国別・地域別情報

ホーム 国別・地域別情報 アジア 出願実務 | 審決例・判例 特許・実用新案 (中国)PCT出願の国内段階移行時に発生した誤訳が原因で、特許権が無効となった事例

アジア / 出願実務 | 審決例・判例


(中国)PCT出願の国内段階移行時に発生した誤訳が原因で、特許権が無効となった事例

2012年07月30日

  • アジア
  • 出願実務
  • 審決例・判例
  • 特許・実用新案

このコンテンツを印刷する

■概要
出願人は、PCT出願書類の「welded by chemical bonding」、「welded together chemically」(日本語訳「化学的連結によって・・・接着」、「化学的に接着」)を国内段階で中国語に翻訳する過程で、誤って、クレーム及び明細書に「化学接着剤によって・・・接着」(中国語「化学粘合剤粘接」)と記載してしまった。中間処理時に、PCT出願書類に合わせるように請求項1に「化学的連結によって・・・接着」(中国語「化学連接粘接」)という限定を加える補正を行って権利化されたが、請求項1の補正は明細書中の「化学接着剤によって・・・接着」という記載範囲を超え、また、明細書中の「化学接着剤によって・・・接着」がPCT出願の原文「welded by chemical bonding」、「welded together chemically」を超えるものとされ、特許は無効とされた。
■詳細及び留意点

本件特許は下記図に示す封止用スライドファスナに関するものである。

中国特許第00819415.7号公報の図2

中国特許第00819415.7号公報の図2

権利化された請求項1は「互いに対向する縁(1b、2b)を持つ弾性材料の二つのテープ(1,2)を備え、・・・封止用スライドファスナ(10)であって、前記テープ(1、2)の各々は、2つの外層(1e、2e)と、前記2つの外層の間に介在する一つの補強層(7)と、を含み、前記歯(3、4)の各々は、前記テープ(1,2)の両側にそれぞれ配置された2つの半体(3a、3b、4a、4b)を備え前記歯の半体(3a、3b、4a、4b)は射出成形によって二つのテープ(1、2)の外層(1e、2e)に付けられ、前記半体がその射出成形の際に化学的連結によって前記テープ(1、2)の対向する外層に接着されるように、前記二つのテープ(1、2)の、熱可塑性材料でできた少なくとも前記外層(1e、2e)と前記歯の半体(3a、3b、4a、4b)とが化学的に結合される材料からなることを特徴とする」となっている。このうち、下線を引いている部分が中間処理時に加えられた内容である。

無効審判請求人は、明細書における「化学接着剤によって・・・接着」(中国語「化学粘合剂粘接)は、PCT出願の原文から直接的に、疑義なく確定できない(専利法第33条違反)、また、請求項1における「化学的連結によって・・・接着される」(中国語「化学连接粘接」)は、明細書の「化学接着剤」という記載によって裏付けられていない等(専利法第26条第4項違反)として無効を主張した。これに対し、特許権者は、明細書の「化学接着剤」は誤訳であり、PCT出願書類の「welded by chemical bonding」、「welded together chemically」を中国語に翻訳する過程で生じたミスであると主張した。

審判部(中国語「专利复审委员会」)は、下記のように判断を下した。

「実施細則第4条では『専利法及び実施細則に基づいて提出される各種の書類は中国語を使用しなければならない』と明確に定められている。よって、専利局に提出される特許請求の範囲及び明細書は中国語を使用しなければならない。翻訳する過程で生じたミスを理由に出願書類に対して補正を行う場合、例え、補正後の内容の方がPCT出願の原文の意味により合致するとしても、当該補正によってもたらされる第33条違反のリスクを負わなければならない。

請求項1における技術的特徴『化学的連結によって・・・接着』は、明細書における関連部分の記載と対応しなければならない。この関連部分に実質的な補正が加えられる場合、当該請求項1の保護範囲にも実質的な変化が生ずる。よって、明細書のこの実質的な補正が原明細書の記載範囲を超えている場合、請求項1の保護範囲も元の保護範囲を超えていることとなり、専利法第33条の規定を満たさない。」

 

