アジア / 出願実務
タイにおける商標コンセント制度に関する留意点(前編)
2023年05月02日
■概要
タイではコンセント(併存登録同意)制度が導入されているが、同意書が受理される状況(事情)は非常に限られている。受理される事情はタイ商標法第27条に規定されている。本稿では、前編・後編に分けてタイにおけるコンセント制度の概要、提出書類および留意事項、アサインバックの運用などについて紹介する。本稿では、タイにおけるコンセント制度について同意書が認められた事例とともに解説する。コンセント制度における審査、コンセントの提出時期、コンセントの書式、コンセント制度登録後の要件、アサインバックについては「タイにおける商標コンセント制度に関する留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/34439/)をご覧ください。■詳細及び留意点
1.はじめに
タイではコンセント(併存登録同意)制度が導入されている。タイのコンセント制度に用いられる同意書は2種類ある。同意書は、各当事者による新規出願前に、アサイン/アサインバックが行われるタイ商標法第51-1条の「特別な事情」に該当する場合には、受理される。以下に同意書が受理された事例を紹介する。
2.コンセント制度について
(1) コンセント制度の根拠となる法令、審査基準等の場所
タイのコンセント制度に用いられる同意書は2種類ある。
第1の同意書は、タイ商標法に規定されていない通常用いられている同意書であり、中央知的財産・国際貿易裁判所(以下、「IP&IT裁判所」という。)、特別控訴裁判所(Court of Appeal for Specialized Cases)および最高裁判所の一部の事件を除いて受理されていない。なお、第1の同意書に関する審査基準等は存在しない。
第2の同意書は、タイ商標法第51-1条に規定されているアサインバックに関するものである。
[1]第1の同意書
裁判所の民事訴訟において第1の同意書が受理された事例を以下に示す。
事例1:出願番号:516186/登録番号:KOR338053,出願番号:516187/登録番号:KOR337659
2003年、出願人は国際分類第18類および第25類の商品について商標「MARNI」を出願した。登録官は、同じ分類に対する登録商標「MANI」と誤認混同するほどに類似するとしてこれを拒絶した。出願人は、商標委員会に対し、外観、称呼および商品の相違を主張し、同意書を提出して、タイ商標法第27条に基づく併存を認めることを求める審判を請求した。商標委員会は、綴り、称呼、商品が類似することから誤認混同するおそれが高いと指摘し、請求を却下した。商標委員会はまた、登録商標の所有者からの同意書は、後願商標の登録を得るためには信頼できず、その同意は誤認混同のおそれを低減するものではなく、依然として公衆が商標権所有者と商品の出所に関して誤認するおそれがあると述べた。
2006年、出願人は審決を不服としてIP&IT裁判所に控訴した。IP&IT裁判所判決No.101/2006において、IP&IT裁判所は、両商標が外観、称呼および商品に関して相互に関連していることを認め、被告(知的財産局)に有利な判決を下し、提出されたタイおよびその他の国における商標の使用証明は、タイにおける指定商品に対する商標の一般的認識を証明するために採用しなかった。そのため、タイ商標法第27条の「特殊事情」に基づく、商標の併存は認められなかった。
その後、最高裁判決No.1149/2009において、最高裁判所は、出願人の商標「MARNI」が1988年以来他の複数の国で使用されており、本件の数年前にタイに導入され、出願人の商標は登録商標「MANI」と区別されていたことを認め、商標委員会の審決とIP&IT裁判所の判決を破棄した。最高裁判所はさらに、登録商標の所有者からの同意書は商標間の類似性を排除することはできず、かつ、登録商標の所有者が同じ業界に属するにもかかわらず、後願商標の使用および登録を認めた。この場合、出願人が善意で商標「MARNI」を使用していたことが認められている。商標「MARNI」は登録商標「MANI」の登録の15年後に出願されたが、タイでの出願時に登録商標が使用されていたわけではなった。以上から、タイ商標法第27条に基づく商標の併存が認められた。
商標「MARNI」は、国際分類第18類と第25類の両方で登録に成功しており、現在も有効である。
事例2:出願番号: 739934/登録番号:171129929
2009年、出願人は国際分類5類の「殺虫剤」の商標「ALTACOR」を出願し、2010年、登録官は、同じ類の「農業目的の抗真菌剤および殺菌剤」の登録商標ANTRACOLと混同を生じるほどに類似するとして当該出願を拒絶した。出願人は、外観、称呼および商品が非類似である旨を主張し、タイ商標法第27条に基づき、商標の併存を認めるよう商標委員会に審判を請求した。
