中南米 / 出願実務
ブラジルにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
2023年03月02日
■概要
ブラジルの審査基準のうち新規性に関する事項について、日本の審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。後編では、請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項について説明する。新規性に関する特許法および審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定については「ブラジルにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/33905/)を参照願いたい。
■詳細及び留意点
(前編から続く)
5.請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1.対比の一般手法
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第1部第3章3.85
関連する条文:ブラジル産業財産法第25条
(2) 異なる事項または留意点
ブラジル産業財産法第25条は、請求項は明細書に基づいて、出願の特徴付け、明確かつ正確な方法で保護の対象となる事項を定義しなければならないと規定している。これは、各請求項の主題について明細書に根拠がなければならず、請求項の範囲は、明細書および図面がある場合にはその内容よりも広くてはならず、また先行技術への寄与に基づくものでなければならないことを意味している。
5-2.上位概念または下位概念の引用発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.11~12
(2) 異なる事項または留意点
内容が一般的かつ広範に請求されている場合において、当該内容が審査中の特許出願で請求されたパラメータ内で具体的に開示されている先行技術文献があるときは、新規性の欠如を指摘しなければならない。一方、一般的な用語での開示は、具体的な用語で定義された発明の新規性に影響を与えない。
5-3.請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.11~16
(2) 異なる事項または留意点
異なる事項、留意すべき事項は特にない。
5-4.対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第1部第3章3.37
ブラジル特許出願の審査基準第2部第5章5.10~21
(2) 異なる事項または留意点
異なる事項、留意すべき事項は特にない。
6.特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1.作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.15
(2) 異なる事項または留意点
特徴や性能パラメータによって定義される請求項は、そのような用語でしか発明を定義できない場合や、請求項の範囲を不当に制限することなくより正確に定義できない場合に、認められる場合がある。
このタイプの請求項では、審査官は、請求項中の特徴または性能パラメータが、請求対象製品がある特定の構造および/または組成を有することを示唆しているかどうかを検討しなければならない。特徴または性能パラメータが、請求された製品が先行技術文献に記載された製品とは異なる構造および/または組成を有することを示唆している場合、その請求項は新規であるといえる。
一方、当業者が特徴や性能パラメータから、請求項に係る製品を先行技術文献に記載されたものと区別できない場合、請求項に係る製品は先行技術文献の製品と同一であると考えられ、したがって、請求項は新規性がないと判断される。
6-2.物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.16
(2) 異なる事項または留意点
製品が先行技術から既に知られている場合、その用途を特徴とする請求項は、新規性の欠如を理由に受理されない。製品が技術的特徴において定義されなければならないため、製品が技術水準から知られていない場合、そのような請求項の表現は明確さに欠けるため、産業財産法第25条に従って明確性の欠如を理由として認められない。その一例として、抗ウイルス剤として使用することを特徴とする化合物Xの請求項は、技術水準の文献に記載された染料として使用される同じ化合物Xとの関係では、新規性があるとはみなされないことになった。化合物Xの用途は新しくても、その特性を決定する化学式は変わっていないためである。したがって、抗ウイルス剤である化合物Xの発明は新規ではない。
6-3.サブコンビネーションの発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載がない。
6-4.製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.17
(2) 異なる事項または留意点
