アジア / 出願実務
タイにおける非アルファベット文字の取り扱いに関する一般的な留意点(前編)
2023年02月28日
■概要
カタカナを含む商標は、日本ブランドであることを識別させる手段として有効であるため、タイにおけるカタカナを含む商標の取得ニーズは極めて高い。本稿では、前編・後編に分けてタイにおけるカタカナなどの非アルファベット文字を含む商標の類否判断基準について、タイの商標審査マニュアル(以降、タイ商標審査マニュアルという)および判例とともに紹介する。前編では、類否基準に関するタイ商標審査マニュアルの記載個所、標章の類否判断に関する基本的な考え方、マークの類否判断における(外観、称呼、観念)の認定、外観、称呼、観念の類否について解説する。外国語マーク、非アルファベット文字およびカタカナの類否について、外国語商標、非アルファベット文字商標およびカタカナ商標の識別力については「タイにおける非アルファベット文字の取り扱いに関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/33868/)をご覧ください。■詳細及び留意点
1.記載個所
標章の類否基準については、「タイ商標審査マニュアル」第2章に記載されている。その概要(目次)の抜粋は以下のとおりである。
第2章 商標の審査および検討 第1部 願書様式および願書内の項目の審査 1.登録願書(願書様式)の検討 2.指定商品および役務の検討 3.称呼および翻訳の検討 4.標章の外観の検討 5.第28条および第28条の2に基づく権利の許可の検討 6.登録願書内の項目補正の検討 第2部 登録するべき特徴の検討 1.識別性のある商標の検討 2.登録を禁止しなければならない特徴のある商標の検討 3.商標の同一性または類似性の検討 |
2.標章の類否判断に関する基本的な考え方
日本の商標審査基準(日本)の第3 十「第4条第1項第11号(先願に係る他人の登録商標」に対応する、「タイ商標審査マニュアル」の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
タイ商標法第13条および同法第20条
タイ商標審査マニュアル 第2章第2部83-89頁
(2) 異なる事項または留意点
タイ商標審査マニュアルでは、外観や称呼の類否に関するルールは、日本の審査基準とほぼ同じである。しかしながら、「観念」については、タイ商標審査マニュアルに記載されていない。
タイ商標審査マニュアル(第2章第2部 「3. 商標の同一性または類似性の検討」 83頁)によれば、商標が完全に同一である場合には同一であるとみなされ、商標権所有者や商品の出所について公衆が混同したり誤認したりする程度に類似している場合には類似するとみなされる。商標が同一または類似するかを判断する際、全体観察する必要があり、本質的または顕著な同一の商標要素を共有しているか否かを検討する。図形同士、単語同士、単語同士の組合せだけで比較してはならない。商標が同じ区分の商品と一緒に使用されているか、異なる区分の商品であっても性質は同じであるか、また、(商品/役務の潜在的な顧客またはユーザーになる可能性が高い者の)対象グループが同じであるか、あるいは、対象グループが商標を区別するのに十分な知識を持っているかなど、商標の称呼や商品も考慮しなければならない。
3.マークの類否判断における(外観、称呼、観念)の認定
タイ商標審査マニュアル(第2章第2部 「3. 商標の同一性または類似性の検討」84頁)に、次のように説明されている。
3-1.外観
商標は、全体観察されなければならず、商標の一部のみに基づいて検討してはならない。登録されるためには、商標は他人の商標と同一または類似の本質的要素を有してはならない。
(1) 商標の主要要素または本質的要素が他人の商標と同一または類似する場合、その商標は、商標の細部が異なる場合であっても、類似するとみなされる。
図形商標:商標内の図形を検討する。
文字商標:文字列を検討する。称呼も比較される場合がある。
(2) 2つの商標に同じ単語が含まれている場合、それらのフォント形式が異なっていても、類似するとみなされる(例:ブロック文字に対する、小文字、筆記体)。
3-2.称呼
称呼は、単独または文字等と組み合わせで、商標が同一または類似の商標であるか否かを判断するために使用される。以下に、例を示す。
3-3.商品・役務
商標が他人の商標と同一または類似する場合、両者の商品または役務が同一の性質を有するか否かを検討しなければならない。例えば、次の事項を検討する必要がある。
(1) 対象グループ:両者の商品が個人商品、家庭用品、農産物である場合、それらの商品が同一の顧客グループを持つ可能性があること;
(2) 工業用、農業用、家庭用および工業用製品、ならびに、医療用医薬品等の特殊製品;
(3) 産業機械部品などの使用目的;
(4) 雑貨店、百貨店、販売店など流通場所;
(5) 商品価値:高価な商品を購入する場合、顧客はより多くの注意を払い、目的を検討する可能性が高い。
例えば、日本語の商標「白梅」=「シラウメ」「ハクバイ」のように2つの称呼が生じる場合、多くのオフィスアクションにおいて、漢字が異なる方法で発音できるときは、登録官は、標準中国語および潮州語(中国語の方言の一つ)での発音を含め、可能なすべての称呼を検討する。したがって、漢字には自然な称呼や一般的に使用されている称呼がない場合、同一の漢字からなる従前の商標と類似するか、異なる文字であっても称呼が類似するかについても検討されることが推測される。
また、「観念」に関して、タイ商標審査マニュアルでは、類否判断における「観念」の取扱い方法が示されていない。したがって、外国語文字は、外国語の意味や称呼をすぐに認識することができない場合、外国語文字がアルファベット文字として、または意味や称呼を有する文字商標としてみなされると考えられる。これらの意味および称呼は、タイ商標審査マニュアル(第2章第1部「3.称呼および翻訳の検討」21-22頁)により、出願書類、辞書または翻訳機関の翻訳に基づくとされる。
