アジア / 出願実務
タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
2023年01月24日
■概要
タイの審査基準(特許及び小特許審査マニュアル)のうち新規性に関する事項について、日本の審査基準(特許・実用新案審査基準)と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。本稿では、前編・後編に分けてタイの特許及び小特許審査マニュアルの新規性の留意すべき点などを紹介する。前編では、新規性に関する特許法および審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定について説明する。請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については「タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/27686/)をご覧ください。■詳細及び留意点
1.記載個所
1-1.目次
新規性の審査基準は、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」第1章第3部「3.3.4 第5条に定める実体審査」において、進歩性などとともに記載されている。その概要(目次)は以下のとおり。
3.3.4 第5条に定める実体審査 3.3.4.1 第5条に定める検討に用いられるための先行技術の規定 3.3.4.1.1 先行技術及びその記載に関する法令及び規則 3.3.4.1.2 先行技術の決定に適用する出願日を決定する場合の原則 3.3.4.2 新規性及び進歩性の審査手順 3.3.4.3 発明の新規性(Novelty)の審査 3.3.4.3.1 新規性の検討手順 3.3.4.3.2 新規性の検討例 |
1-2.日本の審査基準との対応関係
特許・実用新案審査基準(日本)との対応関係は、概ね、以下のとおりとなる。
特許・実用新案審査基準(日本) 第III部第2章 |
特許及び小特許審査マニュアル(タイ) |
第1節 2. 新規性の判断 |
第1章第3部 3.3.4.3.1 新規性の検討手順 |
第3節 2. 請求項に係る発明の認定 |
対応する記載なし(第1章第3部 3.3.4.3に関連記載あり) |
第3節 3.1 先行技術 |
第1章第3部 3.3.4.1.1 先行技術およびその記載に関する法令および規則 |
第3節 3.1.1 頒布された刊行物に記載された発明(第29条第1項第3号) |
対応する記載なし(第1章第3部 3.3.4.3.1(i)に関連記載在り) |
第3節 3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号) |
対応する記載なし |
第3節 3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号) |
対応する記載なし |
第3節 3.1.4 公然実施された発明(第29条第1項第2号) |
第1章第3部 3.3.4.3.1.i 発明の新規性の検討に用いられる発明と先行技術との比較の指針 |
第3節 3.2 先行技術を示す証拠が上位概念又は下位概念で発明を表現している場合の取扱い |
第1章第3部 3.3.4.3.2 新規性の検討例 |
第3節 4.1 対比の一般手法 |
第1章第3部 3.3.4.3.1新規性の検討手順 |
第3節 4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法 |
対応する記載なし |
第3節 4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法 |
対応する記載なし |
第4節 2. 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合 |
対応する記載なし |
第4節 3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合 |
対応する記載なし |
第4節 4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合 |
対応する記載なし |
第4節 5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合 |
第5章第1部 6.3 化学的又は物理的パラメータ値又は、製造工程を説明した化学製品の新規性審査 |
第4節 6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合 |
第5章第1部 6.3 化学的又は物理的パラメータ値又は、製造工程を説明した化学製品の新規性審査 |
2.基本的な考え方
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)(タイ)第1章第3部3.実体審査 3.3.4.3.1 新規性の検討手順
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、新規性の検討手順が以下のとおり、日本の審査基準と比較してより具体的に記載されている。
1. 各クレームの構成要素を分節する。 2. 第1項で分類した各構成要素の範囲を決定する。 3. 最も関連性の高い先行技術における第2項に関連する構成要素の範囲を決定する。 4. 以下の原則に従って検討を行い、クレームと最も関連性の高い先行技術との間で構成要素の範囲が相違するか比較する。 4.1 クレームの構成要素の範囲が先行技術と同一の場合、当該構成要素は相違しないとみなす。 4.2 クレームの構成要素の範囲が先行技術より広い場合、当該組成又は構成要素は相違しないとみなすが、クレームの構成要素が先行技術より狭い場合、当該構成要素は相違するとみなす。 4.3 クレームの構成要素の範囲が先行技術と同一及び相違の両方がある場合は、当該構成要素は相違するが、相違する部分についてのみ保護を求めることができるとみなす。 5. 構成要素全てについて先行技術と相違する部分があるかあらゆる部分を検討する。相違する部分がある場合、クレームは新規性を有するものとし、相違する部分が無い場合、クレームは新規性を欠いていると判断する。 |
3.請求項に記載された発明の認定
3-1.請求項に記載された発明の認定
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、請求項に記載された発明の認定に関する記載は以下のとおりである。
「審査官は、記述されている用語又は文言に常に留意しながら、権利が発生する範囲を規定するクレームにおいて保護を受けたいと希望する発明を解釈する(特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)第1章第3部3.3.4.3)。」
しかしながら、日本の審査基準に記載されているような「請求項に記載された発明の認定」に該当する記載はない。
3-2.請求項に記載された発明の認定における留意点
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)に対応する記載はないが、クレームの記載と発明の詳細な説明の記載との関係について、以下の点に留意する必要がある。
