アジア / 出願実務
マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
2024年04月23日
■概要
マレーシアの特許出願の審査基準のうち進歩性に関する事項について、日本の特許・実用新案審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。前編では、進歩性に関する審査基準の記載個所、基本的な考え方、用語の定義について解説する。進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/38732/)を参照されたい。■詳細及び留意点
1. 記載個所
発明の進歩性については、マレーシア特許法第15条に規定されている。
第15条 進歩性 第14条(2)(a)に基づく先行技術を構成するすべての事項を考慮した場合に、その進歩性が、それに係る技術において通常の技量を有する者にとって自明なものでないときは、その発明は進歩性を有するものとみなす。 |
進歩性に関する審査基準については、マレーシア特許審査ガイドライン(以下、「マレーシア特許審査基準」という。)の「パートD 特許性」の8.0に進歩性に関する規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。
8.0 進歩性 8.1 総論 8.2 先行技術 8.2.1 文献の作成時期 8.3 発明概念の特定 8.4 当業者 8.5 当業者の技術常識 8.6 自明性 8.7 進歩性の検討の出発点 8.7.1 進歩性テスト 8.7.2 自明性の判断 8.7.3 進歩性のための文献の組合せ(「モザイク化」) 8.7.4 文献と周知技術の組合せ 8.7.5 自明性を判断するためのアプローチ 8.7.5.1 容易に入手できる手段 8.7.5.2 単なる現場での改良 8.7.5.3 日常的な試行錯誤 8.8 組合せと並列又は集約 8.9 事後分析 8.10 発明の過程 8.11 肯定的な要素 8.11.1 予測することのできない効果 8.11.2 長年解決されない技術的課題、商業的な成功 8.12 出願人が提出した証拠及び主張 8.13 選択発明 8.14 バイオテクノロジー分野における進歩性の評価 8.15 従属請求項、さまざまなカテゴリーのクレーム 8.16 事例 |
2. 基本的な考え方
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準パートD 8.7.2
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、審査官による進歩性の判断は、発明が当業者にとって自明であったか否かに基づくものであるとして、次のように規定している。
「審査官は、先行技術と当該発明との間に存在する相違点を特定し、それらの相違点が当業者にとって自明であったであろう手順を構成するか、それともある程度の発明を必要とする手順を構成するか、を判断することが求められる。」
「発明が自明であるか否かの判断は、出願人にとっても公衆にとっても極めて重要であるため、審査官はこの作業に多大な労力を費やす覚悟が必要である。審査官が、当業者に示すべき関連する技術常識を正しく特定することが特に重要である。」
「審査官は、先行技術やその他の関連する技術的事項を考慮した上で、その結果が進歩性の有無を示唆するものであるか否かを判断する能力を有する者でなければならない。」
3. 用語の定義
3-1. 当業者
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.4
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、「当業者」について、次のように規定されており、基本的には日本の審査基準と同じと考えられる。
「「当業者」とは、平均的な知識と能力を有し、出願時において当該技術分野において一般的な知識を有する熟練した実務者であると推定される。また、当業者は、「技術水準」のすべて、特にサーチレポートで引用された文献にアクセスでき、当該技術分野において通常必要とされる日常的な作業や実験の手段や能力を有している者と推定される。」
マレーシア特許審査基準には「専門家からなるチーム」という表現に正確に対応する文言はない。しかし、次の審査基準の解説は、間接的に「専門家からなるチーム」を示唆しており、日本における定義と類似している。
「当業者が、課題解決のために他の技術分野の手助けを必要とする場合に、当該他の分野の専門家が課題解決の資格を有する者となり得る。」
3-2. 技術常識及び技術水準
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」および「技術水準」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.5
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、当業者の技術常識(一般知識)について解説されている。基本的な教科書や単行本は、技術常識を代表するものと考えられている。単一の出版物あるいは文献は、技術常識の一部とはみなされない。技術常識は、様々な情報源から得られるものであり、必ずしも特定の文書の出版に依存するものではない。実験、分析、製造の方法、技術の理論などについては特に言及されていないが、基本的な教科書ではカバーされていると理解されている。
3-3. 周知技術及び慣用技術
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」および「慣用技術」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、「周知技術及び慣用技術」については触れられていない。「3-2. 技術常識及び技術水準」が参考となる。
進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。
■ソース
・マレーシア特許審査基準(PATENT EXAMINATION GUIDELINES 2023)https://www.myipo.gov.my/ms/panduan-spesifikasi/(英語)
・マレーシア特許法
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/malaysia-tokkyo.pdf(2006年Act1264までの統合版、日本語)
https://www.myipo.gov.my/wp-content/uploads/2022/03/02-PATENTS-AMENDMENT-ACT-2022.pdf(2022年Act1649による改正、英語)
・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf#page=203
■本文書の作成者
Marks & Clerk■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2023.12.12