アジア / 出願実務
インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
2024年04月30日
■概要
インドの特許出願の審査基準のうち新規性に関する事項について、日本の審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。前編では、新規性に関する特許法および審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定について説明する。請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については、「インドにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/38780/)を参照願いたい。■詳細及び留意点
1. 記載個所
発明の新規性については、インド特許法第2条(1)(j)、第13条等に規定されている。
第2条 定義及び解釈 (1)(j)「発明」とは、進歩性を含み、かつ、産業上利用可能な新規の製品又は方法をいう。 (第2条の他の項号は省略) 第13 条 先の公開又は先のクレームによる先発明についての調査 (1)第12条に基づいて特許出願が付託された審査官は、完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける当該発明が、次の事項に該当するか否かを確認するため調査しなければならない。 (a)当該発明が、インドにおいて行われた特許出願であって1912年1月1日以後の日付を有するものについて提出された何れかの明細書において、当該出願人の完全明細書の提出日前に公開されたことによって開示されたか否か (b)当該発明が、当該出願人の完全明細書の提出日以後に公開された他の完全明細書であってインドにおいて行われ、かつ、前記の日付か又は前記の日付より先の優先日を主張する特許出願について提出されたものの何れかのクレーム中にクレームされているか否か (2)更に,審査官は、完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける当該発明が、当該出願人の完全明細書の提出日前にインド又は他の領域において(1)にいうもの以外の何らかの書類で開示されたか否かを確認するため、当該調査を実施しなければならない。 (第13条の他の項号は省略) 第25条 特許に対する異議申立 (1)特許出願が公開されたが特許が付与されていない場合は、何人も、次の何れかの理由によって特許付与に対する異議を長官に書面で申し立てることができる。すなわち、 (d)完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされた限りにおける発明が、当該クレームの優先日前にインドにおいて公然と知られ又は公然と実施されたこと (第25条の他の項号は省略) 第64条 特許の取消 (1)本法の規定に従うことを条件として、特許については、その付与が本法施行の前か後かを問わず、利害関係人若しくは中央政府の申立に基づいて審判部が又は特許侵害訴訟における反訴に基づいて高等裁判所が、次の理由の何れかによって、これを取り消すことができる。すなわち、 (f)完全明細書の何れかのクレーム中にクレームされている限りにおける発明が、当該クレームの優先日前に、インドにおいて公然と知られ若しくは公然と実施されていたもの又はインド若しくはその他の領域において公開されていたものに鑑みて、自明であるか若しくは進歩性を含まないこと (第64条の他の項号は省略) |
また、特許法には下記のように第2条(1)(l)があり、「新規発明」が定義されている。この規定だけを見ると、公知、公用および公開文書による開示のいずれも世界基準を採用していると解釈できる。しかし、特許法第13条、第25条、第64条、および後述する「インド特許庁実務及び手続マニュアル」によれば、国内公知または国内公用によって新規性を失うとされているので、注意が必要である。
第2条 定義及び解釈 (1)(l)「新規発明」とは、完全明細書による特許出願日前にインド又は世界の何れかの国において何らかの書類における公開により予測されなかったか又は実施されなかった何らかの発明又は技術、すなわち、主題が公用でなかったか又は技術水準の一部を構成していない発明又は技術をいう。 (第2条の他の項号は省略) |
新規性に関する審査基準については、「インド特許出願調査及び審査ガイドライン」(以下、「インド特許審査ガイドライン」という。)の「3.4.1 発明の新規性」、および「インド特許庁実務及び手続マニュアル」(以下、「インド特許庁実務マニュアル」という。)の「09.03.02 新規性」に規定がある。
2. 基本的な考え方
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応するインド特許審査ガイドラインおよび/またはインド特許庁実務マニュアル(以下、「インド特許審査ガイドライン」および「インド特許庁実務マニュアル」を合わせて「インド特許審査基準」という。)は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインでは、審査官による新規性の判断について、次のように述べられている。
