏見を解消した場合
(2) 異なる事項または留意点
技術的偏見とは、特定の時期、特定の技術分野において、特定の技術的課題に対して普遍的に存在し、客観的事実から偏った技術者の認識をいい、それは他の側面にある可能性を考慮させないようにすることで、当該技術分野の研究および開発を妨害する。発明でこうした技術的偏見を解消し、技術的偏見のために見放されていた技術的手段を採用することにより技術的課題を解決できるのであれば、この発明は突出した実質的特徴と顕著な進歩を有し、進歩性を有する。
実務上は、区別される技術的特徴が果たす役割と、他の対比文献(副引用例)に開示された対応する技術的特徴が従来技術で果たす役割とが同じであるとしても、他の対比文献に開示された対応する技術的特徴を最も近い従来技術に応用するには技術的障害(阻害要因)がある場合は、技術的示唆がないと判断される。さらに、最も近い従来技術の他の部分または他の対比文献が発明と反対の示唆をした場合には技的術障害があり、技術的示唆がないと判断される。
4-3-4. その他
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なる専利審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章5.1 発明の創造性を判断する時に考慮すべきその他の要素
(2) 異なる事項または留意点
人々がずっと解決を渇望していたが、終始成功が得られなかった技術的難題を解決した発明は、突出した実質的特徴と顕著な進歩を有するため、進歩性が認められる。
4-4. その他の留意事項
4-4-1. 後知恵
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章6.2 「後知恵」を避ける
(2) 異なる事項または留意点
発明の進歩性を審査する時に、審査官は発明内容を理解した上で判断しているため、発明の進歩性を低めに推定しやすく、「後知恵」の過ちを犯しやすい。主観的要素の影響を減らすかまたは避けるために、発明の進歩性に対する評価は、発明の分野の当業者が出願日以前の従来技術に準拠し、発明と比較した上で行うことを、審査官はしっかりと覚えておかなければならない。
実務上、「3ステップ法」で進歩性を判断することは、審査官が客観的な角度で進歩性を評価するためである。そのため、「3ステップ法」の判断において発明が解決しようとする技術問題を新たに確定する際に、技術手段を技術問題の一部にしてはならない。このようにすることは、日本でいう「動機づけ」の中に「課題解決手段」を含めてしまうことに他ならないから、「後知恵」とみなされる。
発明者は様々な方法で従来技術に基づいて発明を完成するので、発明の形成過程を理解することは進歩性の判断に役立つ。新しい考案やまだ認識されてない技術問題に対する認識、既知の技術問題のために新たな解決手段を設計することに対する認識、既知現象の内在原因を発見することに対する認識は、いずれも発明の出発点として利用できる。
4-4-2. 主引用発明の選択
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章3.2.1.1 判断方法(1) 最も近い従来技術を確定する
(2) 異なる事項または留意点
前述の「4-1.具体的な判断手順」の(2)の「(i) 最も近い従来技術を確定する」で記載したように、最も近い従来技術とは、従来技術において保護を請求する発明と最も密接に関連している1つの技術的解決手段をいい、これは、発明が突出した実質的特徴を有するかどうかを判断する基礎となる。
しかし、実務上は、最も近い従来技術の確定は、属する技術分野、解決する技術問題、技術効果または用途、公開された技術特徴の4つの面で考慮すべきである。通常は、以下の順番に基づいて最も近い従来技術が確定される。
(i) 技術分野が同じまたは近い従来技術を優先的に考慮する。技術分野が同じまたは近い場合には、解決しようとする技術問題、技術効果または用途が最も近い従来技術を優先的に考慮し、次に開示する技術特徴が最も多い従来技術を優先的に考慮する。
(ii) 技術分野が同じまたは近い従来技術がない場合には、技術分野が異なるが、発明の効果が実現できかつ発明の技術特徴を最も多く開示している従来技術を考慮する。さらに、従属請求項も含めて最も近い従来技術を確定してもよい。
なお、以前は先行技術文献によって最も近い従来技術を確定した後、区別される技術特徴を公知である常識、慣用手段、常用技術とで判断して進歩性を否定する傾向があったが、最近はこのような拒絶理由が明らかに少なくなっていることから、内部規程などで禁止されていると予測する。
4-4-3. 周知技術と論理付け
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
前編の「3-3. 周知技術及び慣用技術」を参照されたい。
4-4-4. 従来技術
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章2.1 従来技術
(2) 異なる事項または留意点
専利法第22条第3項でいう従来技術とは、専利法第22条第5項および本部分第三章 2.1で定義した従来技術を指す。
専利法第22条第2項でいうような、出願日以前に任意の機構または個人が専利局に出願を提出しており、かつ出願日以降に公開された専利出願書類または公告された専利文献に記載された内容は、従来技術に該当しないため、発明の進歩性の評価時には考慮しないものとする。
4-4-5. 物の発明と製造方法・用途の発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章4.5 既知の製品の新規用途発明
(2) 異なる事項または留意点
既知の製品の新規用途発明とは、既知の製品を新しい目的に用いた発明をいう。
既知の製品の新規用途発明の進歩性を判断する時は、通常は、新規用途と従来用途の技術分野が離れているか近いか、新規用途によりもたらされる技術的効果などを考慮する必要がある。
