アジア / 出願実務
マレーシアにおける特許の新規性について
2023年11月21日
■概要
マレーシアにおける特許出願は、その発明が、刊行物、口頭の開示、使用等により、出願日もしくは優先日前に開示されていた場合、新規性を失い特許権の付与が認められない。しかし、マレーシアにおいても、一定の期間に限って、定められた行為による開示については、グレースピリオドが認められる。■詳細及び留意点
1.新規性の判断基準
マレーシアでは、発明が先行技術により予測されないものである時は、その発明は新規性を有すると判断される。ここでいう先行技術とは、具体的には、以下の(a)、(b)により構成されるものをいう(マレーシア特許法第14条第1項、第2項)。
(a)刊行物、口頭の開示、使用または他の方法によって、出願日もしくは優先日前に、世界のいずれかの場所において開示されたもの。
(b) 先行する出願日または優先日を有する国内特許出願に記載されている内容であって、マレーシア特許法第33Ð条に基づいて公開される特許出願に包含されているもの。
マレーシア特許法 第14条 新規性 (1) 発明が先行技術により予測されないものであるときは,その発明は新規性を有する。 (2) 先行技術は,次に掲げるものによって構成されるものとする。 (a) その発明をクレームする特許出願の優先日前に,世界の何れかの場所において,書面による発表,口頭の開示,使用その他の方法で公衆に開示されたすべてのもの (b) (a)にいう特許出願より先の優先日を有する国内特許出願の内容であって,その内容が前記の国内特許出願に基づいて33D条に基づいて公開される特許出願に包含されている場合のもの[法律A1649:5による改正] |
2.特許の新規性喪失の例外(グレースピリオド)
先行技術の開示が、次に掲げる事情(a)、(b)、(c)に該当している場合は、その開示は無視するものとされ(a disclosure・・・shall be disregarded)、その開示により特許出願は新規性を失わない(マレーシア特許法第14条第3項)。
(a) その開示が、その特許の出願日前1年以内に生じており、かつ、その開示が、出願人またはその前権利者の行為を理由とするものであったかまたはその行為の結果であったこと。
(b) その開示が、その特許の出願日前1年以内に生じており、かつ、その開示が、出願人またはその前権利者の権利に対する濫用を理由とするものであったかまたはその濫用の結果であったこと。
(c) その開示が、本法の施行日に、英国特許庁に係属している特許登録出願によるものであること。
マレーシア特許法 第14条 新規性 (3) (2)(a)に基づいてなされた開示が次に掲げる事情に該当している場合は,その開示は無視するものとする。 (a) その開示がその特許の出願日前1年以内に生じており,かつ,その開示が出願人又はその前権利者の行為を理由とするものであったか又はその行為の結果であったこと (b) その開示がその特許の出願日前1年以内に生じており,かつ,その開示が出願人又はその前権利者の権利に対する濫用を理由とするものであったか又はその濫用の結果であったこと (c) その開示が,本法の施行日に,英国特許庁に係属している特許登録出願によるものであること (4) (2)の規定は,先行技術に含まれる物質又は組成物の,第13条(1)(d)にいう方法における使用に関する特許性を排除するものではない。ただし,そのような方法におけるその使用が先行技術に含まれていないことを条件とする。 |
上述のグレースピリオドの適用を主張する場合、出願人は、出願時にまたはその他いつでも、上記の各理由によって先行技術としては無視されるべきと考える事項を、付属の陳述書(an accompanying statement)において明らかにしなければならない(マレーシア特許規則20)。
なお、証拠書類を陳述書と併せて提出する必要はなく、証拠の提出に関する具体的な日数制限があるわけでもないが、実務においては、拒絶理由通知を受けた後に補充することが行われている。
マレーシア特許規則 規則20 先行技術との関係で無視されるべき開示 出願人は,出願時に又はその他の何時であれ,自己が認識しかつ特許法第14条(3)に基づき先行技術としては無視されるべきと考える開示事項を述べるものとし,その事実を付属の陳述書において明らかにするものとする。 |
3.審査基準
マレーシア特許審査基準では、新規性に関して、D 7.0「新規性」に記載されている。
審査基準D 7.0冒頭に、前記特許法第14条第1項の条文を引用し、先行技術により予測されない発明は新規性を有する、と記載されている。
