国別・地域別情報

ホーム 国別・地域別情報 アジア 出願実務 特許・実用新案 シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

アジア / 出願実務


シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

2024年04月09日

  • アジア
  • 出願実務
  • 特許・実用新案

このコンテンツを印刷する

■概要
シンガポールの審査基準のうち新規性に関する事項について、日本の審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。前編では、新規性に関する特許法および審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定について説明する。請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については「シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/38568/)を参照願いたい。
■詳細及び留意点

1. 記載個所
 発明の新規性については、シンガポール特許法第14条に規定されている。

第14条 新規性
(1) 発明は、それが技術水準の一部を構成しない場合は、新規とみなされる。
(2) 発明の場合の技術水準とは、その発明の優先日前の何れかの時点で書面若しくは口述による説明、使用又は他の方法により(シンガポールにおいてか他所においてかを問わず)公衆の利用に供されているすべての事項(製品、方法、その何れかに関する情報又は他の何であるかを問わない)を包含するものと解する。
(3) 特許出願又は特許に係わる発明の場合の技術水準とは、次の条件が満たされるときは、その発明の優先日以後に公開された他の特許出願に含まれる事項をもまた包含するものと解する。
(a) 当該事項が当該他の特許出願に、出願時にも、公開時にも、含まれていたこと、及び
(b) 当該事項の優先日が当該発明の優先日よりも早いこと
((4)以下省略)

 新規性に関する審査基準については、シンガポール特許審査ガイドライン(以下、「シンガポール特許審査基準」という。)の「第3章 新規性」に規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。
第3章 新規性
A. 法廷要件(3.1-3.4)
B. 先行技術(3.5-3.10)
  i. 第三者による自明性(3.11-3.17)
C. 先行開示(3.18-3.24)
D. 実施可能性(3.25-3.29)
E. 公開物(3.30-3.38)
F. 黙示的開示(3.39-3.41)
G. 必然的な開示(3.42-3.48)
H. 誤った引用(3.49-3.53)
I. 予測される開示(3.54-3.56)
J. 範囲の予測性(3.57-3.59)
K. パラメータクレームの予測性(3.60-3.61)
L. 用途クレームの予測性(3.62-3.72)
M. 先行使用(3.73-3.79)
N. 第14条 (3)に基づく先行技術(3.80-3.84)
O. 優先日(3.85-3.109)
P. 新規性の例外(グレースピリオド)(3.110-3.125)
  i.学会(3.126-3.128)

2. 基本的な考え方
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.1-3.4

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、日本の審査基準で規定されるような審査官の具体的な審査手順は規定されておらず、裁判例に基づいたクレームや新規性の解釈および考え方が主に述べられている。

 シンガポール特許審査基準によれば、発明が、技術水準の一部を形成しない場合は、新規性があると見なされる。具体的な特徴の組み合わせが、先行技術ですでに開示されている場合、クレームで定義された発明は新規性がない(第3章3.1-3.3)。

 新規性の判断について、シンガポールの裁判所は一般的に英国の判例に従ってきた。英国のアプローチに関する最新の解説(SmithKline Beecham Plc’s (Paroxetine Methanesulfonate) Patent [2006] RPC 10)では、英国貴族院の判断として、事前開示と実施可能性の2つが予測性の要件とされている。この2つは別々の概念で、独自の規則があり、それぞれに充足する必要がある(第3章3.4)。

3. 請求項に記載された発明の認定
3-1. 請求項に記載された発明の認定

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5-2.8、第5章5.45、5.74

(2) 異なる事項または留意点
 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 審査の過程では、常に目的論的アプローチが取られるべきである。クレーム解釈は、法律問題であって、特許権者自身が実際に言わんとしていることとは関係がない。クレームの文言から、当業者であれば、特許権者の意図をどのように理解するかを判断する目的で、解釈されるべきである(第2章2.8)。