クレームには、保護を求める発明の技術的特徴を明確かつ簡潔に記載しなければならない(タイ特許法第17条(4))。また、クレームに一般的でない技術用語が記載されている場合には、その定義や説明が、発明の詳細な説明の中に明確に記載されなければならない。
重要なことは、クレームに記載された用語が、発明の詳細な説明の用語と一致していなければならないことである。審査官は、発明の詳細な説明に一語一句の裏付けが存在しない場合、クレームの記載不備を指摘する傾向がある。
明確性要件の詳細については、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」第1章第3部3.3.2.2に記載されている。
4.引用発明の認定
4-1.先行技術
4-1-1.先行技術になるか
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)(タイ)第1章第3部 3.発明の審査3.3.4.1 第5条に定める検討に用いられるための先行技術の規定3.3.4.1.1 先行技術およびその記載に関する法令および規則
(2) 異なる事項または留意点
先行技術は検討する特許出願の出願日前に存在している技術であると定義されている(「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部3.3.4.1)。また、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部3.3.4.1.1において、先行技術を具体的に次のように説明している。
タイ特許法第6条に規定されているように、先行技術とは以下の発明を意味する。
(1) 特許出願日より前に,国内で他人に広く知られていた発明又は用いられていた発明 (2) 特許出願日より前に,国内外でその主題が文書若しくは印刷物に記載されていたか,又は展示その他の方法で一般に開示されていた発明 (3) 特許出願日より前に,国内外で特許又は小特許の付与を受けていた発明 (4) 特許出願日の18月より前に外国で特許又は小特許が出願されたが,かかる特許又は小特許が付与されなかった発明 (5) 国内外で特許又は小特許が出願され,その出願が国内の特許出願日より前に公開された発明 特許出願日前の12月間に,非合法的に主題が取得されて行われた開示,又は発明者が国際博覧会若しくは公的機関の博覧会での展示により行った開示は,(2)でいう開示とはみなされない。 |
なお、日本の審査基準では「本願の出願時より前か否かの判断は、時、分、秒まで考慮してなされる」が、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には「本願の出願時より前か否かの判断は、時、分、秒まで考慮してなされる」旨に関連するような記載はない。
4-1-2.頒布された刊行物に記載された発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.1 頒布された刊行物に記載された発明(第29条第1項第3号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
刊行物公知に関して、タイ特許法第6条(2)に規定されている。しかしながら、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「頒布された刊行物に記載された発明」、「頒布」、「刊行物」、「刊行物に記載された発明」の定義に関連する記載はない。
4-1-3.刊行物の頒布時期の推定
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、刊行物の頒布時期の推定に関する記載はないが、タイ特許法第6条(2)に規定されている先行技術を証明する書類について、「特許出願人が審査のために提出した特許文献の第一頁目におけるINID CODE(43)を検討して、(審査前の)特許出願の公開日が本願の出願日前であるか、又は公開された新聞又は公開文書、学術文書等の証拠書類は、本願の出願日前に開示されたか確認する」旨が記載されている(第1章第3部3.3.4.3.1(i))。
4-1-4.電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」に関連する記載はないが、実務上、以下の留意点がある。
出願に対して異議申立を行う場合、実務上、申立人は開示された資料を先行技術として提出することができる。開示された資料には、電気通信回線を通じて公開されたものも含まれる。ただし、そのような先行技術の場合、公開日が明確に示されていることが必要とされる。したがって、公開日が信頼できないと判断した場合、審査官は、当該先行技術を証拠として却下する。
4-1-5.公然知られた発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「公然知られた発明」の定義に関連する記載はないが、「公然知られた発明」は、「特許出願日より前に、国内で他人に広く知られていた発明」をいう(タイ特許法第6条(1))。ただし、「公然知られる状態にある発明」が「公然知られた発明」に含まれるのか否かは不明である。
4-1-6.公然実施をされた発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施された発明(第29条第1項第2号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部 3.発明の審査 3.3.4.3.1.i 発明の新規性の検討に用いられる発明と先行技術との比較の指針
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には「公然実施をされた発明」の定義に関連する記載はないが、「公然実施をされた発明」は、「特許出願日より前に、国内で用いられていた発明」をいう(タイ特許法第6条(1))。「国内で用いられていた発明」であるか否かを証明する書類として、注文書、納品書、製品の広告宣伝チラシ等が挙げられている(第1章第3部 3.3.4.3.1.i)。
請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については「タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(特殊技術分野を除く)後編」をご覧ください。
■ソース
・発明特許及び小特許出願審査マニュアル(2019年改訂版)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/th/ip/pdf/patent_manual2019_th_jp.pdf ・タイ特許法(英語)
https://wipolex.wipo.int/en/text/585479 ・タイ特許法(日本語)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/thailand-tokkyo.pdf ・日本の特許・実用新案審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf#page=203
■本文書の作成者
Tilleke & Gibbins International Ltd.■本文書の作成時期
2022.08.30