アジア / 出願実務
中国におけるパリルート出願とPCTルート出願の手続の相違点
2024年10月15日
■概要
外国出願人が中国に特許または実用新案の出願を行う際、パリ優先権を主張して出願する方法(以下「パリルート出願」という。)と、PCT出願の中国国内段階への移行によって中国に出願する方法(以下「PCTルート出願」という。)がある。パリルート出願とPCTルート出願の手続上の相違点は、以下のとおりである。■詳細及び留意点
1. 出願方法
(1) パリルート出願
特許、実用新案のパリルート出願(中国専利法(以下「専利法」という。)第29条)では、出願の願書において専利類型(特許/実用新案のいずれか)を指定しなければならない。出願の願書において専利類型を指定しなければ、国家知識産権局(中国語「国家知识产权局」、以下「CNIPA」という。)は、その出願を受理しない(専利法実施細則(以下「実施細則」という。)第44条第1項6号)。また、同一の発明/考案について、特許と実用新案を同日に出願する(特実同日出願)ことができる(専利法第9条第1項)。ただし、出願の願書にお互いに他方の出願がある旨を声明しなければならない(実施細則第47条第2項)。
2023年の実施細則の改正により、特許または実用新案の出願人は、優先権を主張した場合、優先日から16か月以内、または出願日から4か月以内に、願書における優先権主張の追加または補正を請求することが可能となった(実施細則第37条)。
(2) PCTルート出願
特許、実用新案のPCTルート出願は、中国国内段階への移行時に特許または実用新案のいずれかを選択する(実施細則第121条第1項第1号)。ただし、中国国内段階に移行した後、専利類型の変更はできない。また、PCTルート出願の中国国内段階への移行に際しては、特許と実用新案の同日出願をすることができないと実務上解されている。
2. 出願期限
(1) パリルート出願
特許、実用新案のパリルート出願の場合、出願人が外国で最初に出願した日から12か月以内にCNIPAに出願しなければならず、当該期限が過ぎた場合、優先権の主張は認められなくなる(専利法第29条)。なお、当該期限は延長することができない。
2023年の実施細則の改正により、出願人が専利法第29条に規定する期間外に、正当な理由をもって、CNIPAに同一の主題について特許または実用新案の出願を行う場合、期間の満了日から2か月以内に、優先権の回復を請求することができることになった(実施細則第36条)。
(2) PCTルート出願
PCTルート出願の場合、PCT出願の優先日から30か月以内に中国国内段階への移行手続を行わなければならない(実施細則第120条)。なお、優先日から30か月以内に中国国内段階への移行手続を行わなかった場合、期間延長料(CNY1000)を納付して2か月の猶予期間を利用すれば、最長で優先日から32か月以内に中国へ移行することも可能である。2か月の猶予期間を利用するにあたっては、別途、期間延長手続を行う必要はなく、期間延長料を中国国内段階への移行時に納付することによって、自動的に2か月猶予される。
2023年の実施細則の改正により、国際出願日が優先期間の満了から2か月以内である国際出願について、国際段階において受理官庁が優先権の回復を認めている場合には、実施細則第36条の規定に基づく優先権の回復請求を行ったとみなされることになった(実施細則第128条)。
また、出願人が国際段階において優先権の回復を請求しなかったか、または、回復請求が受理官庁に認められなかった場合、出願人は正当な理由があれば、移行日から2か月以内にCNIPAに優先権の回復を請求することが可能となった(実施細則第128条)。
3. 基礎出願の出願書類の謄本の提出
(1) パリルート出願
パリルート出願の場合、出願時に書面による声明を提出し、かつ最初に専利出願を提出した日から16か月以内に優先権を主張する基礎出願の出願書類の副本を提出しなければならない(専利法第30条第1項)。期限内に提出しない場合、優先権は主張しなかったものとみなされる(専利法第30条第3項)。なお、日本および中国はともにWIPOのデジタルアクセスサービス(DAS)の参加国なので、DASを利用することもできる※1。
※1 WIPOのデジタルアクセスサービス(DAS)については、下記の関連記事を参照されたい。
関連記事:「中国における優先権書類の提出方法―デジタルアクセスサービス(DAS)について」(2022.01.04)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/21331/
