アジア / 出願実務
タイにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
2024年03月07日
■概要
タイの審査基準(特許及び小特許審査マニュアル)のうち、進歩性に関する事項について、日本の特許・実用新案審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。また、発明の認定・対比などについては、「タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点」を参照されたい。前編では、進歩性に関する審査基準の記載個所、基本的な考え方、用語の定義について解説する。進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については、「タイにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/38444/)を参照されたい。■詳細及び留意点
1.記載個所
タイにおける進歩性(タイ特許法第7条)の審査基準は、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」第1章第3部3.実体審査「3.3.4 第5条に定める実体審査」において、新規性とともに記載されている。その概要(目次)は、以下のとおりである。
3.3.4 第5条に定める実体審査 3.3.4.4 進歩性 (Inventive step) の審査 3.3.4.4.1 進歩性の検討基準 進歩性が否定される方向に働く要因の検討 先行技術の設計変更の検討 先行技術の単なる寄せ集め 進歩性が肯定される方向に働く要因の検討 先行技術よりも明らかに有利な発明の技術的な効果または結果の検討 先行技術の障害を排除する要因の検討 進歩性に関する検討とともに行うその他の要因の検討 3.3.4.4.2 進歩性の判断例 化学分野における進歩性の判断例 電気及び物理分野における進歩性の検討例 工学分野における進歩性の検討例 |
2.基本的な考え方
日本における特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2.進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するタイの「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」の第1章第3部3.実体審査 「3.3.4.4.1 進歩性の検討基準」
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」では、「基本的な考え方」に該当する審査官の検討手順に関して、次のように記載されている。
「審査官は、一つ以上のクレームに係る発明の進歩性の有無について検討をするにあたっては、新規性の検討後、クレームにおいて明瞭に記述されている発明の技術的な重要な特徴により検討を行う。」
「審査官は、先行技術との関係を検討した上で、先行技術の中から少なくとも一件選択し、保護を求める発明の進歩性の有無を検討する(ここでは、最も近い先行技術と他の先行技術とを組み合わせることを意味する。)。このとき、進歩性の有無について最良の検討をするために、先行技術の選択について適切であるであるかどうか、理由があるかどうかを考慮する。その技術における当業者が容易に理解または想到できるかどうかという可能性に対して理由がなければならないということである。」
「審査官はまず、クレームにある発明の技術的要旨を第一の先行技術(最も近い先行技術)と対比し、クレームが進歩性の有無に関連しうるかどうかの理由に基づいて判断し、次に、第二の先行技術(ここでは、進歩性の検討に用いるすべての先行技術)と組み合わせて、以下のように進歩性の有無に関する理由に基づいて検討する。」として、以下「進歩性が否定される方向に働く要因の検討」「進歩性が肯定される方向に働く要因の検討」が示されている。これらの検討は、実質的に日本の審査基準における「論理付け」に等しいと解される。
また、進歩性の検討に際して、タイを指定した国際出願の審査にあたっては、国際調査報告書(International search report)の結果を活用できることが、以下のように示されている。
「進歩性を検討する際、調査報告書(search report)の文献のカテゴリー(category)の欄にある記号の文字を参照して検討することができる。“X”であれば、当該文献(Closest prior art)のみを用いて新規性および進歩性が欠けていると判断することができる。なぜならば、その改良点あるいは相違点は、当業者にとって容易に明らかであるためである。“Y”であれば、全く改良がない、または、その改良が当業者にとって容易に明らかであることを示す、少なくとも1件の先行技術文献の技術的特徴と共に、進歩性が無いと検討する。」
3.用語の定義
3-1.当業者
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2.進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するタイの「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」の第1章第3部3.実体審査 「3.3.4.4 進歩性 (Inventive step) の審査」
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」では、「当業者」については、次のように記載されている。
「法律に定められる、発明の進歩性の有無を検討する際のその知識または能力を検討基準とする当該技術分野における通常の知識を有する者(person having ordinary skill in the pertinent art)とは、中位あるいは平均の知識(Average skill)または専門知識を有する者である。一般的には、普段からその分野で働いている者のことを指しているが、その者は分野によって異なった知識や専門知識を有するであろう」と記載されている。また、当業者と専門家(Expert)との比較にあたっては、「(当業者は)専門家(expert)レベルに達する必要はない。これは、そのレベルの専門知識を有する者であれば、大半の発明は、容易に明らかな発明であると判断できるからである。」
3-2.技術常識及び技術水準
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識及び技術水準」に対応するタイの「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」では、「技術常識及び技術水準」に関して、日本の審査基準のように明示されていない。
しかし、タイ特許法第6条には、新規性の判断基準として技術水準が規定されており、技術水準には「特許出願日前に国内において他人に広く知られ、又は使用されていた発明」(第1項)および「特許出願日前に国内又は外国において文書又は印刷された刊行物に記載され、展示され、その他公衆に公開された発明」(第2項)が含まれるとされている。
また、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」によると、「広く知られ」とは、例えば、販売もしくは頒布された製品等であるとされている(第1章第3部3.実体審査 「3.3.4.3.1 新規性の検討手順」)。
3-3.周知技術及び慣用技術
日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術及び慣用技術」に対応するタイの「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「3-2. 技術常識及び技術水準」を参照されたい。
進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「タイにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。
■ソース
・日本の特許・実用新案審査基準https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf#page=203
・タイ特許法(1999年9月27日施行)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/thailand-tokkyo.pdf(日本語)
・特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)
https://www.ipthailand.go.th/images/3534/PATENT/PatentDocument.pdf(タイ語)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/th/ip/pdf/patent_manual2019_th_jp.pdf(日本語)
■本文書の作成者
TNY Legal Co., Ltd.■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2023.11.21