なお、先行技術とは、審査基準D 5.1において、マレーシア特許出願の出願日(または優先日)より前に、書面または口頭による説明、使用、またはその他の方法によって公衆に利用可能になったすべてのもの、と定義されている。
以下、審査基準D 7.1~7.9の各項における主な記載内容を紹介する。
3-1. マレーシア特許法第14条第2項に基づく先行技術(審査基準 D 7.1)
新規性の検討において、先行技術文献に記載された先行技術、または異なる実施形態の別個の項目を組み合わせることは認められない。文献内で明示的に否認されている事項や明示的に記載されている先行技術は、その文献に含まれているとみなされ、その範囲や意味を解釈し理解する際に考慮されるべきである。
新規性を評価する際、文献の教示に周知の同等物が含まれていると解釈することは不適切である。つまり、特許請求範囲に従来技術にはないマイナーな特徴(周知の同等物)が含まれている場合、その請求項は新規性があるとみなすことができる。先行技術からの発展が、技術的な問題を解決しない周知の同等物を代用するものである場合、既知のもの、または先行技術からの非発明的な発展については、独占を認めるべきではない。
3-2. 暗黙の特徴またはよく知られた同等物(審査基準 D 7.2)
発明または実用新案の新規性を評価するために先行技術が引用される場合、先行技術に記載された明示的な技術内容と、当業者が開示内容から直接的かつ曖昧さなく推測できる暗黙的な技術内容の両方が含まれる技術内容が使用される。先行技術に明示的または黙示的に開示されている特徴の周知同等物は、先行技術から「直接かつ曖昧さなく導出可能」とはみなされず、したがって、進歩性の評価のためにのみ考慮される。
3-3. 先行技術文献の関連日(審査基準 D 7.3)
新規性を判断するために、先行技術文献は、関連日において当業者によって読まれ理解されたであろうように読まれ考慮される。先行技術の検討における関連日とは、当該先行技術が公開された日を意味する。ただし、関連する先行技術が先の出願である場合を除く。この場合、関連する日は、当該先の出願の出願日、または特許法第14条第2項に該当する場合には優先日となる。
3-4. 先行技術文献における実施可能な開示(審査基準 D 7.4)
実施可能な開示を提供する先行技術文献は、その時点における当該分野の一般的な知識を考慮して、当業者が請求項に係る発明を実施することを可能にするのに十分な詳細さで請求項に係る発明を記載している場合、請求項に係る発明を予見させるものである。先行技術に名称または式が記載されている化学化合物は、先行技術に記載された情報と、先行技術の関連日において利用可能であった追加的な一般知識とによって、当該化合物の調製または天然に存在する化合物の場合には分離が可能とならない限り、自動的に公知とはならない。
3-5. 一般的な開示と具体例(審査基準 D 7.5)
請求項の範囲に含まれる内容が先に開示されている場合、請求項は新規性を欠く。従って、発明を代替案の観点から定義した請求項は、その代替案の一つが既に公知であれば新規性を欠くことになる。対照的に、先行技術の一般的な開示は、通常、より具体的な請求項を予見させることはない。
3-6. 暗黙の開示とパラメータ(審査基準 D 7.6)
新規性の欠如は、通常、先行技術の明示的な開示から明確に明白でなければならない。しかしながら、先行技術が、先行技術の内容およびその教示の実際的な効果に関して審査官に何の疑いも残さない暗黙的な方法でクレームされた主題を開示している場合、審査官は新規性の欠如に関する異議を提起することができる。
このような状況は、特許請求の範囲において、発明やその特徴を定義するためにパラメータが使用されている場合に起こり得る。関連する先行技術では、異なるパラメータが記載されているか、パラメータが全く記載されていない可能性がある。公知製品と特許請求の範囲に記載された製品が他の全ての側面において同一である場合、新規性欠如の異議を生じる可能性がある。しかし、出願人がパラメータの相違について立証可能な証拠を提出できる場合、請求項に係る発明が、指定されたパラメータを有する製品を製造するために必要なすべての必須特徴を十分に開示しているかどうか、を評価する必要がある。
3-7. 新規性の審査(審査基準 D 7.7)
新規性を評価するために請求項を解釈する場合、特定の意図された用途の非特徴的な特徴は無視されるべきである。他方、たとえ明示的に記載されていなくても、特定の用途によって暗示される特徴的な特性は考慮されるべきである。
