アジア / 出願実務
台湾における新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
2022年12月06日
■概要
台湾の審査基準(専利審査基準)のうち新規性に関する事項について、日本の特許・実用新案審査基準と比較して留意すべき点を中心に紹介する。ただし、ここでは、各技術分野に共通する一般的な事項についてのみ取扱うこととし、コンピュータソフトウエア、医薬品など、特定の技術分野に特有の審査基準については省略する。本稿では、前編・後編に分けて専利審査基準の新規性の留意すべき点などを紹介する。前編では、新規性に関する専利審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定について説明する。請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については「台湾における新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/27303/)をご覧ください。■詳細及び留意点
1.記載個所
新規性(台湾専利法第22条第1項)については、専利審査基準の第2篇第3章2.に記載されている。その概要(目次)は以下のとおり。
2. 新規性 2.1 前書き 2.2 新規性の概念 2.2.1 先行技術 2.2.1.1 既に刊行物に見られる 2.2.1.1.1 一般原則 2.2.1.1.2 刊行物の公開日の認定 2.2.1.1.3 インターネット上の情報 2.2.1.1.3.1 認定原則 2.2.1.1.3.2 引用方式 2.2.1.1.3.3 審査の注意事項 2.2.1.2 既に公開実施されたもの 2.2.1.3 既に公衆に知られている 2.2.2 引用文献 2.3 新規性の審査原則 2.3.1 逐項審査(請求項毎の審査) 2.3.2 単独対比 2.4 新規性の判断基準 2.5 特定の請求項及び選択発明の新規性判断 2.5.1 製造方法によって物を特定する請求項 2.5.2 用途によって物を特定する請求項 2.5.3 用途の請求項 2.5.4 選択発明 2.5.4.1 個別の成分又はサブセットの選択 2.5.4.2 下位の範囲の選択 |
2.基本的な考え方
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.4 新規性の判断基準」
(2) 異なる事項または留意点
請求項に係る発明と引用発明が以下の事情のいずれかに該当する場合は、新規性を有しないと判断される。
(Ⅰ)完全に同一である
(Ⅱ)文字の記載形式または直接かつ疑いなく知ることができる技術的特徴にのみ差異が存在する
(Ⅲ)対応する技術的特徴の上位、下位概念のみに差異がある(下位概念の発明が既に公開されていれば、その上位概念の発明は新規性を有しない)
上記(Ⅱ)について、専利審査基準では、該当しない例として、先行技術が「弾性体」である場合、「弾性体」には「ゴム」や「ばね」など、幾つかの概念が含まれているため、「ゴム」は、先行技術から直接かつ疑いなく知ることができるものと認定することはできないことが挙げられているが、(Ⅱ)に該当する例は挙げられていない。また、実務上の運用も曖昧である。
台湾の判決に基づいて上記(Ⅱ)の判断基準を検討する際、「從我國法院相關判決論新穎性判斷之『直接且無歧異得知』(2017.04智慧財産月刊Vol.220)(https://www.tipo.gov.tw/tw/dl-17457-14c2214e5be74776905f4f83421820a2.html)」を参考にした。当該文献によると、裁判所は多くの場合、
(a)単独で対比する、
(b)引用発明において実質的に単独または全体的に暗示されている特徴を確定する、
(c)請求項に係る発明と引用発明との差異を逐一対比する、
(d)上記(b)の特徴が請求項に係る発明に対応するか否かを確定する、
という順で判断を行っており、また、一部の判決では、効果も新規性の補助的な検証点として取り入れられている。
3.請求項に記載された発明の認定
3-1.請求項に記載された発明の認定
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第1章「2.5 請求項の解釈」
(2) 異なる事項または留意点
専利審査基準には、「請求項を解釈するにあたっては、原則として請求項における用語に対し、最も広く、合理的であり、かつ明細書と一致する解釈を与えなければならない」と記載されているので、日本の審査基準の「請求項の用語の意味を、その用語が有する通常の意味と解釈する」ことと比較して、解釈の幅がやや広いように見えるが、基本的には同様の「明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項中の用語を解釈する」という基準に基づいて認定が行われていると考えられる。
3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第1章「2.5 請求項の解釈」
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4.引用発明の認定
4-1.先行技術
4-1-1.先行技術になるか
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.2.1 先行技術」
(2) 異なる事項または留意点
当地(台湾)でいう「出願前」とは、特許出願の出願当日よりも前を指し、出願日を含まず、優先権を主張する場合は、優先日当日よりも前を指し、優先日を含まない。日本のように時、分、秒まで考慮されることはなく、日単位で考慮される。
