アジア / 出願実務
インドにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
2024年06月04日
■概要
インドの特許出願の審査基準のうち進歩性に関する事項について、日本の特許・実用新案審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。後編では、進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点について解説する。進歩性に関する審査基準の記載個所、基本的な考え方、用語の定義については、「インドにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/39216/)を参照されたい。■詳細及び留意点
(前編から続く)
4. 進歩性の具体的な判断
4-1. 具体的な判断基準
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許庁実務マニュアル9.3.3.2
(2) 異なる事項または留意点
インド特許庁実務マニュアルでは、Cipla Ltd. vs. F. Hoffmann-La Roche Ltd. & Anr. on 27 November, 2015(RFA (OS) Nos.92/2012 & 103/2012)を引用して、客観的な進歩性の判断手順を説明している。
発明の進歩性が欠如している、すなわち発明が自明であるかは、厳密かつ客観的に判断されなければならない。進歩性を判断する際には、発明を全体として見ることが重要である。したがって、発明全体として進歩性を有するか否かを判断するには、以下の点を客観的に判断する必要がある。
1)審査官は、「当業者」、すなわち「単なる職人とは区別される有能な職人または技術者」を特定する。
2)審査官は、優先日における当業者の技術分野に関連する技術常識を特定する。
3)審査官は、対象とするクレームの発明概念を特定するか、それが難しい場合にはそれを解釈する。
4)審査官は、「技術水準」の一部を形成するものとして引用された事項と、クレームの発明概念または解釈される発明概念との間にどのような相違点が存在するのかを特定する。
5)次に、審査官は、クレームに記載された発明について何の知識も有さずに発明を見た場合に、それらの相違点が当業者にとって自明と言えるか、あるいはある程度の創意工夫を必要とするのかを判断する。
4-2. 進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1. 課題の共通性
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
「課題の共通性」について、インドの審査官も 日本と同様のアプローチを採用していると考えられる。
したがって、クレームされた発明の課題が新規なものであり、その課題が従前に当業者によって認識または着想されなかった場合は、進歩性を裏付ける論拠となり得る。インドにおいて進歩性を主張する場合、クレームされた発明が、既存の先行技術が扱っていない新規な課題を解決しようとするものであること、または実質的に異なる課題を扱っていることを強調することが有益である。最も近い先行技術が異なる技術分野のものである場合や、異なる問題・課題を扱っている場合、その先行技術とクレームされた発明との相違点に係る発明が当業者にとって自明でなかった理由を強く主張することが極めて重要である。
4-2-2. 作用、機能の共通性
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない
(2) 異なる事項または留意点
インドの特許実務では、複数の文献を検討する場合、一般に、文献の教示を組み合わせることが、当業者にとって自明であったか否かが焦点となる。2つの先行技術が類似の作用や機能を有し、それらの教示を組み合わせることで発明が自明となる場合、進歩性が疑われる可能性がある。これは、2つの文献が類似の機能や作用を扱っている場合、当業者であれば、それらの教示を組み合わせたり、関連付けたりすることが論理的であると考えるかもしれないという理由による。
4-2-3. 引用発明の内容中の示唆
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない
(2) 異なる事項または留意点
日本の実務と同様に、先行技術文献が、特定の技術、方法、特徴の組み合わせを示唆している場合(日本の審査基準にある「主引用発明」に「副引用発明」を適用する場合に概ね該当する。)、クレームされた発明が、当業者にとって自明であった可能性があることを示す有力な指標となり得る。このような示唆は、直接的、明示的なヒントであることもあれば、先行技術の全体的な教示に基づくより暗黙的な示唆であることもある。
4-2-4. 技術分野の関連性
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
該当する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドの特許法やガイドラインには、日本の「技術分野の関連性」のような概念が詳述されているわけではないが、本質は似ていると考えられる。インドにおいても、主たる先行技術の課題を解決するために、主たる先行技術に関連する技術分野の技術的手段を、主たる先行技術に適用しようとすることは、当業者の通常の創作性の発揮とみなされる。特に、先行技術に、当業者がその中の文献や要素を組み合わせることを導くような教示、示唆が存在する場合、クレームされた発明は自明とみなされる可能性がある。
4-2-5. 設計変更
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許庁実務マニュアル9.3.3.2
(2) 異なる事項または留意点
インド特許庁実務マニュアルによれば、発明が、利用可能な先行技術に基づいた、当業者による現場における日常的な改良が必要な程度であれば、進歩性は欠如している。
設計変更に関する日本の審査基準との類似点は、次のとおりである。