4.外観、称呼、観念の類否について
4-1.外観の類否について
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
タイ商標審査マニュアル第2章第2部 「3. 商標の同一性または類似性の検討」83-90頁
(2) 異なる事項または留意点
商標の外観の類否判断に関して、日本とタイとの間で大きな違いはない。タイ商標審査マニュアル(第2章第2部「3. 商標の同一性または類似性の検討」83頁)によれば、登録官は、商標を全体観察することにより、商標が先行商標と類似しており、商標権所有者や商品の出所について公衆を混同させたり、誤認させたりするおそれがあるか否か、または、本質的に類似または同一であるか否かを検討する。登録官は、各々の図形または単語のみを個別に比較するのではなく、商標の要素すべておよび商標の本質的要素が先行商標の本質的要素と類似または同一であるかを判断する。
タイ商標審査マニュアル(第2章第2部「1.識別性のある商標の検討」60頁)によると、商標のいずれかの部分が本質的または重要であるかを判断する際には、以下の基準を考慮する。
1)要素の色、要素の配置、商標における図形の配置であって、商標の本質として支配的なもの
2)公衆や消費者に目立つように、より大きな要素の比率の比較
類似商標の例(タイ商標審査マニュアル第2章第2部85頁)
類似しない商標の例(タイ商標審査マニュアル第2章第2部86、87頁)
ラベル中の商標
タイ商標審査マニュアル第2章第2部「3. 商標の同一性または類似性の検討」88頁
1)商標に含まれる図形やアルファベット文字の配置が先行商標と類似または同一である場合、本質的要素のいくつかが異なっていても、先行商標と類似するとみなされる。
2)商標の本質的要素が先行商標の本質的要素と類似または同一であり、他の要素が異なる場合、先行商標と類似するとみなされる。
部分放棄した(Disclaimed)要素から構成される商標
タイ商標審査マニュアル第2章第2部「3. 商標の同一性または類似性の検討」88頁
部分放棄した文字や図形は、商標の本質的要素ではないとみなされる。ただし、商標の全体的な外観と称呼を判断する場合、部分放棄された要素は商標の要素とみなされる。以下に、例を示す。
4-2.称呼の類否について
称呼の類否について、タイ商標審査マニュアルは、(強弱アクセント、音質、音量、音調、音節など)商標の称呼をどのように判断するのか、詳細に規定していない。したがって、出願人は、商標に記載されている外国語の単語の翻訳(Translation)および音訳(Transliteration)/発音(Pronunciation)を提出しなければならず、登録官は、知的財産局に提出された出願書類に記載されている当該商標のタイ語の音訳/発音、または、登録官が自ら決定した翻訳および音訳/発音に基づいて判断する。登録官は、一般的な辞書や、信頼できる翻訳機関からの情報等の信頼できる情報源を検索することを含め、正しい音訳/発音を判断するために自ら調査を行うことができる。
(注:「音訳(Pronunciation)」とは、現地語(タイ語アルファベット)で商標の文字による単語を表現したものを意味する(例えば、日本の漢字を表現するためにタイ文字を使用して表現する)。「発音(Pronunciation)」とは、(例えば、出願した商標が出願人によって意図した)音で表現した単語の発音を意味する。
(例1)商標委員会審決No.769/2554(2011) (URL:N/A)
(例2)商標委員会審決No.105/2556(2013) (URL:N/A)
(例3)商標委員会審決第532/2565号 (2022年) (URL:N/A)
(例4)商標委員会審決No.247/2565号 (2022年) (URL:N/A)
上記審決に基づいて、後願商標と先行商標は異なる言語であっても、商標がタイ語で同様に発音されている場合には、後願商標は類似する商標を引用するにより拒絶されると結論することができる。
4-3.観念の類否について
日本の商標審査基準に示されている商標の観念の類否は、タイ商標審査マニュアルにおいて明確に説明されていない。商標の類否の審査は、商標に明確に示されているように、全体的な外観と、単語または図形の称呼のみに基づいて行われることが暗示されている。したがって、私見となるが、日本の商標審査基準十、第4条第1項第11号 3(3)に「観念類似」と判断される例として示されている「でんでんむし物語」と「かたつむり物語」は、タイの登録官は、両商標が非類似であると判断する可能性がある。
外国語マーク、非アルファベット文字およびカタカナの類否について、外国語商標、非アルファベット文字商標およびカタカナ商標の識別力については「タイにおける非アルファベット文字の取り扱いに関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。
■ソース
商標法(タイ)https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/thailand-shouhyou.pdf 商標審査マニュアル 仏暦2565年(西暦2022年)版(タイ)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/th/ip/pdf/manual20220117_th.pdf 商標審査基準(日本)「十、第4条第1項第11号(先願に係る他人の登録商標)」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/document/index/20_4-1-11.pdf
■本文書の作成者
Tilleke & Gibbins International Ltd.■本文書の作成時期
2022.09.01