製造方法で定義された請求項は、製品が特許性の要件、すなわち、新規事項かつ非自明であり、また、他の方法で説明できないことを満たす場合にのみに認められる。このタイプの請求項について、審査官は、製造プロセスの特徴が製品の特定の構造および/または組成をもたらすかどうかを考慮しなければならない。当業者が、当該製造プロセスが、先行技術文献に開示された製品とは異なる構造および/または組成を有する製品を必然的にもたらすと結論付けることができる場合、当該請求項は新規性があるといえる。一方、概製造プロセスで製造された製品を先行技術文献の製品と比較した場合、製造プロセスが異なるにもかかわらず、同じ構造および組成を有する場合、その請求項に新規性はない。
6-5.数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するブラジル特許出願の審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.14
(2) 異なる事項または留意点
請求された発明が、部品の寸法、温度、圧力、組成物中の成分の含有量などの数値または連続した数値範囲によって定義される技術的特徴を含む場合、もしくは、他のすべての技術的特徴が先行技術文献のものと同一であるかどうかは、以下の規則に従って新規性の判定を行う必要がある。
(i) 先行技術文献に記載された数値または数値範囲が技術的特徴の請求範囲に完全に含まれる場合、先行技術文献は請求事項の新規性に影響を与える。
(ii)先行技術文献に記載された数値範囲と技術的特徴の数値範囲が部分的に重なるか、少なくとも一つの終点が共通する場合、先行技術文献が発明の新規性に影響を与える。
(iii)先行技術文献に記載された数値範囲の2つの極点は、当該技術的特徴が当該極点の1つを含む離散的な数値を示す場合に発明の新規性に影響を与えるが、当該技術的特徴が当該2つの極点の間の任意の点における数値である場合に発明の新規性に影響を与えない。
(iv)当該技術的特徴の数値または数値範囲が先行技術文献に記載された範囲に含まれ、それと共通する極点を有しない場合、先行技術文献は請求項に係る発明の新規性に影響を与えない。
7.その他
7-1.特殊パラメータ発明
特許・実用新案審査基準(日本)には特殊パラメータ発明に関する記載はないが、ブラジル特許出願の審査基準には以下のとおり、特殊パラメータ発明に関する記載がある。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第1部第3章3.56
(2) 説明
たとえ十分に説明されていても一般的でないパラメータが採用されているケースは、従来の技術との有意義な比較ができず明確さに欠けるため、一般に認められない。また、このようなケースでは、出願人は、一般的でないパラメータは技術水準において使用されているパラメータと同等であること、またはそれは主題に対する追加を構成しないことを証明しなければならない。
7-2.留意点
ブラジル特許出願の審査基準のうち新規性に関する事項について、その他留意すべき点として以下の事項がある。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
ブラジル特許出願の審査基準第2部第4章4.10
(2) 説明
新規性要件の評価のために、2つの異なる技術水準文献を組み合わせることはできない。そのような組み合わせが必要な場合は、進歩性のみが論じられるべきである。しかし、2以上の技術水準文献は、以下の場合において、請求項を裏付けるために先行技術が必要とされないことを条件として、関連主題の新規性に反する意見のために引用することができる。
(i) 異なる請求項の事項の新規性を議論するために、異なる文献を使用してもよい。
(ii)マーカッシュ構造のような同一の独立形式請求項における異なる選択肢について、各技術水準文献が、請求項が提供する可能性の範囲内で異なる選択肢に言及している場合、同一の請求項の事項の新規性に着目して、異なる先行技術文献を使用することができる。なお、代替案を有する請求項の評価では、代替案の一つを開示する先行技術文献があれば、請求項全体としての新規性を解消するのに充分であると判断されることがある。しかし、先行技術に見出された事項を除外するために、請求項の再形成を認めることができる。
(iii)請求項に係る事項の新規性の議論において、特定の用語の意味を解釈するために、辞書または同様の参照文献などの第2の文献を引用し、最初に言及した先行技術文献のみで請求項に係る事項の新規性が否定されることを強調することができる。
(iv)先行技術文献が第二公開文献を参照している場合、この第二公開文献は第一公開文献に参照により組み込まれたものとみなされる。
■ソース
・ブラジル特許出願の審査基準第1部https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/brazil-tokkyo_kijun.pdf ・ブラジル特許出願の審査基準第2部
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/brazil-kijun_tokkyosei.pdf ・ブラジル産業財産法
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/brazil-sanzai.pdf ・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf#page=203
■本文書の作成者
Licks特許法律事務所■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2022.10.27