(i) インド特許制度の枠組みでは、既知の材料から最適な材料を選択するだけで、特に選択した材料が予想外の結果をもたらさない場合、進歩性を欠くとみなされる可能性がある。その根拠は、当業者であれば当然そのような選択をするはずだからである。
(ii) 日本の審査基準と同様に、クレームされた発明が、既知の数値範囲を単に変更したもので予測可能な効果に過ぎない場合、進歩性があるとはみなされない可能性がある。
(iii) ある発明において、ある材料を既知の同等品に置き換えることが、その技術分野において日常的に行われていることである場合、インド特許庁はそれを進歩性がないとみなす可能性がある。これは、当業者にとっては自明なステップと認識されるであろう。
4-2-6. 先行技術の単なる寄せ集め
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許庁実務マニュアル9.3.3.2
(2) 異なる事項または留意点
「設計変更」の場合と同じで、前述のとおり、発明が利用可能な先行技術に基づいた、当業者による現場での日常的な改良が必要な程度であれば、進歩性は欠如している。
関連する裁判例は、Biomoneta Research Pvt Ltd. and Anr vs. Controller General of Patents Designs and Anr (C.A.(COMM.IPD-PAT) 297/2022) がある。この訴訟において、デリー高等裁判所は、対象となる発明が、引用された先行技術の単なる現場での改良であるか、または既存の方法の単なる応用であるかを審理した。先行技術文献D1からD3は当該発明と同じ技術分野に属しており、先行技術文献として的確であると認定された。問題の核心は、D1の特徴とD2およびD3の特徴を寄せ集めることが、当該技術分野の当業者にとって明らかかどうかを判断することであった。審議の際、裁判所は、進歩性のある組み合わせと単なる並置または集約との区別に関するEPOのガイドラインを参照した。また、先行技術の阻害要因を克服する当該発明の特徴などの二次的な要因も考慮した。その結果、裁判所は、審査官がD1からD3の組み合わせによる発明は進歩性が欠如していると判断したたことを覆し、先行技術と当該発明との相違点に関して進歩性の存在を肯定した。
4-2-7. その他
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なるインド特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
4-3. 進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1. 引用発明と比較した有利な効果
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1) 引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インド特許法第2条(1)(ja)の「進歩性」の定義を考慮すると、インドにおける実務では、進歩性を判断する際には、対象とする発明の先行技術に対する技術的利点または有利な効果が非常に重要になる。
Biomoneta Research Pvt Ltd. and Anr vs. Controller General of Patents Designs and Anr (C.A.(COMM.IPD-PAT) 297/2022)では、有利な効果は二次的考慮要素であるとしつつ、「二次的な考慮要素だけでは、発明は特許を受けることができないが、一連の従前の方法が新しく組み合わされて収益性の高い方法とされた場合には、特許が付与される可能性がある、というのが法律で確立された見解である」として進歩性を認めている。
4-3-2. 意見書等で主張された効果の参酌
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
日本と同様に、意見書において主張・立証された先行技術に対する発明の有利な効果が、特許出願(すなわち、明細書又は図面)において明示的に記載されている場合、審査官は、進歩性の判断において、それらを考慮する。
有利な効果が、特許出願に明示的に記載されてはいないが、提出された明細書または図面に基づいて、当業者が合理的に推論できる場合、審査官の裁量に従って、それらも考慮することができる。
効果が、明細書に記載されておらず、また当業者が明細書や図面から推測できない場合、通常、進歩性の評価では考慮されない。化学分野や生命工学分野の特許出願では、効果の証拠として追加のデータや実験結果を宣誓供述書と共に提出することができる。ただし、その効果は明細書に裏付けがなければならない。
4-3-3. 阻害要因
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査基準には、阻害要因に関する具体的な記述はないが、特許実務によれば、一次先行技術に対する二次先行技術の適用を阻害する要因は進歩性の存在を裏付けるものである。日本同様、インドにおいても、阻害要因を考慮した上で、当業者がクレーム発明を容易に想到することが十分に推認される場合には、クレームの発明は進歩性を否定される。
4-3-4. その他
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なるインド特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査基準に記述はないが、Avery Dennison Corporation vs. Controller of Patents and Designs (C.A. (COMM.IPD-PAT) 29/2021)において、デリー高等裁判所は、「単純な変更が、長い間誰も考えつかなかった予測不可能な効果をもたらした場合、裁判所は発明が自明でないと判断する方向に傾くであろう。」と判示している。
4-4. その他の留意事項
4-4-1. 後知恵
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査基準には、日本の審査基準のように明確に規定されていないが、実務上、特許審査において後知恵の概念が認められている。
長年にわたり、インドの裁判所は、後知恵は許されないとする様々な判決を下してきた。