(2) PCTルート出願
PCTルート出願の場合、通常、CNIPAはWIPOから優先権の基礎出願の出願書類の謄本を受け取るため、出願人は基礎出願の出願書類の副本を提出する必要はない(実施細則第127条第3項)。
4. 自発補正の時期
(1) パリルート出願
パリルート出願の場合、PCTルート出願とは異なり、特許協力条約第28条、または第41条に基づく自発補正の機会がない。パリルート出願の自発補正可能な時期は、以下のとおりである。
(a) 特許出願の場合
実体審査請求時(実施細則第57条第1項)
CNIPAによる実体審査に入った旨の通知書を受領した日から3か月以内(実施細則第57条第1項)
(b) 実用新案の場合
出願日から2か月以内(実施細則第57条第2項)
2023年の実施細則の改正により、特許または実用新案出願が、請求の範囲、明細書、あるいはその一部の内容を欠き、または誤って提出しているにもかかわらず、出願人が出願日に優先権を主張している場合、提出日から2か月以内、またはCNIPAが指定した期限内に、先の出願の書類を援用する方式で補充提出することが可能になった(実施細則第45条)。補充提出した書類が関連の規定に適合する場合、最初に提出した書類の提出日が出願日とみなされる。
(2) PCTルート出願
(a) 特許出願の場合、以下の3つの時期に自発補正を行うことができる。
・PCT出願の中国国内段階への移行時(特許協力条約第28条、第41条、審査指南第3部第1章5.7)
・実体審査請求時(実施細則第130条第2項による実施細則第57条第1項)
・CNIPAによる実体審査に入った旨の通知書を受領した日から3か月以内(実施細則第130条第2項による実施細則第57条第1項)
(b) 実用新案出願の場合、以下のような2つの時期に自発補正を行うことができる。
・PCT出願の中国国内段階への移行時(特許協力条約第28条、第41条、審査指南第3部第1章5.7)
・中国に移行した日から2か月以内(実施細則第130条第1項)
前述のとおり、2023年の実施細則の改正により、特許および実用新案のパリルート出願において先の出願の書類を援用する方式で補充提出することが可能になった(実施細則第45条)。PCTルート出願でも、実務上は、国際段階において追加提出が認められている場合には、国内段階への移行の際にも補充提出が認められる。
5. 誤訳訂正
(1) パリルート出願
パリルート出願の特許または実用新案出願では、中国出願時に出された中国語明細書が出願書類に該当するため、誤訳訂正を行うことができない。
(2) PCTルート出願
PCTルート出願は、PCT出願時に提出された外国語書面が出願書類に該当するため、中国国内段階への移行時に誤訳がある場合、誤訳訂正を行うことができる。誤訳訂正は、自発的な訂正と拒絶理由通知に応答する訂正とに大別できる(審査指南第3部第2章5.7)。
(a) 自発的な訂正
以下の期間に自発的な訂正を行うことができる。
・CNIPAでの特許出願の公開作業が完了するまでの間(実施細則第131条第1項第1号)
・CNIPAによる特許出願が実体審査に入った旨の通知書を受領した日から3か月以内(実施細則第131条第1項第2号)
(b) 拒絶理由通知に応答する訂正
実体審査において、出願書類に翻訳による不備がある場合、審査官により、誤訳訂正手続を行うよう、拒絶理由通知書にて要求される。拒絶理由通知書に応答する所定の期間内に誤訳訂正手続を行わなければ、その出願は取下げられたものとみなされる(実施細則第131条第3項)。
また、実務においては、上記(a)と(b)以外に、出願人は拒絶理由通知を検討する際に誤訳があることを自ら発見した場合、誤訳訂正手続を特許出願が登録されるまでに行えば通常認められる。
6. 日中PPH(CNIPAへの申請)の利用
(参考:「日中特許審査ハイウェイ試行プログラムについて(日本国特許庁)」)
(1) パリルート出願
パリルートの特許出願では、出願人は基礎出願の日本国特許庁の審査書類と審査結果に基づき、CNIPAにPPHを請求することができる※2。
※2 中国へのPPHによる特許出願の詳細は、下記の関連記事を参照されたい。
関連記事:「中国における早期審査のための「特許審査ハイウェイ(PPH)」活用」(2022.11.22)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/27133/
(2) PCTルート出願