 クレームの単語を解釈する際は、まず、それらの単語の意味が、発明の時点で当業者が通常考えたはずの意味を持つと想定すべきである。書き手が特別な意味を与えた用語については、そのことを考慮に入れる必要がある(第2章2.37)。

 シンガポール特許法第113条では、与えられる保護の範囲は、特許明細書に含まれる説明および図面によって解釈される出願のクレームに従って決定されると定めている(第5章5.74)。

 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られている。審査官はクレーム解釈において、明細書の本文、図面および技術常識を考慮する。

 シンガポール特許法第25条(5)(b)では、クレームは明確かつ簡潔でなければならないと規定している。当業者にとって、使用されている文言を理解するのが難しいかどうかが、明確性の基準である(Strix Ltd v Otter Controls Ltd [1995] RPC 607)。この要件は、クレーム全体にも、個々のクレームにも適用される(第5章5.45)。

 明細書の本文、図面および技術常識を考慮しても、クレームが不明確な場合、審査官が調査を実施しない場合もあるので注意が必要である。

3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5-2.7、第5章5.76

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られており、審査官は、クレームに焦点を当てて特許の範囲を判断する。クレームと明細書の本文および図面との間に何らかの矛盾があり、保護の範囲に不確実性が生じれば、明確性違反の拒絶理由が通知される。

 先に述べたように、特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 補正の結果として、明細書の本文や図面の中に、クレームと矛盾する具体的な実施例や記載があり、その矛盾が、出願人が求める保護の範囲に疑いを投げかける場合は、明確性違反の拒絶理由を通知すべきである。この拒絶理由を(通知された場合)どのように克服するかは出願人次第であり、一般に最もシンプルな方法は、クレームの範囲に含まれなくなった主題を削除することであるが、その主題が発明の実施例の構成要素でないことが明細書の本文で明らかになっていれば、その主題を保持することもできる(第5章5.76)。

4. 引用発明の認定
4-1. 先行技術
4-1-1. 先行技術になるか

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.2、3.35-3.36

(2) 異なる事項または留意点
 発明における技術水準には、当該発明の優先日以前のいずれかの時点で、書面、口頭説明またはその他の方法によって(シンガポールか他国かを問わず)公開されたすべての事項(生産物、方法、そのいずれかまたはそれ以外のものに関する情報)が含まれると解釈される。

 特許出願または特許に係る発明における技術水準には、以下の条件を満たす場合、当該発明の優先日以降に公開された別の特許出願に記載された事項も含まれると解されるべきである(第3章3.2)。
 (a) 当該事項が、別の特許出願の出願時点と公開時点の両方で記載されていた、
 (b) 当該事項の優先日が、発明の優先日よりも早い。

 シンガポールでは、時や分に関する基準は定められていないが、時差については、先行技術公開の判断において考慮され、シンガポール時間(GMT +8)が適用される(第3章3.35-3.36)。

4-1-2. 頒布された刊行物に記載された発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(1)刊行物に記載された発明」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.32

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、不完全な先行技術に関する具体的な規制はなく、刊行物の記載に基づいて先行技術が認識されるという明確な基準も定められていない。審査基準では、発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になると規定されている。したがって、不完全であっても、あるいは刊行物の記載でなくても、公開され次第、先行技術になる。

 開示された発明は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない。文献は、閲覧のために料金が必要であっても、公開されていることになる。また、文献が実際に公衆の一人に読まれたことを証明する必要はなく、公衆による当然の権利として閲覧が可能であれば、その文献は公開されたものと見なされる(第3章 3.30、3.32)。

4-1-3. 刊行物の頒布時期の推定
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.33

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1の「(2)頒布された時期の取扱い」で定めているような具体的な基準はない。資料に公開日があれば、その日付が公開日として使用される。ネット上の資料に公開日がなければ、WayBack Machineを使用して公開日を証明する。