Farbewerke Hoechst Aktiengesellschaft Vormals Meister Lucius and Bruning A Corporation Etc vs. Unichem Laboratories (AIR 1969 Bombay 255)において、ボンベイ高等裁判所は、後知恵による分析や再構築に頼って、訴訟の対象とされる特許自体の教示をガイドとして事後的に当該特許に到達し、自明性の欠如を理由に特許を無効とすることに注意を促している。
さらに、Novartis Ag & Another vs. Natco Pharma Limited (CS(COMM) 256/2021, I.A. 6980/2021)では、「自明性の判断において、後知恵による分析は許されない。言い換えれば、訴訟特許が自明性の欠如を理由に無効となる可能性があるかどうかを評価する際に、訴訟特許の教示を参考にすることはできない。もし、訴訟特許の教示を参照しなければならないのであれば、それは後知恵分析であることを意味する。」と判事した。
4-4-2. 主引用発明の選択
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドにおいて、クレームされた発明に最も近い先行技術とされる、一次先行技術とは、一般に、クレームされた発明と同一または類似の課題を取り扱うもので、それが同一または類似の技術分野に関連する場合もあり得る。日本の審査基準と同様に、選択された一次先行技術がクレームされた発明と著しく異なる技術分野のものであったり、著しく異なる課題の解決を目的とするものであったりする場合、その先行技術とクレームされた発明とを結びつける理由付けを確立することが困難になる可能性がある。
4-4-3. 周知技術と論理付け
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドにおいても同様に、審査官は、設計変更等の根拠として引用された先行技術が周知であるという理由だけで、進歩性の有無の検討を省略すべきではない。
4-4-4. 従来技術
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
出願人は、発明の背景を説明し、既存の解決策に関連する課題を特定するために、特許明細書の従来技術欄で関連する従来技術を引用することがよくある。インド特許庁は通常、そのような承認を自白として扱うため、その技術または方法は技術水準の一部と見なすことができる。
4-4-5. 物の発明と製造方法・用途の発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドでは、特許出願の各独立クレームは、それが製品に関するものであれ、製造方法に関するものであれ、新規性、進歩性、産業上の利用可能性について個別に審査される。製品の発明の進歩性は、その製造方法の発明に自動的に進歩性を付与するものではない。
さらに、ある製品がインドでは一定の要件により特許にならない場合でも、その製品を製造するための方法が、特許要件をすべて備えていれば、特許される可能性がある。なお、用途クレームはインドでは特許が認められない。
4-4-6. 商業的成功などの考慮
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドでは、商業的成功は二次的考慮要素として裁判例で認められている。F Hoffmann-La Roche Ltd., Switzerland & Another vs. Cipla Ltd., Mumbai Central, Mumbai (2012 (52) PTC 1)において、デリー高等裁判所は、医薬品の世界的な商業的成功を認め、それを特許の非自明性を裏付ける要因とした。裁判所は、商業的成功はそれだけで非自明性を決定するものではないが、発明者による意図的な研究と革新を示唆する「付随的状況」として機能すると指摘した。この裁判例は、インドの裁判所が、特許の進歩性を判断する際に、商業的成功を補足要素としてどのように考えるかを示していると言える。
5. 数値限定
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドにおける実務は、基本的には日本と同じである。クレームされた発明の特徴が数値限定のみにある場合、クレームされた数値限定による効果は、先行技術に開示されておらず、出願時の技術水準から当業者が予測することができない有利な効果でなければならない。そのような技術的効果は、先行技術とは異なる性質か、同じ性質の効果であれば先行技術より著しく優れていなければならない。
6. 選択発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
F Hoffmann-La Roche Ltd., Switzerland & Another vs. Cipla Ltd., Mumbai Central, Mumbai (2012 (52) PTC 1)において、デリー高等裁判所は、選択発明は次の場合は自明であると指摘した。
(a)対象となる発明の選択が、公知の先行技術の事例から選択されている場合
(b)選択された発明が、例示された公知の範囲から大きく離れておらず、むしろ、公知の範囲に近い場合
(c)その選択範囲は、発明者のいかなる目的に基づくものでもなく、単に化合物を恣意的に抽出したものにすぎない場合
さらに、より最近のFMC Corporation & Another vs. Best Crop Science LLP And Others (I.A. 2084/2021,CS(COMM) 69/2021)で、デリー高等裁判所は、選択発明について「インド特許法は「選択特許」について特に言及していないが、(a)マーカッシュ形式クレームから選択された一つの発明が法上の「発明」の定義を満たし、(b)インド特許法第2条第(j)項および第(ja)項における「進歩性」を満たし、(c)インド特許法第64条が想定する取消の要件のいずれにも該当しない限り、その発明は特許可能である。したがって、re.I.G. Farbenindustrie A.G.’s Patents (1930), 47 R.P.C 289 (Ch. D.)に列挙されている選択特許の特許性の基準が、我が国においても適用されない理由はない。」と判示した。