4-1-2.頒布された刊行物に記載された発明
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.1 頒布された刊行物に記載された発明(第29条第1項第3号)」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.2.1.1 既に刊行物に見られる」
(2) 異なる事項または留意点
専利審査基準でいう「刊行物」とは、公衆に公開された文書または情報が記録されたその他の記録メディアを指し、世界中の如何なる場所または如何なる文字で公開されたかを問わず、抄録、撮影、複製またはインターネットによる伝送等の方法によって公衆がその技術的内容を知り得るようにすること(*)は、いずれもこれに属するものとする。
また、インターネット上の情報とは、インターネットまたはオンラインデータベースに掲載されている情報であり、それが刊行物であるか否かは、公衆がそのホームページおよび位置を知ることができ、当該情報を取得することができるかによるべきで、公衆が実際にそのウェブサイトにアクセスしたか否かまたはそのウェブサイトにアクセスするのに料金を支払ったりパスワードを必要とするか否かは問題とせず、ウェブサイトが特にユーザーを限定せずに公衆が申請手順を通してそのウェブサイトにアクセスすることさえできれば、公衆に知られていることに属する。
ただし、公衆に知られる状態になっていないことを示す明確な証拠があれば、それらを既に公開発行されたと認定することはできない。例えば、次の例が挙げられている。
(a)月刊雑誌の原稿および出版日のある商品への接触は特定の者のみである。
(b)「内部文書」または「機密文書」等の類似文字が表示されており、かつ、それが外部に公開されたことを示す明確な証拠がない。
(c)インターネット上の情報が特定の団体または企業のメンバーのみがイントラネットを介して取得できるようにしている機密情報。
(d)コード化されており(encoded)、料金を支払うことや無料などの通常の方法ではエンコードツールを取得して内容を知ることができない情報。
(e)正式に公開されていないURLで偶然にしか知りえない情報。
(*) 日本では、平成11年法改正により、特許法第29条第1項第3号に「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」が追加されたが、台湾では、専利審査基準における「刊行物」の解釈により対応している。
4-1-3.刊行物の頒布時期の推定
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.2.1.1.2 刊行物の公開日の認定」
(2) 異なる事項または留意点
専利審査基準にも、日本の審査基準の(a)~(f)と同じことが記載されており、さらに、次の点が追加されている。
・年を跨いで発行年が記載されているものは、その第一年目の最終日とする。
・年を跨いで発行年月が記載されているものは、その第一年目の年月の最終日とする。
・年を跨いで発行年月日が記載されているものは、その第一年目の年月日とする。
・季刊発行されるものは、発行地で認定される季節の最終日とする。
4-1-4.電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.2.1.1.3 インターネット上の情報」
(2) 異なる事項または留意点
インターネット上の情報が刊行物であるか否かについては、上記4-1-2.も参照されたい。また、原則的にインターネット上で公開された情報には公開日時が記載されていなければならない。もし、公開日時がその情報に記載されておらず、審査官が当該日時の事実性について疑念を抱く、または出願人がすでに提出した客観的な具体的証拠に対して当該日時の事実性について疑念を抱いた場合、その情報を公開または管理するウェブサイトが発行した証明またはその他の証拠資料を取得して、その情報の公開日時を証明しなければならない。証明できない場合は、引用文献とすることはできない。
上述の「その他の証拠資料」の例は以下のとおりである。
(1)インターネットアーカイブサービスが提供するウェブページ情報。例えば、デジタルアーカイブであるウェイバックマシン(Wayback Machine, www.archive.org)。
(2)ウェブページまたはファイル変更履歴のタイムスタンプ。例えば、ウィキペディア(Wikipedia)の編集履歴。
(3)インターネット上のファイルディレクトリまたは自動注記情報などコンピュータが生成したタイムスタンプ。例えば、ブログの文章やインターネットフォーラムメッセージ(forum message)の公表時間。
(4)ウェブサイトのサーチエンジンが提供する索引日(indexing date)。例えば、グーグルのキャッシュ情報。
インターネットの性質は文書と異なり、インターネット上で公開された情報は全て電子形式であるため、モニターに現れる公開された時間が操作されて変動したか否かを判断するのは困難であるものの、インターネット上の情報量が膨大でかつ内容が多岐にわたっていることを考慮して、操作される機会は少なく、反対の特定の指示がない限りは、当該時間を事実として推定することが認められるべきである。
もし、情報内容に変更があった場合は、その変更履歴の内容および対応する日時を特定することができれば、その変更された日時を公開日とし、そうでない場合は、最後に変更された日時を公開日としなければならない。また、もしインターネット上の情報と同一の内容を有する文書があった場合、かつその情報と文書とがいずれも引用文献とすることができるときは、優先的に文書を引用しなければならない。