 時差は、先行技術の公開を判断する際に考慮される。例えば、米国時間の2015年2月7日にUSPTO(GMT -5)に出願された米国出願を基礎とする優先権を主張したシンガポール特許出願について、先行技術がインターネットによってシンガポール時間の2015年2月7日の午前9時に公開されたとすると、この先行技術はシンガポール時間(GMT +8)では、シンガポール特許法第14条(2)に基づいて技術水準となる。なぜなら、先行技術のインターネットによる公開の日は、GMT -5のタイムゾーンでは2015年2月6日であったということになり、米国基礎出願の出願日よりも早いからである(第3章3.33)。

 先に述べたように、発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない(第3章3.30)。

 公開日が文献に示されている場合(例:特許や公報にある公開日)は、それが公開日と見なされる。この公開日に出願人が異議を唱える場合は、反対の証拠が必要になる。インターネット上の日付は問題をはらんでいるかもしれないが、一般にウェブページと関連していれば、実際の公開日と見なすことができる。一方、ウェブページが明確に公開日を表示していない場合、審査官はWayBack Machineのようなネット上のアーカイブ・データベースを使用して、ウェブページがいつ公開されたについての証拠を提示できる(第3章3.33)。

4-1-4. 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.32-3.33

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、あらゆる公開に関する一般的な基準が示されており、電気通信回線を通じた公開に限定された記載はない。
 発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない(第3章3.30)。
 文献は、閲覧のために料金が必要であっても、公開されていることになる。また、文献が実際に公衆の一人に読まれたことを証明する必要はなく、公衆による当然の権利として閲覧が可能であれば、その文献は公開されたものと見なされる(第3章3.30、3.32)。
 公開日が文献に示されている場合(例:特許や公報の記事にある公開日)は、それが公開日と見なされる(第3章3.33)。

4-1-5. 公然知られた発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30-3.31、3.110

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、出願日に先立つ12か月の間に、不法にまたは守秘義務に違反してなされた開示は、先行技術から除外される。秘密として保持しようとする発明者の意図にかかわらず「公然知られた発明」になる日本とは異なる。

 発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。公衆の一人に対して、抑制的な束縛なく伝えることで、公開されたとするのに十分である(Bristol-Myers Co.’s Application [1969] RPC 146)。同様にMonsanto (Brignac’s) Application [1971] RPC 153事件の判決では、開示に対する制限なく、同社が販売員に文献を渡したことで、それを公開したと判断されている(第3章3.30-3.31)。

 発明を構成する事項の開示は、特許出願日直前の12か月が始まった後に、当該事項が不法にまたは守秘義務に違反して取得された結果として行われた場合は無視される(第3 章3.110)。

4-1-6. 公然実施をされた発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、公然実施をされた発明に関する具体的な基準はないが、先使用に関する類似の基準はある。

 シンガポール特許法第14条に定める技術水準には、先使用によって公開された事項が含まれる。特に、先使用は公にされる必要があり、秘密の使用は含まれない(秘密の先使用者の権利は、第71条で保護される)。コモンローおよび衡平法に基づき、少なくとも、自由に利用できる立場にある公衆の一人に情報が公開されていなければならない(PLG Research Ltd v Ardon International Ltd [1993] FSR 197)。ただし閲覧者に守秘義務がある場合は、発明が開示されたとは解釈されない(J Lucas (Batteries) Ltd v Gaedor Ltd [1978] RPC 297)(第3章3.73)。

(後編に続く)
■ソース
・シンガポール特許審査ガイドライン
https://www.ipos.gov.sg/docs/default-source/resources-library/patents/guidelines-and-useful-information/examination-guidelines-for-patent-applications.pdf(英語) ・シンガポール特許法
https://sso.agc.gov.sg/Act/PA1994(英語) https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/singapore-tokkyo.pdf(日本語) ・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf#page=203
■本文書の作成者
Drew & Napier
■協力
日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2023.12.15

■関連キーワード