発明の新規性を判断するために、審査官は、特許文献や非特許文献を調査し、特許出願された発明の主題に関連する先行文書による開示や先行出願のクレームにおける開示の有無を確認する。これは、インド特許庁が特許出願の審査を行うための事務処理の一環である。
新規性の欠如を証明するには、明示的または黙示的に、クレームの開示が単一の文書内に完全に含まれている必要がある。複数の文書を引用する場合は、それぞれが独立しているか、引用された文書が連続した文書を形成するような方法で結合されている必要がある。
ただし、開示の累積的な影響を考慮することはできないし、複数の文書から得られる要素の組み合わせを形成することによって、新規性の欠如を確立することもできない。複数の文書から得られる要素を組み合わせることは、自明性を主張する場合にのみ行うことができる。
3. 請求項に記載された発明の認定
3-1. 請求項に記載された発明の認定
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
インドでは、特許の範囲は主にクレームによって規定される。審査官は、クレームで使用されている用語に、通常用いられる慣習的な意味を与えて解釈する。ただし、これらの用語に関して曖昧さが生じたり、説明が必要であったりする場合には、審査官は明細書および添付図面を参照して、文脈および詳細を確認する。
明細書および図面は、クレームに係る発明の性質を明らかにするものであるが、そこで言及される特定の事例、または実施形態は、クレームで明示的に記載されない限り、必ずしも特許の範囲を制限するものではない。
依然として曖昧さが残る場合、審査官は、出願時における発明の技術分野における共通一般知識を考慮に入れることができる。これには、出願時の一般的な知識と実務を考慮して、関連する技術分野の当業者の観点から、クレームを理解することができることを意味している。
3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載はない。
(2) 異なる事項または留意点
特許出願のクレームは、出願人が求める保護の境界を示している。明細書および図面は、特に曖昧さが生じた場合に、これらの請求項を解釈および理解するために使用される。審査官は、明細書や図面を優先して特許請求の範囲に記載されている明示的な用語を無視することはできない。
特許請求の範囲と明細書の間に矛盾がある場合、一貫性を確保するためにクレームまたは明細書を修正することによって矛盾を修正する責任は、通常、出願人にある。明細書と図面は、発明の背景と詳細を提供するが、クレームが保護範囲を決定するための主要なツールである(インド特許法第10条)。審査官の仕事は、これらのクレームが、明確であり、明細書によって裏付けられており、先行技術に比べて新規であることを確認することである。したがって、矛盾が生じた場合、審査官は、出願人にそれを補正する機会を与える。
4. 引用発明の認定
4-1. 先行技術
4-1-1. 先行技術になるか
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 一般原則
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインによれば、発明は、特許出願日または優先日のいずれか早い日より前に、世界のいずれかの文書で公表されたり、インドにおける特許出願で先行してクレームされたり、口頭であれ何であれ、インドやその他の地域社会または先住民社会で利用可能な知識の一部を形成したり、使用されたりしていない場合、すなわち、その主題が公知となっていない場合、または、その主題が技術水準の一部を形成していない場合に、新規な発明とみなされる。
日本では、出願前かどうかは、時、分、秒の単位で判断される。外国での公知の場合は、外国の時間を日本時間に換算したものを基準とする。しかし、インドでは、日の単位のみが考慮され、時間、分、秒の単位は考慮されない。
4-1-2. 頒布された刊行物に記載された発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(1)刊行物に記載された発明」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインによれば、手数料の支払の要否にかかわらず、公衆が閲覧することができる場合には、いかなる文献も公開されたものとみなされ、したがって、先行技術の一部を構成する。また、先行公開は普及の程度には関係しない。一人の公衆に、秘密保持義務を負わせることなく文献を開示することは、その文献を公衆に利用可能にすることになる。
インド特許法は、先行公開について日本と同じ基準に従っている。インドでは、日本と同様に、誰かが実際にアクセスしたか、読んだかでなく、出願日前に公衆がアクセス可能な情報であることが重視される。日本が刊行物の記載内容や当業者が導き出すことのできる事項としているのと同様に、インドの制度も、その内容を当業者が理解できるような方法で公衆に提供されているかどうかに重点を置いている。ただし、インドのガイドラインでは、日本の審査基準のように「記載されているに等しい事項」という文言は明示的に使用されていない。
また、審査官は、優先日前に公衆に開示されているいかなる文献をも引用することができる。審査官が、不完全な文献(公衆に利用可能であるが未完成である文献)を引用すべきではないということは、法令やガイドラインで特に禁止されていない。
