アジア / 出願実務
インドにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
2024年06月04日
■概要
インドの特許出願の審査基準のうち進歩性に関する事項について、日本の特許・実用新案審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。前編では、進歩性に関する審査基準の記載個所、基本的な考え方、用語の定義について解説する。進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「インドにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/39218/)を参照されたい。■詳細及び留意点
1. 記載個所
発明の進歩性については、インド特許法第2条(1)(j)および(ja)に規定されている。
第2条 定義及び解釈 (1)(j)「発明」とは、進歩性を含み、かつ、産業上利用可能な新規の製品又は方法をいう。 (ja)「進歩性」とは、現存の知識と比較して技術的進歩を含み若しくは経済的意義を有するか又は両者を有する発明の特徴であって、当該発明を当該技術の熟練者にとって自明でないものとするものをいう。 (第2条の他の項号は省略) |
進歩性に関する審査基準については、「インド特許出願調査及び審査ガイドライン」(以下、「インド特許審査ガイドライン」という。)の「3.4.2 進歩性」に、および「インド特許庁実務及び手続マニュアル」(以下、「インド特許庁実務マニュアル」という。)の「9.3.3 進歩性」に規定がある。
インド特許審査ガイドライン 3.4.2 進歩性 概念 知的財産審判委員会による進歩性と発明の主題の関連性についての判断 インド最高裁判所の進歩性に関する判例 デリー高等裁判所の進歩性に関する判決 裁判例 1.出願番号IN/PCT/2002/00020/DEL 2.特許番号173953 (223/BOM/1991) 3.特許番号183455 (203/BOM/1997) 4.Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kamas of Iberaki City(AIR 1983 Del 496. ) 5.Franz Zaver Huemer v. New Yesh Engineers (1996 PTC (16) 164 Del.) 6.In Surendra Lai Mahendra v. Jain Glazers (1981 PTC 112 Del) |
インド特許庁実務マニュアル 9.3.3進歩性 9.3.3.1 一般原則 9.3.3.2 進歩性の判断 |
2. 基本的な考え方
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するインド特許審査ガイドラインおよび/またはインド特許庁実務マニュアル(以下、「インド特許審査ガイドライン」および「インド特許庁実務マニュアル」を合わせて「インド特許審査基準」という。)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許庁実務マニュアル9.3.3
(2) 異なる事項または留意点
インドでは、日本の制度と同様に、当業者が出願日(または優先日)における一般知識と先行技術に照らして、クレームに記載されている内容の結論に容易に想到したであろう場合、発明は自明とみなされる。
インド特許庁は、進歩性を評価する際に、予測可能性、先行技術に対する技術的進歩(予期せぬ結果など)、経済的重要性(発明が提供する経済的利益または利点)などのさまざまな要素を考慮する。
インド特許庁実務マニュアルによれば、進歩性を判断するためには、発明全体が考慮される。クレームに記載された発明は、単にクレームの個々の構成要素が既知である、または自明であるという理由だけで、その発明が自明であると考えることはできない。特許出願の出願日または優先日において、引用された先行技術が、当業者に構成要素を組み合わせる動機を提供する場合、複数の先行技術文書を組み合わせることが許容される。
インド特許法は、「進歩性」を、従来技術を超える技術的進歩をもたらす特徴、経済的意義、あるいはその両方をもたらし、当業者にとって発明が自明ではなくなる特徴と定義している(インド特許法第2条(1)(ja))。経済的重要性の判断基準は、インドに固有のもので、インドでは、当業者にとって技術的には先行技術に対して自明な発明であっても、経済的重要性を伴う発明であれば、その発明は「進歩性」を有するとみなされる場合がある。
3. 用語の定義
3-1. 当業者
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許庁実務マニュアル9.3.3.2
(2) 異なる事項または留意点
インド特許庁実務マニュアルでは、「当業者」とは「単なる職人とは区別される有能な職人または技術者」と定義されている。
日本では、「当業者」とは、特定の条件をすべて満たす仮想的な人物を意味し、個人ではなく複数の技術分野の「専門家チーム」を指す場合もあるとしているが、インドでは、Cipla Ltd. vs. F. Hoffmann-La Roche Ltd. & Anr. (RFA (OS) Nos.92/2012 & 103/2012)において、デリー高等裁判所は、「当業者」とは「当該発明と同じ業界に属する者で、平均的な知識と能力を有しており、出願時の一般技術常識を認識している者」と判示している。
3-2. 技術常識及び技術水準
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」および「技術水準」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
「技術常識」については、AGFA NV & anr. vs. The Assistant Controller of Patents and Designs and anr. (C.A.(COMM.IPD-PAT) 477/2022)において、デリー高等裁判所は、何が技術常識を構成するかという問題を扱い、審査官は特許出願を拒絶する根拠として技術常識に頼るべきであるが、その出所を特定することが不可欠である、と判示した。ここで、「技術常識」の情報源は、当該特許出願の優先日より前に公開されていることが重要であり、理論、原理、知識が常識になっているという事実が、教科書、研究論文、標準文献によって参照されるとしている。
「技術水準」という表現は、例えば、Cipla Ltd. vs F. Hoffmann-La Roche Ltd. & Anr. on 27 November, 2015(RFA (OS) Nos.92/2012 & 103/2012)において、進歩性の判断手順の中で言及されている。複数の裁判例を参照すると、当該先行技術、以前の知識をも含むものと解釈される。
3-3. 周知技術及び慣用技術
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」および「慣用技術」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドでは、「周知技術」および「慣用技術」は、インド特許法、関連文献、および裁判例では、明確には定義されていないが、これらは、「技術常識」に関係付けて解釈され、日本の審査基準で定義されているものと同じ意味であると考えられる。
進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については、「インドにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)をご覧ください。
■ソース
・インド特許出願調査及び審査ガイドライン2015https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/IPOGuidelinesManuals/1_34_1_guidelines-draftSearch-examination-04march2015.pdf(英語)
・インド特許庁実務及び手続マニュアル(ヴァージョン3.0、2019年11月26日)
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/Images/pdf/Manual_for_Patent_Office_Practice_and_Procedure_.pdf(英語)
・インド特許法
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/ev/sections-index.html(英語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo.pdf(日本語)
・Cipla Ltd. vs. F. Hoffmann-La Roche Ltd. & Anr. (RFA (OS) Nos.92/2012 & 103/2012)
https://indiankanoon.org/doc/57798471/(英語)
・AGFA NV & anr. vs. The Assistant Controller of Patents and Designs and anr. (C.A.(COMM.IPD-PAT) 477/2022)
https://www.livelaw.in/pdf_upload/judgementphp-474825.pdf(英語)
・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/all.pdf
■本文書の作成者
KAN&KRISHME■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.01.12