異なる純度の公知化合物を有するだけでは、その純度が従来の方法によって達成可能である場合、新規性は付与されない。出願人は、新規性を克服するためには、請求項に係る発明の純度は、従来のプロセスでは得られないことを示すのではなく、その代わりに従来公知のプロセスや方法では達成不可能な結果であることを示す必要がある。
3-8. 選択発明(審査基準 D 7.8)
選択発明には、従来技術におけるより大きな既知の範囲では明確に言及されていない個々の要素、サブセット、または部分範囲を主張する発明が含まれる。これらの発明は、先行技術の開示の範囲内、またはそれをオーバーラップするものである。
請求項に係る発明が、具体的に開示された1つの要素リストから要素を選択したものであっても、新規性は立証されない。しかし、2つ以上のリストから選択された要素を、その組み合わせを明示的に開示することなく組み合わせることは、新規性があるとみなされる可能性がある。
従来技術のより広い数値範囲から選択された請求項に係る発明の部分範囲は、以下の場合に新規である。
- 既知の範囲と比較して狭い。そして
- 従来技術に開示されている特定の例および既知の範囲の終点から十分に離れている。
選択発明は、例えば、請求される主題と先行技術の数値範囲や化学式など、オーバーラップする範囲を含むこともできる。数値範囲がオーバーラップする物理パラメータの場合、既知の範囲の終点、中間値、またはオーバーラップする先行技術の具体例が明示されていれば、請求された主題は新規ではない。
先行技術の範囲から新規性を否定する特定の値を除外するだけでは、新規性の立証には不十分である。また、当該分野の当業者が、オーバーラップする領域内での作業を真剣に検討するかどうかも考慮する必要がある。
化学式がオーバーラップする場合、請求された主題が、新たな技術要素または技術的教示によって、オーバーラップする範囲において先行技術と区別されれば、新規性が立証される。
3-9. 数値の誤差範囲(審査基準 D 7.8.1)
関連分野の当業者であれば、測定に関連する数値は、その精度を限定する誤差の影響を受けることを考慮しなければならない。このため、科学技術文献における標準的な慣行が適用され、数値の最後の小数位がその精度のレベルを示す。他の誤差が指定されていない状況では、最後の小数位を四捨五入して最大誤差を決定すべきである。
3-10. リーチスルークレームの新規性(審査基準 D 7.9)
「リーチスルー(Reach-through)」クレームは、生物学的標的に対する製品の作用を機能的に定義することにより、化学製品、組成物または用途の保護を求めることを目的として策定される。これらのクレームは、基本的に明細書の開示事項を超えて拡張され、明示的に記載されていないが、本発明を使用して開発される可能性のある主題を包含する。
多くの場合、出願人は新たに同定された生物学的標的に基づいて化合物を定義する。しかし、これらの化合物が作用する生物学的標的が新しいからといって、必ずしも新しいとは限らない。実際、出願人は、既知の化合物が新しい生物学的標的に対して同じ作用を発揮することを示す試験結果を提示することが多い。その結果、このように定義された化合物に関するリーチスルークレームは、新規性を欠くことになる。
■ソース
・マレーシア特許法https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/malaysia-tokkyo.pdf (2006年Act1264までの統合版、日本語)
https://www.myipo.gov.my/wp-content/uploads/2022/03/02-PATENTS-AMENDMENT-ACT-2022.pdf (2022年Act1649による改正、英語)
・マレーシア特許規則
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/malaysia-tokkyo_kisoku.pdf (2011年PU(A)48により改正までの統合版、日本語)
https://www.myipo.gov.my/wp-content/uploads/2022/03/PERATURAN-PERATURAN-PATEN-PINDAAN-2022.pdf (2022年PU(A)68により改正、マレー語)
・マレーシア特許審査基準
https://drive.google.com/file/d/1Qd6h_HwV_BaPMBXbLhh49ghLcElScpan/view (英語)
■本文書の作成者
Henry Goh & Co Sdn Bhd■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2023.08.24