参考として、上記Farbenindustrie訴訟において、英国高等法院が示した、選択特許が有効であるために満たさなければならない3つの要件は次のとおりである。
1)マーカッシュ形式クレームから選択された要素を使用することによって確保される実質的な効果、または回避される実質的な不利益がなければならない。
2)若干の例外はあったとしても、選択された要素の全体について、課題に対する有利な効果を有していなければならない。
3)選抜された複数の要素は、特別な性質を有する資質に関するものでなければならない。同じ効果を有する少数の非選択化合物が発見されたとしても、選択特許が無効になることはない。しかし、多数の未選択化合物が同じ利点を有することが明らかになった場合、選択特許で請求された化合物の資質は、特別な性質を有するものではない。
7. その他の留意点
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。
7-1. 請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
「インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「3. 請求項に記載された発明の認定」を参照されたい。
7-2. 引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
「インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「4. 引用発明の認定」を参照されたい。
7-3. 請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
「インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「5. 請求項に係る発明と引用発明との対比」を参照されたい。
8. 追加情報
これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはインドの審査基準に特有の事項については、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特になし。
■ソース
・インド特許出願調査及び審査ガイドライン2015https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/IPOGuidelinesManuals/1_34_1_guidelines-draftSearch-examination-04march2015.pdf(英語)
・インド特許庁実務及び手続マニュアル(ヴァージョン3.0、2019年11月26日)
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/Images/pdf/Manual_for_Patent_Office_Practice_and_Procedure_.pdf(英語)
・インド特許法
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/ev/sections-index.html(英語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo.pdf(日本語)
・Cipla Ltd. vs. F. Hoffmann-La Roche Ltd. & Anr. (RFA (OS) Nos.92/2012 & 103/2012)
https://indiankanoon.org/doc/57798471/(英語)
・Biomoneta Research Pvt Ltd. vs. Controller General of Patents Designs and Anr (C.A.(COMM.IPD-PAT) 297/2022)
https://indiankanoon.org/doc/152831351/(英語)
・Avery Dennison Corporation vs. Controller of Patents and Designs (C.A. (COMM.IPD-PAT) 29/2021)
https://indiankanoon.org/doc/169801355/(英語)
・Farbewerke Hoechst Aktiengesellschaft Vormals Meister Lucius and Bruning A Corporation Etc vs. Unichem Laboratories (AIR 1969 Bombay 255)
https://indiankanoon.org/doc/865758/(英語)
・Novartis Ag & Another vs. Natco Pharma Limited (CS(COMM) 256/2021, I.A. 6980/2021)
https://indiankanoon.org/doc/104159826/(英語)
・F Hoffmann-La Roche Ltd. Switzerland & Another vs. Cipla Ltd. Mumbai Central Mumbai (2012 (52) PTC 1)
https://indiankanoon.org/doc/123231822/(英語)
・FMC Corporation & Another vs. Best Crop Science LLP And Others (I.A. 2084/2021, CS(COMM) 69/2021)
https://supremetoday.ai/doc/judgement/01100067769(英語)
・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/all.pdf
■本文書の作成者
KAN&KRISHME■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.01.12