4-1-3. 刊行物の頒布時期の推定
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインによれば、文献に記載されている事項が、世界のどこで、どのような方法、またはどのような言語で開示されたとしても、最初に公衆に利用可能となった日に、その事項が先行技術の一部であるとみなされる。
ただし、インド特許審査ガイドラインでは、他の関連要因に基づいて正確な公開時期を推定するという日本の審査基準にあるような詳細なレベルには踏み込んでいない。
4-1-4. 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト
(2) 異なる事項または留意点
インド特許審査ガイドラインによれば、どのような方法や言語で開示されたとしても、その事項は、最初に一般に公開された時点で最先端技術の一部とみなされる。したがって、秘密保持の義務を負わずに一人の公衆に通信を行うことは、その通信を公衆に公開することと同じであり、その事項は先行技術の一部を構成する。
インドでは、先行技術の概念はあらゆる形式の開示に拡張されており、これにはインターネットまたはその他の電子的手段を通じて行われる開示も含まれる。何人かが実際にウェブページなどにアクセスしたという事実は必要ではない。
4-1-5. 公然知られた発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト、インド特許庁実務マニュアル09.03.02 新規性 2.
(2) 異なる事項または留意点
前述のとおり、インド特許審査ガイドラインによれば、どのような方法や言語で開示されたとしても、その事項は、最初に一般に開示された時点で最先端技術の一部とみなされる。また、インド特許庁実務マニュアルでは、インドにおける優先日前の公知によって開示されていなかった発明は、新規とみなされる、とされている。
4-1-6. 公然実施をされた発明
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)」に対応するインド特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
インド特許審査ガイドライン3.4.1 新規性の判断 コンセプト、インド特許庁実務マニュアル09.03.02 新規性 2.
(2) 異なる事項または留意点
前述のとおり、インド特許審査ガイドラインによれば、どのような方法や言語で開示されたとしても、その事項は、最初に一般に開示された時点で最先端技術の一部とみなされる。また、インド特許庁実務マニュアルでは、公用に関する判断について、優先日前のインドにおける使用によって開示されていなかった発明は、新規とみなされるとしており、国内公用を基準としていると考えられる。
インドでは、発明が優先日より前にパブリックドメインで使用されている場合、その発明は先行技術として考慮されることとなるが、これは、日本の審査基準に記載されている「公然実施された発明」に類似している。
Lallubhai Chakubhai vs.Chimanlal Chunilal & Co. (A.I.R.1936 Bom. 99)では、ボンベイ高等裁判所は、発明が取引目的で使用される場合、発明者によるものであれ、他の当事者によるものであれ、それは公共使用とみなされると指摘した。さらに、製品を公然と販売するということは、その使用が単なるテスト目的ではなく、ビジネス目的であることを明確に示している。ただし、販売が公共使用の証拠とみなされるには、透明性があり、通常の事業活動の一環として行われなければならないとした。
(後編に続く)
■ソース
・インド特許出願調査及び審査ガイドライン2015https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/IPOGuidelinesManuals/1_34_1_guidelines-draftSearch-examination-04march2015.pdf(英語)
・インド特許庁実務及び手続マニュアル(ヴァージョン3.0、2019年11月26日)
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/Images/pdf/Manual_for_Patent_Office_Practice_and_Procedure_.pdf(英語)
・インド特許法
https://ipindia.gov.in/writereaddata/Portal/ev/sections-index.html(英語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo.pdf(日本語)
・Lallubhai Chakubhai vs.Chimanlal Chunilal & Co. (A.I.R.1936 Bom. 99)
https://indiankanoon.org/doc/677603/ ・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/all.pdf
■本文書の作成者
Kan&Krishme■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.01.09