 本件審決の決定要点には、以下のように書かれている。

「对于国际申请,专利法第三十三条所说的原说明书和权利要求书是指原始提交的国际申请的说明书、权利要求书和附图。本专利权利要求以及说明书的修改不能从其原始提交的国际申请文件中直接、毫无疑义地确定,因此这种修改不符合专利法第33条的规定,即使这种修改是由于翻译错误导致的。」

(日本語訳「専利法第33条でいう原明細書及び特許請求の範囲とは、PCT出願の場合、PCT出願時に提出された明細書(図面)及び特許請求の範囲を指す。本件特許のクレーム及び明細書の補正は、PCT出願書類から直接的、疑義なく確定できないため専利法第33条の規定を満たさない。このことはこの補正が誤訳によるものであっても同じである。」

なお、本件は提訴されたが、本審決は第一審の北京市第1中級人民法院、第二審の北京市高級人民法院でも維持され、本件特許権は、2012年3月21日時点で無効が確定した。

 

参考1(中国専利法第33条):

第三十三条 申请人可以对其专利申请文件进行修改,但是,对发明和实用新型专利申请文

件的修改不得超出原说明书和权利要求书记载的范围,对外观设计专利申请文件的修改不

得超出原图片或者照片表示的范围。

(日本語訳「第33条 出願人はその専利出願書類について補正をすることができる、ただし、特許及び実用新案出願書類の補正は、原明細書及び特許請求の範囲に記載した範囲を超えてはならない。意匠出願書類の場合、原図面又は写真に示された範囲を超えてはならない。」)

 

参考2(中国専利法実施細則第3条(旧4条に対応)):

第三条  依照专利法和本细则规定提交的各种文件应当使用中文;国家有统一规定的科技术语的,应当采用规范词;外国人名、地名和科技术语没有统一中文译文的,应当注明原文。

依照专利法和本细则规定提交的各种证件和证明文件是外文的,国务院专利行政部门认为必要时,可以要求当事人在指定期限内附送中文译文;期满未附送的,视为未提交该证件和证明文件。

(日本語訳「第3条 専利法及び本細則の規定に基づき提出される各種書類には中国語を使用しなければならない;国の統一的に規定された科学技術用語がある場合、標準的な用語を使用しなければならない;外国の人名、地名及び科学技術用語に統一的な訳語が存在しない場合、原文を注記しなければならない。

専利法及び本細則の規定に基づき提出される各種証書及び証明書類が外国語の文書であり、国務院専利行政部門(中国特許庁)が必要と認めるときには、当事者に期間を指定してその中国語の翻訳文の提出を求めることができる;期間が満了しても訳文の提出がない場合、当該証書及び証明文書は提出されなかったとみなす。」)

 

【留意事項】

専利法第33条でいう原明細書及び特許請求の範囲とは、PCT出願の場合、PCT出願時に提出された明細書(図面)及び特許請求の範囲を指す。PCTルートの場合登録査定前であればPCT出願の原明細書に基づく補正ができる。しかし、本件のように、クレームを補正によりPCT出願時の記載に合わせたとしても、明細書中に誤訳の記載が残されたまま特許されるとこの明細書中の記載が実質的な補正に当たり、原明細書の記載範囲を超えるとして特許が無効とされることもあり得る。したがって、中間処理時に行う補正では、クレームのみならず明細書中の記載も含めて留意する必要がある。本件の場合、中間処理時にクレームを補正するとともに、明細書中の誤訳について誤訳訂正手続きを併せて取っておけば、無効理由が回避できたと考えられる。

■ソース
中国特許第00819415.7号(公告番号CN1330266C、対応PCT出願番号PCT/IB2000/000935号)
中国特許庁審判部無効審決2009年8月19日付第14078号
北京市第一中級人民法院行政判決2010年12月10日付(2010)一中知行初字第1501号
北京市高級人民法院行政判決2011年11月4日付(2011)高行終字第829号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=829064 中国専利法
中国専利法実施細則
■本文書の作成者
三協国際特許事務所 中国専利代理人 梁熙艶
一般財団法人比較法研究センター 菊本千秋
特許庁総務部企画調査課 古田敦浩
■本文書の作成時期

2012.06.29

■関連キーワード