4-1-5.公然知られた発明
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.2.1.3 既に公衆に知られている」
(2) 異なる事項または留意点
専利審査基準でいう「公衆に知られている」とは、口語や展示などの方式によって技術内容を開示し、例えば会話、演説、会議、放送、テレビ報道などの方式で、または図面、写真、模型、見本等を公開展示する方式で、その技術を公衆に知られる状態にすることを指し、公衆が実際に既に聴取、閲覧または確実にその技術の内容を知ることを必要としない。また、会話や展示などの方式で技術内容が公衆に知られるようになった時を、公衆に知られている日とする。例えば前記の会話、演説および会議の日、公衆が放送やテレビ報道を受信した日、および公開展示の日がそれである。
4-1-6.公然実施をされた発明
特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.3 公然実施された発明(第29条第1項第2号)」に対応する専利審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
専利審査基準の第2篇第3章「2.2.1.2 既に公開実施されたもの」
(2) 異なる事項または留意点
専利審査基準でいう「公開実施」とは、専利法でいう実施の行為(製造、販売のための申出、販売、使用または上記目的のための輸入等を含む)を介して技術内容が開示され、その技術を公衆に知られる状態にすることを指し、公衆が実際に既に実施しまたは既に当該技術内容を知っている必要はない。例えば工場を見学した時、物または方法の実施によって公衆がその構造または工程を知ることができればこれに属する。ただし、もし前述の行為のみによって、説明または実験を介さずして、当業者が依然として物の発明の構造、要素または成分等および方法の発明の条件または工程等の技術的特徴を知ることができなければ、公開実施とはならない。例えば、技術の特徴部分が内部にある物品であって、その外観しか観察できないため、たとえ公衆の面前において実施したとしても、その技術を知ることができないものが即ちこれにあたる。また、公開実施によって技術内容が公衆に知られるようになった時点で公開実施の日とする。
公開実施の内容の判断について、日本の審査基準には、「審査官は、用いられた機械、装置、システム等がどのような動作、処理等をしたのかという事実から発明を認定する」と記載されており、台湾でも、基本的には類似の方法がとられていると考えられる。ただし、専利審査基準では、実施がされても、「説明又は実験を介さなければ、当業者が物の発明の構造、要素又は成分等及び方法の発明の条件又は工程等の技術的特徴を知ることができない」場合は、公開実施に該当しないことが明確に言及されている。
請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については「台湾における新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。
■ソース
・日本の特許・実用新案審査基準https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf#page=203
・専利審査基準 第2編 発明の実体審査(日本語)
〇第2編第3章 特許要件(専利要件) 2.新規性
https://chizai.tw/test/wp-content/uploads/2022/01/第二篇第3章-特許要件(2021.7.14施行)-j.pdf#page=6
〇第2篇第1章 明細書、専利請求の範囲、要約及び図面
https://chizai.tw/test/wp-content/uploads/2022/01/第二篇第1章-明細書、専利請求の範囲、要約及び図面(2021.7.14施行)-j.pdf
・専利審査基準(原文)
〇第2編第3章 專利要件 2.新穎性
https://chizai.tw/test/wp-content/uploads/2021/11/第二篇第3章-專利要件(2021年7月14日施行).pdf#page=5
〇第2篇第1章 說明書、申請專利範圍、摘要及圖式
https://chizai.tw/test/wp-content/uploads/2021/11/第二篇第1章-說明書、申請專利範圍、摘要及圖式(2021年7月14日施行).pdf
・從我國法院相關判決論新穎性判斷之「直接且無歧異得知」(2017.04智慧財産月刊Vol.220)
https://www.tipo.gov.tw/tw/dl-17457-14c2214e5be74776905f4f83421820a2.html
・案例2:智慧財產法院 104 年行專訴字第 112 號判決
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2022/11/29a193526e7d8fe99974bfbb3591d2ee.pdf
・案例1:智慧財產法院 105 年行專訴字第 25 號判決
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2022/11/dca2c536b28ec12dd4cc4fb6af566ce1.pdf
■本文書の作成者
理律法律事務所■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2022.08.24