(a) 新規用途が既知の材料の既知の性質を利用するものに過ぎないのであれば、当該用途発明は進歩性を有さない。
(b) 新規用途が既知の製品の新規に発見された性質を利用しており、かつ予期できない技術的効果が得られる場合、この用途発明は突出した実質的特徴と顕著な進歩を有し、進歩性を有する。
化学や医薬分野には製造方法・用途発明に関する特別な規定があるが、これらの技術分野以外の分野における審査には特にない。また、物の進歩性が認められると、通常、その製造方法や用途の進歩性も認められる点は日本と同様である。
4-4-6. 商業的成功などの考慮
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章5.4 発明で商業上の成功を遂げた場合
(2) 異なる事項または留意点
発明の製品で商業上の成功を遂げた場合に、この成功が、発明の技術的特徴により直接的にもたらされたものであれば、発明が有益な効果を有することを反映しているとともに、発明が非自明的であることも説明され、したがって、このような発明は、突出した実質的特徴と顕著な進歩を有し、進歩性を有する。ただし、商業上の成功が、販売技術の改善または広告宣伝など、他の理由によりもたらされた場合には、進歩性の判断の根拠としてはならない。
5. 数値限定
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応する専利審査指南の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
数値限定については、新規性判断時の数値限定とほぼ同じ判断が行われている。すなわち、日本の審査基準とは異なり、数値範囲が公開されず明細書に臨界値の技術的効果が記載されていれば、その進歩性が認められる傾向にある。
6. 選択発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応する専利審査指南(中国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された専利審査指南の場所
専利審査指南第二部分第四章4.3 選択発明
(2) 異なる事項または留意点
選択発明とは、従来技術に開示されている広い範囲の中から、従来技術では言及していない狭い範囲または個別のものを目的に応じて選んだ発明をいう。
選択発明の進歩性を判断する時は、選択によりもたらされる予期できない技術的効果が、考慮する主な要素となる。
(a) 発明において、既知のいくつかの可能性の中から選択しているに過ぎない、または、発明において、同一の可能性を持ついくつかの技術的解決手段の中から1つを選択しているに過ぎず、選択された技術的解決手段が予期できない技術的効果を得ることができない場合、当該発明は進歩性を有さない。
(b) 発明が、可能な限られた範囲から具体的な寸法、温度範囲またはその他のパラメータを選択したものであり、これらの選択が、当業者が通常の手段により得ることができるものであり、かつ予期できない技術的効果を得ることができない場合、当該発明は進歩性を有さない。
7. その他の留意点
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。
7-1. 請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「中国における新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「3.請求項に記載された発明の認定」を参照されたい。
7-2. 引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「中国における新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「4.引用発明の認定」を参照されたい。
7-3. 請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「中国における新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」の「5-1. 対比の一般手法」を参照されたい。
8. 追加情報
これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、または専利審査指南に特有の事項ついては、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特に記載はない。
■ソース
・中国専利審査指南(2023年改正)(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20240120_2.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20240120_1.pdf
・日本国特許・実用新案審査基準(第III部 第2章 第2節 進歩性)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf#page=1
・日本国特許・実用新案審査基準(第III部 第2章 第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0204bm.pdf#page=14
「参考情報」
・「中国における新規性の審査基準(専利審査指南)に関する一般的な留意点(前編)」
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/33728/
・「中国における新規性の審査基準(専利審査指南)に関する一般的な留意点(後編)」
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/33755/
■本文書の作成者
北京銀龍知識産権代理有限公司■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.07.05