2012年、商標委員会は、称呼と商品が相互に関連しており、長期にわたり販売し、消費者に広く知られたことを証明するには証拠が不十分であること、また、タイの消費者の間で登録商標「ANTRACOL」が広く知られていることを理由に、出願商標「ALTACOR」を拒絶した。
出願人は、審決を不服として、IP&IT裁判所に訴訟を提起した。IP&IT裁判所判決No.116/2013において、IP&IT裁判所は、農業局(Department of Agriculture)が発行した有害物質の登録を示す文書や同意書を含む、タイにおける商標の使用証明を精査し、商標委員会の審決を覆した。IP&IT裁判所は、「同意書が登録官および商標委員会の審査・審理を拘束しないとしても、IP&IT裁判所は、他の異なる種類の証拠とともに考慮に入れることができる」と述べた。
最高裁判決No.5330/2015では、IP&IT裁判所判決を支持し、商標権所有者と商品の出所に関して混同を引き起こすほど両商標は類似していないと判断した。さらに、登録商標の所有者は、原告が商標「ALTACOR」を使用し登録することを認め、原告の商標登録に対して異議を申立てたり、取消したり、訴訟を起こさないことに同意する同意書を作成した。同意書により、登録商標の所有者が、出願商標と引用された登録商標との間に混同を生じるほどの類似性を認めず、また、これらの商標が併存し得ることを認めていたと推認される。最高裁判所はIP&IT裁判所判決を支持し、後願出願人の商標登録を認めた。
商標「ALTACOR」は登録され、現在も存続している。その後、タイ語の商標「ALTACOR」も出願されており、登録商標「ANTRACOL」と類似しないと判断され、2016年に登録された。新規出願時には、商標「ANTRACOL」に対する最高裁判決No.5330/2015の写しおよび説明書が登録官に提出された。
[2]第2の同意書
第2の同意書は、タイ商標法第51-1条に規定されているアサインバックに関するものである。
タイ商標法第51-1条の「特別な事情」を立証するために、アサイン/アサインバック方式が適用された後に、新規出願時に同条に規定される「書面による同意」が確認された事例はない。したがって、このアプローチがすべての事案で成功するとは限らない。
(2) コンセントの対象
同意書は、登録官に対して、両当事者の商標間の類似を解消するためにも、商標委員会に対して、拒絶査定不服審判を請求するためにも重要ではない。同意書は両当事者間の合意にすぎないからである。さらに、外観、称呼そして商品の類似、また、公衆の誤認混同を回避するものではない。
しかしながら、同意書は、各当事者による新規出願前に、アサイン/アサインバックが行われるタイ商標法第51-1条の「特別な事情」に該当する場合には、受理される。
タイでは、同意書が受理される状況(事情)は非常に限られており、タイ商標法第27条に規定されている。
商標審査マニュアル(第2章第2部 3. 商標の同一性または類似性の検討3.2))によれば、登録官は、タイ商標法第27条に基づいて登録を認めるに当たり、次の事項を考慮する。
1) 登録商標の所有者と後願出願人の双方がその商標を誠実に使用しているか否か
(1)両者ともほぼ同一の期間内に商標を使用する、また、後願出願人が登録商標の所有者より前に商標を使用する
(2) 他人の標章を模倣する意思がない。このとき、創造した語句、創造した図、文字のフォントなど、標章の外観から同一かどうか検討することができる。
(3) 自身の標章と同一または類似する標章を使用する者がいることを知らない。
2) 商標の併存が認められる特殊事情
(1)商標が更新されていないが、継続的に使用されている
(2)出願人は、タイ国内で広く製品の配布、普及、宣伝を行っており、他人から異議を申立てられたことがない。
(3)商務省発表の区分変更後の商品と、当事者の商標が使用される商品が偶然に類似している。
(4)タイ商標法第51-1条第2段落の譲渡人、譲受人または相続人からの同意書
(5)併存を認める最高裁判決
3) 登録官は、出願人が提出した事実および事情を次の証拠書類とともに検討する。
(1)出願人の沿革、例えば設立、標章の使用開始年、標章の外観(2)会社、出願人または他人による使用証拠
(3)使用を示す証拠(区分/指定商品/指定役務)が登録願書した通りかどう
か。(4)使用している標章の外観が登録申請した通りかどうか。
(5)領収書(月/年 販売額の合計)