PCTルートの特許出願については、日本基礎出願の優先権が主張された場合、出願人が日本国特許庁の当該基礎出願に対する審査書類と審査結果に基づき、またはPCT国際段階の調査結果または国際予備審査の結果や審査書類に基づき、PPHを請求することができる。つまり、PCTルート出願の場合、パリルート出願の場合に比べて、出願人はより便利で、より有利な審査結果を利用して、PPHを請求することができる。
7. 料金※3
(1) パリルート出願
特許出願の官庁費用はCNY900、代行手数料(目安)はCNY4,500である。
(2) PCTルート出願
特許出願の国内移行後における実体審査段階の官庁費用はCNY1,200、代行手数料は自己設定である。
※3 官庁費用と代行手数料の詳細は下記の関連記事を参照されたい。
関連記事:「中国における専利(特許、実用新案、意匠)出願関連の料金表」(2022.11.17)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/27104/
なお、日本の出願人にとっては参考情報になるが、CNIPAが受理官庁として受理した国際出願については、国内段階移行時に支払う出願費と出願付加費は免除される(審査指南第3部第1章7.2.1)。また、CNIPAによる国際調査報告および国際調査機関の見解書が出されたPCT出願については、中国移行後の実体審査の請求手数料は無料である(審査指南第3部第1章7.2.2)。
8. 留意事項
中国に特許または実用新案を出願する際に、パリルート出願、PCTルート出願のいずれを利用すべきかについては、誤訳訂正の観点からみれば、PCTルート出願を利用した方が、万が一、誤訳が発生した場合に誤訳訂正のチャンスが保証されているため、パリルート出願に比べてメリットがあるといえる。
一方、費用の観点からみると、PCTルート出願の場合、PCT出願自体にも費用が発生するため、出願する予定の国が少ないほど出願費用は割高になる。したがって、出願する予定の国が少ない場合は、パリルート出願を利用した方が良いといえる。
■ソース
・中国専利法(2020年改正)(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/regulation20210601.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/20210601_jp.pdf
・中国専利法実施細則(2023年12月11日改正)
(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/origin/admin20240120_1.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/admin/20240120_1.pdf
・中国専利審査指南(2023改正)
第3部第1章 国内段階に移行された国際出願の方式審査と事務処理
第3部第2章 国内段階に移行された国際出願の実体審査
(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20240120_2.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20240120_1.pdf
・特許協力条約
https://www.wipo.int/export/sites/www/pct/ja/docs/texts/pct.pdf
・日中特許審査ハイウェイ試行プログラムについて(日本国特許庁)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/pph/japan_china_highway.html
・国務院専利行政部門ウェブサイト 専利および集積回路設計に関する支払手続ガイド(料金表)
(中国語)https://www.cnipa.gov.cn/module/download/down.jsp?i_ID=171803&colID=1518
・代行手数料(「涉外专利代理服务统一收费标准」)(官費は上記サイトの料金が基準)
https://wenku.baidu.com/view/0039e51bfad6195f312ba6d2.html
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■本文書の作成者
日本国際知的財産保護協会■協力
北京林達劉知識産権代理事務所■本文書の作成時期
2024.06.25