アジア / 出願実務
シンガポールにおける商品・役務の類否判断について
2024年01月18日
■概要
シンガポールにおける商標出願の指定商品・役務の類否判断に関する審査について、日本の実務家が留意すべき点を、シンガポールの商標審査ガイドライン(Work Manual)を中心に紹介する。■詳細及び留意点
1.はじめに
日本では、先行商標と出願商標は非類似とされているケースで、シンガポールでは、同じ商標の出願について、同じ先行商標と類似と判断され、拒絶査定を受けることがある。この相違は、両国の指定商品・役務に関する審査実務の違いによって生じる場合がある。例えば、日本の商標審査では、「類似群」と呼ばれるグループ分けを採用しており、商品・役務が同じグループに属さない限り、原則として非類似とみなされる。しかし、シンガポール商標審査ガイドライン(以下、「審査ガイドライン」という。)では、商品・役務を事前にグループ分けしていないため、判断が異なる可能性がある。そこで、本稿では、審査ガイドラインに基づく商品・役務の類似判断について紹介する。なお、著名商標との類似性、同一図形要素商標との類似性については、商品・役務の類似性を超えて保護される可能性があるため、考慮しないこととする。
2.商標の類似、非類似を判断する際のアプローチ
シンガポールにおける審査方法は、具体的には、以下のようなアプローチが一般的である。
① 出願商標が、識別力を有するか否かを判断する。
② ①で識別力があると判断された場合、出願商標が、同一/類似である先行商標を特定する。
③先行商標と本願商標の指定商品・役務が、同一/類似であるか否かを判断する。
適用される法律は、商標法第8条である。
異議申立に際しては、審査ガイドライン「相対的拒絶理由 5.1 ステップ・バイ・ステップ アプローチ」に、以下の判断手法で行われることが記載されている。
a. 出願商標が、先行商標の標識と同一/類似であるかを判断する。
b. 出願商標の指定商品・役務が、先行商標の指定商品・役務と同一/類似であるかを判断する。
c. a.およびb.の同一性/類似性から、公衆が混同するおそれがあるかを判断する。
a.の適用上、審査官は、標識が類似しているかどうかを確認する際、特に専門的および非専門的な識別力および支配的な構成要素に留意しつつ、標識が与える全体的な印象に基づいて、外観、称呼および観念の類似性を検討する。
Sariko Connoisseur v. Ferrero [2012] SGCA 56において、「登録商標は識別性があればあるほど、類似していると判断されないためには、商標に十分な変更が加えられたこと、または商標に差異があることを示す必要がある。」と控訴裁判所は判示した。
b.については、「3. 商品・役務の類似、非類似を判断する際のアプローチ」の項で詳しく述べる。
c.の適用上、混同の可能性を判断する際、審査官は、例えば、購入取引の長さ/複雑さ、高い教育水準を有する購入者または専門家によって購入されるなどの購入時に専門的な知識が必要か否かなど、商品・役務の購入において行使された注意の水準を考慮する。すなわち、高い注意水準が必要な場合、混同の可能性は、低い要因となる。
3.商品・役務の類似、非類似を判断する際のアプローチ
シンガポールでは、British Sugar PLC v. James Robertson & Sons Ltd., 1996 R.P.C. 281 の判決に基づき、ブリティッシュシュガー・ファクターと呼ばれる原則が確立した。すなわち、上記審査ガイドライン「相対的拒絶理由 5.3.3. 商品・役務の類似性」に示されているように、商品と役務とを特に区別せず、(a)~(f)の要件が規定されている。
(a) 商品・役務の用途;
(b) 商品・役務の需要者;
(c) 商品・役務の特性;
(d) 商品・役務が市場に到達するそれぞれの取引経路;
(e) セルフサービスの消費財商品の場合、それらがスーパーマーケットにおいて実際に陳列され、あるいは陳列され得る場所。(例えば、同じ棚であるか否か、など。);
(f) 商品・役務がどの程度競争的であるか。(例えば、市場調査会社が、当該商品・役務を同じ部門に分類するか否か。取引関係者が、当該商品を如何に分類するか。)
上記要件は、審査ガイドラインによれば全て適用されるとは限らず、各要素の重み付け(the weight which ought to be accorded to each factor)は、関連する全ての要素を評価した上で判断する、とされており、ケースバイケースで適用されると考えるべきである。
4.ニース分類の適用
シンガポール商標規則の規則19において、出願日に有効なニース分類を適用することが規定されている。
上記審査ガイドライン「相対的拒絶理由 5.3.3.1 商品または役務の区分は重要か?」で示されているように、商品・役務が分類される区分によって、その類似性が決定されるわけではない。すなわち、商品・役務がニース分類の同一区分に属するからといって、その商品・役務が自動的に類似になるということではない。例えば、第9類は広範な商品を対象としており、この区分に属する「消火器」と「コンピュータ」とは類似とみなされない。
さらに、異なる区分であっても、商品・役務は類似していると判断される場合がある。つまり、ニース分類の区分番号が異なるからといって、自動的にその商品・役務が非類似であるという結論には至らない。
商品・役務の類似性の判断は、願書中の指定商品・役務を具体的に比較しなければならない。
また、新興国等知財情報データバンクでは、「シンガポールにおける商標出願に際しての商品および役務の記述に関する留意事項」を公開しており、併せて参照されたい。
関連記事:「シンガポールにおける商標出願に際しての商品および役務の記述に関する留意事項」(2016.03.29)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/10417/
5.類見出し(Class Heading)について
ニース分類の類見出しは、特定の区分に含まれる商品および役務の一般的な表示で、類見出しで構成される指定商品・役務が、その区分に含まれるすべての商品・役務をクレームしていることと解してはならない(シンガポール商標審査ガイドライン「商品・役務の区分 5.3 ニース分類における類見出し」)。
類見出しについては、新興国データバンクの下記関連記事の「(2) クラスヘディング」の項も併せて参照されたい。
関連記事:「シンガポールにおける指定商品又は役務の願書への記載方法」(2014.07.22)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/6187/
6.商品名/役務名選択時の留意点
シンガポールでは、商品名・役務名の選定について、特に制限はない。すなわち、MGSM(Madrid Goods and Services Manager)リスト以外の商品名・役務名も可能である。
新興国データバンクの関連記事「シンガポールにおける指定商品又は役務の願書への記載方法」(前出)も併せて参照されたい。
■ソース
・シンガポール商標法https://sso.agc.gov.sg/Act/TMA1998(英語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/singapore-shouhyou.pdf(日本語)
・シンガポール商標規則
https://sso.agc.gov.sg//SL/332-R1?DocDate=20220523(英語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/singapore-shouhyou_kisoku.pdf(日本語)
・シンガポール商標審査ガイドライン「相対的拒絶理由」
https://www.ipos.gov.sg/docs/default-source/resources-library/trade-marks/infopacks/7-relative-grounds-(nov-2022).pdf(英語)
・British Sugar PLC v. James Robertson & Sons Ltd., 1996 R.P.C. 281
http://www.peteryu.com/intip_msu/britishsugar.pdf ・シンガポール商標審査ガイドライン「商品・役務の区分」
https://www.ipos.gov.sg/docs/default-source/resources-library/trade-marks/infopacks/18-classification-of-goods-and-services_jan-2023.pdf
■本文書の作成者
Drew & Napier LLC■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2023.07.22