(6)納品書/Tax Invoice/発注書(月/年 販売額の合計)
(7)販売による収益/価格を示す証拠(月/年 販売額の合計) (8)広告費に係る領収書(月/年 販売額の合計)
(9)販売による収益を示す、会社の貸借対照表/監査報告書/利益余剰金 (年 金額)
(10)様々な媒体の広告資料(例えば、パンフレット/小冊子/定期刊行誌/ 書籍/広報資料/その他(年/月) 標章の外観が登録申請した通りかどうか。
(11)他国の登録証写し
(12)工場設立許可証写し(年を明記)
(13)商品サンプル
(14)裁判所判決文写し
(15)その他の証拠
(D) 登録官が証拠不十分と考える場合、登録官は後願出願人に対して登録商標を引用して、同一または類似の判断を行う。
(E) 登録官が証拠十分と考える場合、後願出願人の商標の登録を認める。なお、登録官は、商標の使用の方法および範囲に関する条件および制限、その他の条件および制限を考慮する場合もある。
(F) タイ商標法第27条による特殊事情下で両当事者の商標の併存が認められる場合、登録官はその旨の理由を記載した書面による通知を出願人及び登録商標の所有者に送付する。
なお、出願人または登録商標の所有者は、タイ商標法第27条第1段落に基づく登録官の併存を認める旨の命令に対し、当該命令の書面による通知を受領してから60日以内に商標委員会に審判を請求することができる(同法第2段落)。
コンセント制度における審査、コンセントの提出時期、コンセントの書式、コンセント制度登録後の要件、アサインバックについては「タイにおけるに商標コンセント制度に関する留意点(後編)」をご覧ください。
■ソース
・商標法(タイ)https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/thailand-shouhyou.pdf ・商標審査マニュアル 仏暦2565年(西暦2022年)版(タイ)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/th/ip/pdf/manual20220117_th.pdf ・商標委員会規則(The trademark Board Regulations)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/7648d2b29f764ca1670ebe45699ad6a8.pdf ・民事訴訟法
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/0f172648c403905b6f0d4ab2a9a27b9a.pdf ・出願番号516186 18類 審決
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/326b50ca4b17c8b67ffdd1e5c242f1ce.pdf ・出願番号516187 25類 審決
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/f7e33ff703e6c07607c939c0afca1e2a.pdf ・出願番号516186 IP&IT裁判所判決No.101/2006
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/3f5c7fd52e4c9db0811eb0be9be73ba9.pdf ・出願番号516186 最高裁判決No.1149/2009
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/3bf627dab4d127f036e41d29620c263b.pdf ・出願番号739934 審決
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/513b56b6978e0a2edd2feb0358be2428.pdf ・出願番号739934 IP&IT裁判所判決No.116/2013
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/4f67e0effc8049d5b9ca2876659204e8.pdf ・出願番号739934 最高裁判決No.5330/2015
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2023/03/210c1f8771c77bf387e01a3df2fc1e79.pdf
■本文書の作成者
Tilleke & Gibbins International Ltd.■本文書の作成時期
2022.09.01