アジア / 出願実務
インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
2024年04月30日
■概要
インドの特許出願の審査基準のうち新規性に関する事項について、日本の審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。後編では、請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項について説明する。新規性に関する特許法および審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定については「インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/38776/)を参照願いたい。■詳細及び留意点
(前編から続く)
5. 請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1. 対比の一般手法
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するインド特許審査基準(「インド特許審査ガイドライン」および/または「インド特許庁実務マニュアル」)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン5.2、インド特許庁実務マニュアル09.03.02
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインによれば、すべての独立請求項について簡潔かつ正確な陳述を作成した後、審査官は、特定されたすべての技術的特徴とそれらの間の機能的関係を開示する文献を検索する。
検索された文献に発明の目的に寄与するすべての技術的特徴が含まれている場合、その文献によって発明の新規性は否定される。これは、目的または技術的特徴が暗黙的に開示されている場合であってもあり得る。新規性の欠如を証明するには、先行開示が、単一の文書内に完全に含まれている必要がある。複数の文書を引用する場合は、それぞれが独立しているか、引用された文献が連続した文書を形成するような方法で結合されている必要がある。
さらに、インド特許庁実務マニュアルでは、先行技術は明示的または黙示的な方法で発明を開示する必要があると述べており、また、新規性の判断においては、先行技術文献の組み合わせは認められない。
5-2. 上位概念または下位概念の引用発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許庁実務マニュアル09.03.02
(2) 異なる事項または留意点
インド特許庁実務マニュアルでは、先行技術における一般的な開示が必ずしも特定の開示の新規性を否定するわけではないと述べている。例えば、金属製のバネでは、銅製のバネの新規性が失われるわけではない。しかし、先行技術における特定の開示は、一般的な開示の新規性を否定する。例えば、銅製のバネによって、金属製のバネの新規性は否定される。
5-3. 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインによると、クレームがいずれかの選択肢で特定される場合、または数値範囲(例:組成成分、温度等)を特定して発明を定義している場合、これらの選択肢の1つ、またはこの範囲内に含まれる1つの数値例がすでに存在する場合、その発明の新規性は否定される。
したがって、5-2.で述べたように、一般的に定義された発明に関するクレームの新規性を否定するには、具体例を示すだけで十分である。例えば、金属製のコイルばねの開示は、弾力性のある手段に対する発明を開示している。他方、一般的な開示は、より具体的な発明に関するクレームの新規性を否定することはないので、金属製コイルバネに関する先のクレームは、銅製のそのようなバネを特定する後のクレームの新規性を否定するために使用することはできない。
しかし、場合によっては、比較的小さく限定された可能性のある選択肢の技術分野の開示が、すべての部材の開示であるとみなされることもある。例えば、「流体」は、文脈によっては、液体と気体の両方を開示しているとみなされることがあり、電気モーターへの言及は、直列巻型と分巻型の両方の使用を開示しているとみなされることがある。
5-4. 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドの審査官は、先行技術文献を理解して解釈するために、出願時の一般技術常識を考慮に入れるので、日本の実務と変わらないと考えられる。
6. 特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
日本と同様に、インドでもクレームがその動作、機能、性質、特性によって物を特定する場合、その機能や特性を有する、または実行するすべての物を包含すると解釈される。
クレームがその機能、または特性の観点から定義されており、クレームに記載された発明を従来技術と直接比較することが困難になる場合、審査官は、出願人にクレームの明確化のために補正を認める場合があり得る。
6-2. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査基準には、用途限定の発明について踏み込んだ記述はないが、インド特許法第3条(d)によれば、既知の物質の既知の効能を向上させない新しい形態の単なる発見、既知の物質の新しい性質や新しい用途の単なる発見、既知のプロセス、機械、装置の単なる使用は、そのような既知のプロセスが新しい製品をもたらすか、少なくとも1つの新しい反応物を用いるのでない限り、特許を受けることはできないとされる。
6-3. サブコンビネーションの発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
組み合わせ発明と、そのサブコンビネーションの特許性を評価する際、審査官は、各コンポーネントの進歩性と新規性、さらに組み合わせ全体を検討する。サブコンビネーションの発明が特許を受けるためには、それが新規性、進歩性、産業上の利用可能性を有することが必要である。
6-4. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドでは、特定の状況において、製造プロセスごとに製品をクレームする「プロダクト・バイ・プロセス」クレームが認められることがある。インド特許審査基準では、プロダクト・バイ・プロセスのクレームについて言及されていないが、医薬品分野における特許出願の審査のガイドラインには7.9にプロダクト・バイ・プロセスのクレームについての規定がある。それによれば、プロダクト・バイ・プロセスのクレームでは、出願人は、プロセス用語で定義された製品が、従来技術の製品によっては開示されていないことを示さなければならない。すなわち、プロセスの新規性または進歩性に関係なく、製品そのものの新規性および進歩性の要件を満たさなければならない。
6-5. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト
(2) 異なる事項または留意点
前述の「5-3. 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」を参照されたい。
7. その他
これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはインドの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。
特になし。
■ソース
・インド特許出願調査及び審査ガイドライン2015https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/IPOGuidelinesManuals/1_34_1_guidelines-draftSearch-examination-04march2015.pdf(英語)
・インド特許庁実務及び手続マニュアル(ヴァージョン3.0、2019年11月26日)
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/Images/pdf/Manual_for_Patent_Office_Practice_and_Procedure_.pdf(英語)
・インド特許法
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/ev/sections-index.html(英語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo.pdf(日本語)
・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/all.pdf
■本文書の作成者
Kan&Krishme■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.01.09